京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『デッド・ドント・ダイ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 6月16日放送分
映画『デッド・ドント・ダイ』短評のDJ'sカット版です。

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(C)2019 Image Eleven Productions,Inc. All Rights Reserved.
警察官が3人しかいないアメリカの田舎町、センターヴィル。署長のクリフ・ロバートソンと、巡査のロニー・ピーターソンは、住民同士のトラブルを解決すべく、パトカーで町をうろうろ。気がつくと、夜になってもなかなか日は沈まず、時計やスマホは使い物にならなくなり、どうにも様子がおかしい。しかも、それはこの町だけでないらしいと、テレビやラジオは伝えています。曰く、エネルギー企業による北極圏の工事が地球の自転に悪影響を与えたのでは、と。翌朝、ダイナーの女性従業員ふたりが惨殺される事件が発生。それは墓場から蘇ったゾンビたちの仕業だったのだが、果たして町はどうなるのか。
 
監督・脚本は、ジム・ジャームッシュ。キャストには、ジャームッシュ組の常連が揃いました。警察署長をビル・マーレイ、ピーターソン巡査をアダム・ドライバーが演じる他、町で葬儀屋を営む新参者ゼルダを、ティルダ・スウィントンが担当。さらには、イギー・ポップ、ラッパーのRZA、セレーナ・ゴメス、トム・ウェイツといったミュージシャンや、スティーヴ・ブシェミクロエ・セヴィニーダニー・グローヴァーといった面々も強い印象を残しています。

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音楽はジャームッシュのバンドSQÜRL(スクワール)が当てていて、オリジナルの主題歌は、スタージル・シンプソンによる同タイトルの書き下ろしです。
 
ともかく、久しぶり、2ヶ月以上ぶりの映画館。僕にとっての復帰作が、敬愛するジャームッシュの監督作であり、またしても僕がよくよく似ているアダム・ドライバー主演作であったことが、とても嬉しいです。先週水曜日、大阪ステーションシティシネマへ観に行ってきました。先週の観客動員数は、こんな状況ですからあまり意味はないかもしれないけれど、とにもかくにも2位。実際、僕の観た昼過ぎの回も販売している座席はほぼ埋まっていました。それでは、蘇った映画館鑑賞を受けての今週の映画短評いってみよう!

ジャームッシュ監督初のゾンビ映画という触れ込みの今作。彼は脚本に取り掛かるまでに古今東西のゾンビものを観まくったということですが、共通項としてひとつ言えるのは、ゾンビとはたぶんに風刺を含むものであるということです。特に今回の彼らってのは、はやりの全力疾走型ではなく、古式ゆかしいノロノロ徘徊型。死んでも死にきれず、現世への未練タラタラで、コーヒー、ギター、ファッション、WiFiブルートゥースシャルドネ、などなど、生前に好きだったものに固執するという特徴があります。スクリーンを見つめながら、僕だったらどんなゾンビになるんだろうかと考えてしまいましたもん。やっぱり映画館へ行くんだろうか。DJなんで、マイク、マイク〜って言うんだろうか。でも、今一番世界に多いのは、やっぱりスマホゾンビでしょうね。パンフに載っていた公式インタビューでも、街を行き交う人がみな、首をだらりと下げて、まるで何かに取り憑かれたようにスマホに目を奪われている様子を見て、この話の着想を得たとのことでした。そう、広く言えば、僕らはみんなスマホゾンビ化して垂れ流される情報を貪っているとも言えるわけです。しかも、今ならマスクをして、より様子がおかしなことになっていますよね。この物語でゾンビが大量発生している理由かもしれないとテレビやラジオが盛んに知らしめている北極での資源開発も、ありそうな話だけれど、政府はそれを躍起になって否定している。こうした情報の錯綜も、この春僕らが経験したことのひとつのような気もします。

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(C)2019 Image Eleven Productions,Inc. All Rights Reserved.
ジャームッシュはデビューの頃からオフビートな笑いを盛り込むことで、調子っぱずれな物語を作ると言われてきました。そこでは、往々にして、会話のキャッチボールはポンポン進まず、微妙な間が生まれ、話は直線的には進みません。宙ぶらりんになった言葉や行動の数々が、物語論的に言えば、きっちり回収されず、気持ち悪いっちゃ気持ち悪いんですが、それが独特の余韻をもたらす。コミュニケーションの機能不全という言い方もできるでしょうが、世の中そんなものという感じもしてくるのが、僕は魅力だと思っています。観客は傍から見ていて、思わずクスクスしてしまいますからね。僕が一度は無くして取り戻したパンフレット、ぜひご覧になったらお買い求めください。というのも、この作品には常連の役者が多数出演していて、作品をまたいだアンサンブルの妙も加わってくるので、それを理解すると、ますます面白くなるし、思い出し笑いするし、なんならもう一度観たり、過去作への興味が湧くってものです。たとえば、イギー・ポップがなぜコーヒーを求めるのか。クリーブランドという地名がなぜ頻出するのか、などなど。パンフには、過去作がどう関連しているのか、まとめてあるので、今後の鑑賞の手引として、大いに役立つことと思います。で、今回はそんなジャームッシュ節に加えて、先週『テリー・ギリアムドン・キホーテ』短評で僕が繰り返したメタ構造も取り入れられています。オープニングで、同じタイトルのテーマソングが流れた後、街の様子がおかしくなってすぐ、パトカーの中でラジオを付けたら、同じ曲が流れる。それを受けて、ビル・マーレイが「なんだろう、すごく耳馴染みがある曲だな」と。すると、アダム・ドライバーは「そうっすね。テーマソングなんで。スタージル・シンプソンです」。って、実在のカントリー歌手の名前を出して、これはこの映画のテーマソングだと映画の中でぶちまけるわけです。それ以上、特に説明をすることもなく。こうした外部の視点を物語内に入れることで、常に注意深く、僕らを感情移入させない作りになっています。

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そもそも、ただでさえ相手がゾンビですから、コミュニケーションなんて、ますます大変です。人間同士でも大変なのに。ゾンビ映画って、基本的にストーリーの幕引きが難しいジャンルですが、この作品にも希望はあります。誰が生き残るのか。常に観察者だった人。究極の異邦人たる人。そして、社会から何らかの理由で隔離されて、何ならそこでも越境していた若者。ゾンビは他のモンスターと違い、人間が、人間社会が、自ら生み出すものです。壊れまい、流されまいと、自分を律する者にかすかな光を当てるジャームッシュの批評的な視点は最後まで鋭いし、何よりとにかく面白くて、細部までまだまだ味わいたいなと思える、僕にとって最高の映画館復帰作となりました。
では、劇中で何度も流れるテーマソングを。3年前のフジロックにも出ていたグラミー受賞シンガー・ソングライター、スタージル・シンプソンの、The Dead Don’t Die。

さ〜て、次回、2020年6月23日(火)に評する作品を決めるべく。スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ハリエット』でした。正統派が来ましたね。折しも、Black Lives Matterが国際的な合言葉になりつつある今です。心して観てきますよ。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!