京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

シネマテークに潜入 その3 〜チネテカ本館前編〜

 紀元79年秋の「ポンペイ最後の日」は、さぞ長い一日だったことでしょう。DVDについての特集(コチラからどうぞ)が長期に渡ったのもそのアナロジーだったということは、恥ずかしながら、今さっき考えついたことです。その長かった「一日(としての一特集)」も終わり、さてどこから復旧作業を再開したものかと考えるにつけ、執筆を予定している事柄はいくつかあるにもかかわらず、やや決め手に欠いたそんな時、どうするか? 答えは「シネマテークにしねまっていこ」。*1

 ボローニャ市立シネマテーク「チネテカ・ボローニャ」(Cineteca Bologna)をインターネットで検索すると、やはりその公式ページが最初にヒットしますが、そのページによればチネテカの所在地はリーヴァ・ディ・レーノ通り(via Riva di Reno)。普段僕が上映に通っているチネマ・リュミエールがあるのはアッツォ・ガルディーノ通り(via Azzo Gardino)ですので、チネテカの本拠地はこのリーヴァ・ディ・レーノ通りにある建物のようです(以下、便宜的にこちら「本館」とし、上映室や図書館などがある方を「分館」とします)。本館と分館の間には大きな公園があり、その間を抜けて行き来することができます。初夏の気持ち良い夕暮れ時は、上映までの時間をここで過ごすこともしばしばです。今日も分館での上映まで時間もあることですし、本館の方に寄り道してみましょう。

 本館の正面(写真上)に立つと、公園へ通じる小路を挟んで入り口が左右にふたつあることに気がつきます。左はチネテカの一連の業務と切っても切れないフィルム復元ラボ「インマージネ・リトロヴァータ」(Immagine ritrovata)*2の入り口、右がいわゆる本部のようです。昨年秋にラボを見学した際の報告はいずれどこかでするとして、今回は右側の入り口から潜入してみましょう。

 本館内は、入って正面に受付カウンターがあります。タフそうなおばさんがいるはずです。タフそうですが、ご機嫌なときは愛想が良かったり時々ポスターをくれたりする優しいおばさんです。「こんにちは」。おばさんに挨拶をして右手に進むと、すぐに階上へと続く階段が目に入ります。関係者以外立ち入り禁止とあります。おそらくこの上がチネテカの本部なのでしょう。人の出入りが頻繁にあります、みんな関係者なのですね。僕はまったくの無関係者ですから、本館1階部分の見学を今日はメインとしましょう。

 1階は広い多目的ホールになっており、その時々で様々なイベントが開催されます。僕がボローニャにやって来た2005年はパゾリーニ(Pier Paolo Pasolini、1922-1975)の没後30年にあたりましたので、関連の展示がありました。彼の死を含むいくつかのスキャンダルについての新聞記事(新聞記事は往々にしてスキャンダラスです)の、「見せ方」に力が入った展示を覚えています。また、ボローニャ出身の写真家エンリーコ・パスクアーリ(Enrico Pasquali)の写真展『女の子たち、男の子たち』(Bambine e bambini、写真右)もとても良かったのを記憶しています。50年代から60年代にかけての写真が主でしたから、今ボローニャの街中を歩いていてすれ違う恰幅の良いおばさんや、僕ににらみつけるような視線を送るおじさんなどの子供の頃の写真なわけで、彼らの変貌ぶりもさることながら、写真に描かれた風景を目にして不思議な気持ちになります。50年で、ものごとはこんなにも変わるものか、と。その他で興味深かったのは『前映画史展』(Esposizione del pre-cinema)で、リュミエールのシネマトグラフ以前の視覚装置が短い説明とともに展示され、入場者はそれらに実際に触れて遊ぶことができました。カメラ・オプスクラ、マジック・ランタン、モンド・ヌオーヴォ(パントスコープ)、ゾーエトロープ、フェナキスティスコープ、歪曲画などがその展示なのですが、これらは文字で説明しても意味不明な点が多いのでここではその説明は割愛します。理解不能(記述不能)なだけでなく、その楽しさもまったく伝わらないからです。理解できない点では違いはありませんが、目の前に実物を見せられると納得せざるをえない。目の前にあるのに頭で理解できない。だから「マジック」であり、「ヌオーヴォ(新しい)」なのです。宣伝用のチラシには、ソーマトロープ*3が印刷されていて、来客たちは家に帰ってからも楽しめるという寸法です。

 街の中心からはやや離れたそれほど華やかではない立地であるだけに、小学生などの団体見学に重ならない限り、とても静かに楽しめる安らぎの場所なのですが、子供たちと居合わせたときだって、僕のように彼らと一緒にフェナキスティスコープをクルクル回して遊ぶことだってもちろんできます。世の中が変わったとは言え、楽しんでいる子供たちの表情は、先のエンリーコ・パスクアーリの時代と違いはなく、僕自身おもちゃで遊びながら、同時に子供たちの楽しむ様までも楽しんだのを覚えています。これもまた不思議な話ですけれど。

 多目的ホールの奥はチェルヴィ・ホールという上映室になっており、チネテカの特別上映や、ボローニャ大学の映画関係の授業で使われます。この上映室で参加した古典アヴァンギャルドの授業や「戦争と映画」をテーマにした座談会は、その稀有な上映作品と相まって刺激的でした。*4

 せっかくですので、現在開催中の展示にも目を通したいのですが、分館での上映がそろそろ始まりそうです。今日は18時からのエルマンノ・オルミ監督作品『時は止まりぬ(訳は筆者)』(Il tempo si è fermato、Ermanno Olmi、1959年)を見逃すわけにはいきません。アルプスの山々をワイド画面でとらえた作品ということ以外は一切の前情報がありませんが、『ポンペイ最後の日』と同じ年に作られた、同じスコープ・フレームの作品です。楽しめないわけがありません。

 分館からは歩いて5分のところに本館はあるので、また近日中に来ましょう。というわけで次回は、現在本館で開催中の展示についてのお話。

チネテカ・ボローニャ展示室
ボローニャ市 リーヴァ・ディ・レーノ通り72番(via Riva di Reno 72, Bologna)
開館:9時〜17時 (月曜日〜金曜日)
   10時〜18時 (土曜日、日曜日) 
夏季は開館時間に変更あり
入場無料

※オールドファッション幹太のブログ  KANTA CANTA LA VITA

*1:動詞「しねまっていく」の語義についてはコラム第1回を参照ください。

*2:現像機、サウンド・トラックの修復部門、フィルムのクリーナー、フィルム点検台での作業を見せてもらったことがあります。詳しくはこちらのサイトを参照ください。

*3:円盤の両面に絵を描いて、その両端につけた輪ゴムを巻いて円盤を回すと、ふたつの面の絵が合成する、ひとつのできあがった絵を部分に分けて描くと完成度が高い、というあれです。鳥かごと小鳥などを描いて遊んだことのある人も多いはずです。僕は子供の頃、一辺3cmの正方形の表に枯れた木を、裏に花だけを書いて、親指と人差し指で対角をつまんで、息を吹きかけて回して遊びました。あれもソーマトロープの一種だったのですね。

*4:チェルヴィ・ホールで受講した授業では、非フィルム上映が多かったのですが、もちろんフィルム上映可能な教室での授業もありますし、一般の映画館がそのまま教室になることもあります。ボローニャはそういう街であり、ボローニャ大学はそういう大学です。