京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

エドアルド・レオ特集上映より 『黄金の一味』俳優紹介

先日『黄金の一味』(Gli uomini d’oro)をなら国際映画祭にてプレミアム上映させていただきました。おかげで大盛況のうちに上映を終えることができました。難しい状況下でご来場いただいた皆様、改めてありがとうございました! そして本作は10月にアップリンク吉祥寺、アップリンク京都、アップリンククラウドにて鑑賞可能なので、引き続きよろしくお願いします。

というわけで、今回はその『黄金の一味』の主人公ふたりをご紹介。エドアルド・レオ特集上映と銘打っておりますが、ほかの俳優も曲者ぞろいで大注目です。

 

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ザーゴ役のファビオ・デ・ルイージ(左)とメローニ役のジャンパオロ・モレッリ(右)

 

まずは『黄金の一味』第一章の主人公ルイージ・メローニ。彼は郵便局の現金輸送車を運転するという今の仕事に飽き飽きしていて、早期退職してコスタリカでビーチバーを開くという夢を抱いている。ところが国の金融政策により、早期退職の道が断たれたメローニは、現金略奪の完全犯罪を計画する。友人を犯罪に巻き込むメローニは、仕事中もほぼ一人でしゃべり続ける自分勝手なナポリ人。彼を演じるのが、ナポリ生まれのイケメン俳優ジャンパオロ・モレッリ。ドーナッツクラブが過去に字幕を担当したマネッティ兄弟の映画『僕はナポリタン』(Song’e Napule)や『愛と銃弾』(Ammore e malavita)にも出演しており、勝手に縁を感じている推しメンだ。TVドラマや娯楽映画の端役をしていたが、2000年代中盤から、マネッティ兄弟に気に入られてブレイクにいたった。2020年4月には、自作の小説を、自ら監督・主演を務めて映画化した『君を恋に落とす7時間』(7ore per farti innamorare)を公開し、その多才ぶりを発揮している。ジローラモ・パンツェッタもナポリ出身だが、もしかしたら系統は似ているかも……?


映画『愛と銃弾』劇場予告編

 

この予告編で見られるとおり、『愛と銃弾』では無口でクールな殺し屋だったモレッリが、『黄金の一味』では字幕が追いつかないほどしゃべりまくる。それでも周りから特に鬱陶しがられる訳でもなく、人懐っこい魅力的な人柄が成り立つのは、ナポリ人の天性かもしれない。

 

次に第二章の主人公アルヴィーゼ・ザーゴを見てみよう。メローニとは対照的な、無口で不愛想な彼は、家では電気代を節約し、仕事を掛け持ちして家族を養う。愛する娘のことを思い、借金を完済するために、メローニの犯罪計画に手を貸す。彼を演じているのはコメディアンのファビオ・デ・ルイージだ。舞台俳優からコメディアンに転身し、テレビのお笑い番組への出演をきっかけに人気を勝ち取った。個人的に彼を知ったのは、人気コメディー女優ルチアーナ・リッティッツェットと共演した映画『男やもめ希望者』(Aspirante vedovo)だ。リッティッツェット演じるやり手の女社長と結婚した青年実業家夫のデ・ルイージが、彼女を殺して遺産を手にすることを夢見るが……というストーリー。これはアルベルト・ソルディが主役を務めた1959年の映画『男やもめ』(Il vedovo)の現代版リメイクだ。


Aspirante vedovo - Trailer ufficiale

 

ところが、モレッリのケースとは逆に、普段なら饒舌にしゃべるデ・ルイージが、『黄金の一味』では、無口な仏頂面で勝負している。「コメディアンなのに、心の奥に哀愁が漂っている」という理由で監督ヴィンチェンツォ・アルフィエーリに惚れこまれたデ・ルイージは、役作りのために6か月で10キロ体重を落とし、本来の彼とは違う「別人」役に臨んだ。自由奔放なナポリ人メローニと、仕事に真面目で口数の少ないトリノ人ザーゴという対比も、イタリアの地域性を反映していて面白い。

 

三人目の主人公エドアルド・レオも、本作では、いつもの中年ダメ男というはまり役ではなく、哀しみを背負った元ボクサーを演じていることを考えると、主人公の俳優三人ともに、キャラ違いの意表を突いた役どころを演じていることになる。『黄金の一味』はそんな大胆なキャスティングも楽しめる作品なのだ。

 

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そしてイベント開催にあたり、難しい状況下でイベントの意義を汲み賛同してくださった協賛社さま、ありがとうございました! 今回は、バッグとベルトの気鋭ブランドFattoria del cuoioをご紹介。

 

Fattoria del cuoioとは革なめし工場の意味。

ミラノでヴィンテージの素材を活かしたオリジナルリメイクアイテムのデザイナーとして腕を磨き、日本に帰国後イタリア製ベルト・バッグブランドTIBERIO FERRETTIの企画とブランディングを務めた(株)コマコ・オフィチーナ代表の駒井氏が、トスカーナ州の小村モンスンマーノを拠点に、2019年春夏から新たに立ち上げた新ブランド。彼らと手を組んだのは、イタリア国内外の大手ブランドのベルトを多数手がける100%トスカーナ生産の由緒ある革工房の凄腕職人たち。すでに10年以上にわたり共に仕事をしてきたここモンスンマーノで、職人たちが培ってきた革小物の品質とこだわりに、TIBERIO FERRETTTIの企画で鍛えられた駒井氏の発想力と独創性が混ざり合う。クリエイティブでありながら高品質を保つ魅惑の新ブランドを、日本から発信し、育て上げていく。

 

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実写版『ムーラン』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 9月15日放送分
実写映画『ムーラン』短評のDJ'sカット版です。

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(C)2020 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.
むかしむかし、中国の小さな村で育った女の子ムーラン。周囲から浮くほどのおてんばですが、それもそのはずで、彼女には「気」と呼ばれる特殊能力が備わっていました。立派な兵士だった父は、そのことに気づきながらも、女性には結婚と家庭の維持ばかりが求められる時代でもあることから、その能力は隠しておくように諭します。時は経って、ムーランが花嫁修業を始めようかという頃、北方民族の首領ボーリー・カーン率いる軍勢が国家を脅かしており、皇帝は各家庭からひとり男性を差し出すよう命じました。徴兵ですね。ただ、ムーランの父親は足が悪く、戦場へ赴けば命を落としかねない。そこでムーランは、父親の武具を盗み出し、自分が男であると偽って軍隊に参加するのですが…
 
このところ相次いでいる、90年代、ディズニー・ルネサンス時代のアニメ作品の実写化。今回は98年『ムーラン』が対象となりました。監督は、女性を生き生きと描くことを得意とするニュージーランド出身の女性ニキ・カーロ。ムーラン役に抜擢されたのは、リウ・イーフェイチャン・イーモウ監督の『紅夢(こうむ)』でヴェネツィア映画祭主演女優賞を獲得したコン・リーが魔女のシェンニャンを演じている他、『イップ・マン』シリーズのドニー・イェンや、ジェット・リーなど、アジアとアメリカ双方で活動する役者が揃い踏みです。

イップ・マン 序章 (字幕版) 秋菊の物語 [DVD]

もともとは2018年秋に公開が予定されていましたが、製作そのものが遅れていたところに新型コロナウィルスによる影響もあって、ディズニーはついに多くの国や地域で劇場公開を断念。サブスクリプションサービスのディズニー+での有料配信となりました。
 
僕はもともとディズニー+には加入していましたが、もちろん、税抜2980円を支払って、土曜日に自宅のテレビで日本語吹き替え版を鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

2010年代に入ってから、ハリウッドにおけるアジア系の俳優の活躍が顕著となり、特に中国との映画合作も増える中、繰り返し映像化されてきた、6世紀の漢詩を基にしたこの物語の実写化には注目が集まりました。ただ、様々な角度からの期待があるがゆえに、製作は難航しました。アニメ版のリメイクとしての「原作」ファンの期待もあったし、実写として中国文化をどう描けるかという問題や、物語が内包する政治的な側面や、主演のリウ・イーフェイSNSでの香港民主化問題への発言など、何かと波乱含みで、それはもう気の毒と言っていいレベルにも感じられました。
 
そこで、僕としてはまず何よりもできあがった作品そのものを評価するべく、作品外の情報は鑑賞前に触れないようにしていましたが、残念ながら、魅力は限定的と言わざるをえません。アニメ版からの改変はいくつもあります。ミュージカル要素の排除。サブ・キャラクターを統廃合して整理したこと。武侠映画のスタイルを採用してアクションを重視したこと。マレフィセントに似たヴィランの魔女をムーランを導く存在にも仕立てたこと、など。アニメ版に特に思い入れのない僕からすれば、どれもディズニーのチャレンジに感じられるし、その意味で興味深いんですが、これら改変が物語にもたらす効果がどれもさほどないんですね。むしろ、観る人によっては逆効果にすらなりうるリスクをはらんでいます。

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(C)2020 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.
女性が主人公だからと恋愛要素を入れる必要はないし、戦争する映画であるというハードな内容なので笑いの要素も控えめにしたのはうなずけます。そして、中華圏の伝統である武侠映画スタイルを取り入れるのもわかるんですが、そのわりには肉体を駆使したアクションはあまり見られず、スター・ウォーズのフォースのような「気」という概念で説明される、CGやワイヤーを使った動きで見せ場の多くが占められていることは、むしろ武侠映画へのリスペクトが足りないとの批判は免れません。そして肝心の「気」についての言及がなさすぎて、これじゃ努力によって何かを成し遂げるという側面が緩んでしまって、カタルシスが削がれるんですね。

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(C)2020 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.
おそらくはムーランと同じような能力を有する魔女の存在も、彼女が何を望んでいるのかよくわからないため、結局はヴィランとしてもメンターとしても謎めいたままで、今ひとつピンとこないんです。そして、おそらくはディズニーにとって一番プッシュしたかっただろう、自分で考えて行動するプリンセスとしてのムーランですが、考えてみれば彼女は皇帝を頂点とする中央集権的な軍事国家の駒であることからは逃れられないわけで、価値観を刷新することはないんですよね。だいたい、北方民族を単なる野蛮な存在として端から悪者としてしか描かないという単純化は、むしろディズニーが志向するリベラルな価値観からも遠いものではないでしょうか。
 
こうした要素がいくつも重なって、ムーラン実写版は、表面的には美しい画面ですいすい展開していく観やすい作品になっているものの、各方面からのどの期待にも満足には応えられないものになってしまった気がします。


 Christina Aguileraが表現度が上がった歌い直し、響きましたよ。

 


さ〜て、次回、2020年9月29日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『窮鼠はチーズの夢を見る』です。番組では先日行定勲監督を迎えて、コロナ禍でますます浮き彫りになった映画というシステムの未来の話をしました。その時に、僕は既にこの作品を観ていたので、少し感想もお伝えしましたが、改めてしっかりまた来週評します。監督とは、枚方の蔦屋書店で10月5日にCREATOR'S SALONというトークイベント(配信あり)で、またご一緒しますよ。この新作と合わせて、ぜひ。その前に、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『ソワレ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 9月15日放送分
映画『ソワレ』短評のDJ'sカット版です。

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役者になる夢を持ちながらも、なかなか鳴かず飛ばずの翔太。ある夏、所属劇団が高齢者施設でワークショップを開くことになって向かったのは、彼の故郷和歌山県の海辺の街。施設には、年の近いタカラという女性が、生気のない表情で働いていました。彼女は父親から性暴力を受けていたのです。夏祭りの日。翔太は、衝動的に父親を刺したタカラの手を強く引き、ふたりの予期せぬ逃避行が始まります。

わさび 此の岸のこと

監督・脚本は、1980年生まれの外山文治。これが長編2作目となる彼に大いなる期待を込めてサポートしたのが、共に俳優である豊原功補小泉今日子。ふたりは、監督を巻き込んで新世界合同会社という映像プロダクションを設立。本作はその第一作となります。昨年行われたクラウドファンディングでは、400人弱の支援も受け、公開にこぎつけました。翔太を村上虹郎、タカラを芋生悠(はるか)が演じています。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

逃避行、なんて言うと、「愛の」を枕詞に付けたくなります。アメリカン・ニュー・シネマの名作『俺たちに明日はない』も頭をよぎります。ただ、この作品の場合は、様子が違います。ふたりは愛を成就するために逃げるんではないんですね。愛し合うどころか、まだたいした交流もない状態で、それぞれに着の身着のままで逃げ出すことになります。刑務所から戻ってきたばかりで娘のもとをまたぞろ訪れた父を刺してしまったタカラ。その場に居合わせた翔太。冷静に考えると、逃げずにその場にとどまれば、正当防衛で情状酌量の余地はあるだろうか    ら、罪はそう重くならないだろうと思うんですが、とっさに逃げ出すわけです。表面的には、ふたりは犯罪からの逃亡を図るんだけれど、もう少し踏み込んで考えると、ままならない現状、人生の見えない壁にぶち当たっている閉塞感から矢も盾もたまらず飛び出したという印象があります。つまり、逃亡の素地があったということですね。そんな状態だから、計画も何もない。微妙な距離を保ったまま、ふたりは電車に乗り込み、あてもなくさまよいます。

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(C) 2020 ソワレフィルムパートナーズ
翔太が強く手を引いたってストーリー紹介で言いましたけど、彼は彼で、やり場のない焦燥感を抱えています。役者としてうまく立ち回れない中、努力も中途半端で、オレオレ詐欺の片棒をかつぐような有様のはっきり言って小物です。そんな彼がたまたま実家近くの老人ホームへ行って、カモにしてきたような老人たちと交流するわけですから、気まずさや罪悪感も湧いてくる。俺は何をやってるんだろう。こんなはずじゃなかった。でも、タカラを窮地から救うことで、自分の存在意義を確認するような、そんな感覚もあったかもしれません。申し訳無さそうにするタカラに対し、「俺、かくれんぼ得意なんだ」なんて口にします。
 
一方のタカラは、途中で巡り合った人を相手に、事情を説明しなければならなくなった際、怪しまれないように、「駆け落ちです」と応える。このあたりから、翔太が助けるように見えて、むしろタカラが引っ張ったり支えたりする局面が垣間見えるようになっていきます。

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(C) 2020 ソワレフィルムパートナーズ
つまり、ふたりの関係と距離が入れ替わったり、伸び縮みしたりしていくんです。その「時間」とふたりの「体温」を感じさせることに、監督は心を砕きます。説明するんではなしに、感じてもらうために、今僕はべらべら喋っていますが、セリフはかなり削ぎ落としてあるし、当初の脚本にあったキラキラ青春映画的要素もカットしたようです。代わりに、和歌山ロケだからこそ実現できる景色や眩しい陽光の濃淡と色味の工夫でふたりの時々の心境を画面に映し出すことに成功しています。だから、今思い出すのはその映像なんです。ドキュメンタリー的な息遣いの映像もあれば、何度かファンタジックに飛躍する演出があって、忘れがたいです。

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(C) 2020 ソワレフィルムパートナーズ
タイトルの出し方もかっこよかった。ソワレとは、フランス語で芝居の夜公演を指す言葉。これを幼年期の終わり、大人として迎える夜明けまでの物語として見ると面白いと僕は思います。ふたりの寄せては返す感情と言動の果て、鑑賞後の僕に残ったのは、意外にも、働くこと、誰かの記憶に残ること、そして、誰かを想って生きることの、喜びでした。逃避行というジャンルの常として、明快なハッピーエンドは少ないし、これも決して明るい話ではないけれど、ジメッとはしていなくて、最後にはじんわりと喜びがやって来ました。不思議な体験だし、僕は「映画を観た」という実感を強く覚える佳作だと思います。


これは僕が勝手に添える曲です。イギリスのBIBIOが今年リリースした作品。眠りながらも飛び続けるアマツバメをモチーフに、辛いことに直面してから抱く希望を歌っています。


さ〜て、次回、2020年9月22日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、実写版の『ムーラン』です。製作上のすったもんだがあって公開が遅れ、コロナ禍にぶち当たり、挙句の果てにディズニー+での配信となってしまった作品。会員登録(一ヶ月は無料とはいえ)に加えて税抜2980円が必要というハードルの高い作品。いろいろと波乱含みですが、ディズニーの新作を候補に入れないのもなと思っていたら、当たりました(笑) あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

エドアルド・レオ特集上映より 『黄金の一味』解説 

どうも僕です。ハムエッグ大輔です。恥ずかしながらドーナッツクラブに戻ってまいりました。ここ数年は個人で活動してたのですが、この度エドアルド・レオ特集上映実現のために、再びドーナッツクラブと手を組むことになった次第です。今日から数回にわたって映画の解説を担当させていただきます。まずは数日後になら国際映画祭でも上映が決まっている『黄金の一味』(Gli uomini d’oro)からご紹介。

 

トリノの郵便局に勤めるナポリ出身のお調子者メローニは、給与にも仕事内容にも不満を覚えている。年金を繰り上げて受け取り、コスタリカに新天地を見出そうとしていたが、政府の金融改革により、計画はふいになってしまった。そこで企てたのが、自分の運転する現金輸送車から、護衛の警官に気づかれないように、現金を略奪するという計画だ。小柄の親友ルチャーノを、輸送車後部の金庫に潜ませ、偽の札束と現金をすり替えさせるのだが、この作業の時間を稼ぐために、堅物の同僚ザーゴも共謀者に引き込む……。

2019年に公開されたヴィンチェンツォ・アルフィエーリ監督の長編第二作『黄金の一味』は、1996年にトリノで実際に起こった現金略奪事件を題材にしたノワール映画だ。あまり知られていないが、イタリアは、実話をもとにしたノワールの宝庫だ。その理由は実際に題材となるような事件がたくさん起きていたから。誘拐、監禁の果てに殺害された元首相、在位期間33日で不審死を遂げた法王、テロ準備中に誤爆死したとされる実業家などなど、過激な政治集団のテロが横行した70年代には、信じがたい事件がたくさん起こり、そのいくつかは映画にもなっている。

 

このようなノワールのなかでもエポックメイキングだったのが、2008年から2010年にかけて放映されたドラマ『野良犬たちの掟』(Romanzo criminale)だろう。ローマを牛耳る犯罪組織マリアーナ団の趨勢を描いた一大叙事詩で、これが社会現象と言ってもよいほどの大ヒットとなった。さらにナポリの犯罪組織カモッラの抗争から着想を得た『ゴモラ』(Gomorra)、ローマの行政とマフィアの癒着問題を脚色した『暗黒街』(Suburra)と、人気ノワール・ドラマの系譜が続く。だから『黄金の一味』の前情報をつかんだとき、トリノの現金略奪事件という題材が、これらのドラマに比べて、ネタとして弱いのではないかと危惧した。ところが映画を観て、それはまったくの杞憂だったことがわかった。

 

まず、その脚本の妙に着目したい。事件に関わった三人の主人公メローニ、ザーゴ、そして映画序盤ではほとんど姿を現さない第三の男ウルフが、それぞれの視点で事件を体験する、いわば黒澤明羅生門』方式になっている。主人公が変わるごとに、新事実が明かされ、事件自体はあっけないものなのだが、鑑賞者を飽きさせずに惹きつける仕掛けがたくさん施されている。緻密な脚本をアルフィエーリと一年かけて共同執筆したのは、エドアルド・レオ主演映画『私が神』で監督を務めたアレッサンドロ・アロナディーオ、アルフィエーリ監督のデビュー作『最悪の男たち』(I peggiori)からタッグを組むレナート・サンニオ、人気コメディー『お帰りなさい、大統領』(Bentornato Presidente)の監督ジュゼッペ・スタージ。アルフィエーリと同年代で、30代半ばから40代前半の彼らは、互いの作品に関わり合い、また各々で活躍している印象を受ける。今後のイタリア娯楽映画の重要な担い手となっていくだろう。

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メローニ役のジャンパオロ・モレッリ(左)とヴィンチェンツォ・アルフィエーリ監督(右)

 

もう一つのポイントは、アルフィエーリがハイブリッドな感覚を持った監督であるということ。長編第一作『最悪な男たち』はヒーローものを選んだが、二作目はノワールで勝負したいと、当初から考えていた。そんな彼のもとに、脚本の共同執筆者サンニオが、トリノの現金略奪事件の新聞記事を持ってくる。記事の末尾に書かれた「もしこの事件を映画化したら、『いつもの見知らぬ男たち』(I soliti ignoti)のように始まって、『レザボア・ドッグス』(Reservoir Dogs)のように終わるだろう」という一文を読み、両作品の大ファンだったアルフィエーリは、この事件を自分の長編二作目の題材にすることを決意したのだった。

 

『いつもの見知らぬ男たち』は、イタリア式喜劇の第一人者マリオ・モニチェッリの代名詞的作品。『レザボア・ドッグス』はクエンティン・タランティーノの記念すべき処女作だ。どちらも、ろくでもない悪人たちが出てきて強盗を企み失敗するという点で、『黄金の一味』に通じるものはある。どう始まって、どう終わるかはさておき、記事の文言に共鳴するほど、アルフィエーリのなでは、イタリア映画とハリウッドが骨肉になっている。その事実は、『アトミック・ブロンド』『ダンケルク』『暗殺の森』などなど、インタビューの端々で彼が引用する作品名からもよくわかる。イタリアのノワールの系譜のみに収まり切らない、彼のハイブリッドな感覚が、本作に深い味わいをもたらしている。

 

『黄金の一味』の上映日程はこちらでチェック!

 

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そしてイベント開催にあたり、難しい状況下でイベントの意義を汲み賛同してくださった協賛社さま、ありがとうございました! 今回は、イタリア産のワインとフードの輸入を手がける日欧商事をご紹介。

 

「私たちはイタリアのスペシャリストです」のモットーの下、「本物のイタリアの味」を日本の消費者に紹介しています。

イタリアのトップブランド、トップクォリティーの商品の提案において最も先進的で機動的であること、それがJETの強みです。

1981年に設立以来、JETは常にイタリアワインと食材の市場をリードしてきました。

現在、JETはイタリアの全20州からトップブランドの名にふさわしいワインを揃え、ガストロノミーの発展のため、次世代の方々の成長のために、商品だけでなく、豊かな食と文化の活性化を目指しています。

その特徴は、イタリアの食文化と人、そして食品マーケットに精通しているイタリア人のオーナーとスタッフが「素材」と「味」をリサーチし、選んでいること。

イタリアとの幅広く、太いパイプとコミュニケーションにおいて、他社の追随を許さない際立ったノウハウといえます。

 

イタリアの食文化を通し、日本とイタリアの架け橋になることを使命としています。 次世代に続く、豊かな食文化の発展のために活動していきます。 

 

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開催宣言! エドアルド・レオ特集上映 〜イタリア娯楽映画の進行形〜

どうも、僕です。野村雅夫です。

この秋、結成15周年の京都ドーナッツクラブは、「エドアルド・レオ特集上映 〜イタリア娯楽映画の進行形〜」という映画イベントを開催します。

10月16日(金)〜25日(日)アップリンク吉祥寺

10月23日(金)〜29日(木)アップリンク京都

10月30日(金)〜11月7日(土)アップリンククラウド

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そもそも京都ドーナッツクラブは、まだ日本で知られていないイタリアの作品、つまり本邦初公開のものを紹介したいという考えが、結成当初からありました。スピードこそかなりのスローペースではあるものの、イタリア好きの翻訳者集団である僕たちは、演劇も、小説も、映画も、そうしてひとつひとつ手がけて発表してきました。

 

映画については、イタリア映画祭というイベントが春にあります。イタリア文化会館朝日新聞が共催しているもので、毎年10本強の新作がかかるので、東京と大阪でこのイベントに参加すれば、概ね現在の向こうのシーンがわかるという仕組みができあがっています。ただ、様々な理由でこの映画祭で抜け落ちる良作があることも事実。僕たちとしては、そうしたものを拾い上げては字幕をつけ、「映画で旅するイタリア」というイベントにして東京と関西で上映しながら、日本におけるシーンの把握状況を勝手に補完してきたつもりです。なかなかの労力なので、毎年はできずにいましたが…

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そして、2020年。コロナ禍。イタリア映画祭は、2001年のスタート以来、初めての中止。少なくとも、春の時点ではやむを得ない決断だったと思います。ただ、映画の灯を絶やしたくはない。イタリア映画のまばゆい光が闇に飲まれてしまうのを、指をくわえて見過ごすのは辛い。折しも、京都ドーナッツクラブは結成15周年。よし、やろう! 重い腰を上げて、春から策を練ってきました。その結果、今年オープンしたアップリンク京都と吉祥寺、そして初めてオンラインでも開催することに。自治体への補助金の申請もしつつ、趣旨に賛同いただいた企業の皆さんのお力もお借りして、なんとかかんとかここまできました。

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この秋、お楽しみいただくのは、僕も仲間たちも前から注目していた映画人、エドアルド・レオ。僕たちの企画としては、初めて、人に焦点を合わせます。俳優としても、監督としても、彼はメキメキと頭角を現し、今やシーンの最重要人物のひとり、レオ。アーティスティックというより、娯楽映画を愛する男という印象で、僕は好感を持ってきました。本邦初公開が3本と、過去にイタリア映画祭でかかったけれど一般公開はされなかったものが1本で、合計4本。レオの魅力の片鱗くらいは掴んでいただけると思います。

 

このブログでは、作品のガイドや字幕制作の裏側など、ホームページ(近日公開)でお伝えしきれない内容を各メンバーが綴っていきますよ。イベントが始まるまで、ワクワクを高めるのに一役買うことができれば、これ幸い。

 

というわけで、改めて、開催宣言です。

エドアルド・レオ特集上映 〜イタリア娯楽映画の進行形〜」やりま〜〜〜す!

どうぞ、ご期待ください。

 

文:野村雅夫

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そしてイベント開催にあたり、難しい状況下でイベントの意義を汲み賛同してくださった協賛社さま、ありがとうございました!

今回は、イタリア語およびヨーロッパ言語の観光ガイド・アシスタントになるためのグイダプリマベーラ養成講座をご紹介。

インバウンド業務のプロフェッショナル株式会社JAPANISSIMOが母体となって立ち上げた一般社団法人日本ツーリストガイド・アシスタント協会。協会ではガイド・アシスタントを養成するグイダプリマベーラ養成講座をイタリア語、スペイン語、フランス語で定期開催。その他、野外講座、翻訳講座、文化セミナーなど、入会していただくと語学を使ったお仕事につながる様々な特典が用意されています。

下記バナーから公式ホームページへアクセス!

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映画『糸』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 9月1日放送分
映画『糸』短評のDJ'sカット版です。

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平成元年生まれの、高橋漣と園田葵。北海道の美瑛で生まれ育ったふたりは、13歳の夏の花火大会で出会って恋に落ちます。ところが、葵はある日、忽然と姿を消します。遠く札幌まで出向き、必死に葵を探し出した漣は、彼女が義理の父親からの虐待に苦しんでいたことを知り、ふたりで駆け落ちをしようと持ちかけますが、中学生にそんな大それたことができるわけもなく、ふたりはあえなく警察に保護され、引き離されます。8年後、地元のチーズ工房で働いていた漣は、親友の結婚式で上京。そこで葵と再会。ただ、既に別々の人生を歩み出していたふたりは、互いに踏み込めないまま。漣と葵を中心に、ふたりが関わる大勢の登場人物が織りなす布が、平成という時代を舞台に広がります。
 
モチーフとなったのは、ご存知、中島みゆきの数ある代表曲のひとつ『糸』。『8年越しの花嫁 奇跡の実話』の製作総指揮を務めた平野隆が、5年前から映画化の企画を温め、何度も一緒に仕事をしてきた『藁の楯』『空飛ぶタイヤ』などの林民夫が脚本を担当。監督は、予算規模大小様々な作品で結果を残している名匠、瀬々敬久(たかひさ)。音楽は亀田誠治
主人公漣と葵は、菅田将暉小松菜奈が演じた他、成田凌高杉真宙山本美月、馬場ふみか、倍賞美津子二階堂ふみ松重豊斎藤工榮倉奈々などなど、豪華な面々が揃い踏みの超話題作です。
 
僕は先週火曜日の昼過ぎ、MOVIX京都で鑑賞してきました。コロナ対策のもとオープンしているスクリーンに入るだけ入ったんじゃないかというくらいの大盛況。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

98年にリリースされ、平成を代表する歌のひとつとして愛され続ける『糸』。みゆきさんが、知人の結婚を祝って作られたもの。実際に結婚式で流した方もいるでしょうし、そういうウェディングに参列したというケースもあるでしょう。「縁は異なもの味なもの」で、結ばれるふたりの幸せを願うという内容。多くのポップソングがそうであるように、とても抽象化された歌詞なので、聞く人が自分や誰かの人生をそこに重ねられる。つまり、リスナーごとの『糸』があると考えると、歌の映画化って、なかなか難しいわけです。

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(c)2020映画「糸」製作委員会

そこへいくと、この物語の優れているのは、もちろん、主役の男女2人が結ばれるというメロドラマとしての柱はありつつも、平成30年間にふたりが巡り合う、鑑賞後もその顔をありありと思い出せる15人ほどの登場人物それぞれの糸もうまく織り込んでいることです。劇映画にする以上、歌のような抽象化はできないわけで、むしろとことんあらゆる要素を具体的に描いていかないといけない。そこでふたりばかりを熱心に描いていると、おそらくは時代を描くこともできなかったろうし、歌が好きな人ほど冷めてしまっただろうと思うんです。その危険を回避するどころか、むしろ映画ならこうすべきという、音楽とのメディアの違いを活かした運びになっていました。

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(c)2020映画「糸」製作委員会
映画の『糸』は、歌の『糸』同様、良い意味で大衆的な作品になるよう要請されたはずです。豪華なキャストを揃え、大規模なロケをあちこちでして、つまりはかなりの予算を投じて製作された。のであれば、きっちりその分、幅広い世代の数多くの観客を動員しないと利益を生みませんから。でも、そうやって最大公約数を狙った映画の多くが、悪くないんだけどそこまで心動かなかったり、下手すりゃ映画ファンから酷評されることも多いのはご存知の通りです。これはメロドラマですからね、正直なところ、僕は観る前は心配していました。ベタベタの演出が相次いだらどうしようって。その点、瀬々監督はうまい。ベタはやります。お約束もやります。なんだかな〜っていうショットも、そりゃ、ありました。でも、どのシーンも余韻がサラリとしている。それは、ショットの切り替えが早めなところに理由のひとつがあるように思います。どうだ、この絵は。ここ感動するだろう。泣けるだろうってのをダラダラ見せない。なんなら、もうちょい長く観たいところですら、サッと次へいっちゃう。それが故に、描写していない時間・場面のキャラクターたちが、どうしているかっていう、こちらの想像の余地なんですよ。さらに、特に日本の大作映画の良くない習慣と言われがちな回想シーンにも工夫がありました。回想はちょいちょい入るんです。ただ、それはやみくもに同じものをもう一度流すんではなく、必ず、一度目と別アングルとか、同じ場面でも画面内の人物を変えてあるんです。だから、回想に新たな情報があって、だれない。むしろ、深みが増している。

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(c)2020映画「糸」製作委員会

そんな作り手たちの矜持に、キャストはそれぞれベスト級の演技で応えました。ひとりひとり話す時間はありませんが、菅田将暉はやはりすごい。20代前半の、思った人生と違うものを生きている感じ。俺なんかどうせっていう雰囲気をまとっている野良犬感が好きです。あとは小松菜奈の食べる演技。何度も出てきますが、その違いの見せ方。さらには、成田凌です。僕はもう既に観ている、11日公開の『窮鼠はチーズの夢を見る』と見比べると、彼がいかに天才的かよくわかります。
 
とまぁ、語るトピック山ほどあれど、糸と糸が結ばれて布になるのを描くだけでなく、レンズと画面サイズをどんどん変えながら、もっと俯瞰で、大きく複雑な文様のタペストリーに編み上げた、映画『糸』。今年の大作映画としては、今のところトップの見応えでしょう。
実は石崎ひゅーいも意外なところで出演していて不意打ちをくらいました。キャスティングが絶妙だったなぁ。

さ〜て、次回、なんですが、来週は僕が休暇を取りますので、一週空けて、2020年9月15日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ソワレ』です。ソワレという字面を目にすると自動的に京都の純喫茶が浮かんでしまう僕ですが、舞台は和歌山なんですね。そして、新世界合同会社の第一回プロデュース作! これは豊原功補小泉今日子、外山文治監督が設立した映画制作会社です。日本のインディー映画に新たな夜明けが来るのか? 俄然、興味が湧いてきました。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『シチリアーノ 裏切りの美学』待望のベロッキオ最新作公開!

60年代から活躍するイタリア映画界の巨匠マルコ・ベロッキオの新作『シチリアーノ 裏切りの美学』が日本で観られる! 僕はすぐさま宣伝の担当者に掛け合って、ポスターを取り寄せ、事務所のチルコロ京都に掲示した。この密な構成。意味深な花びらの配置。ゾクゾクするではないか。原題はシンプルに「裏切り者」(Il traditore)。悪名高きシチリア・マフィアの組織コーザ・ノストラに忠誠を誓ったはずの男が、なぜ裏切ったのか。いや、国や地域のことを思えば、彼は英雄ではないのか。前半はダイナミックな編集で逮捕に至るまでの道程が描かれ、後半はジリジリとした法廷劇へと様変わりする。

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マフィア映画はロマンティシズムで様式化されたものや、克明かつドライに血なまぐさい逃走劇に仕立てるものが多かったように思うが、少なくともイタリアでは、今世紀に入ってから、『マフィアは夏にしか殺らない』『俺たちとジュリア』『シシリアン・ゴースト・ストーリー』『愛と銃弾』など、日本で上映されたものだけでも描き方が多様化していることがわかる。コメディー、ファンタジー、ミュージカルといったジャンルと掛け合わせることが多くなっている。大きな物語≒歴史の中の個人にこれまで何度も焦点を合わせてきたベロッキオ監督は、映画内の時間を場面ごとに伸び縮みさせながら、実在したブシェッタという男の虚無をあぶり出していく。その点で、マフィア映画に新たな語り口の可能性が加わったのかもしれない。8月28日(金)の全国公開を記念して、今回は女性のメンバーふたりが作品を鑑賞して感想を寄せた。 (野村雅夫)

1980年代初頭、シチリアではマフィアの全面戦争が激化していた。パレルモ派の大物トンマーゾ・ブシェッタは抗争の仲裁に失敗しブラジルに逃れるが、残された家族や仲間達はコルレオーネ派の報復によって次々と抹殺されていった。ブラジルで逮捕されイタリアに引き渡されたブシェッタは、マフィア撲滅に執念を燃やすファルコーネ判事から捜査への協力を求められる。麻薬と殺人に明け暮れ堕落したコーザ・ノストラに失望していたブシェッタは、固い信頼関係で結ばれたファルコーネに組織の情報を提供することを決意するが、それはコーザ・ノストラの ”血の掟” に背く行為だった……  (公式サイトより) 

「知っているイタリアの映画といえば『ゴッドファーザー』かな」という話を耳にすることがあります。同作は50年近くも昔の1972年にアメリカで制作された映画ですが、それくらいマフィアの映画といえばイタリアというイメージが強いようです。実際にイタリアの映画には大なり小なりマフィアを取り上げるものは多く、近年では市民目線でのマフィアを描いた2013年の『マフィアは夏にしか殺らない』や、私たち京都ドーナッツクラブが字幕制作を担当したノワール・ミュージカルの2017年『愛と銃弾』などでもマフィアの存在が描かれています。ただし、マフィアと一言でいっても、その組織はひとつではなく複数の個別の組織が存在します。前者で取り上げられたのはシチリアコーザ・ノストラ、後者ではナポリのカモッラであり、イタリアでは区別して認識されており、カラブリアンドランゲタ、プーリアのサクラ・コローナ・ウニータと合わせてイタリアの四大犯罪組織と言われています。今回紹介する映画は、シチリアコーザ・ノストラの一員だったトンマーゾ・ブシェッタを取り上げた作品です。

愛と銃弾 マフィアは夏にしか殺らない(字幕版)

ブシェッタはコーザ・ノストラを裏切って検察側に寝返った代表的人物として有名な存在。映画の前半は銃撃戦に逮捕・拷問といったザ・マフィア映画なシーンが繰り広げられ、後半はブシェッタが法廷でかつての仲間たちと争うシーンを中心に描かれています。画面に現れる死者のカウンターや拷問されて血まみれのブシェッタといった強烈なシーンが続く一方、印象に残ったのは彼の使う「裏切り」という言葉でした。ブシェッタは組織にとって裏切り者であり、この映画の原題も『Il Traditore(裏切り者)』です。彼が自供を経て故郷のパレルモに戻った夜も一番に目に入るのは大きな「TRADITORE」の文字の落書き。法廷で投げかけられる「裏切り者!」という罵声。実の姉も夫を組織に殺されブシェッタの名すら名乗りたくないと嘆く。誰にとってもブシェッタは裏切り者なのです。

 

しかし映画が進むにつれ、原題である「裏切り者」はブシェッタ一人ではないように思えてきました。法廷での主人公は、自身をコーザ・ノストラに忠誠を誓った「名誉ある男」のままであり決して改悛などしていないと主張し、本当の意味で「コーザ・ノストラ」を裏切ったのは自らが告発したかつての仲間たちだと訴えます。彼にとっては、目先の金に目をくらませ女子供まで無差別に殺め組織を堕落させていった人物こそが「裏切り者」でした。名誉ある社会であったはずのコーザ・ノストラは裏切り者たちに殺されたも同然であり、真実を口にしたのは組織が自身が誓いをたてたものとは別のものに成り下がってしまったからでした。「何を」裏切ったかという視点を変えてみると、裏切り者はあちらにもこちらにも存在します。そして終盤に法廷の場に現れるのは超大物の政治家。首相や大臣職を何度も務めたイタリア政界のドンである彼は、コーザ・ノストラと深い関係があったと言われており、複数の事件の黒幕として実際に起訴されています。彼もまた裏切り者であったとしたら、いったい何を裏切ったのでしょうか。

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©IBC MOVIE/KAVAC FILM/GULLANE ENTRETENIMIENTO/MATCH FACTORY PRODUCTIONS/ADVITAM

ところで、私のイタリア映画を観る楽しみのひとつは登場人物の身振り手振りの観察です。イタリア人の豊かな感情表現とジェスチャーとは切っても切り離せない関係。興奮する弁護士、動物園のような場を取り仕切る裁判官、監房の柵に隔たれた被告たち。裁判の行方も気になりますが、それぞれが言葉では足りないと言わんばかりに上下左右させる手にも目が奪われます。スパダーロ被告と弁護士の手だけの会話には思わずにやりとしてしまいました。「イタリア人を黙らせるには手を縛ってしまえばいい」という言葉を耳にしたことがあるのですが、各所に散りばめられる「口ほどにものを言う」登場人物たちの手の動きに注目しながら鑑賞するもの一興です。 

(文:チョコチップゆうこ)

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©IBC MOVIE/KAVAC FILM/GULLANE ENTRETENIMIENTO/MATCH FACTORY PRODUCTIONS/ADVITAM

見応えのある2時間半だった。イタリア文化やイタリア語を知っていく過程で、「マフィア」は必ずと言っていいほど出会う話題ではないだろうか。ハリウッド映画の「ゴッド・ファーザー」でシチリア=マフィアがいる場所というイメージをお持ちになった方もいるだろう。現在もマフィアとイタリア社会との関わりは深く、イタリア映画界では定番の題材となっている。

 

本作は、シチリアのマフィア組織「コーザ・ノストラ」で1980年代に激しくなった内紛から1994年の「ファルコーネ判事暗殺事件」、マフィアの大量検挙に至るまでの史実を、告発者トンマーゾ・ブシェッタの視点から描いたものだ。エンドロールで断り書きがあるように、演出上の誇張や創作が入っているとはいえ、ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ演じるトンマーゾの「人間味」にすっかり魅了されてしまった。善人であるかについてはさておき、格好よかった。原題はIL TRADITORE(裏切者)であるが、トンマーゾは「自分は裏切者ではない」と断言する。邦題のとおり、シチリアーノ(シチリア人)としての美学を貫き、組織に本来の秩序を取り戻そうとした。彼の立ち居振る舞いにぜひ注目してほしい。

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©IBC MOVIE/KAVAC FILM/GULLANE ENTRETENIMIENTO/MATCH FACTORY PRODUCTIONS/ADVITAM

場面は、キリスト教の行事を祝う華やかなパーティーから始まる。男たちの間にある独特の緊張感と交わされる視線は、何かが起こりそうだと観客に予見させる。その後、殺人による権力争いから主人公が逃れ潜伏先のブラジルからイタリアに送還されるまでが、アクセルを吹かすように一気に展開、主人公がローマの警察署でファルコーネ判事と出会うころから徐々に作品のテンポ、そしてトンマーゾ自身が落ちついてきて、観客側もじっくりと状況を見守る態勢になっていく。

 

観終わってすぐに、もう一度観たくなった。私がこの有名な事件の数々を詳しく知らなかったことも大きいと思うが、多彩な登場人物それぞれの立場を知ったうえで「あの時あの人はどんな動きをしていたのか」と解明しながら観る2回目以降は、きっともっと楽しめるだろう。当時の警察のマフィアに対する処遇、裁判の様子などもとても興味深く、音楽の効果も見事なので物語の世界をたっぷりと堪能できると思う。自分とは全く次元の違う話に感じていたが、事件や裁判の日付が画面に出るたびに、自分は当時日本で子ども時代を過ごしていたのだと気づいて、同じ時間を生きていたことになんとも不思議な気持ちになった。

(文:あかりきなこ)