京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

タンクトップに気をつけろ…!?   (旧ウェブサイトコラム『ローマで夜だった』)

 先日ひょんなことからガブリエーレ・サルヴァトーレス(Gabriele Salvatores)監督の『ぼくは怖くない』(Io non ho paura、2003年)を観なおしました。観なおしたと言っても、そんなに見直したわけではありません。あんまり好きじゃないんですよね、この映画は。確かに見渡す限りの丘陵地帯に広がる麦畑の景色は言うことないし、ストーリーもしっかりとサスペンスになっていてぐいぐい牽引してくれる。役者は誰もが達者だし、やっぱり主役を始めとする子役の魅力はすごい。と、ここまで褒めておいても、どこか気に入らないんですよね、僕には。まぁ、でも映画をこよなく愛する僕としては観てしまうんですよね、なんだかんだ言いつつも。それでもやっぱり気に入らないと、穿った見方をしてしまうんです。せっかくだからアラを探してやろうという妙な好奇心がふつふつと沸くわけです。

 そしたら…。ありました、ありましたよ。ひょんなことから観ることになったとはいえ、やはりどこか虫の居所がおさまらなかった僕の顔は、ものの見事にほころびました。「いいよ、いいしくじりよ」。気がつけば、僕はこうつぶやいていました。完全に嫌なやつです。人の失敗を見て喜んでいるわけですから。
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 ここまで書いてくると気になってきますよね、いったいどんなアラなんだと。まずは右の写真をご覧ください。彼が主人公の男の子です。何やら大きな穴を上から覗き込んでいますね。「怖くない」と銘打っておきながら、どう見ても怖そうです。この中に何があるのかはネタバレになるので書きませんが、非常に重要な場面であるのは間違いありません。そんなわけなので、劇中でも何度かこのアングルのショットが登場します。ただ問題なのはむしろその次のショットです。いや、正確に言えば、この写真のショットと次に来るショットの組み合わせが大いに問題なんです。カメラが彼にぐいっと寄って、克明に表情をとらえるんです。効果的ですね。観客はついつい男の子の顔色に注意を奪われてしまいます。気持ちはわかります。ただし、ここが勘どころなんです。奥歯を噛み締めて、目を少年の肩に向けてみてください。小麦畑で遊ぶわんぱく坊やの小麦色の肌がそこにあるはずです。「あれ?」と思いませんか? もう一度写真を見てください。彼の肩は見事にTシャツで覆われていますよね? それがどうしたことでしょう。その次の瞬間に少年の肩は顕わになるのです。ごくごく簡単に言えば、タンクトップになるのです。おかしいと思いませんか? 彼はあまりの恐怖に一瞬でTシャツを脱ぎ捨ててタンクトップ姿になったのでしょうか? 確かにODCの身内では「窮地に陥ったときには脱げばいいんだ」という突拍子もない考え方が一時横行していたことは認めますが(有北クルーラーの小噺『ヌード』『子どもは知らなくていい北風と太陽』参照)、映画が舞台としているのは70年代のイタリア南部はポテンツァ(Potenza)近郊です。時代も場所も違います。したがって、彼は窮地を脱しようとして脱いだわけではありません。だいたい、Tシャツの下にタンクトップを着ている男の子なんていません。
じゃぁ、この怪現象はいったい何なのでしょうか?

 しばらくそのまま映画を見続けていると、わかりました。別の日に、少年がまたしてもこの穴を覗き込んだんです。そして、そのときの格好がタンクトップ!! 謎はあっさり解けました。そうです。何らかの理由で、クロース・アップのショットをTシャツ姿で撮影しなかったのです。そこで仕方なくタンクトップ姿のアップをTシャツ姿のところへつないでしまったわけです。単に忘れたのか、絵コンテを変更したのか、天気が激変したのか、何なのかはわかりません。ただし、編集の段階で監督や編集マンが冷や汗をかいたことには変わらないはずです。これはいわゆる「誤ったつなぎ」になってしまうからです。作品を構成するあらゆる要素は、ショット間の移行がスムースに運ぶよう、きちんと等質に保っておかなければならないのです。本来は。何なら、編集マンは監督に愚痴をこぼしたかもしれません。

 編集マン「おい、頼むぜ監督!まるで俺が間違ったみたいに思われるじゃねぇか」
 監督「うるせぇよ、ばかやろう。お前は黙ってTシャツとタンクトップをつないでりゃいいんだよ」

 こんな醜いやりとりがあったかどうかは定かではませんが、これに類することはあっただろうと僕は踏んでいます。

 今回僕が暴露したのは結構大胆な例ですが、映画を観ていてこの「誤ったつなぎ」に出くわすことは案外あるものです。低予算物になるとなおさらです。そして往々にして、シネフィルと呼ばれる映画マニアの連中は、こういうアラを探すのが大好きです。何だか意地汚い感じもしますが、笑えるミスも多いので、皆さんも映画を観るときの楽しみとして追加してみてはいかがでしょうか? ただし、このしくじりに気づいてしまうと、急に撮影現場が想像できてしまって、「こんなの作り話だよな、しょせん」と、醒めてしまう恐れがあります。メロドラマや壮大な歴史物などではくれぐれもご注意を。

 まぁ、こうやって人のミスをあげつらっておいてなんなんですけど、僕も自分の映画でときどきやっちゃうんですよね、こういった過ちは。『瀬にうかぶ魚』(野村雅夫、2005年)でも、一箇所発見しましたよ。それも、完成してから半年以上も経ってから。潔く無視するしかないんですけどね、そういうときは…。

 何だかサルヴァトーレス監督が急に気の毒に思えてきたので、罪滅ぼしに『ぼくは怖くない』のHP(日本語)をリンクしておきます。「すばらしい作品ですから、ぜひ観てくださいね」って、今さら褒めても、もう遅すぎるか…。


=参考リンク=
『ぼくは怖くない』公式ホームページ(日本語)

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