京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ジャングル・ブック』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2016年8月19日放送分
『ジャングル・ブック』短評のDJ's カット版です。DJ'sカット版という名にふさわしく、放送では触れなかった箇所もぼちぼちありますよ。

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1894年に出版された児童文学の名著の実写に見せかけたCG映画化。おそらく2歳とか3歳だと思いますが、人間社会から離れ、ジャングルで暮らすことになったモーグリという男の子。命の恩人の黒豹バギーラから教育を受け、狼の群れの中で育てられた彼ですが、人間に恨みを持つ凶暴な虎シア・カーンが現れたことで、ジャングルを去ることになる…

ジャングル・ブック (新潮文庫) ジャングル・ブック(吹替版)

監督は、『アイアンマン』や『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』などヒット作で知られるジョン・ファヴロー。オーディションを勝ち抜いた12歳の少年ニール・セディ以外はすべてCGというのも話題になっています。
 

アイアンマン(字幕版) シェフ 三ツ星フードトラック始めました (字幕版)

シン・ゴジラ』のポスターを尻目に、MOVIX京都で水曜日の朝一番に字幕版を鑑賞しました。この手の作品にしては字幕もちゃんと用意されているというのは、大人も観客としてある程度見込んでいるってことでしょうね。
 
ジャングル・ブック』懐かしいなぁというのが、新井式廻轉抽籤器で先週当たった時の僕の感情です。小学校低学年の時に親に買い与えられた児童文学。その時には僕は正直ピンと来ていなかったんですが、映画を観ながら、「これは僕の物語だった」と思い込んでしまうほどのめり込んだので、そんな個人的な想いを踏まえて評してみます。
 
☆☆☆
 
これまで何度か映像化されてきた『ジャングル・ブック』。今回の大きな特徴は、原作の実は極めて重いテーマをすくい取っていること。作者のキップリングは、イギリス人ですが、インド育ち。大きくなってからも、世界のあちこちで暮らし、旅をしています。自分のアイデンティティはどこに帰属するのか。彼が考え続けたことが、人間でありながら狼に育てられたモーグリに明らかに反映されています。ここが、イタリア生まれでありながら滋賀県で育った僕とリンクするわけです。こうした「自分の居場所はどこか? ここでいいのか?」問題は、僕ほど身につまされる形でなくても、多くの人が感じた経験を持っていると思います。家族、学校、部活、会社などなど。つまり、あのジャングルはコミュニティと世界のメタファーなんです。そこにはルールがあって、子供はそれを教育され、やがてはそのルールを柔軟に解釈する必要性も学んでいく。
 
そして、ここが大事。一人前の狼になりたいと願ったモーグリだけれど、いくら努力したって、そんなの叶わないわけですよ。少年の夢は叶わない。夢が破れた後の現実をどう生きていくかという点も描かれてる。具体的には言わないけど、ジャングルの中で、「動物の掟がわかる人間」であるという特性を活かした「社会的な役割」、つまり誰かの役に立つ術を身に着けていく。
 
もちろん、人間vs自然というテーマもあるけれど、どちらかと言うと、今言ったような人間社会の縮図としての物語という性質が今回の映画化では強いように感じました。ジャングル脇の村が少し出てきますが、彼らは「赤い花」と動物たちが呼ぶ「火を扱う者」として描かれています。これがギリシャ神話の「プロメテウスの火」を踏まえている事は、クライマックスでモーグリが取ったある行動によって引き起こされる惨事を見れば火を見るより明らかです。要するに、人間の文明は確かにすばらしいものであるけれど、それは時にすべてを台無しにしてしまう脅威にもなるし、往々にして、人間そのものが文明をコントロールできないってことです。
 
と、ちょっと難しい話になりましたが、各キャラが立った心躍るアクション・エンターテイメントに着地させているジョン・ファヴローの手腕はさすがです。伏線の張り方と回収の仕方はお見事。
 
不満点も一応あるので、添えておきます。ジャングルのサイズ感と時間の流れ方が曖昧でわかりにくい。最後の象たちの行動があっけなさ過ぎて拍子抜けしなくもない。言語を操る動物とそうでない動物の違い、その根拠がよくわからない。この後が気になってしょうがないから続きを観たいなど、他にもいくつか。
 
逆に好感が持てたのは、カメラの動き。動物並みに躍動感があるのに、アクションが整理されてるから、何がどうなってるのかわからなくなるなんてことはない。この辺りは、全編CGならではの特性をうまく活かしてますね。その意味では、頭の方にあったドキュメンタリーのような実験的な手法も良かった。時間経過を表現するために景色を超早回しにしつつカメラもじわり移動していくという映像。まだあるよ。スカーレット・ヨハンソンが声をあてているあの誘惑的な大蛇の眼が大写しになるところから物語内の物語へと展開するところ。
 
それにしても、唯一人間として、カメラとブルーバックスクリーンの前で演技したニール・セディくん、すごすぎます。彼の孤軍奮闘っぷりには頭がさがる。もちろん、それを活かした膨大な数のCGスタッフも。
 
さすがはディズニー。ドスンとくる重たい内容、そして教育的に効果の高い内容を、あくまでワクワクの冒険譚としてまとめ、大人にも楽しませる。『ファインディング・ドリー』を観たら『ジャングル・ブック』も合わせてどうぞ。
 
☆☆☆
 
ミュージカル的に音楽を効果的に使うところに目新しさこそないものの、ニューオーリンズ的なアレンジがどれも愉快でした。その上、最後にはDr. Johnが歌ってくれるんだもの。エンドクレジットまで聴覚的にも飽きさせません。

あの魅惑的なニシキヘビが語って聴かせる、いや、その眼に投影して見せるような物語内物語。その洞窟でのシークエンスが壁画みたいになってるのは、「プラトンの洞窟の比喩」も踏まえてるのかなと想像してみたり。
 
リスナーeigadaysさんの#ciao802を付けての「モーグリが父殺しの敵討ちを通過儀礼として大人になる古典のアップデートが大成功なのは必然」というつぶやきも納得。やっぱり神話的な構造があるんですよね。
 

さ〜て、8月26日(金)に扱うのは、『シン・ゴジラになりました。当てたったで〜!!!!  鑑賞後は#ciao802を付けてのTweetをよろしく! って、もう観てる人も多いかぁ(苦笑)