京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『シティーハンター THE MOVIE 史上最香のミッション』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 4月21日放送分

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© AXEL FILMS PRODUCTION – BAF PROD – M6 FILMS © Axel Films Production
北条司の漫画、シティーハンター。1985年から91年まで週刊少年ジャンプで連載され、単行本の累計売上は5000万部。1987年にはアニメ化され、再放送も含めて長年楽しまれ、その人気は海外にも及んでいる、これまでも劇場アニメ化されていましたが、93年のジャッキー・チェンに続き、今回はフランスでの実写映画化です。
 
凄腕のスイーパー、始末屋、シティーハンターこと冴羽獠は、相棒のカオリと多種多様な依頼を請け負っています。そんなふたりが今回取り組むことになったのは、盗まれた強力な惚れ薬「キューピッドの香水」の奪還。悪用されれば、世界は大変なことになる。香水を試していた獠と香は、その効果が永遠に消えなくなってしまうという48時間後までに、香水の容器に隠された解毒剤を入手しなければと奔走します。

世界の果てまでヒャッハー!(字幕版) シティーハンター SPECIAL VERSION ジャッキー・チェン 後藤久美子 RAX-901 [DVD]

監督は幼い頃からシティーハンターの大ファンで、北条司の事務所へ実写映画化の直談判もしたという、フィリップ・ラショー。脚本も自分で書き、主役の獠も自分で演じるという気合の入りようです。相棒の槇村香を演じたのは、同じくラショーの監督主演作『世界の果てまでヒャッハー!』にも出演し、ラショーらとコメディーグループも結成しているエロディ―・フォンタン。
 
公開はフランスの9ヶ月後、2019年の11月29日。僕は先週土曜の夜、U-Nextのオンラインレンタルをポイントで利用してデラックス吹き替え版なるものを鑑賞しました。それでは、今週の映画短評いってみよう!

80年代から90年代にかけて、ヨーロッパの地上波に大量の日本のアニメが流入したことで、あちらのオタク文化の礎ができていくんですが、フランスだと「ニッキー・ラーソン」というタイトルになっている「シティーハンター」なんですね。監督のフィリップ・ラショーは80年生まれの現在39歳。つまり、思春期、学校に行く前や帰宅後に浴びるように「シティーハンター」を観ていたという意味で、日本の僕らの世代とほとんど同じ環境にいたんです。だから、彼は自然といつか自分でニッキー=獠を演じてみたいと思うようになったわけです。日本では「フランスで実写映画化!?」って不思議に思われたようですが、この作品、先に公開されたフランスでは168万人が観ていますから、特大ヒット。それにはもちろん、コメディー映画作家としての急先鋒であるラショーが手掛けているっていう安心感も手伝ったはずですが、何よりも北条司の原作マンガとアニメがそれだけ国民的な人気作だという基礎があったというのが大きな理由でしょう。
 
それだけファンが多いということは、期待を裏切るリスクも非常に高いということ。ラショー監督が同じ轍を踏むまいと心に誓っていたのが、アメリカでの実写版『DRAGONBALL EVOLUTION』だったようです。そのためには、原作をきっちりリスペクトをして容姿や仕草を似せるということはもちろん、アクション・コメディとして間口の広い、ファンが喜ぶだけでなく、一本の映画として一級の娯楽作にすることが肝要だと考えました。そして、僕はそれに見事に成功していると思います。僕が指摘したいポイントは3つ。

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© AXEL FILMS PRODUCTION – BAF PROD – M6 FILMS © Axel Films Production

1.脚本は王道を貫くこと
原作北条司が何よりも重視した脚本。18ヶ月かけてラショーは手掛けたそうですが、女好きのスケベでキザな獠がおっさんを好きになってしまうという、北条氏もうなる軸となるアイデアを幹として枝葉を広げています。「007」や「ルパン三世」にも通じる、キメる時はキメるけれど、油断するとすぐに鼻の下を伸ばす男の冒険として、「適度に予想できる意外な展開」を釣瓶撃ちしているんですね。だから安心して観ていられます。どのキャラクターも適当に出てきているように見える人も含めて、ひとりひとりに役割があって、愛情を感じられるのがすばらしいです。自分の映画常連のコメディーチームとイキイキと演技・演出していました。

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© AXEL FILMS PRODUCTION – BAF PROD – M6 FILMS © Axel Films Production

2.映画として違和感のない描写に徹すること
シティーハンター」と言えば、小学生でもわかる下ネタですが、代名詞とも言えるあのワード、焼肉屋でよく飲まれるお酒に似たモで始まるあのワードや描写を基本的に捨てたというのは英断でした。あれを漫画通りに誇張して映像化していいのは、タモリ倶楽部空耳アワーくらいのもんです。映画でそのままやれば、悪目立ちしすぎて、観客はストーリーラインに集中できなくなるだろうし、映画全体のリアリティーラインも凹凸が出てしまうはずです。でも、その分というべきか、入れられるものはふんだんに入れています。たとえば冒頭の手術室での獠と海坊主のファイトシーンを思い出してくださいよ。裸の患者の股間に置かれた銃の取り合い、そして、心電図の波形でしっかり例のワードを再現するという遊びをやってました。さらに、いわゆるお色気、サービスシーンも、品が良いとは言いませんが、家族で観ても居心地が悪くならない絶妙なラインを綱渡りしていて、ラショー監督の手腕が光ります。最初から時間を行ったり来たりする映画的な語り口を導入していた点も、漫画原作ということを抜きに、あくまで一本の映画を作りたいんだという意気込みを感じます。

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© AXEL FILMS PRODUCTION – BAF PROD – M6 FILMS © Axel Films Production

3.架空の街に舞台をすまくすり替えていること
もともとは新宿が舞台の物語なんだけど、そもそも浮世離れした設定だし、街の特性を活かしてうんぬんってものじゃないんですよね。これ、現実にも予算や許可の問題で撮影はできなかっただろうけれど、もし新宿でロケしていたら、目も当てられないものになっていたと思いますよ。あくまで架空の街なんです。パリや南フランスでロケしているんですが、ラショー監督はわざわざポスト・プロダクションでエッフェル塔を消すことまでして匿名性にこだわりました。『バットマン』におけるゴッサムシティ的な感じですね。それが功を奏して、「シティーハンター」の世界に没入できています。
 
以上3つに加えて、1人称視点を導入したユニークなアクションシーンも楽しかったです。それにしても、30年前ならいざしらず、今なら際どくなっているジェンダーの問題も惚れ薬を使って軽やかに乗り越えてみせたラショー監督。僕としてはまたいつか続編を観たいし、他の題材であっても、日本で抜かりなく公開してほしいもんだとつくづく思います。声優のこととか、キャスティングとか、既存曲の使い方とか、まだまだ語る余地のたくさんある、実に愉快痛快な娯楽エンターテインメントが、僕の心を打ち抜きました。 

で、終わり際のこの曲の入り方が、もうオリジナルアニメのタイミングをしっかり意識していて、それはもうアガります。ストップモーションにした時の、絵の構図のキメ具合とか、勘所を押さえてますよ。アスファルト、タイヤを切りつけてますよ。


さ〜て、次回、2020年4月28日(火)も「お家でCIAO CINEMA」です。スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『新聞記者』でした。日本アカデミー賞で圧倒的な評価を勝ち得たこの作品。松坂桃李もそうですが、W主演のシム・ウンギョンにも注目が集まりました。賛否両論渦巻いているようですが、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!