京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『愛にイナズマ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 11月7日放送分
『愛にイナズマ』短評のDJ'sカット版です。
時はコロナ禍。映画監督になりたいと努力を重ねてきた20代の花子は、夢の実現の一歩手前でチャンスを奪われてしまいます。その頃、空気は読めないが魅力的で自分とどうやら波長の合いそうな男、正夫と運命的な出会いを果たします。夢を諦めきれない。再起を誓ったふたりは、撮りたかった映画の題材でもある、花子の家族のもとを訪れます。妻に出ていかれた父親。口のやたら達者な長男。真面目すぎるきらいのある次男。集まった家族の行方は?

舟を編む

舟を編む』や『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』の石井裕也が監督・脚本。花子を松岡茉優、正夫を窪田正孝が演じ、父親に佐藤浩市、長男に池松壮亮、次男に若葉竜也が扮したほか、仲野太賀、高良健吾趣里MEGUMI三浦貴大益岡徹などが脇を固めています。
 
僕は先週金曜日の午後、なんばパークスシネマで鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

我ながら、最近の映画神社のおみくじ、くじ運が良いぞとなった作品でした『愛にイナズマ』。石井裕也監督がコロナ禍でどうしても撮りたいと息せき切って脚本を書き上げて、名だたるキャストが揃った時点で作品の質の高さが保証されたも同然なんですが、ちょっと他に似たような映画が思い当たらない、想像の上をいくものでした。それは宣伝にも表れているというか、困ったところがあったと思うんです。たとえばジャンルとして、ラブコメっていう表記を見かけるんですが、間違いではないし、恋愛であり家族愛の話で、笑える場面も頻発するんだけど、ジャンルとして人が思い浮かべるラブコメではまずないんですよね。しかも、なんだこれは、どうなるんだと思いながら観ていたら、花子の夢が不運と悪意の合わせ技で踏みにじられてしまう前半とそこからジタバタあがいていく後半でずいぶんトーンが変わってしまうので、ますます面食らいます。でも、それが悪い気持ちがしないどころか、むちゃくちゃ面白くって、バラバラに見えて、やっぱり前半あっての後半だと、観終わってみるときっちり接続していたじゃないかと興奮してくる。しみじみくる話であると同時に、なんだかこう、血がたぎる映画にもなっていて、石井裕也恐るべしなんですよ。

(C)2023「愛にイナズマ」製作委員会
前半だけで映画一本分の面白さがあるんですが、主人公の花子はコロナ禍にあって自分の家族のことを映画にしたいと脚本と絵コンテを描き続けながら、その才能を一応見込んだとされる女性プロデューサーや助監督といろいろ打合せをして、これまた一応ブラッシュアップとされるような作業をしながら、金もなく、家賃の取り立てにあいながら、切り詰めて暮らしていますっていうこの設定。僕もかつて東京の映画学校に1年通って、同じように自分の数奇な家族の状況を映画にしようと奮闘していた女性のことを思い出して、僕はもうすっかり松岡茉優応援モードに入りました。それだけに、応援してくれるようでいて、実は彼女の才能をどんどんスポイルしていくMEGUMI演じるプロデューサーと三浦貴大演じる助監督に怒り心頭ですよ。お前らみたいなのがいるから日本映画の低空飛行という現実があるんじゃねえかと思っていたら、後半になって、池松壮亮演じる花子のお兄ちゃんが、「こんなことやってるから日本映画は韓国映画に圧倒されるんだ」なんて妹に言い放つ場面があって、僕は「それ観客の僕がしばらく前に思ったやつ」って思うことになるんだけど、こんな風に、ひとつのエピソードや出来事に、必ずと言って良いほど、二重三重の仕掛けやら構造が張り巡らせてあるんです。

(C)2023「愛にイナズマ」製作委員会
だんだんわかってくるのは、人と人が思いもよらぬところで繋がっていて、僕らはそんなネットワークの上で生きているのに、そこから目をそらしたり、本音をあえて言わなかったり、誰かを自分の論理だけでなじったり、それによって理不尽に傷つけられたり、逆に無関心でいることが誰かを深く傷つけるってことを当たり前に受け入れて生きてしまっていること。特に日本社会における人間関係の負の部分が強く出たコロナ禍にあって仕事や夢、下手すれば命を諦めざるを得なかった人たちへの監督の慈しみとそんなどん詰まりに彼らを掃き集めた社会やシステムへの憤りが結晶化した作品です。

(C)2023「愛にイナズマ」製作委員会
携帯電話を解約するシーンだけなのに笑えるし切なく哀しい場面だったり、みんなで行った居酒屋で看過できなかった客への仕打ちで急に一致団結する爆笑の緊急家族会議だったり、彼ら小さなうだつの上がらない家族と中途半端にいつの間にか一緒にいる血縁関係のない正夫という絶妙にいびつな人間たちが繰り広げる一連のすったもんだの中で、今の日本に監督が感じる違和感や苛立ちが、それこそ稲妻というスポットライトを当てたように、折りに触れ焼きつけられた嵐のような映画なんです。そこに確かにあるはずのものごとを、「それはなし」でと理不尽に言い放たれると辛くなりますね。あるものをなしにすることの問題意識は、劇中の映画のタイトルにも表れます。自分の感情をカットしてネグレクトしてなかったことにしたことのある人の心を焚き付けて、今一度本気で生きてみようと背中を痛いくらいに叩いてくれるこの映画、あなたも雷をビリビリと感じに劇場へどうぞ。
 
主題歌をエレファントカシマシの過去のアルバム曲にしたっていうのは、情報としては、「そうなんだ」って感じかもしれませんが、石井裕也さんは20代の頃、若い監督として何度もこの曲で自分を奮い立たせていたのだそうです。作品にもバッチリハマっていました。

さ〜て、次回2023年11月14日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、映画『ゴジラ-1.0』です。とっさに、これは面倒かもしれないと呟いてしまいましたが、ゴジラはファンも多ければ、切り口もたくさんあって、しかも-1.0という設定も含めて、リテラシーが問われそうだと思ったからです。山崎貴監督渾身の1本、しかと観てきますね。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッター改めXで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 10月31日放送分
映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』短評のDJ'sカット版です。

1920年代のアメリカ、オクラホマ州オーセージ郡。ネイティブ・アメリカンのオーセージ族は、自分たちの土地で出た石油の発掘で、莫大な富を得ていました。同時に、その石油を目当てに集まってきた白人たちは、彼らの財産に目をつけ、巧みに操りながら、ついには殺人にまで手を染めるようになっていきます。

キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生 (ハヤカワ文庫NF)

原作はノンフィクション『花殺し月の殺人 インディアン連続怪死事件とFBIの誕生』。監督と共同脚本はマーティン・スコセッシ。脚本には、『フォレスト・ガンプ 一期一会』の脚本家エリック・ロスも参加しています。製作総指揮にも関わったレオナルド・ディカプリオが主人公の白人青年アーネストを演じた他、アーネストのおじでオーセージ郡を牛耳りキングと呼ばれる名士のヘイルにロバート・デ・ニーロが扮しています。他にも、ジェシー・プレモンスが一連の事件の捜査官を独特のたたずまいで演じています。音楽は、THE BANDのロビー・ロバートソンが担当し、これが遺作となりました。
 
僕は先週金曜日の午後、MOVIX京都で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

およそ100年前にアメリカの言わば片田舎の村で起きたネイティブ・アメリカンの連続怪死事件を追った、実話の映画化なんですね。僕は日本で育ってそんな事件のことを知る機会はなかったんだけれども、西部劇を少なからず映画で観てきた中で、ありそうなことだなとは思いました。東海岸からスタートしていった白人たちによる開拓と言えば聞こえは良いけれど、今風に言えば力による現状変更ってやつがまかり通ってきたんだろうと。ただし、1920年代まで来ると、さすがに国家や法のあり方、先住民の権利を認めるような現代的な動きもそりゃできていただろうから、これはある種の氷山の一角として、事件として顕在化したものなのかもしれない。民主主義の先頭を走り、人権の重要性を世界で説いて回るようなアメリカの負の歴史、重い教訓として有名な事件なのかもしれないと考えて、びっくりしました。だって、原作のノンフィクションでこの事件が広く暴かれた、あるいは掘り起こされたのが2017年って、つい最近じゃないか! それまで忘れ去られていたという戦慄です。

画像提供 Apple TV+
ディカプリオは製作としても関わる中で、あちこちで記事になっていることですが、事件を捜査をする側、つまりはできたてほやほやのFBIの捜査官、現状、ジェシー・プレモンスが担当した役を演じる予定だったそうですが、彼は真実を暴いていく正義の側ではなく、むしろ犯罪に関与する側を希望して、ネイティブ・アメリカンの女性を結婚することになる主人公アーネストに扮することになったそうです。つまり、原作では捜査官が主人公だったものが、映画化によって犯罪に手を染める側に視点が映るんです。これは決定的な脚色のポイントになっていて、映画ライターの村山章さんがsafariloungeというサイトに寄せた記事にも詳しくあるように、これによって犯人探しではなく、犯人たちの所業を内側から描き、「スコセッシが長いキャリアを通じて描き続けてきた、善悪では計り知れない人間の弱さや葛藤を暴き出す物語になった」ということなんですね。

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捜査官を主人公にすれば、ミステリーとしての話運びと、それによるサスペンス的な映画の枠組みができあがるので、エンターテインメントとして考えれば妥当だと思いますが、結果としてスコセッシはそうはせず、自分がテーマとして取り組んできたアメリカの暗黒をえぐる方向へかじを切ったわけです。僕はそれが映画としての深みにつながったとみています。人間の強欲と業がしっかり浮き彫りになっている。表面的には良きことをしている風を装い、差別意識をずる賢く隠蔽し、先住民を手懐け、権利を踏みつけにして命を文字通りじわじわと奪い、土地と財産を横取りしていく連中の所業。これでもかと上手いデ・ニーロの表情や言葉の緩急によって表現され、日和見主義・順応主義であるがゆえに板挟みになって袋小路に入っていく様子をディカプリオが完璧な演技でスコセッシの期待に答えていました。彼が愛情と欲望、そして義理の渦の中で追い詰められていく人間の弱さと、それでもギリギリのところで正気に戻るタイミングの決定的な遅さ。そのあたりを、スコセッシは的確なカメラアングルと編集テンポで見せていきます。

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ディカプリオが演じるはずだった捜査官という役を存在感たっぷりに演じたジェシー・プレモンスはさすがとしか言いようがないことはさておき、キャストの収穫としては、やはりアーネストの妻モーリーを演じたネイティブ・アメリカン俳優のリリー・グラッドストーンです。彼女はセリフがそう多くない分、表情で多くを語らなければならず、浅はかな白人たちから見たときのミステリアスな雰囲気も漂わせる必要があるという高いレベルの物語的な要求に十二分に答えていました。彼女のすばらしい演技がなければ、この映画は結局のところ、白人の白人による懺悔にとどまっていたかもしれませんが、僕はグラッドストーンの存在がもう一歩踏み込んだものにしてくれたと思います。

画像提供 Apple TV+
この種のヘイト・クライムのヴァリエーションは、もちろんアメリカにとどまらず、日本やアジアも含め、世界中の歴史で大なり小なり繰り返されてきたことだし、現代にあってもちょっとした拍子に逆戻りしかねないものです。グラッドストーンVOGUEで読めるインタビューでこんなことを語っています。「気候危機にある今、西洋の工業化以前の社会が、地球をどのように見ていたかを考える必要があると思います。人間の利益のために地球の資源は採取され、そしてその資源は底なしであるかのように扱われていたんです」。これ、深いなと思いました。人種や文化の摩擦を越えて、人と地球との関係にまで踏み込んだ発言ですよ。
 
観ていない人は、小難しそうとか、しんどそう、重そうという印象を持たれたかもしれませんが、そこはスコセッシという映画を知り尽くした人が撮っているわけで、ミステリーやサスペンスの要素を削いでいてなお、観客を釘付けにしてしまいます。3時間26分という尺にたじろいでいましたが、結果としては一度も時計を見ず、気がついたら終わっていました。でも、配信ではそれだけの集中力が環境的に実現できない可能性が高いです。ぜひ、映画館でどうぞ。
 
ロビー・ロバートソンのサントラをオンエアしても良いんですが、その雰囲気は劇場で味わっていただくとして、ここでは、予告編で印象的に使われていたカナダのグループThe Halluci NationのStadium Pow Wow feat. Black Bearをどうぞ。

さ〜て、次回2023年11月7日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『愛にイナズマ』です。石井裕也が監督・脚本。キャストには、松岡茉優窪田正孝池松壮亮佐藤浩市若葉竜也って、こんなの期待しかないうえにコメディーだなんて言われたらワクワクしちゃって大変です。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッター改めXで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

映画『アンダーカレント』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 10月24日放送分
映画『アンダーカレント』短評のDJ'sカット版です。

亡くなった父から家業の銭湯を継いだ女性かなえでしたが、共同経営者の夫が突然失踪。一時休業して途方に暮れていましたが、再開したところに働きたいとやってきた堀という謎の男。一方、かなえは大学時代の友人から紹介された探偵の山崎と失踪した夫の行方を捜すことになるんですが、そこで驚きの事実が明るみに出てきます……。

アンダーカレント (アフタヌーンコミックス)

原作は、国際的にも評価の高い、豊田徹也が2004年に発表した同名漫画です。監督と共同脚本は『窓辺にて』や『ちひろさん』の今泉力哉。音楽は細野晴臣が手がけました。主人公のかなえに、原作がもともと大好きだったという真木よう子が扮した他、謎の男堀に井浦新、探偵の山崎にリリー・フランキー、失踪した夫に永山瑛太、かなえと夫共通の友人に江口のりこと、真木よう子と以前から関わりが深いキャストが集いました。
 
僕は先週金曜日の朝、Tジョイ京都で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

今泉監督は、前作の『ちひろさん』も漫画原作だったんですが、彼は決して漫画フリークというわけではなく、原作のことも打診を受けて初めて知ったくらい。だからこそというか、程よい、いや絶妙な距離感で原作とつきあった、幸福な映画化と言える作品になっていると思います。原作の豊田徹也氏は劇場パンフレットでこう書いています。「これは『アンダーカレント』の映画化であると同時に今泉監督の新作でもあります。原作の熱心な読者はどう撮られても不満を感じるのかもしれません。でもなるべく鷹揚に映画『アンダーカレント』を観てくれたらうれしいです。そして原作を知らない人は原作のことはあまり気にせず、今泉君の新作を楽しんでくれたらいいなと思います」。これはもう、豊田さんからの敬意ですよ。今泉監督への信頼ですよ。なにしろ、これまで何度かあった映画化の話は断ってきたということらしいですから。

(C)豊田徹也講談社(C)2023「アンダーカレント」製作委員会
テーマとしては、過去の心の傷に蓋をして生きてきた人物の再生っていうことになるのかもしれないけれど、そんなものに特効薬はないわけで、逆立ちしたってわかることのできない自分以外の他人、そして自分自身のことを、それでもわかろうとしながら、時間という絆創膏もあてつつ、治癒や再生というか、かさぶたくらいのところまで傷が癒え始める話です。傷は一足飛びにも一直線にも治らない。ある程度治ってきたかなと思ったら、それこそかさぶたがボロっと外れて血が流れ、傷跡は前よりも深くなるなんてことがわるわけです。この作品で言えば、主人公のかなえや堀さんという謎の青年がそうです。かなえにしても、堀にしても、時折、本人の中で時間が止まったり脇道にそれたりするようなフラッシュバックに襲われるんです。それは、水の中に首をしめられて沈められるような、映像はぼやけたり粒子が粗かったり水で揺れるはっきりと恐怖のイメージだったり、直接的には映像は挟まれないけれど、そうしたフラッシュバックが脳内で起きているのかもしれないというような様子の本人の佇まいや表情として示されることもあります。この映画は143分と尺が長いんですが、それは時間の表現のために必要な尺なんですよね。だって、ギュッと煮詰めてストーリーラインだけをダイレクトにつなぎ合わせれば、おそらくですが、100分とか110分に収まりますもん。

(C)豊田徹也講談社(C)2023「アンダーカレント」製作委員会
普通の劇映画だったら編集で削ぎ落とされそうなカット尻を残してあることが多いんですね。でも、その微妙な間の中に、彼らの悲しみそのものであったり、悲しみを抱えながらも続いていく日常のおかしみみたいな部分がにじみ出ているんです。わかりやすい例を出せば、かなえが夫の行方を調べてもらっている探偵から、定期報告を受ける場面。なぜかカラオケボックスに行くんです。それ自体もシュールなんだけど、喫茶店なんかよりも、意外とこういう場所の方が話しやすいという探偵の言葉に妙に納得はするし、そんなことも消し飛ぶような話が出てきます。謎が謎を生み、かなえも観客も放心するわけです。普通なら、そこで次のシーンに行くんだけどっていうところ。おかしみと悲しみが一度に去来する演出はお見事でした。

(C)豊田徹也講談社(C)2023「アンダーカレント」製作委員会
それから、知り合いのツテで、かなえと堀さんが隣町ぐらいにある銭湯の人に会いに行くシーン。思ってもみなかったことが既に起きていて、現場で初めてそれを知り、立ち尽くすかなえ、堀さん、知り合いのおじさんという3ショット。そこそこロングの背中越しに撮るんです。起きたできごとを物語る背景、3人の後ろ姿。そこで次へ行けば良いんだけど、呆然としたその絵はまだ途切れない。と思ったら、ふと、なんでもないことだけど、風が吹いて、ちょっと滑稽なできごとが起こるところまで活かしてある。そういう、ストーリーラインとしては一歩間違えればノイズになるようなところが、実は少しずつ積もり積もって、作品のテイスト、あるいは文体のようなものを構築していきます。だからこそ、必要な長さなんですね。その他、時の経過を示す7月とか8月という、本や漫画で言えば章立てに当たるテロップは出るんですが、それ以上に、シーンの多くが、フェードアウトからの黒画面で、句読点を打つようにして編集されているのも大きな特徴。ジム・ジャームッシュ初期作品風ですかね。そのフェードアウトも、長いやつ、短いやつ、ほとんどカットアウトなものとバリエーションがあるので、あのあたりの編集のさじ加減も魅力になっています。映画と漫画は、似ているようでいて、実は違った原理で成立しているものですが、それが幸福な関係を築けた一例だと感じました。

(C)豊田徹也講談社(C)2023「アンダーカレント」製作委員会
劇場パンフレットでライターの吉田大助氏が言及しているように、原作の豊田徹也氏が村上春樹の小説集『一人称単数』の装画を担当していますが、他人と自分、それぞれの中で、あるいはその間で渦をなすような本心を巡る物語であることは、村上作品の大きなテーマと通じるでしょう。そこで果たす水というモチーフにも似たところがある。映画では実は表現が難しいテーマですが、今泉監督は形にしてものにしています。
 
映画に主題歌はありませんが、今泉作品の主題歌も担当していた澤部渡のプロジェクト、スカートに、同じタイトルの曲がありまして、これも豊田徹也さんの原作へのオマージュなんですね。聞いてみてください。

さ〜て、次回2023年10月31日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』です。大本命を珍しく公開直後に当てました。マーティン・スコセッシ監督。レオナルド・ディカプリオロバート・デ・ニーロ。ハリウッドを背負って立ってきたイタリア系の3人が集っての3時間26分。開映前にトイレ必須。そして、あとは飲まず食わずで臨む予定です。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッター改めXで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 10月17日放送分
映画『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』短評のDJ'sカット版です。

1947年、イタリアのヴェネツィア。現役引退を決め込んだポアロは、旧知の女性ミステリー作家に誘われ、死者の声で話せるという霊媒師のトリックを見破ろうと、謎めいた屋敷の降霊会に参加すると、そこで不可解な殺人事件が発生。犯人は人間か亡霊か。ポアロは、真相解明に乗り出します。
 
イギリスのケネス・ブラナーがプロデュース、監督、主演を務めるポアロの映画化シリーズも、これで3本目。今回の原作は、アガサ・クリスティー作品の中でも異色と言われる『ハロウィーン・パーティー』です。脚本は、『LOGAN/ローガン』や『ブレードランナー 2049』、そしてこのシリーズすべてを担ってきたマイケル・グリーンポアロの友人の作家にティナ・フェイ、元オペラ歌手にケリー・ライリー霊媒師にミシェル・ヨー、元警部の用心棒にイタリアのリッカルド・スカマルチョといった俳優が揃いました。
 
僕は先週金曜日の昼、MOVIX京都で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

オリエント急行殺人事件 (字幕版) ナイル殺人事件 (字幕版)

当初はその見た目にやはり違和感の拭えなかったケネス・ブラナーポアロ。『オリエント急行殺人事件』『ナイル殺人事件』という、それぞれに複数回映像化されていた大ネタを経て、今回は原作の中では地味な印象もあり、これが初映画化となる『ハロウィーン・パーティ』を取り上げたわけです。ある程度、作品もヒットしてケネス・ブラナーポアロ像になんだかんだと馴染んできた中で、原作が有名でない分、シリーズとしてはここからが本領発揮といったところでしょうか。自分たちの色をもっと出していける。まず脚本の段階で大きく脚色しているのは、舞台の変更。だって、原作はイギリスなのに、この映画ではヴェネツィアですもの。知名度が低い原作だったからこそ、大胆に改変できたし、結果として、オリエント急行ナイル川に続き、抜群の知名度に加えて、ロケ地の空間的な魅力を物語に折り込むことができたわけです。小説においてもそうだけれど、映画においてはこうしたインパクトは大事だし、おそらくドローンを使った撮影による町並みの長回しなんてうっとりさせられました。

©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
もうひとつ、ヴェネツィアがこの作品に与えた要素は、神秘でしょう。運河、水路を行き来するゴンドラ。特に夜はランタンをたき、その明かりが水面に映ります。900年ほどの歴史があるカーニバルの仮面も、モチーフであるハロウィーンと同じく仮装をするものですから、相性が良いわけです。今も残る中世からの町並みは、そこに幽霊や亡霊がいてもおかしくないような雰囲気を醸すのにうってつけなわけです。もっとも、イタリアにハロウィーンが本格的に入るのは、日本と同じように比較的最近かつ商業的な目的なので、そこはちと違和感が残りましたが、一応エクスキューズとして、アメリカの進駐軍が持ち込んだ局地的な流行としてあったので、そこもクリア。結果として、クリスティの原作未読の方なら、最初からヴェネツィア舞台だったのではと思えるくらい見事な脚色でした。

©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
この話の魅力は、犯人は誰かというフーダニットに亡霊という可能性があることです。もちろん、ポアロはそんな非科学的なことは信じない、トリックに決まってるとなるわけですが、「じゃあ、解明してみなさいよ」と巧みに誘い込みます。ミシェル・ヨー演じる霊媒師との、最初っから対決ムードな言葉の駆け引きも楽しいし、不審死を遂げた娘の霊を降ろしてほしいというオペラ歌手の館、しかもペストの時代の忌まわしき記憶が刻まれているという場所で、降霊の儀式が行われる。目を凝らし、耳を澄ますポアロ。なんていうドキドキは、まだ序章です。そこからは密室殺人も含め、一夜のうちに犯罪も解決も行われるということで、緊張が途切れません。先ほど、ヴェネツィアがこの映画に神秘性をもたらしたと言いましたね。それは美しくもなれば、恐ろしくもなるわけで、ケネス・ブラナーは後者、つまりホラーの要素を巧みに取り入れています。なにしろ灰色の脳細胞の持ち主ポアロですから、観察と知識と分析で事件を解決するので、亡霊みたいなものを怖がる余地はないはずなんですが、まずポアロ自身が身の危険を感じる場面があるうえ、ある理由から彼もこの世のものとは思えない事態に遭遇するんです。さすがのポアロも恐れをなすという合理的な理由が用意されているので、僕たちも「今回ばかりは…」と固唾をのんでしまう。

©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
映画ですから、イメージで怖がらせるならホラー演出だと、ケネス・ブラナーはイキイキとしていました。鏡に映るあの姿。どこからともなく聞こえてくる童謡の調べ。不気味な衝突音。鐘の音、などなど。そして、映像面でも当然照明を使ったクラシックな怖がらせ演出がなされるんですが、あの子どもの歌う童謡は実際に僕の母親も子供の頃に歌っていたものとして僕も知っていまして、地面が逆さになるというような歌詞のところでカメラも天地をくるりと反転させるところなんて鮮やかでしたよ。もちろん、事件の解決は鮮やかだったし、犯人以外の登場人物もそれぞれに思惑があってあの場に集っていたことがわかるあたりは、さすがはアガサ・クリスティケネス・ブラナーは3作目にしてもはや自分のものにしてきた感のあるポアロシリーズ。原作はまだまだありますし、あの終わり方は、ポアロ引退してる場合じゃないという流れでしたから、今後も期待したい見事なお点前でした。
 
これは1943年に生まれたヒットソング、映画の大事なポイントで流れます。

さ〜て、次回2023年10月24日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『アンダーカレント』です。これまで観てきた作品のどれも好きという今泉力哉監督と、これまた昔から好きな俳優の真木よう子が初タッグなんて最高じゃないかと思っていたら、当たりました。ありがたや。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッター改めXで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『ジョン・ウィック:コンセクエンス』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 10月10日放送分
映画『ジョン・ウィック:コンセクエンス』短評のDJ'sカット版です。

キアヌ・リーブス演じる伝説の殺し屋ジョン・ウィックを主人公とした人気シリーズ4作目にして最後の作品。妻を亡くし、引退していたジョンは、自分の愛犬を殺されたことをきっかけにロシアンマフィアを壊滅。かつての因縁から依頼されて向かったローマで強力な殺し屋たちと抗争。そして、裏社会のルールを破ったことで裏社会全体を敵に回してしまい逃亡。これが大雑把にもほどがある3作の流れですが、4本目にして新キャラが続々登場。盲目の武術の達人ケイン。大阪の友人シマヅ。犬を相棒にする賞金稼ぎなど。ニューヨーク、ヨルダン、大阪、ベルリン、パリ。何もかもがスケールアップしたシリーズ完結編です。

ジョン・ウィック(字幕版)

製作総指揮、キアヌ・リーブスデヴィッド・リーチなど。監督は1作目でデビューとなったスタントマン出身のチャド・スタエルスキ。脚本のひとりシェイ・ハッテンは前作「パラベラム」からシリーズに加わり、現在アマゾンプライムビデオで観られる前日譚のシナリオも書いています。キャストには、キアヌ・リーブスの他に、ドニー・イェン、ビル・スカルスガルド、真田広之、リナ・サワヤマなど。
 
僕は先週水曜日の昼下がり、TOHOシネマズ梅田で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

さっき、あらすじのさらにあらいまとめ方でシリーズ3作を説明しましたが、一応、今作では日本独自なのか、本編の前に振り返り映像があるので、サラッと復習できるようになっているので、ご安心ください。といっても、今作から初めてという人は何が何やらかもしれません。そこも、ご安心ください。はっきり言って、世界観を大づかみしておけば、それで事足ります。というのも、これはアクション映画への愛情をぐつぐつ煮詰めることで誰も観たことがない濃厚なアマルガムになったような、アクション超合金映画なんですよ。だから、僕たちが鑑賞するのは、ストーリーでもあるけれど、特にこの最終作では体感としては8割5分ぐらいを占めるアクションシーン、前作から4倍に増えたというアクションシーン、もっと言えば、死のアクロバットなんですね。物語を軽んじているとは言いませんが、アクションを最大限、いや、限界を振り切るレベルで演出するために構築された物語になっているので、多少わからないところがあったとしても、映画に置いてけぼりにされることはないはずです。

[c] 2023 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.
考えてみれば、このシリーズ、当初から掟のようなものがあります。登場するのは、ほとんどが裏社会の人間、職業的な殺し屋であること。そして、ネオンを活かした鮮やかな色使いでキャラクターの肉体とその死を「美しく」描いてきたこと。その映画的掟が極北に達するのがこの結末編です。ここには、監督が参照してきた数々のジャンル映画の要素が入っています。ノワールマカロニ・ウェスタン、マフィアもの、スパイもの、日本の時代劇、ヤクザ映画、カンフー映画などなど。具体的な作品で言えば、『アラビアのロレンス』『ウォリアーズ』『座頭市物語』『グランド・マスター』『続夕陽のガンマン』あたりはわかりやすく入っています。アクションの種類も、格闘技、武術、柔道、様々な銃火器、車、バイク、剣、ヌンチャク、鉛筆、そして犬と、バリエーションはてんこ盛りです。さらに、僕たちアジアの観客にとって嬉しいのは、真田広之ドニー・イェンの対決が用意されているところでしょう。しかも、大阪のホテルですよ。もちろん、大阪を筆頭に、ニューヨークにしろ、ベルリンにしろ、パリにしろ、あくまでジョン・ウィック的世界の都市ですから、現実の都市をトレースしたものではないですけどね。加えて、リナ・サワヤマがエンディング曲を提供するのみならず、生身のアクション、それも戦闘シーンでも見事な才能と努力の成果を見せつけているんですから喜びもひとしおでした。

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冒頭でダンテの『神曲』地獄篇の有名な一節「ここに入る者は、すべての希望を捨てよ」が引用されるように、これはジョン・ウィックの世界を股にかけた地獄めぐりなんですが、文字通り回転する地獄と化すのが、パリ凱旋門をぐるりと取り囲む環状交差点ラウンド・アバウトにおける、車とカンフーを混ぜ合わせた「カーフー」でしょう。あそこだけで数週間かけているようですよ。あんなのは、マジで初めて見ました。アイデアもすごければ、CGも使うにせよ、どうやって撮影したんだというカットが延々と続きます。しかも、あの一連のパリのシーンは、ジョン・ウィックの懸賞金がどんどん釣り上がる様子を、パリのラジオ、音楽や女性DJとリンクさせていくという、はっきり言って映画史に残る常軌を逸したシーンでした。

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そりゃもう、人はどんどん死んでいきます。しかも、いっぺんにではなく、殺しの美学にのっとって、ある意味丁寧にその殺しを描くのが100人単位できます。なので、観ていると、だんだん麻痺するんですね。でも、劇場のシートで安穏と観ている僕らを急に現実に引き戻す場面が今回は用意されていまして、そこでは一般人がたくさん登場するんです。エキストラ200人以上が踊っている中で殺しが行われるんですが、堂々と戦っているのに、彼ら一般人は見向きもせずに踊りに陶酔している。あの演出には、シリーズで初めてじゃないかな、現実とフィクションの距離が急に肉薄するようで不気味でした。そして、なんといってもハイライトは222段の階段落ちです。あそこはCGなし! しかも、ただ落ちるだけじゃなくて、その前のフリが効いているので、落ちる時の僕らの「マジかぁ、こらアカン。どうなんねん!」っていう気持ちの方は駆け上がります。とまぁ、すごいシーンの連続ですから、そもそも、殺し屋同士の復讐だ抗争だ誓いだなんて興味がないという方も、これはもう、中国雑技団ならぬ、地獄雑技団のみなさんによる決死のショーなんだと理解した上で見れば、きっと興味深くなるかと思います。
 
ジョン・ウィックのシリーズはこれにて終了ですが、この世界の話は、前日譚が冒頭で言ったようにアマゾンプライムビデオで観られる他、スピンオフの『Ballerina』が来年公開です。アクション超合金の世界を生み出したチャド・スタエルスキ監督、おつかれさまでした。これからも、あなたの作品に期待しています。
 
しかし、Rina Sawayamaには驚きました。大阪の場面で目立つ出方をしていて、今後も役者としての依頼、出てくるんじゃないですかね。

さ〜て、次回2023年10月17日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』です。ケネス・ブラナーが監督と主演を務めるこのシリーズも、もうすっかり定着という感じですね。独自の美学を発揮した画作りや衣裳なんかに感心しつつも、時折、大げさにも感じるところがあって、このシリーズ、僕は作品によりけり、場面によりけりという感じできています。今回は、どんなんかなぁ? さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッター改めXで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

映画『グランツーリスモ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 10月3日放送分
映画『グランツーリスモ』短評のDJ'sカット版です。

日本で生まれ、世界的人気を誇るゲーム「グランツーリスモ」に熱中するイギリスの青年ヤン・マーデンボロー。元サッカー選手の父親にまったく理解されないまま、レース関係の仕事に就きたい、できればレーサーになりたいという夢を抱き続けてきました。ある時、ゲームのトッププレイヤーから本物のプロレーサーを養成するGTアカデミーの存在を知ります。ヤンと、アカデミーを発足したNISSANの社員ダニ―、そして指導を引き受けた元レーサーのジャック。この3人を中心に、前代未聞の夢物語が幕を開けます。

第9地区 (字幕版)

監督は、『第9地区』のニール・ブロムカンプ。脚本には、『ドリームプラン』でアカデミー脚本賞にノミネートされたザック・ベイリンが参加しています。GTアカデミーを設立したダニーをオーランド・ブルーム、元レーサーのジャックをデビッド・ハーバー、そして主人公のヤンを『ミッドサマー』のアーチー・マデクウィが演じています。
 
僕は先週金曜日の夕方、MOVIX京都で鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

自分がカーレース好きなんだなってことを思い知らされる作品でした。僕は知れば知るほどハマることが自分で目に見えているので、昔からむしろあまり観ないし、いつかの楽しみにと考えている間に、どんどんカーレースそのものもレースを取り巻く環境も変化してきているわけです。その最たるもののひとつが、今作が物語るGTアカデミーの存在です。劇中でもオマージュが捧げられ、カメオ出演もしている山内一典というゲームクリエイターが綿密にデザインして作り出した「グランツーリスモ」シリーズをプレイするゲーマーを、本物のレーサーに育て上げてしまうというもの。NISSANプレイステーション、そしてゲーム会社ポリフォニー・デジタルによって2008年から20016年まで、実際に開催されていたもので、今作の主人公ヤンは本当にプロレーサーになり、本作でもスタントドライバーとして参加しているし、共同プロデューサーでもあります。ものすごいことを考えますよね。これは映画では描かれないことですが、成果も残してきたアカデミーがなぜ終わってしまったのか。アジア大会でもeスポーツが種目になってきたように、リアルのカーレースとゲームの世界をクロスさせるという意味が、時代によって目まぐるしく変化しているからというのも、その理由のひとつでしょう。

Image : SIE
ともかく、そんな多くの人にとっては知られざるぶっ飛んだ逸話を映画化するにあたり、監督がニール・ブロムカンプなんで、もっと奇策に出るのかと思いきや、その個性は主にメカマニアであるという点に発揮されているばかりで、むしろハリウッドでの仕事ということでスポ根上等、負け犬たちが吠えながら駆け上がる物語として極めて王道の、ものすごく見やすい作りになっていました。僕もなんか自分でびっくりしたんですけど、中盤くらいからずっとウルウルきていて、最終的にははっきり涙を流しているし、ハンドルを握ってもいないくせに手に汗はばっちり握っているという状況。ご存知のように、カーレースというのは、チームスポーツです。レーサーを養成し、マシンを開発し、腕のいい監督と必要とあらば資金を大胆に投入するプロデューサー的な人がいて、メカニックが本番の縁の下の力持ちとして寄ってサポートする。今作では、ともに挫折経験のあるレーサーと元レーサーの監督を軸に、情熱と野心からチームを作った元「自動車ローン未払い取り立て人」であるプロデューサーや、レーサーの父親、ガールフレンド、そしてライバルとなるレーサーなど、うまく的を絞って深めた人物造形と心理描写によって、見応えのあるドラマになっています。もちろん、盛り付けや味付けは実話からしてありますが、その方向性と手法は実に手堅いものがあります。

Image : SIE
たとえば、主人公ヤンの夢を阻む要因というのがあります。それは、まず父親であり、ゲームのことを理解してくれない人々であり、監督であり、ライバルであり、時には運命でもある。そうした要素ごとに、情熱にエンジンがかかり、努力というアクセルを踏み、ゴールを目指すわけです。振り返ると、みんなその連続なんですよ。ヤンだけではなく、監督もプロデューサーも。特に監督は、かつて才能を高く評価されていたのに、物語のスタート時点で、文字通り車の下に潜り込むメカニックになっている。そんなみんなの再起の物語がクライマックスで合流して頂点に達する時、僕の涙腺も限界突破ということなりました。その意味で、スラムダンクとか、なんならトップガンとか、そういうジャンルにも通じると思います。シャンパンをいつ飲むかみたいな前フリも、わかっちゃいたけど、泣けました。

Image : SIE
王道の物語構造なので、映画として特に目新しいことはそんなにないとも言えますが、ゲーム画面をリアルな運転やレースシーンに反映させるような見せ方は面白かったです。一方で、レースはね、ガチャガチャとアングルを変えずにもうちょいじっくり見せてほしいところもありましたが、そうなると、もうブロムカンプ監督の資質とは違うものになるような気がしますけどね。ともかく、「王道の何が悪い!」と考えたい。傑作ではないかもしれないが、実に手堅く、鑑賞に満足のいった作品でした。
音楽的には、元レーサーのジャックがブラック・サバス好きで、現役のヤンがケニーGやエンヤが好きっていうギャップも楽しいところです。再生装置にも物語的な仕掛けがあって、僕はそこでもしっかりグッときてしまいました。

さ〜て、次回2023年10月10日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ジョン・ウィック コンセクエンス』です。シリーズは一通り観てきましたが、これで4本目ですよね。アクション映画のジャンルを更新するようなアイデアが盛り込まれてきた、その集大成となるのか。大阪が舞台ということもあるし、Rina Sawayamaが主題歌のみならず演技もしているとあって、もう既にテンションが上がっています。さぁ、あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッター改めXで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!

『私たちの声』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 9月12日放送分
映画『私たちの声』短評のDJ'sカット版です。

アメリカ、イタリア、インド、日本。映画業界で活躍する女性たちが短編を持ち寄り、作品を通じて女性を勇気づけることを狙った国際オムニバス映画です。全部で7つ。ドキュメンタリーテイストからファンタジックなもの、アニメーションまで、多様なエピソードが楽しめます。
 
企画したのは、非営利の映画製作会社「We Do It Together (WDIT)」です。『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』や『ドリーム』の演技で知られるタラジ・P・ヘンソンが初めてメガホンを取った他、監督には、日本から呉美保、イタリアから『はじまりは5つ星ホテルから』のマリア・ソーレ・トニャッツィなど。そして、キャストは、ジェニファー・ハドソン、杏、マルゲリータ・ブイなど。さらには、長年の映画音楽への貢献で、今年のアカデミー賞で名誉賞を受賞したダイアン・ウォーレンが主題歌を書き下ろしました。みんな女性ですね。

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僕は先週木曜日に大阪ステーションシティシネマで鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

これは、それぞれ独立したエピソードで構成されているものなので、本当はひとつひとつ話したいところですが、ダイジェスト的にいくつかピックアップしつつ、企画全体にも言及していきます。

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まずは、日本から参加した呉美保監督と杏さんの『私の一週間』でしょう。ふたりの子供を育てているシングルマザーの暮らしぶりと、そこに舞い降りるちょっと素敵なできごと。杏演じる母親は、女性たちで運営するお惣菜屋さんで働きながら、そう広くないアパートに住んでいて、上のお姉ちゃんは小学生。下の弟は保育園児という家族構成です。朝起きてから夜寝るまでの1日の流れは、ものすごく慌ただしいんですね。お母さんには時間がない。でも、子供たちは小さくてまだ家事の手伝いを当てにもできない感じ。それでも、日々のルーティンはあるので、それに則ってうまくやっているように一度見せておいて、それが些細な予定外でいかに脆くも崩れ去るかというところを、絶妙な編集テンポで見せていきます。お母さんは美人だけれど、化粧をする暇もほとんどなく、眉間に皺がよっていることも多い。その表情がふと明るくなる日の様子というのは、オムニバス映画全体の中でも最もオアシスのように心潤うもので、このエピソードが7つのエピソードの折返しに配置されているのも良いなと思いました。呉美保監督、さすがです。

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続いて、1本目。ジェニファー・ハドソンが主演した『ペプシとキム』。これは実話がベースになっています。幼い頃から過酷な環境で育ち、大人になってからはドラッグに依存してしまい、今は刑務所にいるキムという黒人女性。彼女はその壮絶な半生の中で精神疾患を持つようになっています。収監されている他の仲間からの勧めもあってドラッグからの更生プログラムに参加していくんですが、キムの中のもうひとりの人格と対話する様子をどう見せるか、表現としてはそこにとても興味深いものがあって、単なるドキュメンタリー的な再現を越えたものになる要因だったと思います。キムさんがその後、アメリカCNNが選ぶ社会のヒーローとなるそのきっかけを知ることができたのは収穫でした。

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もうひとつ簡単に触れておきたいのは、インドを舞台とした『シェアライド』です。美容整形外科医として、自分は進歩的な考え方を持っていると考えている女性が、ある雨の夜にトゥクトゥクみたいな乗り物のシェアタクシーでトランスジェンダー女性と一緒になるんですが、どうも主人公はその姿に不快感を覚えて、目的地に着く前にタクシーを下りてしまうんです。そこから自分の偏見を認識して、克服していく話なんですが、インドの活気が伝わってきて、全体の中でも一番色彩が豊かでファンタジックでもあるのが良かったです。

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といった調子で、計7本を束ねた、邦題『私たちの声』ですが、このタイトルは、企画全体の趣旨を説明したものと言えます。LAに拠点を置くイタリア人プロデューサーが設立した非営利の映画製作会社「We Do It Together」は、男社会としての映画業界が繰り返し描いてきた女性像は本来のイメージよりもずっと狭いし浅いと違和感を持っていて、もっと女性による女性の物語が必要だと訴えています。サポーターには、ジェシカ・チャステインジョディ・フォスターペネロペ・クルス、イタリアのマルゲリータ・ブイなど、80名以上が名前を連ねていて、これがその最初の取組みなんですね。良い企画なんですが、正直、まだブラッシュアップの余地はあると思います。これは7本がてんでバラバラなので、その多様性をゆるやかに束ねるようなナレーションとかエピローグを用意するというのもありかなとは思いました。今作はさすがに全体としてみた時にそっけないんですよ。でも、これはあくまでスタートだと思うので、テーマを絞ったり、世代でまとめたり、いくらでもやりようはあるだろう、今後のWe Do It Togetherの取り組みの第一歩に立ち会えたことは喜びでした。男性の僕としても、今後の展開を楽しみにしたくなる作品でしたよ。
さ〜て、次回2023年9月19日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引こうかと思ったんですが、あれ? お賽銭箱とおみくじが見当たらない……。実は、僕は明日からイタリア里帰りにつき、まず19日は尾上さとこさんに番組を代演いただくため、お休みです。そして、26日(火)の放送は僕が担当するものの、帰国してから映画を観に行って評の準備をする時間が取れそうにないため、番外編として、僕のイタリアでの映画土産話にさせてください。なので、次回短評する作品は、26日(火)の放送中におみくじを引きます!