京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

DVDに学ぶ その1

 先日インターネットで、映画を学ぶ上で非常に興味深いDVDを購入しました。商品名は“Gli ultimi giorni di Pompei”、日本語に翻訳すれば「ポンペイの最後の日々」で、イタリアで2003年11月に発売されたものです。ポンペイとは紀元1世紀(79年)に近郊の火山ヴェスーヴィオ(Vesuvio)の噴火で他の町と消滅したイタリア南部の町の名前で、その発掘された遺跡が1997年に世界遺産に指定されて以来(もちろんそれ以前もですが)、近隣主要都市であるナポリと共に南イタリアの観光地の筆頭とも言え、その知名度と関心度は200km以上離れたローマからの日帰りツアーも組まれるほどです。

 イタリア映画史をのぞいてみても、このヴェスーヴィオの噴火と壊滅したポンペイ、そこで繰り広げられたであろう人間模様は映画作りの恰好のモチーフとされ、イタリア映画の誕生と言われる1905年*1以降、アンブローズィオ(Ambrosio社が1908年にルイージ・マッジ監督で製作した作品(Gli ultimi giorni di Pompei, Luigi Maggi, 1908, 以下Ma08版)*2を皮切りに、サイレント映画期、トーキー期を通じて繰り返し映画化されました。中でも、カルミネ・ガッローネ/アムレート・パレルミ監督作品(Gli ultimi giorni di Pompei, Carmine Gallone/Amleto Palermi, 1926, 以下GP26版)は、その完成度からイタリア無声映画期の特徴とも言える歴史大作モノ*3のひとつの頂点であり、また死でもあるなどと著名な映画辞典*4にはあります。リメイク作品は概ねエドワード・ジョージ・ブルワー・リットンの小説『ポンペイ最後の日』(The Last Days of Pompeii, Edward George Bulwer-Lytton, 1834)を物語の土台としている場合が多いのですが、人物設定などにヴァリエーションがあり、物語の中心の据え方は様々なようです。

 さて、今回購入したDVDは、このように繰り返し映画化された作品の中の2点、マリオ・ボナール監督の『ポンペイ最後の日』(Gli ultimi giorni di Pompei, Mario Bonnard, 1959, 以下Bo59版, 下の写真はそのドイツ版ポスター)とマリオ・カゼリーニ監督の『ポンペイ最後の日』(Gli ultimi giorini di Pompei, Mario Caserini, 1913, 以下Ca13版)が収録された2本組みセットです。映画史上で脚光を浴びる2作品であるMa08版とGP26版と前後しているためそれ自体が重要視されているとは言いがたいように思える2作品のセットですが、DVDソフトとして我々に身近であること、日本ではDVD化さえされていないこと、そしてとにもかくにもDVD化された*5ことによって、映画作品とその周辺(全てを含んだ映画)に問題提起しているという意味で、とても興味深い商品です。
本題に入る前にこのふたつの『ポンペイ最後の日』について少し触れておきましょう。先に作られたのは、言うまでもなくCa13版で、同名作品群の中でも最初期のひとつです。ただし、後年制作されるGP26版が批評の上でも高い評価を得たため、映画史上では目立って取り上げられることもなく、上記映画辞典でもGP26版の別バージョンとしか紹介されていません。そして実のところ、今回購入したDVDセットにおいても、Bo59版の特典映像的な位置づけが為されており、あくまでこのセットのメイン作品はBo59版で、こちらは制作中、制作後のエピソードが多くあり、それに伴って生まれた様々なヴァージョンを整理したものが、ひとまずの「決定版」として様々な特典映像を伴って現在の世に出回るに至りました。Bo59版は物語の基礎はGP26版にあります*6が、設定の変更や重点の置き方の違いなどがあることはすでに述べた通りです。

 次回以降、合計6回に渡って、「シネマテーク」そのものから少し視点を変えて、映画のこと、映画の保存と復元のこと、さらにフィルムのデジタル修復について、購入したばかりのDVDを材料にして考えてみようと思います。もちろんそれらを考える上で、シネマテークの存在が欠かせないものであることは言うまでもないことですが、今回はあるDVDを中心に置いてどれくらい映画のことを考えられるかという試みになります。

 原作小説も含め邦題の多くが『ポンペイ最後の日』といった具合に、まるで最後の1日のように単数形で表記されますが、実際正確に訳すのであれば「日々」というように複数形になるはずです(実際作中も複数日に渡っています)。このコラムではすでにある邦題を尊重し、次回以降も単数形で表記することをお断りしておきます。  (つづく)

=参考資料=
Bo59版
原題:Gli ultimi giorini di Pompei
邦題:ポンペイ最後の日
監督:マリオ・ボナール Mario Bonnard
原作:エドワード・ジョージ・ブルワー・リットン Edward George Bulwer-Lytton
脚色:エンニオ・デ・コンチーニ Ennio De Concini
   ルイージ・エマヌエーレ Luigi Emmanuele
   セルジョ・レオーネ Sergio Leone
   ドゥッチョ・テッサリ Duccio Tessari
   セルジョ・コルブッチ Sergio Corbucci
撮影:アントニオ・バレステロス Antonio Ballesteros
編集:エラルド・ダ・ローマ Eraldo Da Roma
音楽:アンジェロ・フランチェスコ・ラヴァニーノ Angelo Francesco Lavagnino
舞台装置:ラミロ・ゴメス Ramiro Gomez
助監督:ドゥッチョ・テッサリ Duccio Tessari
    アウグスト・フェノラル Augusto Fenollar
セカンド・ユニット監督:セルジョ・レオーネ Sergio Leone
出演:スティーヴ・リーヴス Steve Reeves
   クリスティーヌ・カウフマン Christine Kauffman
   フェルナンド・レイ Fernando Rey
   バーバラ・キャロル Barbara Carroll
   アンヌマリー・バウマン Annemarie Baumann
   ミンモ・パルマラ Mimmo Palmara
   ギレルモ・マリン Guillermo Marin
   エンジェル・アランダ Angel Aranda 他
製作:チェーザレ・セッチャ Cesare Seccia
   エドゥアルド・デ・ラフエンテ Eduardo De Lafuente
統括:パオロ・モッファ Pailo Moffa
画面比:2.35:1 スーパートータルスコープ Supertotalscope アナモフィックレンズ使用
フィルム:イーストマンカラー(ネガ)/テクノスタンパ(ポジ) 
上映時間:1時間33分(DVD収録版)
(以上、DVD版オープニング・クレジットより抜粋)

Ca13版
原題:Gli ultimi giorni di Pompei
邦題:ポンペイ最後の日
監督:マリオ・カゼリーニ Mario Caserini
   エレウテリオ・ロドルフィ Eleuterio Rodolfi(DVDでは監督としての表記無し)
原作:エドワード・ジョージ・ブルワー・リットン Edward George Bulwer-Lytton
脚色:マリオ・カゼリーニ Mario Caserini
出演:フェルナンダ・ネグリ・プジェット Fernanda Negri Pouget
   エウジェニア・テットーニ・フィオール Eugenia Tettoni Fior
   ウバルド・ステファーニ Ubaldo Stefani
   アントニオ・グリザンティ Antonio Grisanti
   チェーザレ・ガーニ・カリーニ Cesare Gani Carini
   ヴィターレ・ディ・ステーファノ Vitale Di Stefano
製作:エルネスト・マリア・パスクアーリ Ernesto Maria Pasquali
  (以上、Internet Movie Databaseより抜粋) 

*1:リュミエール兄弟によるシネマトグラフの発表(1895年)以降の10年間は、イタリアでは主にリュミエール兄弟の息のかかった映画人たちが活躍し、本当の意味でのイタリア映画(とイタリア映画製作会社)の誕生は1905年、フィロテオ・アルベリーニによる『ローマ攻略』(Filoteo Alberini, La presa di Roma)を待たなければなりません。昨年末、この辺のイタリア映画史の起源に関する本が出版されました。

*2:Ma08版がイタリア映画史上で重要視される理由に、それが以降続くであろう「リメイク」のさきがけになったこと、次いでそのリメイクがイタリア映画が長尺化するひとつの要因になったことが挙げられると、授業でやった記憶があります。アメリカのジョージ・クラインGeorge Kleine社とアンブローズィオ社の提携の際も、その契約の中に前者からの作品への要求として「『ポンペイ最後の日』並みの完成度で」という言及があったかと思います。契約にはその他の要求として、「2000m以上であること」、「4作品を決められた期限内に製作すること」、「1本目は『オテロ』であること」などが盛り込まれました。映画の長編化については、Ma08版が366mだったのに対し、GP26版では3863mまで伸びています(前者は授業ノートとIMDb、後者は映画辞典より。また後者はIMDbでは3683mとされています)。

*3:日本でも、ジョヴァンニ・パストローネ監督作品『カビリア』(Cabiria, Giovanni Pastrone, 1914)は有名です。『ポンペイ最後の日』以外では同パストローネ監督の『トロイの没落』(Caduta di Troia, Giavanni Pastrone/Luigi Romano Borgnetto, 1910)が挙げられます。

*4:il Morandini 2007 Il dizionario dei film, Laura/Luisa/Morando Morandini, Zanichelli, Bologna, 2007

*5:Bo59版は、イタリアでは過去に単独でDVD化されており、また日本でもVHSで観ることができます(ただし、今回発売された版とは画面サイズ当の違いがあります。比較も面白そうです、おっと、これは次回以降の本題だ)。

*6:GP26版は原作小説を基にしています。