京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『きりのなかのサーカス』ブルーノ・ムナーリ〜


 霧が立ち込めるミラノ。ぼんやりとした街をぬけて向かう先は…。霧煙る街と色とりどり楽しいサーカスという幻想的な世界を描いた作品。素材と、本というメディアの特徴を最大限に活かして表現された視覚的にも楽しい絵本です。

 イタリアの絵本といえば日本ではおそらくこの人のものが最もよく知られているのではないでしょうか。ブルーノ・ムナーリ
 翻訳されたものも多く出版されていますが、今回とりあげるのは『きりのなかのサーカス』。原題は“Nella nebbia di Milano” 日本語では(ミラノの霧をぬけて)といった感じのタイトルです。霧がよく発生する、ムナーリが生まれた町、ミラノを舞台にした絵本です。


 この絵本の特徴は、画材として普通の白い紙ではなく、トレーシングペーパーと色画用紙を使用している点にあります。
絵本のつくりとしては三部構成になっており、サーカス小屋へ向かうまでの霧立ち込める街中を描いた第一部(トレーシングペーパー)。サーカス小屋の中を描いた第二部(色画用紙)。最後に再び霧煙る帰り道を描いた第三部(トレーシングペーパー)。

 上記のように、霧のかかった風景を表現するために、向こう側がうっすらぼんやりと見えるトレーシングペーパーを用いています。
ページをめくるたびに、遠くにぼんやりと見えていた風景が近づき、はっきりと見えてくる。さらにめくった側を見てみると、通ってきたところが、ぼんやり遠ざかっていくように見える。トレーシングペーパーという素材の持つ特徴と、重なった紙をめくっていく本というメディアの持つ特徴をうまく利用することで、読者があたかも霧の中にいるかのような感覚を生み出すことに成功しています。

 霧を抜けてたどり着いたサーカス小屋の部分では、使用される画材がトレーシングペーパーから、数色の色画用紙へと変わります。ここで出てくるカラーは基本的には画材である色画用紙の色のみ。描かれるイラストと文章は黒で印刷されています。
白い紙にカラフルに色づけするのではなく、色のついた紙に黒で色づけする。
 一色の色画用紙に黒一色の印刷なので、そのページには二色しか出てこないはずなんですが、ページごとに画用紙の色を変え、紙を切り抜くことで次ページ前ページの色が現れ、画面はカラフルに。文章で伝えるのは難しいのですが、サーカスの持つ楽しく幻想的な雰囲気が見事に表現されています。

 サーカス小屋を出た第三部では、再び霧の世界。乗り物や信号機などミラノの都市的なモチーフが描かれていた第一部の霧の世界とは対照的に、この第三部では草木など自然のモチーフがトレーシングペーパーに描かれています。同じミラノでも(サーカスの世界を含め)全く違った世界が存在すること、どこにでも異世界への扉が開いていくことを教えてくれるようなきがします。

 さて、主にデザインの面からこの絵本を見てみましたが、もちろん内容(テキスト)も素敵です。ユーモアのあふれた楽しい内容となっています。
日本語版は1981年に八木田宣子さんの訳で、2009年に谷川俊太郎さんの訳で出版されています。どちらも現在手に入れることが難しくなっているようですが、図書館などには置かれているかと思いますので、興味のある方はぜひ手にとってみてください。もしかすると絵本の概念を覆してくれるかもしれませんよ。

Bruno Munari  ブルーノ・ムナーリ(1907−1998)
イタリア・ミラノ生まれ。造形作家、インダストリアルデザイナー、グラフィックデザイナー、作家、詩人、美術評論家、美術教育家とアート界でマルチに活動。