京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『マーメイド・イン・パリ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月2日放送分
『マーメイド・イン・パリ』短評のDJ'sカット版です。

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パリのセーヌ川に停泊するボートハウスの船底にある秘密のクラブ「フラワーバーガー」。父親の経営するそのお店でウクレレを弾き語る歌手として働くアラフォーのガスパールは、お店の歴代の歌手との失恋により、今や心を閉ざして生きていました。ある晩、怪我をしてセーヌ川の岸辺に打ち上げられた美しい人魚ルラを発見した彼は、彼女を家に連れ帰ってバスタブに入れてやり、介抱するのですが、ルラの歌には特殊な力があり、聴いて魅了されてしまった男は心臓がダメになって死んでしまうというのです。ガスパールの運命は?

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原作、監督、脚本、音楽を担当し、出演もしているのが、マチアス・マルジウ。フランスのマルチなカリスマ・アーティストとして評判のマチアス・マルジウですが、実写の長編としてはこれがデビューになります。ガスパールを演じたのは、ニコラ・デュヴォシェル。人魚のルラはマリリン・リマ、そしてガスパールの隣人として強烈な印象を残すロッシをロッシ・デ・パルマが演じています。
 
僕は先週木曜日の午後、MOVIX京都で観てきましたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。


ぴあ関西版の華崎さんがこの番組でいち早く紹介してくれた時には、同じくフランスのジャン・ピエール・ジュネアメリ』を引き合いに出していました。それはもう納得という小道具の数々と、画面の色味の鮮やかさでしたよ。加えて、異形のものとの恋愛ということでは、ギレルモ・デル・トロの『シェイプ・オブ・ウォーター』を思い浮かべてしまいますが、男女が入れ替わっているものの、やはり近いものはありました。あとは、お話も考えられるし、アニメも実写もその組み合わせもお手のものっていう意味で、ティム・バートンや、同じくフランスのミシェル・ゴンドリーも念頭に置きたくなる。中には、これもフランス、ジャン・コクトーを引き合いに出して語る人までいます。実際、今挙げた監督たちの作品が好きな方なら、少なからず楽しめること請け合いです。

ジャック&クロックハート 鳩時計の心臓をもつ少年 [DVD]

マチアス・マルジウ監督は、現在46歳。エンタメシーンに出てくるきっかけは、まずは音楽でした。この映画のサントラも手掛けているバンド、デュオニソスのフロントマンとして、93年にデビュー。その後、小説も書くし、アニメも作るしとすごいです。監督としてのデビューは、アニメが先で、『ジャック&クロックハート 鳩時計の心臓を持つ少年』が2013年に出ています。ダーク・ファンタジーで、日本でもDVDが出ています。せっかくなんで、マチアス・マルジウをこの機会に覚えておきたいと、色々こうして話すくらいに、僕は気に入っていますよ、この映画。

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(C)2020 – Overdrive Productions – Entre Chien et Loup – Sisters and BrotherMitevski Production – EuropaCorp – Proximus
もうオープニングがツカミはオッケーでしたもん。セーヌ川が増水して大変なんだけど、路面の水が美しさもたたえるパリの街を、ガスパールがローラースケートで疾走していく。ローラースケートってチョイスが絶妙ですね。単に走るのとは違う、自転車とも違う、映像のスピード感。そこから自然とストップモーション・アニメに移行して、プロローグで大づかみに作品のテイストを伝えつつ、ここだけでもうかなりの満足感でした。実験映画的な、とにかく驚かせることが好きな、僕たちの視覚をぐいぐい刺激してくるタイプの演出家なわけですが、好ましいのはCGを基本的に使っていないことです。あの秘密のクラブ、フラワーバーガーには、サプライザーと呼ばれるエンターテナー、パフォーマーが連綿と所属していたんだけれど、今やガスパールを残すのみ。そんな彼がバイブルとしているのは、創業者である祖母から受け継いだ、サプライザーの心得みたいな本ですよ。それって、全部アナログなんですよね。まずは想像力。CGに限りある予算を使うのはもったいない。画面には何度も本が出てきますが、飛び出す絵本を通り越して「飛び出し過ぎの絵本」になってるのもいい。考えりゃ、スマホSNSなんて現代なのに出てこないのね。SPレコード、ブラウン管テレビなどなど、とにかく画面に映る美術がわくわくです。視聴覚芸術として何でも盛り込める映画という装置こそがサプライザーなんだという監督の信念が伝わります。お隣さんのロッシも含め、キャスティングもハマっていました。

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(C)2020 – Overdrive Productions – Entre Chien et Loup – Sisters and BrotherMitevski Production – EuropaCorp – Proximus
そもそも監督がダーク・ファンタジーな発想の持ち主なので、キュートで愛らしくとも、必ず毒っ気やおどろおどろしさと背中合わせなのも魅力です。のぞきや盗み聞きもあるし、人も死にます。それにそもそも、ガスパールは心を閉ざしている。邦題ではマーメイドってなっていますが、原題はUne sirèneだから人魚というよりセイレーンなんですね。船乗りたちに恐れられた、言わば魔物です。その異形感と魅力を、ここも手作り感のある造形でルラというヒロインに体現させました。彼女と接するのは命がけ。彼女も人間に殺されないように歌声で身を守ってきた。歌で船乗りたちを魅了して心臓を破裂させてしまう。恋をしてはいけない。歌が恋を誘う。その恋は時に人を死に至らしめる痛みにもなれば究極の喜びである。これは実はまんまアニメ映画『ジャック&クロックハート 鳩時計の心臓を持つ少年』と重なるんで、マルジウさんの表現のテーマなんでしょう。恋と音楽。痛みと喜び。僕はまだまだ彼の作品に触れてみたい。

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(C)2020 – Overdrive Productions – Entre Chien et Loup – Sisters and BrotherMitevski Production – EuropaCorp – Proximus
脚本のブラッシュアップは正直必要だと思います。キメっていうシーンをつなぐ何気ない場面がぼんやりしていたり、説明が上手いタイプではないのでもたついたりと問題もありますが、僕としては現時点では好ましさが弱点を上回るように感じています。サプライザーたるマルジウさんの小説や絵本も読んでみたいです。ヨーロッパ的な遊びの感覚とユーモアが好きな方は特に、ぜひご覧ください。
この主題歌も楽しかったなぁ。で、僕がポイント高いなと思ったのは、ガスパールの声です。渋い声してるんですよ。イケボなの。でも、家はあんなに愉快でかわいい感じ。このギャップがたまりませんでした。そして、ふたりで一緒に吹くあの特殊な構造のハーモニカもロマンティックだったなぁ。うっとり。


さ〜て、次回、2021年3月9日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『あのこは貴族』です。来週も魅力あふれる女性の登場ですね。門脇麦水原希子格差社会をえぐるような作品なのかどうなのか。しっかり観てまいります。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!   

人生のロスタイムを描くイタリアンコメディ『ワン・モア・ライフ!』3.12公開!

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「人って死んだらどうなるの?」
 
子供の頃から死後の世界に興味があった私は、よく周囲を困らせる質問をした。大人からは誰からも納得のいく答えを得られなかったが、かわりに映画が未知の世界を教えてくれた。
 
例えば『天国は待ってくれる』(1943年)では、閻魔大王曰く、“すぐに天国に入れなくても別館の小部屋に時々空きが出る”のだそうだ。本館への移動は数百年待たされることもあるが、希望すれば別館で待機できるらしい。そのあと本館での審査に通れば天国に行けるというユニークな制度に、私の想像は膨らんだ。 

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そんな中、今回、さらに面白い世界に出会った。それがダニエーレ・ルケッティ監督の最新作『ワン・モア・ライフ!』だ。

中年男のパオロはある日、いつもの交差点で交通事故死してしまう。天国の入口は大混雑、寿命に納得できない人々が役人に猛抗議している。パオロも窓口で抗議すると、前代未聞の寿命の計算ミスが発覚。審議の結果、92分間だけ寿命が延長され、監視の役人付きで現世に戻ることになる。

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© Copyright 2019 I.B.C. Movie

原作はフランチェスコ・ピッコロの2冊の短編集『Momenti di trascurabile felicità』(取るに足らない幸せの瞬間)と『Momenti di trascurabile infelicità』(取るに足らない不幸の瞬間)で、監督と原作者が共同で脚本を執筆し、映画化した。初めから主人公をピフ(ピエールフランチェスコ・ディリベルト)に想定して書いたという監督の思惑通り、憎めないダメ男をピフが好演している。映画の舞台になったパレルモの街並も美しく、死の恐怖を感じさせない仕上がりだ。

 

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それにしても、まさか人生にロスタイムが与えられるとは思ってもいなかった。さすがサッカー大国、イタリアである。92分という中途半端な制限時間にもお国柄が滲み出ている。物語は自由奔放に生きてきた男が死をきっかけに内省し、家族との絆を取り戻そうと奮闘するのだが、日常の些細な幸せの見せ方が上手い。有限な時間を意識させる時計の針音も効果的だ。いつ起こるかもしれない大地震やウイルスの感染拡大など、今や私たちの誰もが“死”を意識せざるを得ない状況だ。ライフスタイルも大きく変化した。こうした背景からも「些細な幸せの瞬間」の重要性がリアルに感じ取れる。きっと誰もが生の尊さや日常のありがたみを再考する良い機会になるだろう。結末については、ぜひご自身の目で確かめてもらいたい。

 

ロスタイムを経た今、私の死後の世界の想像はますます膨らむばかりだ。

 

(文・ココナツくにこ)

 


 

『ワン・モア・ライフ!』

2021年3月12日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

 

監督・脚本:ダニエーレ・ルケッティ(『ローマ法王になる日まで』)
出演:ピエルフランチェスコ・ディリベルト(ピフ)、トニー・エドゥアルト
2019年/イタリア/94分/シネスコ/5.1ch/言語:イタリア語/原題:Momenti di trascurabile felicità/英題:Ordinary Happiness/日本語字幕:関口英子/後援:イタリア大使館イタリア文化会館/提供:ニューセレクト/配給:アルバトロス・フィルム
© Copyright 2019 I.B.C. Movie

 

one-more-life.jp

 

『花束みたいな恋をした』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月23日放送分
『花束みたいな恋をした』短評のDJ'sカット版です。

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2015年の冬。京王線明大前駅で終電に乗り遅れたことをきっかけに出会った大学生の麦と絹。その夜から始まったふたりの恋を5年、つまり2020年の冬まで追いかけていくラブ・ストーリーです。好きな音楽や映画の話に花を咲かせ、共通体験、想い出を増やしたところへやってくるのが、避けて通れない就職活動。ふたりは卒業のタイミングで同棲を始めます。愛の城もできあがり、楽しい時間はますます輝くのですが… 同時にすれ違いも生まれていきます…

ユリイカ2021年2月号 特集=坂元裕二――『東京ラブストーリー』から『最高の離婚』『カルテット』『anone』、そして『花束みたいな恋をした』へ…脚本家という営為 【映画パンフレット】花束みたいな恋をした 監督 土井裕泰 出演 菅田将暉、有村架純、清原果耶、細田佳央太、オダギリジョー、

 東京ラブストーリー』『カルテット』など、連ドラの名手である坂元裕二が10数年ぶりに映画のオリジナル脚本を手掛けました。監督は、元TBSの社員でドラマ出身、映画だと『いま、会いにゆきます』や『罪の声』の土井裕泰(のぶひろ)。主演のふたりは、当て書きだったそうです。麦は菅田将暉、絹は有村架純という、同い年、ふたりとも今月誕生日だった、箕面、伊丹と同じ北摂出身のコンビが演じます。

 

いつもなら、短評後にサントラから関連曲のオンエアへとつなげるのですが、今週は先にこのインスパイアソングをかけました。デビューの頃から贔屓のバンドのひとつではありましたが、ここに来て大名曲をものにしました。特にPORINさんは、主演のふたりとの会話も含めて、達者な演技も見せていましたね。


僕は先週水曜日の昼、TOHOシネマズ梅田、久々に一番大きなスクリーン1で鑑賞しました。レディースデイだったとはいえ、平日の昼間ですよ、かなり入ってました。若いカップルが多かったですが、僕の世代、さらには上の世代の女性がおひとりでってケースもよく見かけました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

似た者同士のカップルっていうのがいますね。趣味、価値観、服装が似ている。似ているから好きになるのか、同じ体験を重ねていくから似てくるのか。麦と絹はまさにそのパターンです。同じ終電を逃す。喋り始めたら、好きな映画、作家も同じ。同じ曲を口ずさめるし、ガスタンクやミイラを愛でるという適度にマニアックなセンスも近いものがある。なんなら、同じ芸人、同じ日の単独ライブのチケットを取っていながら、同じくスケジュール管理ミスで観そびれている。ここまで来ると、運命的。って、そりゃ、若いふたりは思うでしょうよ。どちらもフリーだったら、そりゃ告白しますね。そして、恋はメラメラ燃え上がる。大学生は時間たっぷりありますから、一緒に過ごす時間がまた燃料になって、恋愛は勢いを維持。永遠にこの日々が続けばいい。このまま、とにかく現状維持したい。これは、大人になる前の猶予期間、モラトリアム期の恋愛の特徴ではないでしょうかね。

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(C)2021「花束みたいな恋をした」製作委員会

ところが、ふたりもそれぞれ食べていかなくちゃいけない。たとえ新卒でなくとも、モラトリアムを延長したとしても、やがては社会に出ていかなくちゃならない。その時に、好きなものを仕事にするのか、それとも好きなものは趣味にしておくのか。このあたりが、麦と絹にとっての初めてのはっきりした価値の分かれ道になっていきます。それは似た者同士にとっては試練ですよね。

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(C)2021「花束みたいな恋をした」製作委員会

考えてみれば、いくら似ていても、当たり前ですが、まったく同じだと人は惹かれ合わないんですよね。僕だって僕自身とはつきあいたくないもの。違いがある。わからない。究極にはわかりあえない。からこそ、実は恋愛は楽しいのであって、似た者同士の確認からスタートすると、その先にはどうしたって試練があるもの。そして、その試練への対応によっては、すれ違いが軌道修正のきかないものになってしまう。

 
坂元裕二は連ドラの名手で、長い尺でじわじわとエピソードを積み重ねて、キャラクターが脚本家の意図を越えて動く様子ってのを最初から決め込まずに進められるそうですが、映画の場合はそうはいかない。5年間を描くと先に決めて、5年分の日記を20枚ぐらい書いていったそうです。どんどん話を進めていこう、ディテールを積み重ねていこうと方針を転換したことが奏功しているわけですが、信念としては、恋愛の結果ではなく、恋愛そのものの面白さを描きたいということ。Instagramを介して、モデルになる人物を徹底的にリサーチするなどして得られた圧倒的に豊かで緻密なリアリティーは、ここまで来ると、小手先の恋愛あるあるを越えて、菅田将暉の言葉を借りれば、「共感大喜利の達人」の域に達しています。その共感をどこにより強く覚えるか、それが観客によって違うからこそ、この映画は語り甲斐があるし、世代によってもまた受け取り方が変わってくるんだと思います。ふたりがのめり込むカルチャーへの共感もあれば、絹の印象的なセリフをなぞれば「始まりは、終わりのはじまり」という部分への共感もある。そして、後者に共感すると、これは僕みたいに麦と絹と脳内で同棲するはめになります。大変です。

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(C)2021「花束みたいな恋をした」製作委員会
土井監督の演出は脚本をとても大切にしながら、僕はふたりの視点の切り替えと編集によるシーンの切り替えの巧さで映画的な面白さをリズミカルに作っていたと考えています。というのも、ふたりのモノローグが多いこの台本って、ともするとかなり演劇的なので、下手すると映画の醍醐味が損なわれかねないと思うんですが、そこは回避されていました。

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(C)2020「喜劇 愛妻物語」製作委員会

それにしても、僕みたいな大人になりきれない人間は、喰らいましたね。と同時に、面白かったのは、最近論じた『喜劇 愛妻物語』と重ね合わせてしまったことです。あの夫婦は終わりのないモラトリアム恋愛の悲劇であり喜劇。荒れ地に咲いてはしおれる雑草のような花でした。麦と絹は、終わりを迎えて花束になったけれど、もう咲くことのない花瓶の花。いつかこの2本をまたゆっくり二本立てで観てみたいなと感じています。そんなイベント、面白そうじゃないですか? 鑑賞後、天国か地獄か、それはまだ僕にもわかりません。
この映画には、大友良英さんが見事な劇伴を作曲されています。これも良かったんですが、今日は、劇中のとあるシーンで絹ちゃんがなんとジャクソン・ブラウンのTシャツを着ていたことに着目して選んでみました。いい趣味してんなぁ。ますます、絹ちゃん、好き。そして、物語を踏まえて、こんな曲を選んでみました。
 
ここ1週間、とにかく夢中になってしまった作品でしたが、反芻するうちに、特に麦くんの中盤からの変節に関しては、思うところがあるというか、いくらなんでも変わり過ぎでないかと感じてみたり。う〜む。まだしばらくは、よくできたパンフレットをパラパラめくりながら反芻する日々が続きそうです。

さ〜て、次回、2021年3月2日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『マーメイド・イン・パリ』です。ぴあ関西版の華崎さんが当番組で以前紹介してくれた作品ですよ。『アメリ』とかミシェル・ゴンドリー作品と比較をされていたので、興味が湧いていたんですよね。人魚と人間の恋物語。今週のリアリティー重視からファンタジーへ。恋模様の描かれ方の違いに注目します。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!   

映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月16日放送分
『宇宙でいちばんあかるい屋根』短評のDJ'sカット版です。

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郊外のニュータウン、一軒家で両親と暮らすひとり娘、14歳のつばめ。お向かいさんの大学生、亨への恋心を抱いています。と、そこまではいいのですが、かつて自分を置いて家を出た実母に新たな家庭があることを知り、育ての母は現在妊娠中とあって、ただでさえ思春期のつばめの胸中はなかなか複雑です。彼女がホッとする場所は、書道教室の屋上。そこでひとり時間を過ごすことが多かったんですが、ある夜、態度のでかい、見知らぬ老婆「星ばあ」と出くわし、ふたりは交流を深めていきます。

宇宙でいちばんあかるい屋根 (光文社文庫)

原作は野中ともそが2003年に発表した同名ファンタジー小説。脚本・監督は、この番組でも昨年評した『新聞記者』や、現在公開中の『ヤクザと家族 The Family』の藤井道人、現在34歳。主人公のつばめをこれが映画初主演の清原果耶、星ばあを桃井かおり、大学生亨を伊藤健太郎が演じるほか、水野美紀、坂井真紀、吉岡秀隆などもそれぞれ存在感を発揮しています。
 
昨年9月4日に全国ロードショーとなったこの作品。僕は先週土曜日の午後、会社保養所でU-NEXTの配信を通して鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

僕は原作小説を読む時間が取れなかったんですが、インタビューに目を通すと、監督は原作のある種のパラレル・ワールドとしてこの映画を展開してみようと思ったそうです。3年かけてじっくり脚本を書きながら、脚色をするにあたっては、あえて原作にはないシーンについても入れようじゃないかと。その甲斐あってと言うべきでしょう。映画だからこその表現もあちこちにありました。
 
舞台となるニュータウンの規模感と環境を示すためにも効果的なオープニングのドローンによる鳥瞰ショット。定番の導入ですが、後に登場する星ばあが空を飛ぶんじゃないかというフリにもなっているし、後半で鍵になる屋根の色を意識させるような、鳥瞰、鳥目線を越えてまっすぐ見下ろす俯瞰のショットにもなっていました。僕には、ここにもう監督がこの映画全体を通して言いたいことの片鱗があるように思えたんです。それは何かと言えば、画一的に見えるこの世の中にあって、それでもよく見れば色んな人生があるし、そのどれもが愛おしいものではありませんかってことです。そのうえで、人生は有意義だし生きる価値があると。なんかこうして僕が言葉にすると安っぽいかもしれないけれど、映画にはそう想える要素がそこかしこにありました。

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(C)2020「宇宙でいちばんあかるい屋根」製作委員会
というのも、誰ひとり、初登場のシーンとまったく同じ印象のまま映画が終わるということがないんですね。つばめちゃんは、もちろん星ばあとの出会いによって世界の見方が変わるし広がります。でも、この交流は決して一方通行ではなく、星ばあがつばめから助けられもするし、ドーンと構えていたはずなのにコロッと同様を隠しきれなくなったりもする。つばめが憧れる亨も、爽やかでかっこいい大学生のお兄さんだけでなく、自分の感情を制御できない弱さも露呈します。つばめの元彼とされる同級生も、クラスメートの女の子も、書道教室の先生も、亨のお姉さんもその彼氏も、お父さんも、生みの母も育ての母も、誰もがそろって複数の顔やイメージを表出します。星ばあがつばめに教えた最大のことは、人にはそれぞれ事情があるし、あなたもそれを受け入れつつ、それを踏まえて、これからたくさんの人に出会って、その一期一会をせいぜい楽しんで生きていきなさいということでしょう。

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(C)2020「宇宙でいちばんあかるい屋根」製作委員会
ほうら、また安っぽくなりましたが、言葉にまとめるとそうなるシンプルな話を、現実味とファンタジーのちょうどいいバランスでまとめていました。書道教室のあの屋上なんてセット丸出しで、一歩間違えばそこだけ浮いちゃうような作りなんです。だけど、その他のパートはむしろ普通のホームドラマ的な絵面だから、その浮いた感じ、浮遊感が浮き立つ、引き立つんです。そう、考えてみると、下手すりゃ、ほんと普通の話なんですよ。昔なつかし中学生日記みたいになりかねない。それを回避どころか、忘れがたい作品に仕立てる工夫の部分に着目すると、味わい深いです。
 
藤井さんが得意とする寒色系の色使い。水たまりに映る夜空。窓ガラスを流れるしずく。水族館でのハッとする印象的なクラゲの水槽。ドラマに不意に挟まる本で言えば章立てに当たる水墨画の扉絵。そして、ラストであえて多くを見せず、一枚の絵に多くを託す演出。どれもが、原作に寄り添いながらも独立した作品としての魅力につながる的確な手法でした。

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(C)2020「宇宙でいちばんあかるい屋根」製作委員会
清原果耶は、当初こそ少し硬いなと感じたんですが、やはり桃井かおりがうまく彼女の演技の才能を引きずり出しているところがあって、その変化がどこまで計算通りかは別として、物語内のつばめの変化とも対応するようで良かったです。これこそ、キャスティングの成果ですね。
 
自分ちの屋根、大切にしようって思うことなかなかないけれど、こんな素敵なファンタジーを観た後には、家々の屋根に目が行くようになりました。世界の見方が少し変わるし、愛おしくもなる良作でした。
しかし、清原果耶は末恐ろしいですね。これまでも期待されてきましたが、初主演で新たな魅力を藤井監督と桃井かおりにばっちり引き出されて、ますます今後が楽しみです。主題歌は、COCCOが曲提供とプロデュース。その清原果耶が歌っています。


 さ〜て、次回、2021年2月23日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『花束みたいな恋をした』です。口コミでどんどん観客動員が伸びて大きな話題となっているこの作品が、ついに当たりました。楽しみすぎる。そして、年度末恒例のマサデミー賞ですが、この『花束みたいな恋をした』までが対象作品となります。もうじき、まずは対象作品の一覧、続いて各賞のノミニー、そして3月末にはいよいよ大賞の発表と展開していきますよ。どうぞ、頭の片隅に置きつつ、この1年間にご覧になった、あるいは話題になった作品の総ざらいとして、お楽しみください。ともあれ、「花束みたいな恋をした」、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!   

『喜劇 愛妻物語』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月9日放送分
『喜劇 愛妻物語』短評のDJ'sカット版です。

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結婚から10年。保育園に通う一人娘をかすがいに夫婦生活を続ける豪太とチカ。大学の映画研究会で出会ったふたり。夢を追いかけ、売れない脚本家を続ける豪太の収入ではとても家族3人食べていくことはかなわず、チカのパートの稼ぎで糊口をしのぐ毎日です。そんなうだつの上がらない豪太にも吉報が。ホラー映画の仕事が一本決まったのです。しかも、その仕事をくれたプロデューサーからは、四国へのシナリオハンティングの旅を勧められました。調子に乗った豪太は、この出張を家族旅行とドッキングさせ、あわよくばチカとの冷え切った夫婦関係に火をつけたいと目論むのですが…

喜劇 愛妻物語 (幻冬舎文庫) それでも俺は、妻としたい

なんとこの話、基本的に実話だってのがすごいです。映画『百円の恋』の脚本家、足立紳が5年前に発表した小説『乳房に蚊』を自分で脚本にして自分で監督してしまいました。とにかくダメな夫豪太を濱田岳、言葉を弾丸のように夫へ乱射する妻チカを水川あさみ、一人娘を新津ちせが演じる他、大久保佳代子夏帆ふせえり光石研なども出演しています。
 
昨年9月11日に全国ロードショーとなったこの作品。僕は先週火曜日の午後、自宅のリビングで、U-NEXTの配信でゲラゲラ笑いながら鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

この作品は原作小説、脚本、監督、すべて足立紳ということになりますが、ある種のパロディーにしている作品として、1951年に新藤兼人が脚本と監督を務めた『愛妻物語』があります。これは彼の監督デビュー作で、同じく脚本家を目指す主人公の男性が、彼の才能を信じる妻の献身的な支えによって身を立てるんですが、妻は吐血してしまうという自伝的なもので感動的なんですよ。僕は新藤兼人が好きなもので、パロディーの今作も期待大。さらに、宣伝用の写真を目にして早速ニヤリ。だって、水川あさみ濱田岳をおんぶしてるんです。これ、新藤兼人の作品の逆なんですよ。もとのほうは、夫である宇野重吉が妻の乙羽信子をおぶってますから。そして、今作には娘もいる。さぁ、どうなる。

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まぁ、凄まじかったです。足立監督、どこまでさらけ出してるんですか。そして主演のふたりもよく引き受けましたよ。「喜劇」ってつけたことでパロディーとして成立させているというよりも、「愛妻」って言葉自体がもう笑いとしてパロディーになっちゃってるんじゃないかと思うくらい、夫の豪太がダメです。このふたりは学生時代から一緒にいて、映画業界でやっていこうと同棲を初めて、そこまではいいんだけど、脚本家になりたいくせにパソコンの導入もキーボードのブラインドタッチもチカ任せ。ぐうたらしてばかりで、脚本ができても売り込みに力を入れず、また次があるさとぼんやりしてる。それじゃ食えないから、チカは近所で働き始め、いつの間にやら娘も生まれて、ますます生活はてんやわんや。チカにしてみれば、イライラは募るばかりで、豪太の体たらくをなじる言葉もきつくなり、脚本の手伝いなんざやる気も起きず、疲れ果て、とにかく愛情が冷え切ってます。だのに、豪太はチカちゃんチカちゃんと、何から何まで、ねぇねぇと引っ付いてくるし、一向に衰えない性欲を持て余してもんもんとしている始末。もうね、パラサイト豪太です。チカは娘と豪太ふたりを育てているみたいなもんです。

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(C)2020「喜劇 愛妻物語」製作委員会
そんな家族の文字通りの四国への珍道中、旅が始まるわけですけど、これもすぐに頓挫するんですね。頼りない&いい加減なプロデューサーの下調べと根回しが不足していて、せっかく温めていた企画が着いてみたらポシャっとるやないかと。お金がないのに家族3人、青春18きっぷで出かけ、かけうどんをすすり、ビジネスホテルのシングルルームに泊まってるっつうのに、なんだこれはおい! チカは怒り心頭に発するんですが、ここでまた豪太はのらりくらり。こののれんに腕押し感たるや。そりゃ、チカも酎ハイがどこでも手放せませんわっていうね。そのうち、腕押しの徒労感から、こんなのれんはたたむだけでなく燃やしてやるわって話ですが、娘もいるしとなかなか踏み切れない。時に度を越していくチカの罵詈雑言マシンガンと、その鋭い言葉ですら倒れない図太い神経の豪太のさらに開いた口が塞がらない言動の数々が延々続くロード・ムービーです。

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(C)2020「喜劇 愛妻物語」製作委員会
そもそも、さっき言ったように、旅の目的が途中で無くなってるんですけど、それって夫婦の人生そのもののメタファーにもなってるんですよ。プロデューサーからの打診は、バカの一つ覚えのように「笑って泣けるやつ」。奇しくも、ふたりの生き様がまさに傍から見れば「笑って泣ける」んです。正確に言えば、怒って呆れて笑って泣ける。その真骨頂とも言えるのが、とあるズドンとくる出来事とやり取りの果てに家族3人が川沿いを歩く場面。この番組に出演した竹中直人さんもビックリっていうレベルで笑いながら怒り、怒りながら泣く家族の様子を拝めます。特に拝みたくはないけれど、見せつけられます。

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(C)2020「喜劇 愛妻物語」製作委員会
豪太を擁護するなんて芸当は僕には到底できませんが、チカも実は決して胸を張るような人生を歩んできたわけではないんですよ。彼女にだって、自分にも人に対しても弱いところがあるから、流れ流れてああなった側面があります。問題は、それぞれが惰性で生きていく内に、共に目指した舞台に上がることすらできず、目の前のことに汲々として崖っぷち。互いに別なところを見てばかりで、力を合わせることができなくなっていること。その意味で、物語でははっきりと明示されずにほのめかす程度だけれど、この自伝的な作品を世に出していること自体が、この物語のメタ的な最高にして「幸」と書いて最「幸」の結末とも言えます。プロデューサーがダメなら、自分で小説を書く。それを自分で監督してるんだから。と、実はそれも近代映画協会という独立プロを自分で作って自分で『愛妻物語』を監督した新藤兼人と重なる部分なんです。話のことばかり言いましたが、ロケ地の選定、衣装の選択、劇伴、キャスティング、演技、そしてモノローグと客観を巧みに使い分けるシーンごとの視点の演出と、映画として見応え抜群。足立紳監督に、反り返るほど親指を立ててグッジョブとお伝えしたいです。
トルコの楽隊っぽいサントラもユニークなんですが、ここはですね、キミらほんまに大丈夫かいなっていう夫婦の様子を歌ったものとして、この曲を選んでみました。

さ〜て、次回、2021年2月16日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『宇宙でいちばんあかるい屋根』です。清原果耶の初主演として話題となったこの作品。もう配信が始まっていますね。で、考えたら、このコーナーで短評もした『新聞記者』、さらには今週候補作に入れていたけれど当たらなかった『ヤクザと家族 The Family』も、同じ藤井道人監督。すごいなぁ。どれもジャンルが違うってことも含めて。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!   

『KCIA 南山の部長たち』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月2日放送分
『KCIA 南山の部長たち』短評のDJ'sカット版です。

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1979年10月26日。大韓民国大統領直属の諜報機関、中央情報部KCIAのトップ、キム・ギュピョン部長は、大統領を射殺しました。国家のみならず、世界を揺るがす暗殺事件。この作品は、その40日前から、キム部長の置かれた状況と心理的な変化を丹念に描きます。KCIAの前の部長だったパク・ヨンガクは亡命先のアメリカ、下院議会の聴聞会で、韓国大統領の腐敗を告発する証言を行ったんです。しかも、回顧録を執筆中だと発言。当然怒った大統領は、キム部長をアメリカへ派遣。回顧録を持ち帰れと命令するのですが…

実録KCIA―「南山と呼ばれた男たち」 インサイダーズ/内部者たち(字幕版)

原作となる実録本があって、それを脚本にして監督したのは、『インサイダーズ/内部者たち』の成功などで知られ、長編デビューから10年でヒットメーカーになっているウ・ミンホ。事件を起こしたキム部長を演じたのは、イ・ビョンホン。パク大統領にはイ・ソンミン、パク・ヨンガク元KCIA部長にはクァク・ドウォンが扮するなど、豪華キャストが集いました。政治サスペンスという、硬派な内容にも関わらず、昨年の韓国年間興行収入ランキング1位。もちろん、向こうでは知らない人はいないというレベルの出来事だし、世代によって評価も異なるだけに、関心が集まって、その期待に応えた格好です。結果、アメリカのアカデミー賞国際長編映画賞の韓国代表になりました。
 
僕は先週火曜日の午後、Tジョイ京都で固唾を呑んで観てまいりました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

韓国の現代史に明るくない人は、僕も含め、文字や音声だけでは、なかなかパッと理解できないと思います。今のごく簡単なあらすじだけでも、固有名を含め、結構ややこしいですよね。実際、ちょっと調べただけでも、パク・チョンヒ大統領が、彼らの言うところの革命、軍事クーデターを起こして権力を掌握して以来、18年にわたって権勢を振るう中で、中央情報部、軍隊も含め、権力構造や外交関係、そして国内の市民たちの政権への想いと、描き出したらキリがないし、登場人物は多いし、これを観やすいエンタメにまとめ上げるのは至難の業です。
 
ところが、観ていて特別複雑に感じないのが、まずこの映画の強みです。言わば、ノイズがたくさんある中、アナログラジオのチューニングがピタッと合ってクリアに聞き取れるように、物語のチューニングがよくできているんです。周辺の部分は捨て置き、歴史的な評価もまだ定まりきっていないこの事件に対して政治的な視点は極力挟まず、出来事を客観的に、わかっているものは細かく追いつつ、描くのも40日間に絞りました。その上で、登場人物の名前をそれぞれ微妙に変えて、フィクションという体にすることで、当事者の心理の流れには踏み込んでいく。だから、話はすっきり整理してあって焦点がはっきり合っていて、観客はそれを材料に、自分の興味に引き寄せて鑑賞できるんです。ある人は会社役所などなんでもいいいんだけど組織論として観るだろうし、またある人はスパイ映画やヤクザ映画的なスリルを味わうだろうし、もちろん韓国現代史の闇と90年代になってようやく達成される民主化への起点の歴史新解釈ドキュメントとして観る人もいるでしょう。すっきりとスタイリッシュな画面構成と色味の映像は、物語同様、ソリッドで無駄がなく、風格と緊張感が徹頭徹尾漂います。僕なりにまとめると、テーマはふたつです。所属する組織の存在意義が失われたように感じた時、そして師と仰いできた人に裏切られたと感じた時、人の心理はどうなるのか。

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© 2020 SHOWBOX, HIVE MEDIA CORP AND GEMSTONE PICTURES ALL RIGHTS RESERVED.

具体的な構成に触れましょう。まず事件当日、意を決して殺害へと向かうキム部長が、部下に指示を出し、舞台となる部屋へ入り、扉が閉まる。銃声が聞こえる。そこから一気に40日前にさかのぼって、当日までを概ね時系列で追っていきます。これもすごくわかりやすいですよね。クライマックスでは殺人があります。国家のナンバー2が大統領を殺します。でも、普通はそんなことありえないですよね? でも、ありえる状況に彼は追い込まれていったんです。その直接的なきっかけは、40日前にありましたと。でも、それだけでは2時間も観客の興味を持続させるのは難しいですから、もうひとり、アメリカへ亡命して大統領の腐敗ぶりを国際世論にぶちまけた前のKCIA部長の運命という見せ場を中盤に用意することで、起伏を持たせているのもうまい。これによって、舞台も韓国だけでなく、アメリカ、そして前部長がその後向かうパリと、実際にロケもしていますから、往年のスパイ映画の華やかさも画面に生まれます。パリでのカーチェイスから、郊外、林の中での一連の命からがらの場面は、僕はベルトルッチ監督の『暗殺の森』を思い出しました。あの映画も、ファシズムに染まっていく国家権力の流れの中で、組織人がそこに乗るのか反るのかという話だし、主人公の「父親殺し」の話でもありました。肉親という意味ではなく、自分という人間を導いた精神的な父との決別。

暗殺の森 Blu-ray

イ・ビョンホンが表面上は抑えた演技、でも内側には複雑な感情が渦巻いていってやがては沸点に達する様子が滲み出る驚異の演技で見せていたのは、大統領閣下という精神的な父への想いだったんだろうと僕は考えます。というのも、権力が長期的に集中した閣下にはすり寄る人間も多く、まず前の部長が近づきすぎたことで煙たがられます。しかも、彼の回顧録にもあるように、だんだんと大統領=父への疑念も湧いてくるようになる。先輩、革命の初心を忘れてますよねと。そんな中、自分もまた前の部長のように蹴落とされるのではないかという予感が出てくる。なぜなら、他にもすり寄るものが何人も出てきて、どうやら閣下の関心はそちらに移っている。じわりじわりとやるせない想いがキム部長の心を蝕みます。その中で面白いのは、大統領自身も権力に疲れた佇まいをフッと見せることです。そのあたり、大統領役のイ・ソンミンのこれまた抑えた演技がすばらしかった。

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そして、ラスト近く、いよいよ暗殺を決意するキム部長の盗聴シーンの緊張感たるや。何度か出てきた盗み聞き、盗聴という行為のクライマックス。降りしきる雨の中、忍び込んだ大統領のプライベート空間。国家のナンバー2が、まるで忍者のように耳を澄まして聞き取ってしまう、これまた何度か出てくるキーフレーズ。大統領が発する「君のそばには私がいる。好きにやればいい」という言葉。以前は自分に向けられたが、今回は違う。この言葉を聴いた瞬間のイ・ビョンホンの表情。僕はここで映画が終わってもいいってくらいに味わい深かったです。にもかかわらず、最後の最後に、当然殺害の場面がこれまたきっちりとてつもない長回し込みで写実的にぶち込まれるし、たまらない余韻を与える殺害後の場面も用意されているんです。結末がわかっている映画でこれほどまで観客を退屈させないどころか、緊張感を強いて興奮させ考えさせるって、なんなんですか! 

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色々理屈っぽいことも言いましたが、戦車と向かい合うイ・ビョンホン、コートを着てリンカーン像の前に立つイ・ビョンホン、酒を苦々しく飲み干すイ・ビョンホン、すってんころりんするイ・ビョンホンと、イ・ビョンホン最高峰の演技を堪能できるというだけで、なめるように観る価値あり。この1年を代表するような一本が、また韓国から生まれました。僕はまだまだ身震いが止まりません!
この曲はもちろんサントラからではなく、僕のイメージ選曲です。ローマ時代の皇帝の名前を冒頭で出しつつ、どれほどの声が聞かれずにきたのか。どれだけの教訓が学ばれずにきたのか。そんなフレーズも盛り込まれてきます。キム部長が銃の引き金に指をかけた時の心境と、その後彼が取った行動にも思いを馳せつつ、お送りしました。

さ〜て、次回、2021年2月9日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『喜劇 愛妻物語』です。緊急事態宣言延長といううこともあり、今週は配信作品をおみくじ候補作の半分にしたところ、番組で扱いそびれていたこの作品が当たりました。KCIAの緊張を緩めるにはいいかなと思いつつ、水川あさみの夫婦げんかにおける口撃で、僕もやられてしまうのか!? あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!   

『大コメ騒動』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 1月26日放送分
『大コメ騒動』短評のDJ'sカット版です。

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(c)2021「大コメ騒動」製作委員会
1918年と言いますから、時は大正の時代でございます。米どころであり、日本海の豊かな漁場も広がる富山県。そこで毎日汗水たらして家事に育児に精を出すのが、「おかか」と呼ばれる漁師の妻たち。男たちが出稼ぎで不在となれば、自ら米俵の運搬など肉体労働にも繰り出す、たくましく頼もしい女性たちです。彼女たちの目下の悩みは、米の価格。なぜ高騰するのか。これでは、家族に満足に食べさせられない。どうなってるんだ! はい、日本史の授業で習った、あの米騒動の映画化です。
 
監督は、『空飛ぶタイヤ』などの現代劇も撮る一方、『超高速!参勤交代』など時代劇もフィルモグラフィーにある、富山出身の本木克英。役者も富山出身の俳優が多く起用されていまして、室井滋、立川(たてかわ)志の輔、西村まさ彦、柴田理恵左時枝なんかがそうです。主人公のいとを演じたのは、井上真央。その姑には夏木マリ、夫には三浦貴大が扮しています。

超高速!参勤交代 空飛ぶタイヤ

 僕は先週火曜日の午後、TOHOシネマズ梅田で観てまいりましたよ。平日、昼間ということもあって、わりとシニア多めという感じでしたね。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

まさかの米騒動の映画化ということになりました。その意義ってのは大いにあると思うんですね。タイトルのキャッチーさもあって、日本近代史の中でもテストに出て間違える人も少ないだろうっていう、この事件。考えてみたら、まだ100年ちょいしか経っていないんですが、これだけよく知られている理由は、片田舎の漁師の妻たちが声を上げたことを契機に、やがては内閣総辞職にまでいたるという、近代的な一揆の成功例であるということがひとつ。そして、これも映画に出てきますが、新聞が連日大々的に報じることで速やかに全国にこの騒動が広まって市民の共感を得たというメディアの役割が大きかったこともあります。
 
ただ、先の大戦ですら、生存する経験者が少なくなっているわけですから、1世紀以上も経つ米騒動については、何をか言わんやで、このままでは歴史の出来事のひとつとして埋没しかねない。そして今もなお女性の権利がないがしろにされている状況と、それを何とかしたいという世界のエンターテインメントの潮流も追い風となり、ここはひとつエンターテインメントとして、笑って力が湧いてくるような作品に仕立て、米騒動の顛末を記録しておこうではないか。富山出身の本木克英監督には、そんな意気込みが強くあったわけです。

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(c)2021「大コメ騒動」製作委員会

本木監督の作品は、僕の気に入っているものもあるし、群像劇を得意としている印象もあったので、楽しみに劇場へ向かったわけですが、今作に対する僕の評価は微妙な感じです。いいなと思うところはいくつもありました。演出面で言えば、照明なんかはかなり作り込んでいました。たとえば僕がハッとしたのは、ある女の子が家の寝床を抜け出して近所の米屋の倉庫へ忍び込むくだりがあるんですが、彼女が画面奥に消えていく時は、まるで闇に吸い込まれてしまったかのような明暗のしっかりしたコントラストがあって、映画館の上映環境とも、物語内容ともマッチしていました。

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(c)2021「大コメ騒動」製作委員会
それから、富山出身者も多く起用された役者陣の奮闘も強い印象を残しています。男たちが北海道への出稼ぎで不在になってしまうと、女たち、かかあたちが重い米俵を背中に担いで浜へ持っていくんですが、その重みや背中の痛み、足腰への負担がこちらにも伝わってくる歩き方、表情、そして日焼け具合は、言葉で何かを言わずとも、その過酷さが伝わります。特に日焼けはみんなすごかったですよね。きれいな着物に髪を見事に結った女性が出てくると、その肌の白さとのギャップでますます苦労が滲み出ます。と同時に、彼女たちの生命感も伝わるんです。化粧っ気はなくとも、ある種の色気すら漂わせていました。戦後すぐのイタリア映画で、日本でもヒットした、田んぼで重労働をする女たちを描いた『にがい米』っていう作品を僕はひとり思い出しましたよ。井上真央なんて、撮影中米断ちをしたんですって。その甲斐もあって、細い身体の線はさらに細く、そして大きな目はギョロっていうレベルに目立っていました。彼女は劇中で佇まいが大きく変化して力強くなるんですが、その覚悟も表情や立ち姿にまで反映する熱演でしたよ。
 
さらに、市民運動を啓蒙する男性思想家や、ジャーナリズムの役割だけでなく報道機関としてのモラルを疑問視する視点など、当時の男たちを皮肉る描写にもニンマリさせられました。

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(c)2021「大コメ騒動」製作委員会

なんなん、良いことばかりじゃあ〜りませんか。どっこい、今挙げてきた良いところをさらに大きく膨らませて互いに響き合わせる脚本にはなっていません。立川志の輔演じる語り手の存在も取ってつけたようで存在に必然性が感じられないキャラクターになっているし、全体として、よく言えば教育的、悪く言えば説明的な歴史再現ドラマを見ているような、あまりにもストレートでひねりのない展開なので、このパワフルな騒動を描くには物足りないんです。そのまんまやなって感じてしまう。それがとてもとてももったいなかったです。
主題歌はもう絶対に米米CLUBだって制作陣も思ったことでしょう。そのオファーを受けてできたのが、この曲です。『愛を米て』とはまいりましたよね。いい曲なんだけど、タイトルに噴飯です。

 

さ〜て、次回、2021年2月2日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『KCIA 南山の部長たち』です。イ・ビョンホンですよ。実話の映画化ですよ。興味深いですよ。でも、緊急事態宣言発令中とあって、配信の始まった『TENET / テネット』もおみくじラインナップには舞い戻っていたんですが、またまた当たらず、これをもって、さらばテネットとなってしまいました。ま、もうとっくにみんな観てるから僕があれこれ言うこともないか。なんてね… あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!