京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『佐々木、イン、マイマイン』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 6月1日放送分
『佐々木、イン、マイマイン』短評のDJ'sカット版です。

f:id:djmasao:20210531202356j:plain

役者になる夢をくすぶらせながら20代後半を迎えている悠二は、彼女のユキから別れを告げられながらも、ずるずる同棲を続けている状態です。ある日、バイト先で高校時代の友人である多田と再会。参加しなかった同窓会に、これまた当時の友人佐々木が来ていたことを知ります。佐々木は個性的な男で、クラスのムードメーカー。思えば、役者を志すきっかけをくれたのも佐々木の言葉でした。悠二は、佐々木のことを思い出しながら、再び演劇への熱を高めていくのですが…
 
まだ20代と超若い、King GnuのMVなどを手掛けている監督の内山拓哉に、俳優の細川岳が佐々木のモデルとなった高校時代の友人の話を映画にしないかと持ちかけたことをきっかけにメガホンを取りました。悠二を藤原季節、佐々木を脚本も手掛けた細川岳が演じたほか、萩原みのり、遊屋慎太郎、井口理、鈴木卓爾村上虹郎などが出演しています。
 
昨年11月27日に公開されたこの作品、僕はアマゾンプライムのレンタルで先週金曜日に鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

公開当時、インディーで製作されたこの映画が口コミで話題を呼んでいたことは把握していたんですが、スクリーンで観ることがかなわず、今回こうして配信ではありますが、それでも目の当たりにすることができて、今はすごく嬉しいです。というのも、僕にとっては人生屈指の1本だってくらいに心揺さぶられたからです。脚本の組み立て、物語る段取り、キャラクター造形、美術セット、ロケ地の選定、演技と、どれを取っても、見事なできばえでして、オリジナルの長編劇映画として、とんでもなく高いレベル。登場人物たちと同じく、まだ20代という内山拓哉監督の才能と努力に惚れ惚れするし、撮ってくれてありがとうと感謝を伝えたい。そんな心境になっています。

f:id:djmasao:20210531202627j:plain

(C)映画「佐々木、イン、マイマイン」
第二の思春期とも言える20代後半。彼ら/彼女らは、それぞれに社会には出たものの、それですぐさま芽が出たり、花開いたりするなんて難しくて、歩んでいる道は果たしてこれで間違いないのだろうかと、くすぶり、あがき、悶々としているわけです。特に何かを表現するような仕事の場合、これで間違いないというレールなんてないわけで、余計にもやもやとする。藤原季節演じる悠二は、まさにそんな状況。おまけに、同棲中のガールフレンドからはもう恋人ではないと言われながらも、追い出せずにいて、日々の暮らしはなだらかな下り坂、フェードアウトのような状態。これが、彼の俳優としての状況にも重なるんですね。もう役者なんてやっていてもしょうがないんじゃないか。そんな虚ろな悠二の心模様を変化させるのが、現在の友達と高校時代の友達なんですね。役者仲間は、悠二よりも少しばかり成功していて、一緒に芝居をやろうと言われても、「お前と違って俺には才能ないし、お前に一緒にやるメリットなんてないだろう」とひねくれております。それでも食い下がる友達思いな役者仲間に手渡されたのは、テネシー・ウィリアムズの『ロング・グッドバイ』(放送ではチャンドラーって口走ってしまいましたが、テネシー・ウィリアムズの方が正解。訂正します)。稽古に励む中、思い出されたのは、実は悠二を役者の道に導いた、かつての佐々木の言葉。いわゆる、原点ですね。そっから、現在と過去の行ったり来たりが目まぐるしくなっていきます。

f:id:djmasao:20210531203134j:plain

(C)映画「佐々木、イン、マイマイン」


佐々木! 佐々木! 佐々木! 彼はクラスメートたちの佐々木コールがあれば、女子がいようがなんだろうが、いつでもどこでも全裸になる突飛な男でした。ベタなことを言えば、佐々木は心許した友達に裸でぶつかるんです。盛り上げるし、意見するし、落ち込む時は全力で落ち込む。美術の才能があって、読書家でもあるけれど、自他ともに認めるモテなさっぷり。だからこそ、ホモソーシャルな仲間との交流を何よりも大事にするわけです。決して順風満帆な青春ではないのには、彼の家庭環境も影響しています。父子家庭の一人っ子で、狭く散らかった家に、父はまともに帰ってきません。でも、そんな父を憎んでもいない。経済的な事情もあるし、将来の夢なんてぼんやりとも描ききれずにいます。その分、友達には助言するし、俺の分まで生きろってな雰囲気を醸していたんですね。
 
漠然としたおかしみ。悲しみ。やさしさ。やるせなさ。やる気。プライド。恋心。シンパシーとエンパシー。そんな青春のあれやこれやを抱えながら、10代の思春期からもやっと10年生きてきた仲間たちの人生が交錯して1点に凝縮していくラストの高まりは尋常ではありません。

f:id:djmasao:20210531203209j:plain

(C)映画「佐々木、イン、マイマイン」
佐々木の部屋。自転車に乗ってバカやりながら走った線路沿い。みんなで行った初詣。バッティングセンター。ガールフレンドとの思い出がしみついた部屋。友達の赤ん坊を抱きながらこみ上げた涙。演劇の舞台へ上がる時の緊張感。すべてが絡まり合って、渾然一体となって、悠二を人生の次のステップへと駆り立てていくあの感覚は、絶対に映画にしか出せない味わいです。よく伏線回収が好きっていう人がいるけれど、脚本でパズルを組むような小手先の伏線回収ではなく、視聴覚総出でこれぞ映画という伏線回収で僕の涙腺を刺激するわけです。ひとこと、泣ける。昂ぶって涙が抑えられない。内山拓哉監督の手腕にひれ伏しました。

f:id:djmasao:20210531203301j:plain

(C)映画「佐々木、イン、マイマイン」
できるからやるんじゃないくて、できないからやるんだろ。お前は堂々としてろ。そう言った佐々木の言葉を、僕も大事にしまって生きていこうと思います。
 
リスナーからの感想の中で、確かにそうだと深くうなずいたのが、この記事の一番上に貼り付けたポスターです。鑑賞後にはまったく違った感慨を覚える仕掛け。これは劇場で観た後に、このポスターの前で立ち尽くす体験をしたかった〜
今の評では言及しなかった女性がカラオケでこの歌を歌う。僕もそら、惚れます。プカプカ、ハナレグミのバージョンでどうぞ。

さ〜て、次回、2021年6月8日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『461個のおべんとう』となりました。東京No.1ソウルセット渡辺俊美さんのエッセイが原作です。エッセイをどう物語に組み立てたのか、そして肝心のお弁当のバリエーションは映画にどう反映されるのか。期待しています。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

映画『罪の声』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 5月25日放送分
『罪の声』短評のDJ'sカット版です。

f:id:djmasao:20210524205811j:plain

1984年から85年にかけて、日本中を揺るがせた劇場型犯罪、グリコ森永事件。2000年には迷宮入りしてしまうわけですが、この事件を徹底的に取材した作家塩田武士が、そこでえた情報をあくまでモチーフに、ノンフィクションではなく、小説として作品にまとめて発表したのが2016年。高く評価されましたし、僕も読みました。
 
京都市内でテーラーを営む曽根俊也。36歳。2015年のある日、父の遺品を整理したところ、カセットテープが出てきます。再生すると、31年前、あの事件で犯人グループが身代金の受け渡しに使ったとされる脅迫テープと同じ声だったんですね。これは自分の子供の頃の声だ。なぜ。同じ頃、大阪の新聞記者である阿久津英士は、未解決事件のその後を追いかける企画の担当者に選ばれ、取材を重ねていました。ふたりは、そうして出会うべくして出会い、俊也以外にもふたりの子供の声が当時使われたことを丹念に調査していきます。

騙し絵の牙 (角川文庫) 罪の声 (講談社文庫)

最近では『騙し絵の牙』も公開されていますが、人気作家塩田武士の原作を、テーラーの俊也・星野源、新聞記者の阿久津・小栗旬という最高のキャストで映画化という流れになりました。脚本はドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』や映画『図書館戦争』シリーズ、『俺物語!!』で知られる、野木亜紀子。監督はTBSのドラマ演出でならした土井裕泰(のぶひろ)。超最近だと映画『花束みたいな恋をした』も土井監督でした。なんなら、「逃げ恥」にも『カルテット』にも『重版出来!』にも関わってきたヒットメーカーです。
 
ということで、キャストも豪華でした。宇野祥平松重豊古舘寛治橋本じゅん、高田聖子(しょうこ)、市川実日子(みかこ)、火野正平梶芽衣子、宇崎竜童などなど。
 
日本では昨年10月30日に公開されたこの作品、僕はU-NEXTのレンタルで先週金曜日に鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

原作を愛読した僕としては、映画化する上で、いくばくかの期待と大いなる不安がありました。期待が何かと言えば、それはずばり声でした。あの一連の事件については、当時の大々的な報道に加え、テレビの特集番組やノンフィクションの本で繰り返し検証が行われてきたわけですが、塩田武士が新たに小説として描き直すにあたり、これまでにない切り口だったのは、声に着目したことです。塩田氏がまず僕と同世代で、事件当時はまだ小さかったんですよね。僕と同じように関西で育ってらっしゃるので、調べる前に記憶として残っているのは、少年の目と耳で感じた恐怖です。何って、街中に貼られ、ブラウン管やテレビでも日々目にしていた「キツネ目の男」の似顔絵と、僕らと似たような年頃の子供の声が犯行に利用されたこと。そりゃ、駄菓子屋やスーパーでお菓子を買うこともやたら怖がらされたけれど、犯行グループが子どもの声をどういう経緯で使ったのか。怖かったです。ましてや、僕も大津の出身なんで、連日報道される舞台に非常に近く、僕も友達の家のマンションで、エレベーターをひとりホールで待っていたら、似顔絵に似た男性を見かけて、走って逃げ出したこと、今でも鮮明に覚えています。その声を軸にして、当時子どもだった世代の当事者と、新聞記者が、同時進行で事件を追いかける。この設定がもう映画的だし、小説ではかなわない肉声の再生が作品に与えるインパクトは期待できる。

f:id:djmasao:20210524210011j:plain

(C)2020「罪の声」製作委員会
一方、大いなる不安というのは、端的に尺の問題です。塩田氏は元神戸新聞の記者で、その意味では阿久津の側の描写がまず真に迫っているし、ジャーナリストらしく、調べられる限り調べまくって、資料にあたり、現場へ向かった。その上で書かれた小説は、名前こそ架空の会社にしてあるものの、ディテールが丹念に描かれているし、ノンフィクション的な魅力にあふれていて、これはもう、概ねこの通りの流れだったんじゃないかと、読んでいて鼓動が早くなることが何度もありました。でも、2時間強の映画では、そこまで細かく描くことは不可能だし、大幅なカットと再構成が必要になるのだが、そんなことできるのか。不安だったわけです。
 
鑑賞してからの結論として、僕はそこまで評価していません。キャストの奮闘は見ごたえがありましたよ。星野源の動揺を覚えながらも冷静たろうと努める抑制された演技。小栗旬の徐々に使命感を帯びていく様子。日本アカデミー賞助演男優賞を獲得した宇野祥平の文字通り血管を浮き上がらせるほどの声にならぬ声を振り絞るような葛藤。橋本じゅん、高田聖子、劇団☆新感線のおふたりも印象に残りました。

f:id:djmasao:20210524210114j:plain

(C)2020「罪の声」製作委員会
ただ、実は脚本の組み立て、その構成に僕は納得のいかないものを覚えたんです。映画というわりには、あまりに動きが少ない。会話劇というには、回想シーンが多いし、それなりにロケもあるものの、役者の動きはかなり限定されている。たとえば、小説でも大きな山場として詳しく描かれる警察と犯行グループの大阪と滋賀での手に汗握る逮捕計画とその失敗。追いつ追われつ、逮捕できるか否かのやり取りなんて、サスペンス映画の見せ場ですよね。どちらも映画ではカットしています。予算の都合もあるでしょう。小栗旬星野源の車内の会話シーンは合成だったことを見るに、このクラスの役者ではスケジュールも交通規制も難しかったでしょう。その結果、話はでかいはずなのに、テレビドラマにしか見えない画作りとスケールになっていました。では、会話をメインにしたシーン展開で映像演出の工夫があるかと言えば、誰かが喋っている時は、誰かが黙って表情を変えず聞き入っているのをカットバックで見せる。聞き入るのは良いけれど、それじゃ映画的なダイナミズムは生まれません。関西ロケも、なんとなく有名な場所を入れるにとどまっていて、むしろ関西人には「はいはい」という感じ以上のものはなかったと思います。

f:id:djmasao:20210524210159j:plain

(C)2020「罪の声」製作委員会
筋立ては面白いし、役者も奮闘しているものの、映画の製作、プロデュースというところのバランス感覚が、この物語の躍動感を削いだのではないかということです。もちろん、一定以上の面白さはクリアした上での話ですから、未見の方はぜひご覧いただいて、原作にも触れてもらえれば。

主題歌は、映画を何度も観たシンガー・ソングライターのUruが書いたこの歌でした。


さ〜て、次回、2021年6月1日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『佐々木、イン、マイマイン』となりました。今乗りに乗っている藤原季節の主演だし、『くれなずめ』にも通じるところのある青春映画なのかなと勝手に妄想しながら、期待が膨らんでおります。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『ノンストップ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 5月18日放送分
『ノンストップ』短評のDJ'sカット版です。

f:id:djmasao:20210517203147j:plain

妻ミヨンは揚げパン屋さん、夫ソクファンはパソコン修理屋さん。そして、一人娘。韓国の下町で慎ましく暮らしている3人は、ある日当てたドリンク剤の懸賞で、初めての海外旅行ハワイへ行くことに。ところが、搭乗した飛行機が北朝鮮のテロリストにハイジャックされて大騒ぎ。地上1万メートルで繰り広げられる、犯人たちと乗客、キャビンアテンダントたちの知恵比べとアクションの数々。そこで、明らかになる夫婦の過去とは? さらに飛行機の行方は?

消された女

妻ミヨンを演じたのは、女優としてだけでなく歌手としても大活躍のオム・ジョンファ。夫のソクファンには、パク・ソンウンが扮しています。監督は、『イルマーレ』で助監督を務めていて、『消された女』の演出でも知られるイ・チョルハ
 
日本では今年2月11日に公開されたこの作品、僕はU-NEXTのレンタルで先週金曜日に鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

久々に、ちょうどいい映画を観たなというのが、エンドロールが流れる中でまず思ったことです。笑いとアクションとスリルとどんでん返し、そしてベタつかないレベルでの人情味。ミヨン一家は栄養ドリンクの蓋に付いてる懸賞でハワイ旅行へ行くことになるわけだけど、まさに日常の活力、栄養ドリンク的な一本をごちそうさまって言いたくなる100分。この尺も、ちょうどいい。
 
超斬新な映像や展開が観られるっていうものではありません。話運びは王道で、はちゃめちゃな珍道中で明らかになる家族の意外な過去というのもあるっちゃあるし、飛行機の中でエージェントがやり合うアクションやスパイもののお約束的展開もどっかで目にしたことがあるぞというものが続きます。でも、いや、だからこそ、この作品ではひとつひとつを丁寧かつスピーディーに進めていくんです。そこがちょうどいい。むしろ、観客の既視感を逆手に取ることでうまく笑いにつなげているんです。

f:id:djmasao:20210517203545j:plain

(C)2020 OAL & Sanai Pictures Co., Ltd. All rights reserved
ハイジャックものの場合は、動ける空間が限られている分、主人公たち以外のサブキャラクターを効果的に配置することで、群像劇的な面白さを出すことが大切ですが、ある程度人数が多くなってくると、下手すりゃそこでもたついてしまいがち。本作はそれが早い。権威を笠に着る国会議員。臨月の女性とその姑。高所恐怖症の官僚。いかにも怪しげな黒尽くめの女。映画監督。エージェントに憧れている男性キャビンアテンダント北朝鮮のテロリストチーム側にも、身分を偽るために中国語で通すぞって言ってんのに、「え、俺、中国語、できないんですけど」みたいなのが混じってる。だいぶバリエーションに富んでますよ。なのに、開始早々、さくさく僕らにわからせて、飛行機同様、物語もテイクオフ。しかも、みんな濃ゆいキャラなのに、それでも埋没なんてまるでしないほどキャラがしっかり立った主人公ミヨン一家。
 
こういう娯楽アクション・コメディーって、R指定がかかるかかからないか、ギリギリのラインをあえて狙って話題を作ってみたり、笑いに走りすぎてアクションが疎かになったり、最近はそういうのが多いような印象を受けるんですが、これはそこもちょうどいい。アクションにはちゃんとアクション監督が付いていて、狭いところでできることの限りをやっていました。笑いは意外性・ギャップをベースに置きながら、演技はわりとステレオタイプだけれど、奇をてらわない分、定番で誰も傷つけない笑いが、物語のフライトマップの中にきっちり収められています。

f:id:djmasao:20210517203628j:plain

(C)2020 OAL & Sanai Pictures Co., Ltd. All rights reserved
終盤は怒涛の伏線回収だとばかりに、あの人はこう、この人はそうって展開していくんですが、実はテロリストたちも単に悪人として描く以上の奥行きが用意されているんで、みんなしっかり生き残って、その上でハワイを楽しんできほしいなって気持ちになるんです。今回サントラは入手できませんでしたが、音楽や小道具、それからエンドロールでは各シーンのシンボリックなアイテムをイラストでうまく提示しながら、単なるおさらい映像以上のポップかつオシャレな情報のはさみ方をしていて感心しました。

f:id:djmasao:20210517203650j:plain

(C)2020 OAL & Sanai Pictures Co., Ltd. All rights reserved
そりゃ、ご都合主義もありますよ。たとえば、主人公ミヨンの衣装チェンジ。いつの間に? とか、それ必要? って思うんだけど、僕はこの手のご都合主義はいいじゃんって思えるんです。取ってつけたような感動を狙うわけではなく、つじつまを合わせるためでもなく、面白いから。着替えんでええやろ!って観客がツッコむのも楽しいから。
 
一時はどうなるかと思ったけど、楽しかったなあ。みんな元気でやっててほしいなぁって登場人物みんなをありありと思い出せる、誰と観ても安心して楽しめる、丁寧に編まれた娯楽の王道。映画神社の神様が、いいもの当ててくれました。

f:id:djmasao:20210519061353j:plain

ところで、余談ですが、途中で、妻が実は年齢のサバを読んでいたっていうネタがありますよね。なんで、実年齢よりも上ってことにしてるんやというツッコミを僕は脳内で嬉々として入れたところで、聞こえてきた「年下だったのかよ」的なセリフ。日本と同じように、あるいはそれ以上に、上下関係を重視する儒教文化が根強いなと苦笑しましたとさ。
ミヨン役のオム・ジョンファは、90年代からシンガー&ダンサーとしてのキャリアがあって、あちらではミュージック・シーンでもよく知られた存在。昔の音を聴いてみたら、なるほど韓国の歌謡曲というイメージでしたが、この最新曲なんて、どうよ。アリアナ・グランデですかっていう、アメリカ最先端のサウンドを明らかに意識しているような。

さ〜て、次回、2021年5月25日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『罪の声』となりました。ついに出ましたよ。あのグリコ森永事件を題材にした塩田武士の分厚い小説が映画化。公開時に当たらなかったものが、こうして配信作として短評の課題作となりました。気になっているのは、脚本のまとめ方なんですが、舞台も関西が多いとあって、俄然楽しみです。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『新解釈・三国志』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 5月11日放送分
『新解釈・三国志』短評のDJ'sカット版です。

f:id:djmasao:20210510162557j:plain

遡ること1800年ほど前。中華統一をめぐり、魏、呉、蜀、3つの国の覇権争いを描く、ご存知三国志。タイトルにあるように、この大人気ストーリーを新たな感覚と解釈で描いています。民の平和を願う蜀の武将の劉備が主人公。曹操孫堅諸葛孔明とのやり取りを経てハイライトとなるのは、魏軍80万に対し、呉蜀連合軍3万という、圧倒的兵力差が激突する赤壁の戦いの結末やいかに。
 
監督・脚本は、言わずと知れた福田雄一劉備には、当て書きだったというほど監督が出演を切望した大泉洋が扮します。山田孝之賀来賢人、橋本環奈、ムロツヨシ佐藤二朗など、福田作品常連組はもちろん登場。他にも、岩田剛典、小栗旬山本美月城田優、さらには語り部として西田敏行など、豪華なキャストがこれでもかと出演しています。
 
2020年の12月11日に全国公開されたこの作品、僕はU-NEXTのレンタルで先週金曜日に鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

三国志というのは、考えてみれば強烈なコンテンツですよね。マンガでも小説でもゲームでも大人気。適度に古く、海の向こうで適度に距離があるので、歴史というよりも、権力者のパワーバランスや戦争における権謀術数などを考察する、シミュレーションする格好の題材なんだろうと思います。平たくいえば、「俺の三国志」というものが、かなり自由に創作できるわけです。そこで、福田雄一が『今日から俺は』の後に「俺の新解釈」ってのを打ち出してきたと考えればいいでしょう。ただ、ここで言う解釈は、学問の歴史というよりも、キャラクターの新解釈です。

f:id:djmasao:20210510163007j:plain

(C)2020「新解釈・三國志」製作委員会
たとえば、劉備。言葉少なで、感情はあまり表に出さず、偉ぶらず、あくまで穏やか。特に若者に信奉者が多かった。というキャラクターを、よく喋る大泉洋に演じてもらい、酒を飲むとすぐ大風呂敷を広げるが、酔いが覚めるとすぐにたたみ始める及び腰。ところが、演説が巧みなために、彼の酔いが覚める頃には、民が彼の言葉に酔っていて、やる気がないのに神輿の上に担がれてしまう… なんて、どうだろう。
 
たとえば、諸葛孔明晴耕雨読の生活を送っていたところに、劉備が彼の知恵を求めて仲間入りを願う「三顧の礼」のくだりも、実は自ら劉備リクルートを願い出たことにしたら面白いのでは? なんなら、グータラしてないで働けよって、おっかない妻からけしかけられていたりして…

f:id:djmasao:20210510163108j:plain

(C)2020「新解釈・三國志」製作委員会
そもそも福田監督の回りには、アドリブも含めて現場を笑わせるような達者な俳優たちがいますから、新たなキャラ付けを彼らに肉付けしてもらいつつ、あっと驚くキャストにもお願いしてみよう。おおよそ、そういう流れだと思います。三国志好きがニヤッとするようなネタも入れるけれど、福田監督の新作というドル箱の宿命として、僕のような三国志弱者もすんなり入れるようにしたい。歴史もので戦もあるのだから、殺陣師の田淵景也(かげなり)さんにまたお願いして、見応えのあるアクションも盛り込めば、かなりワイドに動員が見込めるという算段だったんでしょうね。
 
実際、僕でもお話で理解に苦しむことはなかったです。それは、全体を西田敏行演じる歴史学者による語りの枠の中に入れたことによるものなんですが、これは明らかにテレビ番組「カノッサの屈辱」のパロディーで、アナウンサーが語る部分はドラクエのパロディー。そして、中身はと言えば、アクション以外はテレビのバラエティー的なコントです。パターンはだいたい決まっていて、歴史ものっぽい重厚な音楽が流れたと思ったら、その逆をいくとぼけた一言で音楽が途切れるとか、時代劇なのに今っぽいボキャブラリーというような、わかりやすいギャップで笑いを狙う。とにかくその釣瓶打ちなんですね。だから、緊張と緩和で言えば、大部分が緩んでいるので、ひとつのコントで笑えなかったら、後はもうしんどくなってきます。僕はその口でした。

f:id:djmasao:20210510163203j:plain

(C)2020「新解釈・三國志」製作委員会
俳優の個性が強いのはいいんだけれど、だいたいが福田雄一演出のこれまで見てきたものばかりなので、オチが概ね読めるし、ギミック的な特殊効果はマンガ的かつテレビ的なものに終始しているから、テレビ画面で見ていると、余計にとても映画とは思えなくなりました。発想が新解釈というよりも、パロディー、俺の三国志なので、赤壁の戦いの結果への興味も薄れてくる始末。それでも、なんとかまとめてエンドロールまで持っていったことには感心しますが、良くも悪くも、ここまでスパッとどんな結末でも構わないと思えたのは久しぶりでしたよ。思わず笑ったところが何箇所かあったことは正直言ってあったから、すべてダメって言ってるわけじゃないんですけどね。
 
最後に、ひとつ倫理的な苦言を呈しておくと、スペインの血を引く城田優に対して、「私はその中途半端な外人顔も好きよ!エスパニョール!」はまったく笑えないし、時代錯誤も甚だしい浅はかな台詞回しだと抗議しておきます。
この主題歌は力が入っていたし、エンドロールで急に風格が出て笑ってしまったんですが、それもこれも福田監督の術中にハマっているんでしょうか。それとも、意図を超えたところの話でしょうか。わかりませ〜ん。

さ〜て、次回、2021年5月18日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ノンストップ』となりました。既に観ているリスナーの反応をうかがうと、面白そうじゃないですか。ある意味クラシックなジャンル映画的題材に、韓国映画がどう切り込むのか。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す! 

『浅田家!』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 5月4日放送分
『浅田家!』短評のDJ'sカット版です。

f:id:djmasao:20210503155032j:plain

カメラ好きの父のいる4人家族の次男として育った浅田政志。幼い頃から写真に興味を持ち、高校卒業後は専門学校へ。卒業制作では、自分の家族を被写体に、自分たちの思い出を自分たちで再現した写真で学校長賞を獲得します。以来、様々なシチュエーションを演じるコスプレ家族写真のシリーズで一斉を風靡します。プロの写真家となった政志は、全国の家族写真を撮影して回るようになるのですが、そこへ東日本大震災が発生。かつて撮影した東北の家族のことが気になった彼は、一路被災地へ。

湯を沸かすほどの熱い愛 

写真家、浅田政志の実話を基にしたこの作品。監督と共同脚本は『湯を沸かすほどの熱い愛』の中野量太です。主人公の政志を二宮和也、兄を妻夫木聡、母を風吹ジュン、父を平田満が演じた他、政志の幼馴染の若奈を黒木華が担当して日本アカデミー賞助演女優賞を獲得しています。他に、政志が東北で出会う仲間のひとりに、菅田将暉が扮しています。
 
僕はU-NEXTのレンタルで先週金曜日の夜に鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

僕のひとつ下、41歳で現在は三重県津市、故郷にお住まいの浅田政志という写真家の半生です。いくら活躍している方とは言え、伝記映画の企画としては若いですよね。『ジョゼと虎と魚たち』や『メゾン・ド・ヒミコ』のプロデューサー小川真司が、今家族を撮るなら中野監督だろうとオファーしたことがきっかけだったようです。実話がベースということで、語られるできごとそのものに評価を下すのはためらわれますが、監督は原作と言える2冊の写真集を手に、ざっくり前後編のパートに組み立てています。前半の1冊は『浅田家』。政志が写真家になるまでの話で、浅田家のユニークな成り立ちを描いています。何よりも彼らのチャーミングな言動にフォーカスしながら、政志が培っていく作家性をあぶり出していく一家族とその周辺の、小さな話。一方、後半は『アルバムのチカラ』という、津波にあった沿岸部の様々な家族写真を洗浄して持ち主に返却をするプロジェクトを丹念に描きながら、人が写真に何を求めるのか、ある種メディア論的なアプローチの大きな話になります。そのうえで、政志の人生、浅田家での現時点での立ち位置につながるだろう結びへといたります。

浅田家 アルバムのチカラ 増補版

 僕がこの作品で興味深いなと思ったのは、中野監督がおそらくは生と写真の関わりを裏テーマに持ち込んでいることです。表面的には、家族や人々の絆っていう、東日本大震災後に濫用されて価値のインフレが起きたようなものなんだけれど、実はその裏で、人は家族写真に何を見るのかということを考察していたように思うんです。僕が子どもの頃には、「写真を撮られると魂が抜ける」みたいな話がまだ残っていました。スナップ写真という言葉がありますが、スナップという動詞には、主に狩猟において「あまり狙いを定めずに素早く射る」という意味があります。あと、映画でも撮影する時にはシュートという動詞をよく使いますよね。あれは射撃の比喩から来ているもので、要は「生を切り取るもの」なんです。切り取られた生は、たとえば震災で実際に命を落としてしまった人の何気ないスナップを目にした家族の脳裏でまた蘇るわけです。過去となった時間が今、再度しばし動くということですね。それに加えて、プロローグとエピローグで全体をサンドする格好の浅田家のエピソードは、写真を撮ることで、あるいはその写真を観ることで、未来を見据える、未来を描くこともできるんじゃないかという踏み込んだ話になっていきます。中野監督も、そこまで描けるというつながりが見出だせたことで、これは一風変わった写真家の一風変わった半生という枠組みを超えられると踏んだんじゃないでしょうか。

f:id:djmasao:20210503155619j:plain

(C)2020「浅田家!」製作委員会
実人生とは違うシチュエーションを家族一丸となってコスプレして演じる一連の浅田家写真も、前半のおもしろエピソードで終わらず、今話した写真論の中に組み込んで見せられると、元の写真集の新たな解釈として成立するような気がします。
 
はい、ここまで、テーマの設定と脚本の組み立てについて話しながら、好意的に話してきましたが、特に後半に入るまでは、どうにもセリフによる説明が多いなと感じてしまい、観ながらイライラしてしまったことは否めません。そのあたり、もうちょっと言葉の引き算をして、映像のチカラに立脚したものになっていればなぁと感じました。言葉に映像が引っ張られていたことと、そのわりに前半は政志の行動原理がわかるようでわからない隔靴掻痒な部分も多かったです。

f:id:djmasao:20210503155938j:plain

(C)2020「浅田家!」製作委員会
ただ、この手の大作日本映画において、わかりやすさ(キャスティングも含めた間口の広さ込み)とその裏にある骨太なテーマをあぶり出そうとする姿勢は素直に評価すべきだと思いました。毎日スマホで手軽に写真を撮る時代だけに、写真の意義やアルバムの役割について思いを新たにしたしだいです。写真、整理せなな…
主題歌の雰囲気と入るタイミングは僕の気に入りましたね〜。選曲も良し!

さ〜て、次回、2021年5月11日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『新解釈・三国志』となりました。大丈夫かな。三国志、詳しくない。大丈夫かな。福田雄一演出に、ちょいちょいついていけない僕なの。大丈夫かな。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す! 

『BLUE/ブルー』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 4月27日放送分
『BLUE/ブルー』短評のDJ'sカット版です。

f:id:djmasao:20210427094846j:plain

プロボクサーの瓜田。ボクシング愛と分析力は人一倍なんですが、肝心の試合ではなかなか勝てない若者です。同じジムには、瓜田から誘われて通い始めた後輩の小川がいて、彼は日本チャンピオンに王手をかけている状態。かつて瓜田をボクシングの世界へと導いた初恋の相手にして幼馴染の千佳は、今では小川のフィアンセです。瓜田はそれでもへこたれず、ふてくされず、努力の日々を送っています。一方、小川はこのところ、パンチドランカーの症状で平衡感覚を失うようになっていました。

ばしゃ馬さんとビッグマウス [Blu-ray] ヒメアノール 【レンタル落ち】

 映画オリジナルの物語である今作で監督・脚本を務めたのは、自らも長年ボクシングをしている吉田恵輔。『ばしゃ馬さんとビッグマウス』や『ヒメアノ~ル』など、僕も高く評価していた方です。瓜田を松山ケンイチ、小川を東出昌大、千佳を木村文乃が演じた他、軽い気持ちでジムに新しく入会してきた楢崎には、柄本時生が扮しています。

 
僕は映画館へもちろん行きたかったんですが、緊急事態宣言が出て観られなくなるかもしれないスケジュール上の都合と不安もありまして、今回は例外として、試写を手配してもらって鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

自分の好きなものに夢中になる。それはとても素晴らしいことですが、何をそんなにしゃかりきになってしまうのか。その理由が意外とはっきりしないというのはよくあることでしょう。このスポーツが好きだ。この仕事が好きだ。あるいはこの人が好きだという恋もそう。それっぽい理由をそれらしく挙げることはできたとしても、心の蓋を開けてみたら、なぜこんなにお熱なのか、合理的な説明ができないというケースです。
 
劇中では、千佳の質問をきっかけにして、瓜田も小川も、それぞれボクシングを始めた理由については触れるんですが、たとえばなかなか勝てなくても、身体に危険が生じようとも、何があってものめり込み続けている理由というのは、本人にすらよくわからない。逆に、やめ時もよくわからない。とにかく、好きだからとしか言えなかったりするわけです。

f:id:djmasao:20210427100743j:plain

(C)2021「BLUE ブルー」製作委員会
吉田恵輔監督は、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』においても、そんな自分の好きなことに打ち込む若者の青春の終わりを見つめていました。脚本家になりたいという男女の話でした。最近だと『喜劇 愛妻物語』でも、脚本家としてやっていきたいが、なかなかそれだけでは食えずにいるという、世間的には「甲斐性なし」と言われかねない主人公がいました。映画でも仕事が取れる採れないという線引はありますが、ボクシングの場合はもっと冷酷です。特にプロボクサーは、試合に勝つか負けるか。そのどちらかしかない。瓜田と小川は、対称的なふたりです。日本タイトル目前の実力者で、千佳の恋心も射止めている小川。その千佳からボクシングへの興味を植え付けられたにも関わらず、思いを寄せる千佳との関係は幼馴染以上のものにならず、地道に人一倍努力を重ねるボクシングでは芽が出ない。それでも腐らず、いつもニコニコしているので、周囲からは単なるお人好しに見られて、下手をすればなめられる。なんというか、持てる者と持たざる者というのが、見ていられないレベルではっきりしています。いつも同じジムにいるわけだから、その歴然とした実力差には毎日のように気づかされる。瓜田だって辛いだろうけれど、そんなのはおくびにも出さない。

f:id:djmasao:20210427100835j:plain

(C)2021「BLUE ブルー」製作委員会
ボクシングを描く物語には、普通、キツい訓練や厳しい減量を積み重ねた先の勝利や、逆に劇的な敗戦など、強烈なカタルシスが用意されます。ところが、この映画にはそういう王道的展開はありません。瓜田と小川のアスリートとしての行く末が一応の軸にはなるんですが、そこへもうひとり、「ボクシングやってる風」を目指したいという不埒な心持ちでジムに入会した楢崎という男が物語のスパイスになります。「なめてんのか、お前は」ってことなんだけど、そんな楢崎にも瓜田は朗らかに接して、的確なアドバイスをするうちに、楢崎もまたボクシングの魅力に取りつかれていきます。
 
吉田監督自身、30年ほどボクシングを続けていて、今作では殺陣、要するにリングでの振り付け、動きもすべて付けています。ボクシング映画というのは、役者は危険を伴うし、体作りから含めると拘束時間も長くなるしで、実は製作へのハードルはかなり高いんですね。実際、特に最近はあまり作られていません。それでも監督は8年ほど温め続けて、このボクシングそのものを描くような映画を撮りきりました。それは監督自身、ボクシングがとても好きだからでしょう。もちろん、映画もすごく好きなわけです。

f:id:djmasao:20210427100852j:plain

(C)2021「BLUE ブルー」製作委員会
観終わって思うのは、きっかけや理由はどうあれ、人が何かに夢中に取り組む姿が愛おしいということです。何かを好きでいる気持ちに終わりはないという情熱の結晶を目にした気持ちです。BLUEというのは、ボクシングコーナーの挑戦者側の色。傍から見れば負け犬かもしれないけれど、挑戦者であり続けられる精神の美しさと業のような治らぬ病気のような、コントラストの強い明暗の両面を僕はラストショットに観ました。その意味でとても変わった作品だけれど、普遍的で力強かったです。
主題歌は、劇中でもチラッと登場する竹原ピストルでした。彼もボクシングをしていらっしゃいましたよね。映画の内容を煮詰めた歌詞はお見事。特に、ラスト近く、「もはや足跡を残したいわけじゃない。でも、足音を鳴らしていたいんだ」なんて絶品ですよ。
 
幼馴染の恋の三角関係とか、ボクシングでこてんぱんに負けちゃうとか、僕はちょいとあだち充の『タッチ』前半を思い出しましたが、まぁ、それは完全なる余談です(笑)
 

さ〜て、次回、2021年5月4日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『浅田家!』となりました。え? 去年の映画じゃないか。そうなんです。シネコンの多くが休業に入った緊急事態宣言下の関西ですから、ここはやむなく、配信作の中からおみくじを引くことに… まことに残念ではありますが、見落としていた話題作をしっかり拾ってまいります。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す! 

『バイプレイヤーズ もしも100人の名脇役が映画を作ったら』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 4月20日放送分

f:id:djmasao:20210419155159j:plain

あちこちの放送局のドラマや映画など、いつも複数の作品が同時進行している富士山麓の大きな撮影所バイプレウッド。最近は、濱田岳を中心とした若手俳優たちがチワワを主人公にしたSFファンタジー映画を自主制作しようと奮闘しています。ところが、そのチワワが現場から逃げ出してしまうなど、トラブル続き。見るに見かねた田口トモロヲ松重豊光石研遠藤憲一たちは、どうにかしてやろうと手を差し伸べます。数々の撮影現場にまたがる大小様々な騒動を横断的に描いていく映画バックステージもの群像劇です。

バイプレイヤーズ ~もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら~ Blu-ray BOX(5枚組)

テレビ東京の人気ドラマ・シリーズの劇場版で、役所広司天海祐希有村架純など、主役を張るような役者から、いわゆるバイプレイヤーズまで、本当に約100人が集結しています。監督は、若手売れっ子で新作『くれなずめ』の公開を控えている松居大悟。
 
僕は先週水曜日の午後、Tジョイ京都で鑑賞してきました。大きなスクリーンにそこそこ入っていまして、ドラマからのファンなんでしょうね。世代と男女がバランス良いなっていう客層でしたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

バイプレイヤーという映像業界の用語は、もともと和製英語なんですね。英語では、Supporting characterなんて言います。助演ってこれまた日本語に訳すと、準主役みたいなイメージも出てきますが、要するに、映画の中で、物語の中心にいる人物ではないが、そのキャラが登場することで全体が引き締まったり、要所でのみサッと登場して強烈な印象を残しながら主人公たちをサポートする存在。だから、定義としては広めです。また、他の作品では主役を張るような俳優が出演する場合には、ゲスト出演とか、友情出演としてクレジットされることもあります。ただ、冷静に考えれば、俳優の多くは主演することはまれであって、基本的にはバイプレイヤーとしてキャリアを重ねる人のほうが多いわけですね。特殊なケースを除き、集団芸術である映画製作には驚くほどたくさんの人が関わっています。俳優もそう。スタッフもそう。この作品は、そうした映画の制作システムそのものを愛おしく見つめています。
 
これまで3シーズンあったドラマ版から一貫しているのは、役者たちがそのままの名前で本人を演じていること。だから面白いんですよね。もちろん、フィクションなんだけど、田口トモロヲ田口トモロヲとして出ているから、劇中でも一般の観客から「あ、プロジェクトX!」みたいなことを言われていました。まさにそういう観客が持っているぼんやりめの知識や思い入れを活用する、あるいは逆手に取って生み出すおかしみを充満させていたわけです。その結果、脇役たちがこの物語では主役に躍り出る。改めて、このアイデアそのものが映画愛に溢れていました。

f:id:djmasao:20210419160013j:plain

©2021「映画 バイプレイヤーズ」製作委員会
今回はその劇場版ですから、「THE MOVIE」の常としてスケールアップが要求されるわけです。ドラマではシーズンごとにひとつのプロジェクトが軸にあって、その実現に向けて、おじさんレギュラー陣がやいのやいのとしていました。それが今回は、有村架純主演のネット配信ドラマ「小さいおじさん」を撮影するいつものおじさんたちに加え、濱田岳高杉真宙菜々緒柄本時生芳根京子たち、言わば若きバイプレイヤーズが作る自主映画というもうひとつの軸が出てきます。いや、もうひとつというか、若者たちの方が主軸で、おじさんたちはまた助演に戻るという格好でしょうか。つまりは撮影所での、映画製作における世代交代、バトンパス、継承、それがポンと渡されるんでなしに、ディープにクロスフェードしていく。さらには、映像業界の外資黒船がバイプレウッドスタジオを乗っ取るんじゃないかという噂がながれて、撮影所そのものの存続や意義もテーマに巻き込みます。
 
もちろん、例によって、見栄の張り合い、つばぜり合い、馴れ合い、じゃれ合い、不平不満に自慢も合わせて楽しませるうえ、同時進行している映画やドラマで垣間見える、過去の名作パロディーにもウキウキします。役者一人一人の演技については、もういくら時間があっても足りないので触れませんが、あえて言及するなら濱田岳です、今回は。最近だと『喜劇 愛妻物語』で見せていた、あのダメ男っぷり、小物っぷり、器の小ささを、今回は監督という立場でも観られます。自主映画撮ってるんでね。役所広司に出てもらおうってんで呼んできた時の手の震え。ビビリ具合。かと思えば、濱田さん、じゃなくて、監督って呼びかけてもらわないと振り向かないというあの権威主義っぷりとか、最低にして最高でした。

f:id:djmasao:20210419160042j:plain

©2021「映画 バイプレイヤーズ」製作委員会
ただ、登場人物がとにかく増えたことで、描かないといけない場面も多くなり、必然的にみんな少しずつ出ては強烈な印象、爪痕を残してもらう必要性が生まれるせいで、全体としては話の求心力が足りないとは言えます。結果として、スケールアップのつもりが、撮影所舞台のコント集になってしまったことは否めません。主演も助演も、とにかくすべての役者100名があくまで映像的に集う大団円への流れもかなり強引だよなと失笑してしまう人も出てくるでしょう。映画がその最初期から被写体にしてきた機関車と、撮影所そのものの歴史や、夢工場としてのあり方を合成という映画ならではの表現で見せる映画内映画。やりたいことはよくわかるし、その粗がある感じも狙いですらあるのかもしれませんが、大きなスクリーンで観るとなると、ちと物足りなさを覚えたのも事実です。画作りもあくまでドラマの延長という感じでしたから。
 
と、ぶつくさ言いたくなるところもあるものの、楽しいのは間違いないし、日本映画界にこの人達ありっていう夢の共演祭を傍から見てちゃもったいない。観た誰かとワイワイ楽しく語りたくなる、これからも彼らをスクリーンで観たくなる作品でした。
主題歌は、Creepy Nuts。R-指定のリリックの物語との距離が絶妙だと思います。

さ〜て、次回、2021年4月27日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『BLUE/ブルー』。ボクシング映画の傑作ってのはいくつもありますが、松山ケンイチ演じるボクサーの場合はどうか。監督の吉田恵輔さんもボクシングをされる方ということで、期待大。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!