京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ラーヤと龍の王国』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月16日放送分
『ラーヤと龍の王国』短評のDJ'sカット版です。

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舞台は、聖なる龍たちに守られ、多様な人々が平和に暮らす、クマンドラという世界。ある時、ドルーンという心を持たない闇の魔物が出現。ドルーンは触れたものを石に変える力があり、世界は混沌とします。龍たちは持てる力を結集して、最後の龍シスーに委ね、自分たちが犠牲になることでクマンドラを守ったものの、シスーはそのまま行方知れずに。それから500年。龍のいないクマンドラで人々は互いに信じる心を失い、5つの国に分裂して対立しています。ハートの国で代々龍の石を守ってきた一族の少女ラーヤは、荒廃したクマンドラをもう一度平和な世界にしようと、最後の龍シスーを甦らせる旅へと出発します。
 
ご覧になっていない方にとっては、なんのこっちゃって感じだと思いますので、珍しくひとことで言い直すと…
 
信じ合うことを忘れ、分断された世界を再びひとつにするため、少女ラーヤが龍のシスーや仲間と力を合わせて奮闘する冒険ファンタジーです。

ベイマックス (字幕版) ブラインドスポッティング(字幕版)

 監督は『ベイマックス』のドン・ホールと、実写映画『ブラインドスポッティング』の監督でまだ32歳のメキシコ出身カルロス・ロペス・エストラーダの2人。エストラーダさんは原案も務めています。脚本はベトナム系のクイ・グエンと『クレイジー・リッチ』のマレーシア系アデル・リム。僕は吹き替えで観ましたが、オリジナル・キャストもアジア系の比率が非常に高いです。

 
アナと雪の女王2』以来のディズニーの長編アニメーションである今作は、劇場公開と同時にディズニープラスのプレミア・アクセスでも配信しています。僕は先週金曜日、その配信で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

映画を観ながら、これはディズニーの新作だと自分に言い聞かせる必要があるくらい、いくつもの新しい要素がこの作品にはひしめいているので、そのあたりを中心に話していきます。
 
まずは音楽よりも冒険と戦闘をメインにしていること。ディズニーと言えば、歌だし、なんならミュージカルだっていう常識は当てはまりません。歌詞と物語を連動させ、歌いながら映画を進めていく構成は今回まったくなく、その代わりにラーヤが世界を順に巡っていく旅、冒険がワクワクの柱となっています。そして、踊りよりも、宙を舞い、肉体の鍛錬と技の修練が織りなす武闘が見どころなんですね。特に武器も使いません。ディズニーによくある魔法など特殊能力も、プリンセスにあたるラーヤにはそもそも備わっておらず、今回そういう人智を超えた能力は、旅の相棒となる龍のシスーや闇のドルーンなど魔物たちにのみ授けられている。結果として、ラーヤたちは極めて人間的なキャラクター造形になっています。それに、龍の石を代々守ってきた家系の娘ではあるものの、そして龍の王国という邦題が付いているものの、王様の娘ってわけでもなさそうなんですよね。そこはぼやかしてあって、どうやら厳密な身分制度があるってわけでもない共和制っぽいのも、おとぎの世界とはいえ、好感が持てるというか、今っぽいです。恋愛要素もありません。そもそも、それっぽいお相手も出てきません。キラキラのドレスもありません。

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(C)2021 Disney. All Rights Reserved. (C)2021 Disney and its related entities

だけど、ワンダー、心躍る要素はたくさんある。その最たるものは仲間でしょう。この作品はあらすじをまとめるのが一苦労ってほどに、結構設定も舞台も込み入っているし複雑なんですが、おそらく小学生以上なら難なく理解できるでしょう。それはロールプレイング・ゲームのような物語の運びに理由があります。まず前提となる龍の昔話があって、クマンドラの人々は互いに信じられなくなり、分裂してしまった。そこで地図が大写しになります。わかりやすい。500年後、ラーヤはそれぞれの国に散らばった龍の石の欠片を集めに行く。いっぺんには無理だから、順を追って探していく。そこでだんだん仲間が増えていく。事実、最初は行方知れずの龍の生き残りシスーと出会うんですが、このシスーがまたいいんですよ。ドラゴンボールのシェンロンみたいなのが出てくるのかと思いきや、ちょっとどんくさくて、愛嬌があって、純真なんですよね。そこから各地域の個性的なキャラクターとの出会いにドラマの起伏を見出していく。エリアの地形や人々の暮らしぶりもバリエーションが豊かなので観光映画的な側面があって、展開がとても明快。人間たちの造形は、そりゃキャッチーに造形してありますが、3DCGの描写力、特に難しいとされる水なんかは、これって実写ではないですよねっていうレベルで目を見張ります。これもすごい。

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テーマとしては、わかりやすく分断を乗り越えてどう融和できるか、ですね。僕があえてここで四の五の言うまでもなく、極めて現代的で現在進行形の問題です。僕はさっき冒険と戦闘って言ったけれど、ラーヤが誰かを心底憎んで、つまり敵として誰かを倒そうとすることって、実はないんですよね。これも大きなポイント。理解してもらうために、必要最小限の武力行使はやむを得ないという感じなんです。ところが、龍のシスーは、理解してもらえないって、それ思い込みじゃないって言い出すわけですよ。それによって大変な目にも遭うんだけれど、それでも信じることはやめない。ラーヤもその信じる行為を取り戻せるのか。そのプロセスと試行錯誤が一貫して描かれています。きれいごとに聞こえるだろうし、現実の世の中がもっと複雑なのは当然ですが、人を信じるまでの葛藤はきっちり映画に刻印されていて見ごたえがあります。

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(C)2021 Disney. All Rights Reserved. (C)2021 Disney and its related entities

と同時に、実は僕が今回一番感心したのは、実は何かに秀でた存在だけに世の中を変える力があるわけではないということ。それは終盤に明らかになることなんだけど、凡庸とされかねない人や生き物にだって大切な役割があることを諭してくれる物語運びは、実に爽やかで真っ当だと思いました。

 
ドルーンの設定など、脚本でいくつかご都合主義的な面も見受けられたものの、21世紀的な価値観のディズニーの新たなモデルケースとして申し分のない1本の誕生です。
 
本編に歌はないものの、主題歌は当然あって、物語を端的に要約する内容でした。歌っているジェネイ・アイコは、今回のグラミー賞で3部門にノミネートしていた新鋭。日本の血も入っているということで、やはりアジアを意識しているし、こうした才ある若手をきっちりフックアップする人選はさすがです。

このダンゴムシトゥクトゥクちゃん。まさかクルクル転がってあちこち連れてってくれるなんて。またかわいいキャラが出てきたよ。僕も乗りたいぞ!

さ〜て、次回、2021年3月23日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ビバリウム』です。仲睦まじいカップルが不動産屋から紹介された夢のマイホーム。ところが、その住宅街から出られなくなる… ちょっと、怖いんですけど。スティーヴン・キングも驚いたスリラーって… ひえぇぇぇ。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

映画『あのこは貴族』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月9日放送分
『あのこは貴族』短評のDJ'sカット版です。

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東京の高級住宅地で開業医の家庭に生まれ育った、いわゆる箱入り娘の華子。慶応大学への入学を機に富山から上京してきた美紀。同じ東京に暮らす、同じ世代の、同じ女性でありながら、まったく異なる環境を生きるふたりの人生が、幸一郎というひとりのイケメン、エリート弁護士を巡って交錯します。

あのこは貴族 (集英社文庫) グッド・ストライプス

原作は山内マリコの同名小説。脚本と監督は、デビュー作『グッド・ストライプス』を僕も高く評価した岨手由貴子。これが長編2本目となります。箱入り娘の華子を門脇麦、富山から来た美紀を水原希子、そして幸一郎を高良健吾が演じています。
 
僕は先週水曜日の午後、Tジョイ京都で観てきましたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

さっきまとめたあらすじだと、この映画、ふたりのタイプの違う若い女性がひとりの男性を取り合う話に思えますよね。そういう映画やドラマはごまんとあるし、事実、僕もふたりが初めて対峙する場面では思わず身構えてしまいました。こりゃ修羅場になるぞ、と。どっこい、そうはならないんです。実際のところ、水原希子門脇麦は初共演で、その場面の撮影で本当に初めて顔を合わせたそうです。このあたり、撮影チームの段取りも手際が鮮やかだなと思います。見てみると、そこはかとない緊張感に満ちていて、そりゃドキドキするんですが、どこかで観たような流れにはならず、むしろちょっと微笑ましい展開にすらなるんですよ。それも肩透かしではなくて、とても心地良い着地をして物語は続行します。

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(C)山内マリコ集英社・『あのこは貴族』製作委員会
僕はいつもだいたいそうですが、予備知識はほぼ入れずに作品をフラットに観るようにしています。ただ、キャストとテーマぐらいはさすがに前もって知っていたんですね。開映してまず面食らったのは、水原希子が地方上京組の美紀を演じていたこと。てっきり逆だと思っていたんですよ。だから、これはキャスティング・ミスじゃないかって感じたのはほんの束の間でした。パンフレットのインタビューで、水原希子はこう答えています。「私も神戸から東京に憧れを持って上京して、16歳のひとり暮らしをしてきました。上京したばかりの頃、東京出身の人たちとの間に『目に見えない壁』のようなものを感じることがありました。すごく頑張っちゃったり、クールに振る舞ってもどこか東京に強い憧れがあって意気込んでしまったり」。なるほど、と思いました。門脇麦もパブリック・イメージとしては「おとなしい」女性なだけに、後半の展開にゾクゾクしました。

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(C)山内マリコ集英社・『あのこは貴族』製作委員会
これは女性たちが互いを蹴落としてサバイブする話でも、格差の解消に向けて革命を起こす話でもない。「シスターフッド」という言葉がよくこの作品を形容するものとして出てきますが、原作者の山内マリコがこれもパンフで書いているように、「女の敵は女」っていうミソジニー的な型を壊す映画です。華子も美紀も、それぞれに信頼できる友と新たな自分、窮屈な枠や家族という檻に囚われないのびのびした生き方を育んでいく。その意味でとても重要になるそれぞれの友達を演じた石橋静河山下リオの好演も光り輝いていました。あのふたりも、僕はすごく好き。友達になりたいもの。

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(C)山内マリコ集英社・『あのこは貴族』製作委員会

ネタバレに気をつけながら書きますが、華子と美紀はまた巡り会います。そこがまたすばらしいシーン。これまでまったく違った環境で異なる景色を見て生きてきたふたりが、そこで同じ眺めを共有するんですね。さりげない、偶然の出会いで、短い時間なのだけれど、特に華子にとっては決定的に人生を左右することになるし、美紀も彼女を自然にもてなしたことがじんわりと後の価値観を規定していくことになるんだろうと想像できます。

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(C)山内マリコ集英社・『あのこは貴族』製作委員会
最後に、また水原希子の言葉を引用します。「人を力づくで変えることはできないし、なるようにしかならないこともある。自分が正義だと思って闘ったことでも、それが分断を生んでしまう。そんな事態は避けたいんです。<中略>だから、この映画は私が求めている世界を描いているんです。観れば人間のことが好きになる、そういう映画だと思います」。僕もそう思います。この映画では誰かが誰かを激しく糾弾することはない。価値観の違いはあるし、世の中の恐ろしい部分もあるけれど、それを全否定はしない。むしろ、たとえば親の人生、誰かが望む人生をトレイスするのではなく、自分でのびのび自分の可能性を切り拓いていくんだっていうスカッと爽やかな余韻に満ちています。時間があればもっと褒めたいところがいっぱい。岨手由貴子監督に拍手喝采! 今後もますます彼女を応援したいです。2020年前後の日本をスマートに切り取って今後の展望を見せてくれた、とても重要な一本です。
いわゆる主題歌はないんですが、映画を観終えてから、僕の頭の中では自然と土岐麻子の歌が流れていました。彼女も(とりわけ女性たちを登場人物にして)都市生活者の音楽を作っていますが、中でもこの曲が映画の中の4人の若い女性たちへの応援歌として響くといいなとお思ってお届けしました。 


さ〜て、次回、2021年3月16日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ラーヤと龍の王国』です。劇場公開と同時に、ディズニープラスでも(追加料金は必要ですが)配信スタートしているこの作品。どちらで観ようかしら。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

愛と感謝と懺悔のイタリア疾走コメディ『ワン・モア・ライフ!』3.12公開!

どうも、ドーナッツクラブの有北です。

 

イタリア映画『ワン・モア・ライフ!』が、いよいよ来週、3月12日(金)公開です。というわけで、もう一度ストーリーを確認しておくと、

 

中年男のパオロはスクーターで通勤途中、身勝手な運転が仇となり交通事故に遭ってしまう。予想外に短い寿命に納得できないパオロは天国の入口で猛抗議。すると、92分間だけ寿命が延長され、地上に戻れることに! パオロはそれまでの生き方を反省し、家族の絆を取り戻すと一念発起。92分一本勝負に挑む!  (公式サイトより抜粋) 

 

というお話でしたね。

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© Copyright 2019 I.B.C. Movie

幽遊白書』に迫る勢いの、のっけからの主人公の死。それはあらすじからもわかってるし、死亡フラグも出しまくりなのに、いざその時が訪れた時、その死にっぷりのダイナミズムに、僕は思わず声を出して笑ってしまいました。

 

「悲痛な死」「感動的な死」など、映画ではさまざまな死が描かれますが、ときに僕たちの前に現れる「おかしみのある死」。これに僕たちは若干戸惑いつつも、どうしようもなく心を揺さぶられるのです。

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© Copyright 2019 I.B.C. Movie

ツイッターで人気を博した「死に方あるある」をまとめた書籍『明日から使える死亡フラグ図鑑』(宝島社)では、映画やドラマで出てきがちな死亡フラグが、約100個も紹介されています。

 

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  • 作戦失敗をボスに報告する幹部
  • 話し合いで解決しようとする村長
  • バタフライナイフをカチャカチャさせる人

 

などなど、雑巾を絞りつくす勢いで、次から次へとあるあるが飛び出します。

 

「映画などを見ていてこの本と同じシチュエーションが出てきたときに、思い出してちょっと笑ってくれたら僕はうれしいです。エンタメ作品は純粋に楽しむのが一番ですが、死亡フラグを見つけたときにそばにいる人たちとツッコミ合いながら見るのも、それはそれで楽しい。新しい楽しみ方の一つとして役立ってくれたら幸せです」

 

と、作者の茶んたさんも言っているように、死ぬんだろうな~きっと死ぬんだろうな~と思わせてやっぱり死ぬ、この定型には、一種独特のおかしみが存在します。

 

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© Copyright 2019 I.B.C. Movie

そして何より、パオロの死には、おかしみ以上にダイナミズムがあります。どの映画やドラマでも、死にっぷりの見事なやつというのは、その一瞬のきらめきから人々の心に刺さり、長く愛される傾向にあります。たとえ、その登場シーンがどれだけ短くても。ある意味では「コスパがいい」とも言えます。

 

例えばそれは、「レオパルドン」です。

 

レオパルドンというのは、マンガ「キン肉マン」の登場人物で、ビッグボディチームの次鋒として、マンモスマンに0.9秒という桁違いのタイムで瞬殺されたことで伝説となった男です。あまりの瞬殺ゆえに、出番もほんの一瞬(王位争奪編中、セリフは「次鋒レオパルドン行きます!!」「グオゴゴゴ」「ギャアーッ」の3つのみ)。

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にもかかわらず、かつてテレビ番組「水曜日のダウンタウン」でもピックアップされ、「レオパルドンよりも一瞬で殺されたものなどいない説」が唱えられたし、昨年、プレイボーイ誌上に再登場した際にはツイッターでトレンド入りし、半沢直樹よりも人々が話題にしたほどです。

 

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ゆでたまご嶋田隆司先生もびっくり

 

それらすべての根幹にあるのは、「見事なまでの瞬殺ぶり」、この一点なのです。

 

パオロの死にっぷりは、そんなレオパルドンに匹敵する命のきらめきであり、「92分ノンストップコメディー」という、リアルタイムで繰り広げられる本作の疾走感を象徴するシーンであったといえます。

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© Copyright 2019 I.B.C. Movie

そういえば、こんなジョークがあります。

 

友人に裏切られ全財産をなくした挙句、不治の病に冒され、さみしく死の床についている男がいた。そこに、美しい妖精が現れてこう言った。


「どんなことでもかまいませんので、今、あなたが叶えたいことを3つ言ってください」


男は喜んで、涙を流しながらこう言った。


「友情と財産と健康が欲しい!」


そして感動して感謝を述べた。


「ありがとうございます。なんとお礼を言っていいのか……」


すると、妖精は微笑んでこう言った。


「こちらこそありがとうございます、アンケートにご協力いただいて」

 

死に瀕した時にこそ、人は生に対して情熱をもって向き合えるもの。その熱量を、本作で十分に感じていただきたいですね。

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© Copyright 2019 I.B.C. Movie

 (文・有北雅彦)

  


 

『ワン・モア・ライフ!』

2021年3月12日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

 

監督・脚本:ダニエーレ・ルケッティ(『ローマ法王になる日まで』)
出演:ピエルフランチェスコ・ディリベルト(ピフ)、トニー・エドゥアルト
2019年/イタリア/94分/シネスコ/5.1ch/言語:イタリア語/原題:Momenti di trascurabile felicità/英題:Ordinary Happiness/日本語字幕:関口英子/後援:イタリア大使館イタリア文化会館/提供:ニューセレクト/配給:アルバトロス・フィルム
© Copyright 2019 I.B.C. Movie

 

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『マーメイド・イン・パリ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月2日放送分
『マーメイド・イン・パリ』短評のDJ'sカット版です。

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パリのセーヌ川に停泊するボートハウスの船底にある秘密のクラブ「フラワーバーガー」。父親の経営するそのお店でウクレレを弾き語る歌手として働くアラフォーのガスパールは、お店の歴代の歌手との失恋により、今や心を閉ざして生きていました。ある晩、怪我をしてセーヌ川の岸辺に打ち上げられた美しい人魚ルラを発見した彼は、彼女を家に連れ帰ってバスタブに入れてやり、介抱するのですが、ルラの歌には特殊な力があり、聴いて魅了されてしまった男は心臓がダメになって死んでしまうというのです。ガスパールの運命は?

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原作、監督、脚本、音楽を担当し、出演もしているのが、マチアス・マルジウ。フランスのマルチなカリスマ・アーティストとして評判のマチアス・マルジウですが、実写の長編としてはこれがデビューになります。ガスパールを演じたのは、ニコラ・デュヴォシェル。人魚のルラはマリリン・リマ、そしてガスパールの隣人として強烈な印象を残すロッシをロッシ・デ・パルマが演じています。
 
僕は先週木曜日の午後、MOVIX京都で観てきましたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。


ぴあ関西版の華崎さんがこの番組でいち早く紹介してくれた時には、同じくフランスのジャン・ピエール・ジュネアメリ』を引き合いに出していました。それはもう納得という小道具の数々と、画面の色味の鮮やかさでしたよ。加えて、異形のものとの恋愛ということでは、ギレルモ・デル・トロの『シェイプ・オブ・ウォーター』を思い浮かべてしまいますが、男女が入れ替わっているものの、やはり近いものはありました。あとは、お話も考えられるし、アニメも実写もその組み合わせもお手のものっていう意味で、ティム・バートンや、同じくフランスのミシェル・ゴンドリーも念頭に置きたくなる。中には、これもフランス、ジャン・コクトーを引き合いに出して語る人までいます。実際、今挙げた監督たちの作品が好きな方なら、少なからず楽しめること請け合いです。

ジャック&クロックハート 鳩時計の心臓をもつ少年 [DVD]

マチアス・マルジウ監督は、現在46歳。エンタメシーンに出てくるきっかけは、まずは音楽でした。この映画のサントラも手掛けているバンド、デュオニソスのフロントマンとして、93年にデビュー。その後、小説も書くし、アニメも作るしとすごいです。監督としてのデビューは、アニメが先で、『ジャック&クロックハート 鳩時計の心臓を持つ少年』が2013年に出ています。ダーク・ファンタジーで、日本でもDVDが出ています。せっかくなんで、マチアス・マルジウをこの機会に覚えておきたいと、色々こうして話すくらいに、僕は気に入っていますよ、この映画。

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(C)2020 – Overdrive Productions – Entre Chien et Loup – Sisters and BrotherMitevski Production – EuropaCorp – Proximus
もうオープニングがツカミはオッケーでしたもん。セーヌ川が増水して大変なんだけど、路面の水が美しさもたたえるパリの街を、ガスパールがローラースケートで疾走していく。ローラースケートってチョイスが絶妙ですね。単に走るのとは違う、自転車とも違う、映像のスピード感。そこから自然とストップモーション・アニメに移行して、プロローグで大づかみに作品のテイストを伝えつつ、ここだけでもうかなりの満足感でした。実験映画的な、とにかく驚かせることが好きな、僕たちの視覚をぐいぐい刺激してくるタイプの演出家なわけですが、好ましいのはCGを基本的に使っていないことです。あの秘密のクラブ、フラワーバーガーには、サプライザーと呼ばれるエンターテナー、パフォーマーが連綿と所属していたんだけれど、今やガスパールを残すのみ。そんな彼がバイブルとしているのは、創業者である祖母から受け継いだ、サプライザーの心得みたいな本ですよ。それって、全部アナログなんですよね。まずは想像力。CGに限りある予算を使うのはもったいない。画面には何度も本が出てきますが、飛び出す絵本を通り越して「飛び出し過ぎの絵本」になってるのもいい。考えりゃ、スマホSNSなんて現代なのに出てこないのね。SPレコード、ブラウン管テレビなどなど、とにかく画面に映る美術がわくわくです。視聴覚芸術として何でも盛り込める映画という装置こそがサプライザーなんだという監督の信念が伝わります。お隣さんのロッシも含め、キャスティングもハマっていました。

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(C)2020 – Overdrive Productions – Entre Chien et Loup – Sisters and BrotherMitevski Production – EuropaCorp – Proximus
そもそも監督がダーク・ファンタジーな発想の持ち主なので、キュートで愛らしくとも、必ず毒っ気やおどろおどろしさと背中合わせなのも魅力です。のぞきや盗み聞きもあるし、人も死にます。それにそもそも、ガスパールは心を閉ざしている。邦題ではマーメイドってなっていますが、原題はUne sirèneだから人魚というよりセイレーンなんですね。船乗りたちに恐れられた、言わば魔物です。その異形感と魅力を、ここも手作り感のある造形でルラというヒロインに体現させました。彼女と接するのは命がけ。彼女も人間に殺されないように歌声で身を守ってきた。歌で船乗りたちを魅了して心臓を破裂させてしまう。恋をしてはいけない。歌が恋を誘う。その恋は時に人を死に至らしめる痛みにもなれば究極の喜びである。これは実はまんまアニメ映画『ジャック&クロックハート 鳩時計の心臓を持つ少年』と重なるんで、マルジウさんの表現のテーマなんでしょう。恋と音楽。痛みと喜び。僕はまだまだ彼の作品に触れてみたい。

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(C)2020 – Overdrive Productions – Entre Chien et Loup – Sisters and BrotherMitevski Production – EuropaCorp – Proximus
脚本のブラッシュアップは正直必要だと思います。キメっていうシーンをつなぐ何気ない場面がぼんやりしていたり、説明が上手いタイプではないのでもたついたりと問題もありますが、僕としては現時点では好ましさが弱点を上回るように感じています。サプライザーたるマルジウさんの小説や絵本も読んでみたいです。ヨーロッパ的な遊びの感覚とユーモアが好きな方は特に、ぜひご覧ください。
この主題歌も楽しかったなぁ。で、僕がポイント高いなと思ったのは、ガスパールの声です。渋い声してるんですよ。イケボなの。でも、家はあんなに愉快でかわいい感じ。このギャップがたまりませんでした。そして、ふたりで一緒に吹くあの特殊な構造のハーモニカもロマンティックだったなぁ。うっとり。


さ〜て、次回、2021年3月9日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『あのこは貴族』です。来週も魅力あふれる女性の登場ですね。門脇麦水原希子格差社会をえぐるような作品なのかどうなのか。しっかり観てまいります。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!   

人生のロスタイムを描くイタリアンコメディ『ワン・モア・ライフ!』3.12公開!

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「人って死んだらどうなるの?」
 
子供の頃から死後の世界に興味があった私は、よく周囲を困らせる質問をした。大人からは誰からも納得のいく答えを得られなかったが、かわりに映画が未知の世界を教えてくれた。
 
例えば『天国は待ってくれる』(1943年)では、閻魔大王曰く、“すぐに天国に入れなくても別館の小部屋に時々空きが出る”のだそうだ。本館への移動は数百年待たされることもあるが、希望すれば別館で待機できるらしい。そのあと本館での審査に通れば天国に行けるというユニークな制度に、私の想像は膨らんだ。 

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そんな中、今回、さらに面白い世界に出会った。それがダニエーレ・ルケッティ監督の最新作『ワン・モア・ライフ!』だ。

中年男のパオロはある日、いつもの交差点で交通事故死してしまう。天国の入口は大混雑、寿命に納得できない人々が役人に猛抗議している。パオロも窓口で抗議すると、前代未聞の寿命の計算ミスが発覚。審議の結果、92分間だけ寿命が延長され、監視の役人付きで現世に戻ることになる。

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© Copyright 2019 I.B.C. Movie

原作はフランチェスコ・ピッコロの2冊の短編集『Momenti di trascurabile felicità』(取るに足らない幸せの瞬間)と『Momenti di trascurabile infelicità』(取るに足らない不幸の瞬間)で、監督と原作者が共同で脚本を執筆し、映画化した。初めから主人公をピフ(ピエールフランチェスコ・ディリベルト)に想定して書いたという監督の思惑通り、憎めないダメ男をピフが好演している。映画の舞台になったパレルモの街並も美しく、死の恐怖を感じさせない仕上がりだ。

 

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それにしても、まさか人生にロスタイムが与えられるとは思ってもいなかった。さすがサッカー大国、イタリアである。92分という中途半端な制限時間にもお国柄が滲み出ている。物語は自由奔放に生きてきた男が死をきっかけに内省し、家族との絆を取り戻そうと奮闘するのだが、日常の些細な幸せの見せ方が上手い。有限な時間を意識させる時計の針音も効果的だ。いつ起こるかもしれない大地震やウイルスの感染拡大など、今や私たちの誰もが“死”を意識せざるを得ない状況だ。ライフスタイルも大きく変化した。こうした背景からも「些細な幸せの瞬間」の重要性がリアルに感じ取れる。きっと誰もが生の尊さや日常のありがたみを再考する良い機会になるだろう。結末については、ぜひご自身の目で確かめてもらいたい。

 

ロスタイムを経た今、私の死後の世界の想像はますます膨らむばかりだ。

 

(文・ココナツくにこ)

 


 

『ワン・モア・ライフ!』

2021年3月12日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

 

監督・脚本:ダニエーレ・ルケッティ(『ローマ法王になる日まで』)
出演:ピエルフランチェスコ・ディリベルト(ピフ)、トニー・エドゥアルト
2019年/イタリア/94分/シネスコ/5.1ch/言語:イタリア語/原題:Momenti di trascurabile felicità/英題:Ordinary Happiness/日本語字幕:関口英子/後援:イタリア大使館イタリア文化会館/提供:ニューセレクト/配給:アルバトロス・フィルム
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『花束みたいな恋をした』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月23日放送分
『花束みたいな恋をした』短評のDJ'sカット版です。

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2015年の冬。京王線明大前駅で終電に乗り遅れたことをきっかけに出会った大学生の麦と絹。その夜から始まったふたりの恋を5年、つまり2020年の冬まで追いかけていくラブ・ストーリーです。好きな音楽や映画の話に花を咲かせ、共通体験、想い出を増やしたところへやってくるのが、避けて通れない就職活動。ふたりは卒業のタイミングで同棲を始めます。愛の城もできあがり、楽しい時間はますます輝くのですが… 同時にすれ違いも生まれていきます…

ユリイカ2021年2月号 特集=坂元裕二――『東京ラブストーリー』から『最高の離婚』『カルテット』『anone』、そして『花束みたいな恋をした』へ…脚本家という営為 【映画パンフレット】花束みたいな恋をした 監督 土井裕泰 出演 菅田将暉、有村架純、清原果耶、細田佳央太、オダギリジョー、

 東京ラブストーリー』『カルテット』など、連ドラの名手である坂元裕二が10数年ぶりに映画のオリジナル脚本を手掛けました。監督は、元TBSの社員でドラマ出身、映画だと『いま、会いにゆきます』や『罪の声』の土井裕泰(のぶひろ)。主演のふたりは、当て書きだったそうです。麦は菅田将暉、絹は有村架純という、同い年、ふたりとも今月誕生日だった、箕面、伊丹と同じ北摂出身のコンビが演じます。

 

いつもなら、短評後にサントラから関連曲のオンエアへとつなげるのですが、今週は先にこのインスパイアソングをかけました。デビューの頃から贔屓のバンドのひとつではありましたが、ここに来て大名曲をものにしました。特にPORINさんは、主演のふたりとの会話も含めて、達者な演技も見せていましたね。


僕は先週水曜日の昼、TOHOシネマズ梅田、久々に一番大きなスクリーン1で鑑賞しました。レディースデイだったとはいえ、平日の昼間ですよ、かなり入ってました。若いカップルが多かったですが、僕の世代、さらには上の世代の女性がおひとりでってケースもよく見かけました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

似た者同士のカップルっていうのがいますね。趣味、価値観、服装が似ている。似ているから好きになるのか、同じ体験を重ねていくから似てくるのか。麦と絹はまさにそのパターンです。同じ終電を逃す。喋り始めたら、好きな映画、作家も同じ。同じ曲を口ずさめるし、ガスタンクやミイラを愛でるという適度にマニアックなセンスも近いものがある。なんなら、同じ芸人、同じ日の単独ライブのチケットを取っていながら、同じくスケジュール管理ミスで観そびれている。ここまで来ると、運命的。って、そりゃ、若いふたりは思うでしょうよ。どちらもフリーだったら、そりゃ告白しますね。そして、恋はメラメラ燃え上がる。大学生は時間たっぷりありますから、一緒に過ごす時間がまた燃料になって、恋愛は勢いを維持。永遠にこの日々が続けばいい。このまま、とにかく現状維持したい。これは、大人になる前の猶予期間、モラトリアム期の恋愛の特徴ではないでしょうかね。

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(C)2021「花束みたいな恋をした」製作委員会

ところが、ふたりもそれぞれ食べていかなくちゃいけない。たとえ新卒でなくとも、モラトリアムを延長したとしても、やがては社会に出ていかなくちゃならない。その時に、好きなものを仕事にするのか、それとも好きなものは趣味にしておくのか。このあたりが、麦と絹にとっての初めてのはっきりした価値の分かれ道になっていきます。それは似た者同士にとっては試練ですよね。

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(C)2021「花束みたいな恋をした」製作委員会

考えてみれば、いくら似ていても、当たり前ですが、まったく同じだと人は惹かれ合わないんですよね。僕だって僕自身とはつきあいたくないもの。違いがある。わからない。究極にはわかりあえない。からこそ、実は恋愛は楽しいのであって、似た者同士の確認からスタートすると、その先にはどうしたって試練があるもの。そして、その試練への対応によっては、すれ違いが軌道修正のきかないものになってしまう。

 
坂元裕二は連ドラの名手で、長い尺でじわじわとエピソードを積み重ねて、キャラクターが脚本家の意図を越えて動く様子ってのを最初から決め込まずに進められるそうですが、映画の場合はそうはいかない。5年間を描くと先に決めて、5年分の日記を20枚ぐらい書いていったそうです。どんどん話を進めていこう、ディテールを積み重ねていこうと方針を転換したことが奏功しているわけですが、信念としては、恋愛の結果ではなく、恋愛そのものの面白さを描きたいということ。Instagramを介して、モデルになる人物を徹底的にリサーチするなどして得られた圧倒的に豊かで緻密なリアリティーは、ここまで来ると、小手先の恋愛あるあるを越えて、菅田将暉の言葉を借りれば、「共感大喜利の達人」の域に達しています。その共感をどこにより強く覚えるか、それが観客によって違うからこそ、この映画は語り甲斐があるし、世代によってもまた受け取り方が変わってくるんだと思います。ふたりがのめり込むカルチャーへの共感もあれば、絹の印象的なセリフをなぞれば「始まりは、終わりのはじまり」という部分への共感もある。そして、後者に共感すると、これは僕みたいに麦と絹と脳内で同棲するはめになります。大変です。

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(C)2021「花束みたいな恋をした」製作委員会
土井監督の演出は脚本をとても大切にしながら、僕はふたりの視点の切り替えと編集によるシーンの切り替えの巧さで映画的な面白さをリズミカルに作っていたと考えています。というのも、ふたりのモノローグが多いこの台本って、ともするとかなり演劇的なので、下手すると映画の醍醐味が損なわれかねないと思うんですが、そこは回避されていました。

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(C)2020「喜劇 愛妻物語」製作委員会

それにしても、僕みたいな大人になりきれない人間は、喰らいましたね。と同時に、面白かったのは、最近論じた『喜劇 愛妻物語』と重ね合わせてしまったことです。あの夫婦は終わりのないモラトリアム恋愛の悲劇であり喜劇。荒れ地に咲いてはしおれる雑草のような花でした。麦と絹は、終わりを迎えて花束になったけれど、もう咲くことのない花瓶の花。いつかこの2本をまたゆっくり二本立てで観てみたいなと感じています。そんなイベント、面白そうじゃないですか? 鑑賞後、天国か地獄か、それはまだ僕にもわかりません。
この映画には、大友良英さんが見事な劇伴を作曲されています。これも良かったんですが、今日は、劇中のとあるシーンで絹ちゃんがなんとジャクソン・ブラウンのTシャツを着ていたことに着目して選んでみました。いい趣味してんなぁ。ますます、絹ちゃん、好き。そして、物語を踏まえて、こんな曲を選んでみました。
 
ここ1週間、とにかく夢中になってしまった作品でしたが、反芻するうちに、特に麦くんの中盤からの変節に関しては、思うところがあるというか、いくらなんでも変わり過ぎでないかと感じてみたり。う〜む。まだしばらくは、よくできたパンフレットをパラパラめくりながら反芻する日々が続きそうです。

さ〜て、次回、2021年3月2日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『マーメイド・イン・パリ』です。ぴあ関西版の華崎さんが当番組で以前紹介してくれた作品ですよ。『アメリ』とかミシェル・ゴンドリー作品と比較をされていたので、興味が湧いていたんですよね。人魚と人間の恋物語。今週のリアリティー重視からファンタジーへ。恋模様の描かれ方の違いに注目します。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!   

映画『宇宙でいちばんあかるい屋根』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月16日放送分
『宇宙でいちばんあかるい屋根』短評のDJ'sカット版です。

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郊外のニュータウン、一軒家で両親と暮らすひとり娘、14歳のつばめ。お向かいさんの大学生、亨への恋心を抱いています。と、そこまではいいのですが、かつて自分を置いて家を出た実母に新たな家庭があることを知り、育ての母は現在妊娠中とあって、ただでさえ思春期のつばめの胸中はなかなか複雑です。彼女がホッとする場所は、書道教室の屋上。そこでひとり時間を過ごすことが多かったんですが、ある夜、態度のでかい、見知らぬ老婆「星ばあ」と出くわし、ふたりは交流を深めていきます。

宇宙でいちばんあかるい屋根 (光文社文庫)

原作は野中ともそが2003年に発表した同名ファンタジー小説。脚本・監督は、この番組でも昨年評した『新聞記者』や、現在公開中の『ヤクザと家族 The Family』の藤井道人、現在34歳。主人公のつばめをこれが映画初主演の清原果耶、星ばあを桃井かおり、大学生亨を伊藤健太郎が演じるほか、水野美紀、坂井真紀、吉岡秀隆などもそれぞれ存在感を発揮しています。
 
昨年9月4日に全国ロードショーとなったこの作品。僕は先週土曜日の午後、会社保養所でU-NEXTの配信を通して鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

僕は原作小説を読む時間が取れなかったんですが、インタビューに目を通すと、監督は原作のある種のパラレル・ワールドとしてこの映画を展開してみようと思ったそうです。3年かけてじっくり脚本を書きながら、脚色をするにあたっては、あえて原作にはないシーンについても入れようじゃないかと。その甲斐あってと言うべきでしょう。映画だからこその表現もあちこちにありました。
 
舞台となるニュータウンの規模感と環境を示すためにも効果的なオープニングのドローンによる鳥瞰ショット。定番の導入ですが、後に登場する星ばあが空を飛ぶんじゃないかというフリにもなっているし、後半で鍵になる屋根の色を意識させるような、鳥瞰、鳥目線を越えてまっすぐ見下ろす俯瞰のショットにもなっていました。僕には、ここにもう監督がこの映画全体を通して言いたいことの片鱗があるように思えたんです。それは何かと言えば、画一的に見えるこの世の中にあって、それでもよく見れば色んな人生があるし、そのどれもが愛おしいものではありませんかってことです。そのうえで、人生は有意義だし生きる価値があると。なんかこうして僕が言葉にすると安っぽいかもしれないけれど、映画にはそう想える要素がそこかしこにありました。

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(C)2020「宇宙でいちばんあかるい屋根」製作委員会
というのも、誰ひとり、初登場のシーンとまったく同じ印象のまま映画が終わるということがないんですね。つばめちゃんは、もちろん星ばあとの出会いによって世界の見方が変わるし広がります。でも、この交流は決して一方通行ではなく、星ばあがつばめから助けられもするし、ドーンと構えていたはずなのにコロッと同様を隠しきれなくなったりもする。つばめが憧れる亨も、爽やかでかっこいい大学生のお兄さんだけでなく、自分の感情を制御できない弱さも露呈します。つばめの元彼とされる同級生も、クラスメートの女の子も、書道教室の先生も、亨のお姉さんもその彼氏も、お父さんも、生みの母も育ての母も、誰もがそろって複数の顔やイメージを表出します。星ばあがつばめに教えた最大のことは、人にはそれぞれ事情があるし、あなたもそれを受け入れつつ、それを踏まえて、これからたくさんの人に出会って、その一期一会をせいぜい楽しんで生きていきなさいということでしょう。

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(C)2020「宇宙でいちばんあかるい屋根」製作委員会
ほうら、また安っぽくなりましたが、言葉にまとめるとそうなるシンプルな話を、現実味とファンタジーのちょうどいいバランスでまとめていました。書道教室のあの屋上なんてセット丸出しで、一歩間違えばそこだけ浮いちゃうような作りなんです。だけど、その他のパートはむしろ普通のホームドラマ的な絵面だから、その浮いた感じ、浮遊感が浮き立つ、引き立つんです。そう、考えてみると、下手すりゃ、ほんと普通の話なんですよ。昔なつかし中学生日記みたいになりかねない。それを回避どころか、忘れがたい作品に仕立てる工夫の部分に着目すると、味わい深いです。
 
藤井さんが得意とする寒色系の色使い。水たまりに映る夜空。窓ガラスを流れるしずく。水族館でのハッとする印象的なクラゲの水槽。ドラマに不意に挟まる本で言えば章立てに当たる水墨画の扉絵。そして、ラストであえて多くを見せず、一枚の絵に多くを託す演出。どれもが、原作に寄り添いながらも独立した作品としての魅力につながる的確な手法でした。

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(C)2020「宇宙でいちばんあかるい屋根」製作委員会
清原果耶は、当初こそ少し硬いなと感じたんですが、やはり桃井かおりがうまく彼女の演技の才能を引きずり出しているところがあって、その変化がどこまで計算通りかは別として、物語内のつばめの変化とも対応するようで良かったです。これこそ、キャスティングの成果ですね。
 
自分ちの屋根、大切にしようって思うことなかなかないけれど、こんな素敵なファンタジーを観た後には、家々の屋根に目が行くようになりました。世界の見方が少し変わるし、愛おしくもなる良作でした。
しかし、清原果耶は末恐ろしいですね。これまでも期待されてきましたが、初主演で新たな魅力を藤井監督と桃井かおりにばっちり引き出されて、ますます今後が楽しみです。主題歌は、COCCOが曲提供とプロデュース。その清原果耶が歌っています。


 さ〜て、次回、2021年2月23日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『花束みたいな恋をした』です。口コミでどんどん観客動員が伸びて大きな話題となっているこの作品が、ついに当たりました。楽しみすぎる。そして、年度末恒例のマサデミー賞ですが、この『花束みたいな恋をした』までが対象作品となります。もうじき、まずは対象作品の一覧、続いて各賞のノミニー、そして3月末にはいよいよ大賞の発表と展開していきますよ。どうぞ、頭の片隅に置きつつ、この1年間にご覧になった、あるいは話題になった作品の総ざらいとして、お楽しみください。ともあれ、「花束みたいな恋をした」、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!