スーパーの電球売り場にやってきた。僕はコートのポケットに手を伸ばす。忘れっぽい性質の僕は、ワット数やボルト数を正確に覚えられそうにない。間違って合わない電球を買ってはいけないと、古いのをポケットに忍ばせておいたのだ。我ながらあっぱれなアイデアだった。しっかりと型を確認。ちょうど二個入りのセットがあったので、カートに放り込んでレジへ向かう。目的は果たせたので、鼻歌交じりに家路に着いた。
話は変わるようだが、イタリアでは自分の好きなときにごみを出せる。路上に巨大なゴミ箱が常備されているのだ。初めて見る人は圧倒されるに違いない。何せ高さは大人の身長くらい。幅は乗用車ほどもあるのだ。威圧的としか言いようがない。そんなどでかい箱が200メートルおきくらいに設置してあるのだ。景観は著しく損なわれるが、便利さは計り知れない。曜日も時間も気にしなくていいのだから、そう、日本のように生活時間帯を気にしてヤキモキする必要がないのだ。実際のところ、日本では僕はしょっちゅうごみを出しそびれて途方にくれたものだ。月一の燃えないごみを逃してしまったときのそこはかとない悲しさは忘れられない。まぁそんな事情であるから、僕は要らなくなった電球を自宅近くのゴミ箱に捨てようと考えていた。あったあった。ローマではゴミ箱は3種類。緑が燃えるごみ。白が紙ごみ。青が燃えないごみ。かなり大雑把な分別方法だが、今はそんなことを語るときじゃない。僕はお古の電球2個をポケットから引っ張り出し、青いゴミ箱に放り込もうとした。そこでふと気になった。本当にここでいいのかな? 兼ねてからごみの分別には人一倍繊細な僕だ。地球に優しくありたいと常日頃から思っている。よし、確認。ゴミ箱には入れてはいけない物品のリストが明記してあった。電池や大型ごみといった言葉に混じって、「電球」の文字を発見。どうしよう。それでは、どこに捨てれば良いのか。残念ながらそこまでは書いていない。書いてないのが悪いんだとして、捨ててやろうか。辺りを見回すと、人っ子一人いない。僕の心の中では天使と悪魔が早くも喧嘩をおっぱじめてしまった。しかしこの勝負はあっさり天使に軍配が上がった。何のことはない、先ほどの捨ててはいけないリストの電球の文字がいやにまぶしかったのである。仕方ない。かさばるものじゃないし、またの機会にしよう。そんなわけで僕は新旧4個の電球とともに自宅に着いた。
早速、取り替えてみる。まばゆいほどの光がパソコンルームを包み込む。ローマ支部の中枢が再び明るさを取り戻した。おかえり、光。
ところが、それで一件落着とはいかなかった。機嫌よく作業に取り組んでいると、ふいにパソコンのモニターがやけに明るく感じられるのだ。昨日と同じだ。さっと振り向いて電灯を確かめる僕。上から3段目の電球が切れている。切れるんなら先に言っておけと無意味な悪態をつきつつも作業を続行。またスーパーに行くのが面倒くさかったのだ。5分後である。パチンという不穏な音が耳に飛び込んできた。モニターがさらに明るく感じられる。4段目が切れた。またもや僕はこの5分刻みのルールに興味を覚え、作業を中断。時計と電灯を交互に睨みつける。5分が過ぎ、10分が過ぎた。5段目は煌々と光を放ち続けている。この電灯は完全に僕のことを馬鹿にしているようだ。いや、単に僕が馬鹿なのか。それはともかく、これでは元の木阿弥である。中枢に陰りが出るようではODCの先が思いやられるというものだ。意を決した僕は、弦を離れた矢のごとくスーパーへ向かった。光を求めて。