京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『グッドライアー 偽りのゲーム』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月18日放送分
映画『グッドライアー 偽りのゲーム』短評のDJ'sカット版です。

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2009年のロンドンが舞台。熟年層の利用する出会い系サイトで知り合ったのは、老紳士のロイと、未亡人で資産家のベティ。レストランで落ち合ったふたりは、早速打ち解けるのですが、柔和な雰囲気を漂わせるロイは実はベテランの詐欺師。ベティの全財産をだまし取ろうと策略を練っていました。一方のベティはインテリではあるものの、あまりすれておらず、まんまと乗せられている様子。ふたりの急接近を心配そうに見守るのは、ベティの孫で歴史学を専攻する大学院生スティーヴン。ロイの計画はどうなるのか。

老いたる詐欺師 (ハヤカワ・ミステリ) ドリームガールズ (字幕版) 

原作は、早川書房から邦訳の出ているニコラス・サールの小説『老いたる詐欺師』。製作と監督は、『シカゴ』の脚本や『ドリームガールズ』の監督・脚本、そして2017年実写版『美女と野獣』の監督で知られるベテランのビル・コンドン。ベティをヘレン・ミレン、そしてロイをイアン・マッケランという、オスカー俳優ふたりが演技の火花を散らせています。
 
僕は先週木曜日に大阪ステーションシティシネマで鑑賞しました。平日昼下がりということも影響しているのかもしれませんが、比較的年齢層高め、女性多めって感じで、賑わっていましたよ。それでは、今週の映画短評いってみよう!

先週の『ナイブズ・アウト』同様、大人がじっくり楽しめるミステリーとして、質の高い一本です。
 
タイトルからもわかる通り、嘘についての話なんですけど、あらすじでも伝えた通り、まず老紳士づらしたロイが、世間知らずで悲しみに暮れる未亡人ベティを騙すという構図を思い浮かべるわけですよ、こちらは。ところが、冒頭のシークエンス、ふたりがパソコンの画面で出会い系サイトに登録をしている様子が短いカットのつなぎで矢継ぎ早に示されるところで、どうやらそういう一方通行の話ではないと示唆されます。たとえば、ロイはタバコを吸っているのに、自分のプロフィールには非喫煙者のところにチェックを入れる。まぁ、こいつは詐欺師だもんな、これぐらいちょろいちょろい。と思ったのもつかの間、ワインを飲みながら画面を見つめていたベティも、飲酒はしないってところにチェックを入れる。おいおいおい! となると、これはふたりとも信用できませんぞ。そして、この冒頭でリズムを作るのは、キャストやスタッフの名前を画面表示するためのタイプライターの音。ルパン三世的な演出ですね。でも、ふたりが使っているのはネットに接続されたパソコンですよ。古めかしいタイプライターとはズレがあるよなぁと僕は些細な違和感を覚えていました。気持ち悪いんじゃなくて、何かこれも示唆してるんだろうなという謎への好奇心としての違和感です。

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レストランで出会うふたり。そこで互いがした告白は、名前も偽名だということ。早速かい! って、この時点で、恋愛初期に不都合な欠点は隠したい、いいとこ見せたいってところを高らかに越えてますよね。名前変えとったんかいと。このあたりで、キツネの化かしあいって様相を呈してくるわけですが、それからがどうしたことか、ベティが比較的おとなしいんです。いちゃいちゃデートしてるし、ロイの身体も自然に気遣うし、こいつ財産狙いで近づいてるだろって訝しむ孫をたしなめるし。僕らは思いますよ。こんなはずじゃない。ベティはこんなたまじゃない。だって、ヘレン・ミレンなんだもの。それがサスペンスになってくる一方、ロイは絶好調で、この件以外にも、大胆にも同時進行で他の詐欺も働いてやがりますから。
 
ビル・コンドンの演出は、出しゃばらないことを基本にしています。途中からはオーソドックスと言っても良いでしょう。名優二人の表情・仕草・声色の些細な変化に観客が気づけるようにと、奇をてらうことはしません。そこがじっくり楽しめるゆえんです。たとえば、ふたりが映画デートに出かけて、タランティーノの『イングロリアス・バスターズ』を観て、感想を言いながら話す何気ないシーン。でも、そういうところに、後から考えると意味がある。なぜその映画なのか、とかね。なので、まずは邪推せず、ふたりの手練の密度の高い演技に見とれていればいいんです。最後には、嘘にも色々あるよなと思い当たるはず。言い逃れのような、積み重ねる嘘。そして、緻密に組み上げる蜘蛛の巣タイプの嘘。

イングロリアス・バスターズ(字幕版) 

ただし、僕としては、謎解きの提示の仕方が、少々やり過ぎだなと。そこだけ、劇場型というか、名探偵の謎解きよろしく演出されるんですが、あの人、名探偵じゃないから! どうしたって、再現VTRを観せられているようになるんで、どうもなと。今回の全体のテイストに、構造のみ古風でいて、ビジュアルはレトロな味わいとも言えない、どっちつかずなあの一連のシーンはもったいないと思いました。でも、それぐらいのもんで、傑作とは言いませんが、十分に良作でしょう。
 
資産目当てのロイに対して、ベティは何を目論んでいるのか。彼女が、池で水遊びをする若い女の子たちに言うセリフが、この映画全体をも言い表していましたよ。「見た目以上に深いから気をつけて」。あなたも劇場で驚きの深みを目の当たりにしてください。
 後で考えると「なるほどな」となる、ふたりが劇中で鑑賞する映画『イングロリアス・バスターズ』のサントラから、この曲をお送りしました。
さ〜て、次回、2020年2月25日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『ハスラーズ』となりました。鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!