京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ストーリー・オブ・マイ・ライフ わたしの若草物語』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 7月7日放送分

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19世紀半ばのアメリカ。ということは、しばらく前に評した『ハリエット』と同じ時代の物語ですが、こちらは白人女性たちが女としてどう生きるかを描いています。マーチ家の4姉妹。次女のジョーは、情熱あふれる人物で、周囲とぶつかることも厭わない作家志望。他の3人にもそれぞれ才能があります。長女のメグは、演劇。でも、彼女が望むのは幸せな結婚。三女のベスはピアノ。でも、病が彼女の未来に影を落としています。そして、末っ子のエイミーは絵画。やがてパリへ留学しますが、自分の限界を知ることに… 幼少期と、青年期、ふたつの時期を交互に見せながら、映画は4人の生きざまを浮き彫りにします。

若草物語 (字幕版) 若草物語 (角川文庫)

原作は、ご存知、ルイーザ・メイ・オルコットの自伝的小説『若草物語』。これまで何度となく映像化されました。日本のアニメだけでも、シリーズ化が3回。漫画にもなっているし、ドラマ化も各国でされました。映画は1917年に始まり、今回で9度目。愛されていますね。脚本・監督は、なんとまぁ若い36歳のグレタ・ガーウィグ。3年前、『レディ・バード』で高い評価を得ました。

レディ・バード (字幕版) ミッドサマー(字幕版)

ジョーを演じたのは、『レディ・バード』でも監督とタッグを組んだシアーシャ・ローナン。末っ子のエイミーは、『ミッドサマー』のフローレンス・ピュー。長女はエマ・ワトソンが担当したほか、4姉妹の幼馴染、ローリーには、ティモシー・シャラメが扮しています。あとは、メリル・ストリープが4姉妹のおばとして強い印象を残しています。
 
アカデミー賞では、作品賞、主演女優賞、助演女優賞、脚色賞、作曲賞、衣装デザイン賞にノミネートしました。
 
僕は先週金曜日の朝一番、Tジョイ京都で鑑賞してまいりましたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

この作品がアカデミー賞に多数ノミネートというニュースに接した時、『若草物語』の映画化をなぜ今さらって、まったく興味を惹かれなかった過去の僕を、今の僕はひっぱたいてやりたい気持ちです。グレタ・ガーウィグ監督はパンフレットに掲載されているインタビューで、独自の解釈がなければ、名作文学の映画化なんてやるもんじゃないと発言していますが、これははっきりと彼女が自分の色を打ち出し、なおかつ原作への最大限の賛辞を表明もするという、お見事な作品です。『ロビンソン・クルーソー』や「ズッコケ三人組」シリーズに夢中で、あんなの女の子向けだと見向きもしなかったマチャオ少年に、今なら差し出しますね。映画を観て、まんまと原作を読みたくなったし、そこから現代に通じる生き方模索の物語を僕も解釈したいと思わされました。それぐらいに、これはグレタ・ガーウィグの『若草物語』だし、メイン・キャラクターであるジョーにとっての「わたしの若草物語」になっています。
 

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冒頭、作家志望のジョーが、自分の娯楽小説を雑誌に掲載してほしいと、男だらけの職場、出版社へと単身乗り込んでいくところ。文字通り、未来への扉にもなるあのドアを前に、息を整え、決意を固める後ろ姿。さぁ、行ったるで! よく伝わりますね。だけど、早速、事実は隠すんですよ。これは私の作品ではなくて、私の友達のものでして… その時に、サッと短い編集で、カメラは彼女の手元を見せます。その指はインクで汚れている。女性が作家として世に出ることのまだまだ少なかった頃の話です。ジョーが勇気を振り絞りつつも、慎重にことを運んでいるのがすいすいわかりますよね。で、原稿料の話も出てきます。趣味じゃない。これは仕事。そう、ガーウィグが打ち出したのは、女性の経済力という、今も解決していない問題。本来、原作にもあった要素をブロウアップしているんです。

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考えてみたら、この物語には、すごく要素が多いんです。幼少期の家族やご近所との関係。ぼんやりと描く将来の夢。恋愛。大人になることの意味。結婚。仕事。趣味。そして、何より、女性であること。これを余すことなく、ほどよく整理して描いてあります。難しいさじ加減ですけど、この整理しきらないのが大事。だって、四人ともすごく迷っているから。
 
19世紀半ばのアメリカでは、女性である、ただそれだけの理由で諦めざるを得ないことも多かったわけです。それが、ほぼ同じ時代を描いた『ハリエット』であれば、黒人である、ただそれだけの理由で、と言い換えることもできるでしょう。生まれ持っての性質が、人生の可能性の大部分を決めるようなことがあって良いのか。これはBlack Lives MatterやらMe Tooという、ここ数年の運動を考えれば、残念ながら、今もなお有効な問いのはずです。

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原作者オルコットが実際に育った土地でのロケ撮影。美しい景色もすばらしかったし、キャスティングがどなたをとってもバッチリ。描写の量に多少の差はありますが、四姉妹も、両親も、ご近所さんも、おばさんも、みんな愛おしくなってきます。とりわけ、書くことに全身全霊を傾けるジョー。結婚はゴールにしていません。そんな彼女が、シャラメ演じる、ルキーノ・ヴィスコンティヴェニスに死す』ばりの美青年っぷりを発揮するローリーとは、付き合っていたものの、別れちゃうんです。これ、ネタバレではなくて、過去と現代を行ったり来たりで先に明かされる。では、なぜ別れたのか。もう泣ける。ジョーの言葉ひとつひとつが、迷いが、自分でも気づいている矛盾が、すべてすくい取られていて、もう大変。
 
最終的に、僕にも響きまくったわけですから、大人になることと、自立して生きていくこと、その葛藤を覚えたことのある人には、鑑賞の意義があることと信じます。あ〜、四姉妹が今も愛おしい。
劇伴は、名匠アレクサンドル・デスプラが期待通りの仕事をして、アカデミーノミネートとなりましたが、ここでは予告編で使われた、アメリカのカントリー、シンガーソングライター、ケイティー・ヘルツィヒ(Katie Herzig、ケイティーだと思うんだけど、Apple Music他、ケルティーと表示されているものも…)のWasting Timeをお送りしました。この方を知ったのも収穫でした。

さ〜て、次回、2020年7月14日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『カセットテープ・ダイアリーズ』です。今週は自分のくじ運を褒めてやりたいです。ブルース・スプリングスティーンの音楽について、そのスピリットについて、知識ではなく、もっと体感するような形で僕は学びたかったんです。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!