京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ルパン三世VSキャッツ・アイ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月7日放送分
映画『ルパン三世VSキャッツ・アイ』短評のDJ'sカット版です。

1981年の東京。昼は喫茶店を営み、夜は怪盗キャッツ・アイとして世間を騒がせる来生家の美人三姉妹、長女から泪(るい)、瞳、愛。彼女たちの今回のターゲットは、美術展に出品されている、彼女たちの父親ミケール・ハインツの絵画。同じ頃、ルパン三世もやはりハインツの絵画を狙う。どちらも三連作「花束と少女」の1枚なのですが、残る1枚を狙うのはルパン一味とキャッツ・アイだけではないようで、国際的な武装組織も動いている他、峰不二子も暗躍。そして、ルパンを追う銭形警部とキャッツ・アイ逮捕に意欲を燃やし続ける内海敏夫がタッグを組み、絵をめぐる騒動はどんどん大きくなる中、そこに秘められた謎も明らかになっていきます。

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ルパン三世のアニメ化50周年と、キャッツ・アイ原作40周年を記念して、初のコラボレーションが実現です。監督は、劇場版名探偵コナンシリーズを数多く手がけてきた静野孔文(しずのこうぶん)と、CGを得意とする瀬下寛之(せしたひろゆき)のふたり。音楽では、ジャズバンドfox capture planがオープニングテーマなど、劇伴のあちこちで活躍しています。
 
1月27日からアマゾンプライムビデオで独占配信されているこの作品、僕は先週金曜日の夜に鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

いずれも泥棒もの、なおかつ、ひとりではなく、チームで動くケイパーものであり、お色気もあって、笑えて、音楽がとびきりかっこいい。そして、日本だけでなく世界のあちこちでアニメがTV放送されてきた大人気シリーズということで、それは期待が高まるというもの。僕もわくわくして再生ボタンを押しました。どっちも小学生の時にテレビで再放送を見ていたので、少なからず、僕のアニメ鑑賞経験の基礎になっているんです。それだけに、まず絵の違和感が正直言って拭えなかったです。3DCGを使いつつも、セルルックにしてあるというのが、公式サイトでもウリ文句になっています。要するに、昔懐かしのセル画アニメの作画感を出しながらも動きそのものは滑らかでリアリティーのある表現になる、日本ではまだ黎明期の技術が用いられています。お金かかってるんですね。確かに、かなりアクションシーンが多い作品なので、3DCGの利点を活かしながらも、懐かしの伝統あるシリーズなので、セル画の雰囲気は残したいという気持ちはわかります。ただ、僕は観始めてしばらくは1981年という設定に気づかなかったくらい、ものの描写が克明なので、キャラクターのセル画感がどうもヌルヌル見えて上滑りしているように思いました。また、キャラクターデザインが特にキャッツ・アイ三姉妹の現代化が著しすぎて、これも1981年という時代設定にむしろそぐわない印象でした。逆にレトロ方向に舵を切ってデザインしてほしかったなというのが正直なところです。アニメはやはり絵の雰囲気とそれがどう動くのかってことが鑑賞の快楽に直結するので、今作のデザインと制作技法が、どういうロジックで描く物語に合致すると考えられたのか、僕には疑問がかなり残ります。
で、描く物語ですが、当初こそターゲットの絵をそれぞれに盗む「対決」の構図があるものの、それがやがて共通の敵に立ち向かうチームへとシフトしていくのは想像通りでした。そりゃ、どちらのファンも結局はそれを望むわけだし、物語の起伏も生みやすいので、安心して楽しめる妥当な流れです。そして、どちらにも警察に属する名キャラクターがいますね。銭形警部と内海敏夫。彼らが先輩後輩として妙にうまくやっていくのは笑えるし、全体を通しての存在感もちょうどいい塩梅ですばらしかったです。問題の泥棒たちについてですが、これはもうはっきりとルパン三世の長編シリーズの枠組みにキャッツ・アイが飲み込まれていました。確かにルパンはこれまで長編がたくさんあって、物語の型があるので、たとえばカリオストロの城におけるクラリスのように、ルパンがうぶな女の子を連れて動き、その子にいろいろと教え諭していくのは、これも安心して楽しめる要素です。今作では、三女の愛がルパンの教え子となるわけですが、僕はそこがストーリー的に一番もったいないなって考えています。だって、僕はお姉ちゃんふたり、泪と瞳が好きなんだものって趣味は置いておくとしても、活躍がアンバランスなんですよ。さらに言えば、ルパンが愛のメンター的に導いていくのは年齢的にも経験からいってもわかるんですが、キャッツの上のふたりがもっとルパンを感心させるような手口を見せてくれないと、ますます存在が薄くなるんです。だから、結局不二子にいいとこ持っていかれてしまうんですよ。人数が多いので難しいのはわかりますが、全体の構図として、ルパンとキャッツが張り合う、あるいは両者が力を合わせるからこそ敵を打ち負かすことができるのだというところは維持したかったです。
なんて具合に、僕みたいなライトなファンでもこういて色々言いたいことが出てくるぐらいだから、もっと熱心なファンならもっとでしょう。でも、いいところだってたくさんありました。音楽はfox capture planの抜擢が当たってスタイリッシュだったし、オープニングクレジットもあそこだけ見直したいくらいにシャレてます。あと、会話の中にとにかく猫の慣用句や言い換えをたくさん入れてあるのは楽しいし、そういう細かいところはとても大事だと思います。そしてなにより、こんなコラボが曲がりなりにも成立するなんてという胸の高鳴りはちゃんとあるので、時間泥棒では決してないし、一定以上の楽しさは間違いなくありますから、ぜひご覧になってみてください。
それにしても、冴羽獠のカメオ出演が話題となっていますが、シンプルに遊び心なのか、それとも布石なのか、それも気になるところですよ。


さ〜て、次回2023年2月14日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『仕掛け人・藤枝梅安』です。原作の池波正太郎、生誕100年を記念しての2部作の1本目なんだとか。豊川悦司の迫力がすごい。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『ノースマン 導かれし復讐者』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 1月31日放送分
映画『ノースマン 導かれし復讐者』短評のDJ'sカット版です。

9世紀頃のスカンジナビア半島のとある小さな島国。まだ10歳の少年だった王子アムレートは、王である父を殺され、王妃である母をさらわれてしまいます。復讐を誓いながら、ひとり小船で島から逃げ出したアムレートは、それから何年か後、東ヨーロッパで山賊のように略奪を繰り返すヴァイキングの一員になり、流浪の生活をしていました。ある日、預言者と出会い、自分の復讐が運命なのだと悟った彼は、父を殺した人物の行方を追い始めます。

ライトハウス (字幕版)

監督、共同脚本、共同製作は、『ライトハウス』などで知られる、現在39歳のロバート・エガース。主演にして共同製作にも名を連ねるのは、スウェーデンアレクサンダー・スカルスガルド。エガース監督の過去作で名を上げたアニャ・テイラー=ジョイやウィリアム・デフォーも再登板している他、ニコール・キッドマンイーサン・ホークビョークなども出演しています。
 
僕は先週金曜日のお昼に、TOHOシネマズ二条で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

ロバート・エガース監督はこの番組で扱うのは初めてで、なおかつ彼にとっても初めてのアクション大作となるわけですが、まぁ聞きしに勝る映画的スペクタクルで見応えがありました。話としては、北欧のあちこちの神話をベースにした英雄的復讐譚ということになるんですが、見事に禍々しく血生臭い。それでいて、僕はこの時代のエンターテインメントにもなっていると感じたので、そこに向けて話していきます。
 
まずアムレートを主人公とした神話というのが、あのシェイクスピアの悲劇ハムレットの原型になっているということはよく言われます。これは話のきっかけになるところなんで言って問題ないところですが、父親の仇というのは、父親の弟、つまりアムレートの叔父なんですね。さらに、そこからの王家のパワーバランスと怨恨が悲劇を生んでいくという人間関係はハムレットそのままです。北欧の伝説を基にしたと言われるシェイクスピアを、エガース監督がまたベースにしたということになりますが、僕は観ていてその画作りに黒澤明を感じたんです。画面の強いコントラスト、戦闘シーンの迫力、もちろんカラーなんだけれどほとんどモノクロのようなダークな雰囲気や霧とか雨、炎の使い方が黒澤っぽいなと。で、これは後で確認したことですけど、考えたら黒澤もシェイクスピアマクベスを下敷きに『蜘蛛巣城』を撮ったじゃないか、と。そして、エガース監督はデビュー作の『ウィッチ』で新藤兼人の『鬼婆』を参考にしたとも言われていて、つまりはこうした王道的神話の型のひとつである強度の高い貴種流離譚や怪談の類に興味があって得意としているところがあるんですね。

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面白いのは、ぶっ飛んだファンタジックな要素と突き詰めまくったリアリズムを絶妙にブレンドしていること。そこにこそ、エガース監督は心血を注いでいます。リアリズムで行けば、建築物、衣装、武器、船、音楽など、そこまで必要なのかと思うくらいに徹底的な時代考証を専門家を動員して行い、ロケ地の選定も含めて、9世紀の北欧というのはこんな感じだったのかも知れないという、いわゆる世界観を説得力をもって画面いっぱいに広げてみせるんですね。と同時に、火山の使い方や謎の儀式、そして象徴的に何度か挿入される怨念のファミリーツリー的な映像など、オペラ的とも言える美意識でたくましく現実を飛躍してもみせます。その組み合わせが観客を興奮させるわけです。

(C)2022 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
黒澤的と僕が言ったアクションですが、カメラを何台も使ってひとつのアクションを同時にマルチアングルで撮影する手法を取り入れた黒澤に対して、僕はこれきっとワンカメで撮ってるなと思って後でパンフを確認したら、やはりそうでした。極力カットを割らずに、練りに練ったアクション及び一台だけのカメラの動きで、最大100人以上の戦闘シーンを撮影することで生まれる迫力はとんでもない領域に達しています。そこへきてのビヨーク演じる魔女の振り切った衣装が突然やって来たりするあのリアリズムとファンタジーの同居にはすっかり感心しました。

(C)2022 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
最後に、なぜこれが現代的でもあると僕が感じたかです。そもそもエガース監督は、ヴァイキング文化に興味はなかったそうです。マッチョで右翼的なステレオタイプがあったとも認めています。では、なぜ彼がここまでの労力をかけて取り組んだのか。それは、権力者の家族や親戚の愛憎や面目が、より大きなパワーバランスの変化や暴力に肥大化していく悲劇が今もなお繰り返されていること。そこに巻き込まれる民がいること。その上で、女性の心の強さと復讐の虚しさを描いていること。ニコール・キッドマンしかり、アニャ・テイラー=ジョイしかり、はっきり言って男よりもよっぽどたくましいです。一方で、男はメンツをかけるあまり合理的な選択ができず、もはや何の意味もない復讐であっても命をかけてのあの結末ですよ。僕はそこにこそ王道にツイストを加えた現代的な意味を読み取りました。
 
エガース監督、次は1922年の名作ホラーにしてドイツ表現主義の傑作『吸血鬼ノスフェラトゥ』のリメイクを準備しているとのこと。今のうちに押さえたほうが良い才能を、この段階で何とか扱うことができて良かったです。
 
Bjorkは出演しているだけではなく、アイスランドを旅行で訪れたロバート・エガース監督を自宅に招き入れていまして、その際に今作で共同脚本に名を連ねている友人で作家のショーンという人物を引き合わせてもいて、それが本作のアクセルをググっと踏み込む大きな要因にもなった。つまりはノースマンの立役者なんですね。


さ〜て、次回2023年2月7日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ルパン三世VSキャッツ・アイ』です。残念ながらアマゾンプライムビデオでの配信のみということですが、ルパン三世がアニメ化50周年、キャッツ・アイが原作40周年というダブルアニバーサリーを祝してのコラボレーションということで候補に入れていたら当たりました。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『ドリーム・ホース』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 1月24日放送分
映画『ドリーム・ホース』短評のDJ'sカット版です。

舞台は、イギリス、ウェールズの谷あいにある小さな村。子育てを終えた40代後半の女性ジャンは、動物好きだが今はすっかり無気力な夫とふたり暮らし。スーパーとビアパブでのアルバイトと両親の介護をする毎日に不満があるわけではないものの、気疲れしている。ある日、バイト先のビアパブで共同馬主の話を聞いた彼女は興味を惹かれ、競走馬を育てることを決意。資金と仲間を集め、産まれた子馬はすくすく育ち、レースへと出場することになります。

ヘレディタリー 継承(字幕版)

監督はBBCなど、テレビをメインに活動していたユーロス・リン。主人公ジャンを演じたのは、『シックス・センス』や『へレディタリー/継承』のトニ・コレットです。
 
僕は先週金曜日の午前中に、シネ・リーブル梅田で鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

なんとまぁ、これが実話に基づいたものだっていうんですが、鑑賞後のあの爽やかな気持ちってのは忘れられないです。すがすがしい気分でシネ・リーブル梅田を後にしました。それはなぜかと言えば、この映画が人生のセカンド・チャンスを応援するものであると同時に、誰か悪者を作ることもなく、ジャンという女性が声をかけたみんなが、多少の足並みの乱れはあっても、ひとつの夢を見るというその行為が過不足なくまとめられていたからです。

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まず舞台の村がいいんですよね。はっきり言って、なんの変哲もないです。自然は美しいのだけれど、谷あいということで解放感があるわけでもなく、さびれています。大きめの総合スーパーが近くのおそらく幹線道路沿いにあって、中心部には一通りの専門店もありますが、坂の多いあの地形が象徴するように、なんだか街全体が傾いている感じ。パブにビールを飲みに集まるのは、地元の常連客顔なじみばかりです。典型的な、ヨーロッパの中規模の村ですね。そんな中、主人公のジャンは、規則正しい暮らしをしているわけです。もともと生活はこざっぱりしているから、ある程度仕事をすれば食べていける。近くに住む両親は、足腰にガタが来ているけれどふたりで暮らしているし、パートナーのブライアンも関節炎を患ってしまっているけれど、喧嘩をしているわけでもないです。つまり、みんななんとなく現状維持しているつもりで、徐々に衰退しているわけです。端的に言えば、無気力です。激しく何かに不満を持つこともなく、かといって希望もない。

(C) 2020 DREAM HORSE FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISIONCORPORATION
冒頭、ジャンの朝のルーティーンを見せるところでは、隣で寝ている夫ブライアンのいびきのとどろきが聞こえます。これが夫婦の倦怠ものであれば、ジャンにうんざりした態度を取らせるところですが、そうはならない。彼女は夫が嫌いにはなっていないんです。自分もそうだけど、さらに覇気をなくしている夫をなんとかしたいと思っているものの、その突破口がないことにまたげんなりきている。そんなスパイラルですよ。そこで馬の話に飛びつくことになるわけですが、この映画の価値観として大事なポイントは、求めているのがお金よりも何よりも、胸の高鳴りであるということです。そして、それを独占するのではなく、仲間と分かち合うこと。ドリーム・アライアンス、つまり夢の同盟と名付けられたあの馬。競走馬を産み育てるのは経費がかかる。それだったら、共同馬主を募ればいい。なんなら、その方が仲間が増えて、同盟は鋼のものになる。やがてドリーム・アライアンスがレースに出て、競馬場の障害コースを走るのが象徴的なように、彼女たちもまた、いくつもの障害を乗り越えていくんです。障害物に足を取られればケガをするかもしれないけれど、それでもスタートを切らないで腐るのはもう嫌だ。これって、結局人生そのものなんですよね。それを、中高年がメインになってやっているところ、自分たちのこれからの人生をデザインし直しているところに結局は僕ら観客が胸を熱くするんです。ブライアンも目に見えてハツラツとして、身だしなみもずいぶん変化します。やっぱり本来は魅力的な夫なんです。妻ジャンが困った時には全力でかばいもするんです。

(C) 2020 DREAM HORSE FILMS LIMITED AND CHANNEL FOUR TELEVISIONCORPORATION
美男美女のスターが出る映画じゃないです。でも、人の心の動きを正直かつ丁寧にとらえるカット割り及び演技指導と、馬を魅力的に感じさせるテクニックでゴールまで観客を引っ張ります。超クロースアップから超ロングショットまで、カメラを的確に配置して、馬の息遣いや表情、足の動きなどをテンポの良い編集で見せていくわけですよ。まさに人馬一体と言いたくなるような演出で僕たちをすがすがしい気分にしてくれます。
 
決して派手な映画ではないし、ミニシアターで上映される映画業界のダークホースかもしれませんが、結果としてはものすごく心掴まれる超オススメの作品でした。
 
ウェールズの星たるロックバンド、Manic Street Preachersマニックスのこの曲はテーマに合致しているし、なによりレースをみんなで観に行った帰り道、バスで合唱するのが最高です。


さ〜て、次回2023年1月31日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ノースマン 導かれし復讐者』です。なんか画面が暗めで怖いんですよ。なぜ彼が苦労を押して復讐へと向かうのか。その理由を探りに僕は映画館へと向かうことにします。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 1月17日放送分
映画『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』短評のDJ'sカット版です。

神秘の星であるパンドラは、地球からの移住先を探す人類にとっては、支配してしまいたいところ。かつてそうして星に乗り込んだけれど、今はパンドラの一員となった元海兵隊員のジェイクは、現地ナヴィ族の女性ネイティリと愛を育み、生まれた子どもたちと平和に暮らしていました。ただ、そこへ再び人類がやって来ます。しかも、前作でジェイクが倒したはずの海兵隊大佐クオリッチが、人間のDNAの記憶を埋め込んだ特殊な自立型アバターとして復活し、ジェイクに復讐しようと襲ってきたから大変です。ジェイク一家は住まいとしていた神聖な森を離れ、海の部族の元へと身を寄せるのですが…

アバター (字幕版)

世界歴代興行収入ナンバー1を記録したあの『アバター』、13年ぶりの続編です。原案、脚本、製作、そのどこにもリストに名前があり、監督はもちろん単独で務めているのが、ジェームズ・キャメロンです。ジェイク役のサム・ワーシントン、ネイティリ役のゾーイ・サルダナシガニー・ウィーバーなど、おなじみのキャストが続投です。
 
上映形式がいろいろな本作ですが、僕は3D字幕版をMOVIX京都のドルビー・シアターで、それも普通の映画の倍のコマ数、毎秒48コマというハイフレームレートでのプログラムで鑑賞してきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

僕はアバター1で3Dが新たに映画史に復活してきた際に、技術として面白いとは思いつつも、その後しばらく、なんでもかんでも3Dを後付けするような、なんちゃって3D映画が乱発される状況を苦々しく思っていた口です。立体映像であるという物語的な意味があればいいんですが、なんでもかんでも飛び出せばいいってことでもないだろうと。その点、アバターには3Dの必然性があったわけです。それは、パンドラというキャメロンが生み出した惑星の様子を体験してもらいたいという強い意志です。地球に似てはいるけれど、当然誰も行ったことがない場所。独自の生態系を備えた美しい星に旅した感覚を観客に味わってもらってこそ、そこで人類が行ってしまう蛮行に対して、より深いレベルで感じ入ってもらえるのではないかという信念が、あんな大変で過酷で予算と時間のかかる技術開発にキャメロンを駆り立てているのだと推察します。

(C)2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
前作では、まず未知のパンドラを見せる、いわば顔見せであって、みんなをあっと驚かせました。特に、何かが飛び出るギミック的なものよりも、奥行きをとても深く感じさせるパノラマティックな映像効果と3Dの相性の良さを知らしめました。そして、今作では、主人公一家を海の民のもとへと移り住ませることで、森や空だけでなく、新たにパンドラの海とそこに暮らす生き物たちという新たな世界を見せているわけですね。キャメロンという人は、実は3000時間以上の水中滞在記録を持つダイバーであり探検家です。だからこそ、水中の生態系や生き物が泳ぐ感覚そのものまでを映画館に持ち込むために心血を注いだわけです。僕も映画館で観ていて、自分がまるで海に潜っているような気分になりました。特にハイフレームレートで見ると、絵の動き質感のヌルヌルしたかんじがまた、水と相性がいいんですよね。これ、どうやって撮ってるんだよっていう驚きに満ちた疑問も、早々と泡となって弾け飛びました。そんなクールではいられないということです。この時点で、もう映画館でいつもより高いお金を払っている分は取り返しているというか、補って余りある体験でした。

(C)2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
では、物語が技術に従属してしまっているのかと言えば、そうでもないというか、これが驚くほどシンプルにわかりやすく面白いんですね。多くの人が指摘するように、構造としては西部劇です。文明人を自認する人たちが開拓するフロンティアがある。そこには先住民族がいる。武力と文明の衝突が生まれる。簡単に言えば、そういう構図ですね。今回はその続編でありながら、それでも物語は複雑化していません。追い払っても、開拓あるいは植民地化を目指す人類はパンドラにやって来る。主人公ジェイクは、敵となる元海兵隊のクオリッチからすれば、同じ人間、同じ組織にいたはずなのにパンドラの現地民に寝返った裏切り者です。自分の肉体が滅ぼされたという恨みもある。新たな衝突が始まるわけです。ここにジェイクたち森の民と海の民との交流という要素も絡んで、確かに物語は続編らしく一歩進んでいるものの、むしろもっとわかりやすくなっているかもしれないと思うのは、大雑把にまとめれば、ジェイク一家、そしてパンドラの民の武器は強い絆と連帯であるということです。王道にして普遍的、とても感情移入しやすいストーリーです。一方で、地球と似て非なるあの惑星に、SFの利点である置き換えを巧みにほどこしながら、鑑賞することで、ここ地球の歴史や現在の課題について思いを馳せるように導いていきます。撮影の裏話など技術的な面に注目が集まって、インタビューやら撮影現場の動画やらいろいろと出回っていますね。もちろん、それもわかるのだけれど、実は脚本と設定に相当な時間を割いているということも伝わっていて、僕はその成果に正直興奮しました。

(C)2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
3時間以上という尺は、確かに長い。長いのですが、物語が長いわけではないんです。むしろ、ストーリー展開は意外なほどキビキビしています。その合間に体験としてのパンドラ探検が挟まるような感じで、むしろこちらはのびのびとじっくり見せてきます。その緩急もいいです。正直なところ、文明の衝突が個人レベルの憎しみの連鎖に矮小化されているきらいはありましたが、これが5部作に発展する2本目、その過渡期だとすれば、水に流して良いレベルでしょう。前作を漠然としか覚えていない人も、そもそも観ていないという人も、あえて言います。単純明快に楽しめる映画なんで、臆せず観るべし。シンプルにして、あの画面同様、奥行きのあるキャメロンの世界、また恐れ入りました。
 
The Weekndの主題歌はばっちりハマッていて、壮大なエンディングを盛り上げていました。


さ〜て、次回2023年1月24日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ドリーム・ホース』です。この番組ではぴあの映画担当華崎さんに推薦いただいていた作品ですね。ウェールズの田舎から始まる競走馬をその馬をめぐる人々の物語。予告編のサムネイルの表情が最高だ。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『離ればなれになっても』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 1月10日放送分
映画『離ればなれになっても』短評のDJ'sカット版です。

1982年、ローマ。16歳の女子高生ジェンマは、同級生のパオロと恋に落ちます。彼の親友、ジュリオやリッカルドとも仲良くなり、4人は共に青春を謳歌します。ところが、母を突然亡くしてしまったジェンマは、ナポリの伯母の家に引き取られ、パオロとは離ればなれに。それから7年、パオロは高校教師、ジュリオは弁護士、リッカルドは映画評論家としてそれぞれに社会に歩みだすのですが、別人のようになったジェンマと再会することになります。これは、それから2022年までの40年にわたるイタリア現代史を背景に、4人の半生を組紐状に描いた作品です。

幸せのちから 家族にサルーテ! イスキア島は大騒動(字幕版)

監督・共同脚本は、ハリウッドとイタリアどちらでも活躍するガブリエレ・ムッチーノ。共同脚本としてもうひとり、日本でもリメイクされたコメディ『おとなの事情』を手がけたパオロ・コステッラもクレジットされています。音楽は、『ライフ・イズ・ビューティフル』の名匠ニコラ・ピオヴァーニ

歓びのトスカーナ(字幕版)

ジェンマを演じたのは、『吸血鬼ゾラ』『歓びのトスカーナ』などのミカエラ・ラマッツォッティ。高校教師になるパオロをキム・ロッシ・スチュアート、弁護士になるジュリオを国際的にも活躍するピエルフランチェスコ・ファヴィーノ、映画評論家リッカルドクラウディオ・サンタマリアが演じています。
 
僕はパンフレットへの執筆もあって、去年の秋にいち早くメディア試写で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

作品を観る前に、あらすじを読んだ時、僕はふと思い出した映画があるんです。それは、1974年に公開されたイタリア映画、エットレ・スコーラ監督の『あんなに愛しあったのに』です。あなたのオールタイム・ベスト10を挙げなさいと言われたら、実は僕が必ず入れる1本なんです。第二次大戦中にパルチザンとして行動を共にした3人の青年と、彼らが戦後出ていったローマで出会うひとりの美しい女性の交流を、映画が作られた70年代にいたるまで、激動の現代史を背景に描くという物語で、設定が本作とそっくりだったから思い出したんですね。はっきりと銘打たれているわけではありませんが、鑑賞してはっきりしたのは、これはもう実質その『あんなに愛しあったのに』のリメイクです。時代はもちろん違いますね。本作は80年代前半からこちら40年ほどを描いているわけですから、当然背景に登場するできごとがまるで違います。一方で、これも設定を合わせてあるのは、男性たちが就く職業です。たとえば、弁護士になるジュリオ。『あんなに愛しあったのに』でも、世の中を正すのだ、弱者の立場に立つんだという気概を持って法律の世界に飛び込んだ結果、成金資本家の女性と結婚をして、まんまと社会に丸め込まれる人物が登場します。やはり、似ていますね。今作ではリッカルドが映画の世界に身を置くんですが貧乏暮らしで家族となかなかうまくいかない。スコーラの作品でも、映画マニアの物書きがやはり出てきました。

構成も似ています。まず現代での4人の再会シーンがあって、そこから一気に時代を戻して馴れ初めと言いますか、キャラクターの出会いを見せて、あとは記録映像をうまく挟みながら、現代まで進めていく。スコーラの場合は、映像をモノクロからカラーに切り替えたり、あのフェリーニの名作『甘い生活』の代表的な場面トレヴィの泉でのロケ現場に主人公たちが居合わせるなんていう見せ場を用意して、監督自身の映画オマージュが散りばめられているんですが、ムッチーノ監督としては今作全体がオマージュなのだからということでしょうね、そうした映画的なしかけはむしろ控えめにして、4人のすったもんだを丁寧に見せることに腐心しています。

(c)2020 Lotus Production s.r.l. - 3 Marys Entertainment
なにしろ40年間ですから、いつも一緒なわけではもちろんないし、ひとりとして何もかもうまくいくわけではありません。恋愛だって、情熱的に燃え上がるのはいいけれど、生活していくとなると、挑戦を求めるか安定を求めるかで齟齬が出てくる。家族との折り合いもある。結婚式で誓いあった永久の愛はものの見事に氷河期を迎える。子どもが大きくなってくれば、どうにもわかりあえなくなってくる。それが時の流れというもの。でも、彼らは時に交錯しては互いの現在地を確認し、握手を交わし、相手を小突き、言い合いをし、抱擁し、乾杯をする。ムッチーノ監督は、車や鳥、階段、それぞれの実家や田舎の家といった小道具・大道具を随所に挟みながら時の経過を印象づける他、挿入歌にも気を配って物語を語らせるような効果を発揮しているのが巧みです。

(c)2020 Lotus Production s.r.l. - 3 Marys Entertainment
巧みな点をもうひとつ挙げると、それは編集です。40年の時の流れは、すべてを等しく描くわけではなく、もちろん濃淡があります。僕たちが実際にそう感じるように、年を重ねるほど時間が速くなる。その感覚が僕は映画にも流れているように思えたんです。4者4様、観客は誰かひとりに感情移入することもあるかもしれませんが、多くはあの人のあの性格、この人のこの行動、みたいにあちこちにちょこちょこ自分を重ね合わせることになるでしょう。だからこそ、時折彼らがカメラ目線で観客に語りかけながらその時の状況や心境を語ってみせるという一見突飛な演出も、すんなりハマるんですね。それぞれにあっての、あの居酒屋談義の場面とか、最後の年越しですよ。花火がドーン! Buon Anno! 新年おめでとう。アウグーリ! からの乾杯に誰しもがじんわり来てしまう。憎いね。うまいね。40年前に学生運動を野次馬的に見に行ってケガをしたリッカルドは、「よく生きのびた」ってことで、それ以来「イキノビ」っていうあだ名で呼ばれるんです。これはまさに、彼らが、そして現代を生きる僕たちが何とか生きのびて映画館にこうして集うことができたということ、みんなの人生を祝福する映画でもあると僕は考えています。
こちらは原題と同じタイトルの主題歌です。このイタリア語は、最良の時代という意味です。人生最良の時ってのは、いつでしょうね。


さ〜て、次回2023年1月17日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』です。ついにきてしまいました。ジェームズ・キャメロンの気合い入りまくっているし、なにしろ長いし、3Dを始め上映形式も多彩だしと、正直敬遠していたところなんですが、それではいけませんね。映画の神様からのご託宣をたまわりましたので、つつしんで没入してまいります。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『そばかす』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 1月3日放送分
映画『そばかす』短評のDJ'sカット版です。

蘇畑佳純、30歳。海辺の地方都市で実家に住む女性。彼女は人に恋愛感情がわかない。だから、彼氏はいない。母親からは結婚しろというプレッシャーがすごく、辟易としている。私は私でなんの不満もなく楽しくやっているのに、なんで押し付けられないといけないのか。うつ病で仕事を休んでいる父。3回離婚している祖母。第一子を妊娠中の妹。ラーメン屋の店員、元AV女優の同級生など、いろんな人と交流する中で、佳純の未来は見えてくるのか。

 

企画・原作・脚本は放送作家のアサダアツシ。監督は演劇の分野で活躍してきて、これが3作目の映画演出となる玉田真也です。主演と主題歌の歌唱は三浦透子。他に、前田敦子伊藤万理華北村匠海、坂井真紀、三宅弘城などが出演しています。
 
僕はメディア試写で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

近年、よく話題になるのが、LGBTQを扱った作品です。この作品にも何人か性的少数者が登場するんですが、興味深いのは、主人公の佳純は、相手の性別を問わず、他人に性的に惹かれないという性的指向の持ち主、アセクシュアル当事者だということ。彼氏がいないってだけでなく、彼女もいない。性的指向がないんです。この作品は、「(not)HEROINE movies」というシリーズ企画の第3弾なんですが、この企画自体が面白いと思いますね。女性主人公らしからぬキャラクターを主人公に据えたゆるいシリーズと言えますが、確かに佳純もぱっとしない日常生活を送っているように見えます。コールセンターでの苦情を受け付ける毎日はなかなかしんどくて、息抜きに会社の屋上へ行ってはタバコを吸ってみたり、海へ行っては浜辺でぼーっと瞑想したりしているばかり。気ままではあるが、生きづらさを抱えていて、それが作品の主題になります。
 
映画を見たり、おいしいものを食べたりということに喜びを見出している。自分としてはそれで十分なのに、数合わせで呼ばれた合コンで食事に夢中になっていたら、自分に夢中になる男がいたり、おせっかいな母親からは勝手にお見合いをセッティングされたりする。放っておいてくれと思いながらも、社会でも大家族の中でも、恋愛至上主義のようなものが幅を利かせるばかりで、とても煩わしい。そんな佳純にとって、転機となるような出会い、あるいは再会がいくつか描かれます。自分と似た境遇だと思えた人との束の間の楽しさとわかり合うことの困難。これはキツかったですよ。私のことをわかってくれると思っていたはずなのに…というね。

(C)2022「そばかす」製作委員会
いろんな人が出てきますが、前田敦子演じる元AV女優真帆との再会が印象的です。彼女と佳純は、学校で同じクラスだった時には同じ仲良しグループにいたわけではないけれど、10年以上経ってみたら、すごくいい関係になれる。そんなふたりが、ひょんなことから一緒に取り組むことになるのが、電子紙芝居という動画制作です。佳純は新たな職を得て、そこでシンデレラの紙芝居を作ることになるんですが、真帆が手伝ってくれることになり、昔から違和感を覚えていたシンデレラの改変、2次創作を始めます。

(C)2022「そばかす」製作委員会
僕はこの作品、とても興味深く見たし、何度か声に出して笑ってしまうようなやり取りもあって気に入りました。三浦透子前田敦子シスターフッドもなかなかユニークな顔合わせで、さすがに達者なふたりの演技をはじめ、概ねどなたも好演されていて、会話における絶妙な間合いなんかは、さすが演劇畑で活躍されている玉田監督だなと楽しめます。一方で、家族での食事シーンや佳純の出会いのいくつかはかなり唐突な場面転換で演劇的すぎるとも思ったし、佳純が自分の事情をひとたび声に出してからは似たような趣旨の発言が続くのもどうなのかと。シスターフッドという意味では、せっかくの大家族の設定で、バツ3のおばあさんとか、うまく掘り下げれば厚みも出て、世代を超えた連帯までいけたのにそうはなっていないところが、この映画のスケールを小さなものにしている要因のひとつです。

(C)2022「そばかす」製作委員会
ただ、小粒でもピリリとしていることも確かでして、最後に出会うあの人の存在と、お父さんとの一連のやり取りは、とても好感が持てました。ある人物と映画館へ行くくだりがあるんだけど、驚くことに、観る作品は別々なんですよね。あれが象徴的で、みんな違っていいじゃないか。世の中にはいろんな人がいていいじゃないかってことなんですよ。これはアセクシュアルの話でしたが、それ以外にもいろんなマイノリティーがあって、マイノリティーの問題はたくさんあります。こっちでは多数派の人も、あっちでは少数派なんてことばかりなのが世の中です。(not)HEROINE moviesには引き続き期待しています。いろんな例を僕たちに見せて、僕たちが決してひとりではないことをまだまだ示してほしいです。
 
主題歌は羊文学の塩塚(しおつか)モエカが提供したもので、歌っているのは主演の三浦透子本人です。さすがの才能。走れ、その先にという歌詞が物語にぴたり。風になれ。

さ〜て、次回2023年1月10日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『離ればなれになっても』です。1982年からの40年にわたるイタリア現代史を背景に、男3人、女1人の人生が交錯していく感動作。僕はパンフレットに解説文を寄稿していますので、良かったら手に取ってください。というからには、パンフに書いたのと違うことを喋る所存! さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『ハッピーニューイヤー』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 12月27日放送分
映画『ハッピーニューイヤー』短評のDJ'sカット版です。

舞台は、韓国の大都会にある高級ホテル、エムロス。クリスマスと新年が近づく中、いろんな人が行き交います。本当は好きな男友達に15年も告白できずにいるホテルの女性マネージャー。自宅のボイラーが故障してスイートに泊まり込んでいるCEO。公務員試験に落ちて恋人にもフラれた青年。ハウスキーパーとして働きながらミュージカル女優を目指す女の子。下積みを経てスターへの階段を登っている歌手。スピード婚へとひた走るラジオ・プロデューサーとピアニスト。初恋の相手と40年ぶりに再会したドアマン、などなど。大勢の登場人物が新年を迎えるまでの物語です。

猟奇的な彼女 (字幕版)

監督は、『猟奇的な彼女』や『僕の彼女はサイボーグ』など、80年代後半から活躍するベテランのクァク・ジェヨン。ホテルのマネージャーにハン・ジミン、ラジオプロデューサーにキム・ヨングァン、ドアマンにチョン・ジニョン。モーニングコール担当スタッフに、少女時代のユナなどなど、韓国の旬のキャストが幅広く出演しています。
 
僕は先週金曜日の朝に、MOVIX京都で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

さっきは『ラブ・アクチュアリー』のタイトルを出しました。実際に、韓国版『ラブ・アクチュアリー』だという声があちらでもあります。同じく12月の群像劇ですから、当然意識はしているでしょうね。そして、ぴあの華崎さんはこの番組で本作を紹介してくれた時に三谷幸喜の『THE 有頂天ホテル』を引き合いに出しました。大晦日のホテルでの群像劇という意味で、当然ながら参考にしたことでしょう。ただ、これらいずれもが参照しているのが、90年前にグレタ・ガルボが主演した映画『グランド・ホテル』です。これはそのまま群像劇の物語形式としてひな形になっていて、グランドホテル形式と呼ばれます。たくさんの登場人物それぞれの短い話が、互いに作用しながら、ホテルや空港、駅など、ひとつの場所で相互作用を起こして全体を構成していくタイプですね。

(C)2021 CJ ENM CORP., HIVE MEDIA CORP. ALL RIGHTS RESERVED.
『ハッピーニューイヤー』は、言わばその正攻法という感じで、そのままホテルを舞台にしてあります。ただ、映画のスタートは、実はFMラジオ局なんですよね。下積みから這い上がって、いよいよこれからというシンガーソングライターがDJを担当している番組があって、彼に加えて、お兄さんである個人事務所のマネージャーと、番組の男性プロデューサーという3人が、このラジオ周りで出てきます。これは僕の考え方ですが、ラジオもグランドホテル形式のバリエーションとして機能すると思うんですよ。この形式には共通の場所が必要ですが、ラジオの特に生放送というのは、送り手とリスナーがそれぞれの場所で同じ時間を共有するので、擬似的に「スペース」を生み出せるわけです。実際、ラジオをモチーフにしたオムニバス映画も多いですからね。ジャームッシュの『ミステリー・トレイン』もそうだし、イタリア映画『モニカ・ベルッチの恋愛マニュアル』もそう。ただ、本作ではラジオの特性を物語に組み込むまでには至っていなくて、ラジオのリスナーの様子ってのがないんです。これはもったいないと僕は思いますね。登場人物の誰かがリスナーとして投稿するとか、車移動の時に番組が流れているとか、もっとやりようはあったはずで、そこは惜しい。

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と、こんな風に、ちょいちょい作りがゆるいなと感じるところは正直ありました。音楽は結構たくさん手を変え品を変え使われるんですが、その流し方がわりと漫然としちゃっていて、メリハリがないので、場面によってはダラっとした印象を受ける人がいてもしょうがない。あと、これもさっきのラジオとも共通しているところですが、ホテルのマネージャーで一応主人公的な立ち位置となるハン・ジミンさんが、実はずっと好きだった男友達とバンドを組んでたっていう設定なんですけど、あれもバンドである必然性が特にないんです。これも、もったいないところですね。でも、はっきり言って、僕はハン・ジミンを眺めているだけで満足みたいなところはありまして、あの地下スタジオ、バンド仲間と通い詰めたあの慣れ親しんだはずのスタジオのわずか5段ぐらいの階段で彼女は必ずといっていいほどつまづいて転びかけるんだというギャグがありましたよね。褒め言葉として言いますが、無駄に繰り返し彼女の転び芸を見せるところ。あれは良かった。

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というような感じで、韓国エンタメ界で旬なキャストたちがその魅力で引っ張っていく映画です。お話も演出もゆるいところもあるし、とんだご都合主義もあるし、観ていてかったるいなっていうパートもあるにはあるんですが、群像劇のいいところで、ひとつひとつは長くは続かずに切り替わっていくし、もちろん一定以上のレベルにまでは持っていってある作品なので、全体としてはまったく悪い気分がしないんです。なんなら、僕、結構好き。で、僕の場合はハン・ジミンでしたけど、キャストの誰かに思い入れると、その人の行方が気になるという群像劇の利点もバッチリあります。誰もが心底満足とはいかないかもしれないけれど、どの世代の誰もが少しでも幸せになってほしいなと思える、年末年始にやさしくなれる作品。ただ、ひとつ、大晦日に結婚式ってのは、おい、ラジオプロデューサーと歌手のおふたりさんよ、いくらスピード婚とは言え、参列者、ゲストに優しくないんでないかいっていう大いなる疑問は最後に付け加えておきます。


さ〜て、次回2023年1月3日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『そばかす』です。今年は大作を何本か外してしまってはいますが、それがゆえにと言いますか、多様な作品を鑑賞できたかなと思っています。おつきあいいただいた皆さん、ありがとうございました。で、来年1本目は、今年も大活躍だった三浦透子主演作となりました。恋愛は古今東西、映画の華ではあるんですが、この主人公は恋愛体質ならぬ、非恋愛体質。どんなことになりますやら。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!