北の砂漠からいつ来るとも知れぬタタール人の襲来に備えて存在し続ける辺境の砦。
すべての色彩を失ってしまったかのようなその要塞で、三十余年を過ごし、やがて死を迎える男の物語。
軍人として栄光を望むこころと、何も起こらないまま一生が終るのではないかという不安の狭間で、一日も変わらぬ守りを続ける男はやがて、
要塞を取り囲む無味乾燥なまでに峻厳な自然や、厳格な軍律にまでも安らぎや陶酔を見出してゆく。
神やその救いといった宗教的な匂いが微塵もない作品だが、読み進めるにつけ、
砦は形而上の世界に永遠にとらわれているかのように、将兵たちはそこに住まう亡霊や精霊のように見えてくる。
読後には、澄み切った空を突きぬけた先にあるような透明な孤独感があり、肉体感覚を伴わない恐ろしさを感じる作品。