京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『閉鎖病棟 -それぞれの朝-』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 6月2日放送分
映画『閉鎖病棟 -それぞれの朝-』短評のDJ'sカット版です。

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(C)2019「閉鎖病棟」製作委員会
舞台は長野県のとある精神科病院です。そこに暮らす入院患者たちは、統合失調症だけでなく、認知症麻薬中毒者などなど、さまざまな事情を抱えています。そして、中には、母と妻を殺害した罪で死刑判決を受けたものの、執行が失敗した結果脊髄を損傷し、車椅子で暮らす梶木秀丸もいました。他にも、幻聴に苛まれてかつて強制入院となった元サラリーマンのチュウさんや、父親からのDVを隠しながら病院へやってきた女子高生の由紀など。ぎこちなくも肩を寄せあって生きている彼らでしたが、ある日、思いやりが生み出した大きな事件が起きます。

閉鎖病棟 (新潮文庫) 愛を乞うひと

原作は精神科医で作家の帚木蓬生(ははきぎほうせい)が山本周五郎賞を獲得した95年の同名小説です。99年にも『いのちの海 Closed Ward』というタイトルで映画化されていまして、今回が20年ぶり2度目の映画化です。監督と脚本は『愛を乞うひと』や『しゃべれども しゃべれども』の平山秀幸。元死刑囚の梶木秀丸を演じるのは、単独主演10年ぶりという笑福亭鶴瓶。元サラリーマンのチュウさんを綾野剛、女子高生の由紀を小松菜奈が演じるほか、平岩紙高橋和也小林聡美なども出演しています。
 
公開は去年の11月1日でして、主題歌をFM COCOLO DJでもあるKくんが担当しているということもあり、当然映画神社のおみくじラインナップには入れていたんですが、いくら引いても当たらず、今回アマゾンプライムの配信レンタルで先週金曜日に鑑賞することになりました。それでは、今週の映画短評いってみよう!

人にはそれぞれ過去があって、事情があって、生きている限り病があります。精神科病院というと、この映画に出てくるように、坂の上だとか人里離れたところだとか、サナトリウム的に社会から隔離されたような場所にあることが特に昔は多かったですね。綾野剛演じるチュウさんはサラリーマン時代に幻聴が聞こえるようになったということで、統合失調症だと推測できます。この病気の原因はさまざまで一概には言えず、世界のどこでも、だいたい100人にひとりの割合でかかると言われています。その意味では、決して縁遠いものではなく、むしろ身近な病気です。だから、結構古い物語にも統合失調症の当事者が出てくるものがあって、日本ではたとえば座敷牢に押し込めて、家族や地域で独自に管理しようとしましたが、今度はそれを精神科病院に入院させる、つまりは社会で管理しようという流れがありました。

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(C)2019「閉鎖病棟」製作委員会
実は日本は国公立以外にも私立の精神科病院が世界的に見ても非常に多く、私立の場合にはベッドがふさがっている方が経営が安定するわけで、長期の入院が多いのが特徴です。本来ならもう社会復帰したほうが良さそうな人でも、地域に居場所が作れないため、だらだらと居続ける。途中で、病院というこの場所が患者を患者らしくするというようなセリフがありましたが、長く病院に滞在して、仕事もできなくなると、無気力になって、ますます地域に戻れなくなるという悪循環が日本にはあります。さらに最近では、誰にでもなる可能性がある認知症や薬物・アルコール中毒患者も多くなっていて、この病院もそうでしたが、ますますごった煮になっています。加えて、精神科の場合は、他の科と違って、看護師の数が少なくて良いというシステムもあるので、場合によっては手が回らなくなり、それが故にスタッフが患者を虐待したり、適正な人数なら防げたかもしれない事件が起こるというケースもあります。
 
僕の生まれたイタリアでは、僕の生まれた78年に法律が通り、公立の精神科病院を新たに開設することはできなくなりました。別にそれですべて解決したわけではもちろんないけれど、向こうの患者たちは病院ではなく、地域で仕事をしながら社会の一員として生きる道が日本と比べてより開かれていることも確かです。僕はこうしたテーマのイタリア映画を自分の会社で配給したり、コメディーから悲劇まで、色々客としてきても観てきたので、日本の精神科病院から講演に呼ばれたり、見学に来てくださいと言われて行ってみたり、そして、今はいないんですが、病院を退院してきた人たちに僕の会社の清掃業務をお願いしていた経緯があるので、この映画の事情について人よりはもしかすると詳しいのかもしれません。だからすんなり観られたんですが、正直に言って、さすがにもうちょっと説明が必要かなとは思いました。それぞれの抱えている事情と病院の事情について、なんなら時代背景すらよくわからないので、この種のテーマに不慣れな人が見ると、誤解を生みかねないなとも思いました。悪役となった人物なんかはとにかく悪いとしかわかりませんよね。そうすると、深みが出ない。一方で、由紀の家族の事情は一番よく描かれていて、一般の社会で暮らしている、「普通」とか「正常」とされている人だって恐ろしい闇を抱えているってことがわかると思います。参考までに、精神障害者の犯罪率は、実は一般の人よりも低いんです。

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(C)2019「閉鎖病棟」製作委員会

鶴瓶さん演じる元死刑囚の秀丸も、そもそもの事件についてはまぁわかりましたけど、その後、彼が何をどう思って暮らしているのかってことが、伝わりきっていないのかなと思いました。普段、僕は映像できっちり語ろうとする映画が好きだ、そうあるべきだって言っていて、平山監督ははっきりその方向です。役者を信頼して、皆さんベスト級の縁起を披露されています。それだけに、脚本が及んでいない部分もあるというのが、僕の見立てです。

精神 [DVD] 人生、ここにあり!(字幕版) 

とはいえ、過度のストレス社会でうつ病も多く、自殺率G7最下位の日本です。精神の問題をきっちり描こうとする作品がこうして製作された、しかも水準が高い作品でるということは大歓迎です。想田和弘監督のドキュメンタリー『精神』シリーズや、イタリアの『人生、ここにあり!』など、この機に関連作もぜひご覧いただきたいです。
 
主題歌はKくんでした。感情にはだいたい名前が付いていますが、心理があまりに複雑だと、どう呼んでいいかわからないということもあるでしょうね。映画の景色ともリンクさせながらのリリックが巧みでした。

さ〜て、次回、2020年6月9日(火)に評する作品を決めるべく。スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』でした。苦節30年。呪われた作品とまで言われて、映画史にその名を刻まれてきた映画が、ついにお目見え。しかも、そこに、アダム・ドライバー史上僕に一番似ていると噂のアダム・ドライバーが出演しているってんですから、これは観ないわけにはいきません。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!