妻ミヨンは揚げパン屋さん、夫ソクファンはパソコン修理屋さん。そして、一人娘。韓国の下町で慎ましく暮らしている3人は、ある日当てたドリンク剤の懸賞で、初めての海外旅行ハワイへ行くことに。ところが、搭乗した飛行機が
北朝鮮のテロリストにハイジャックされて大騒ぎ。地上1万メートルで繰り広げられる、犯人たちと乗客、
キャビンアテンダントたちの知恵比べとアクションの数々。そこで、明らかになる夫婦の過去とは? さらに飛行機の行方は?
日本では今年2月11日に公開されたこの作品、僕はU-NEXTのレンタルで先週金曜日に鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。
久々に、ちょうどいい映画を観たなというのが、エンドロールが流れる中でまず思ったことです。笑いとアクションとスリルとどんでん返し、そしてベタつかないレベルでの人情味。ミヨン一家は栄養ドリンクの蓋に付いてる懸賞でハワイ旅行へ行くことになるわけだけど、まさに日常の活力、栄養ドリンク的な一本をごちそうさまって言いたくなる100分。この尺も、ちょうどいい。
超斬新な映像や展開が観られるっていうものではありません。話運びは王道で、はちゃめちゃな珍道中で明らかになる家族の意外な過去というのもあるっちゃあるし、飛行機の中でエージェントがやり合うアクションやスパイもののお約束的展開もどっかで目にしたことがあるぞというものが続きます。でも、いや、だからこそ、この作品ではひとつひとつを丁寧かつスピーディーに進めていくんです。そこがちょうどいい。むしろ、観客の既視感を逆手に取ることでうまく笑いにつなげているんです。
ハイジャックものの場合は、動ける空間が限られている分、主人公たち以外のサブキャ
ラクターを効果的に配置することで、群像劇的な面白さを出すことが大切ですが、ある程度人数が多くなってくると、下手すりゃそこでもたついてしまいがち。本作はそれが早い。権威を笠に着る国会議員。臨月の女性とその姑。高所恐怖症の官僚。いかにも怪しげな黒尽くめの女。映画監督。エージェントに憧れている男性
キャビンアテンダント。
北朝鮮のテロリストチーム側にも、身分を偽るために中国語で通すぞって言ってんのに、「え、俺、中国語、できないんですけど」みたいなのが混じってる。だいぶバリエーションに富んでますよ。なのに、開始早々、さくさく僕らにわからせて、飛行機同様、物語もテイクオフ。しかも、みんな濃ゆいキャラなのに、それでも埋没なんてまるでしないほどキャラがしっかり立った主人公ミヨン一家。
こういう娯楽アクション・コメディーって、
R指定がかかるかかからないか、ギリギリのラインをあえて狙って話題を作ってみたり、笑いに走りすぎてアクションが疎かになったり、最近はそういうのが多いような印象を受けるんですが、これはそこもちょうどいい。アクションにはちゃんとアクション監督が付いていて、狭いところでできることの限りをやっていました。笑いは意外性・ギャップをベースに置きながら、演技はわりと
ステレオタイプだけれど、奇をてらわない分、定番で誰も傷つけない笑いが、物語のフライトマップの中にきっちり収められています。
終盤は怒涛の伏線回収だとばかりに、あの人はこう、この人はそうって展開していくんですが、実はテロリストたちも単に悪人として描く以上の奥行きが用意されているんで、みんなしっかり生き残って、その上でハワイを楽しんできほしいなって気持ちになるんです。今回サントラは入手できませんでしたが、音楽や小道具、それからエンドロールでは各シーンのシンボリックなアイテムをイラストでうまく提示しながら、単なるおさらい映像以上のポップかつオシャレな情報のはさみ方をしていて感心しました。
そりゃ、ご都合主義もありますよ。たとえば、主人公ミヨンの衣装チェンジ。いつの間に? とか、それ必要? って思うんだけど、僕はこの手のご都合主義はいいじゃんって思えるんです。取ってつけたような感動を狙うわけではなく、つじつまを合わせるためでもなく、面白いから。着替えんでええやろ!って観客がツッコむのも楽しいから。
一時はどうなるかと思ったけど、楽しかったなあ。みんな元気でやっててほしいなぁって登場人物みんなをありありと思い出せる、誰と観ても安心して楽しめる、丁寧に編まれた娯楽の王道。映画神社の神様が、いいもの当ててくれました。
ところで、余談ですが、途中で、妻が実は年齢のサバを読んでいたっていうネタがありますよね。なんで、実年齢よりも上ってことにしてるんやというツッコミを僕は脳内で嬉々として入れたところで、聞こえてきた「年下だったのかよ」的なセリフ。日本と同じように、あるいはそれ以上に、上下関係を重視する
儒教文化が根強いなと苦笑しましたとさ。
ミヨン役の
オム・ジョンファは、90年代からシンガー&ダンサーとしてのキャリアがあって、あちらではミュージック・シーンでもよく知られた存在。昔の音を聴いてみたら、なるほど韓国の歌
謡曲というイメージでしたが、この最新曲なんて、どうよ。
アリアナ・グランデですかっていう、
アメリカ最先端の
サウンドを明らかに意識しているような。
さ〜て、次回、2021年5月25日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、
『罪の声』となりました。ついに出ましたよ。あのグリコ森永事件を題材にした塩田武士の分厚い小説が映画化。公開時に当たらなかったものが、こうして配信作として短評の課題作となりました。気になっているのは、脚本のまとめ方なんですが、舞台も関西が多いとあって、俄然楽しみです。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、
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