京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『シン・ゴジラ』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2016年8月26日放送分
『シン・ゴジラ』短評のDJ's カット版です。その名にふさわしく、3分ではどうあがいても触れられなかった部分も掲載しています。

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日本が世界に誇るキャラクター文化のルーツとも言える、ゴジラaka破壊神。初代第一作は、第二次大戦、敗戦の記憶もまだ生々しい1954年でした。それから60年余り。ハリウッド進出も果たしながら、これが日本版では29作目。スタッフが相当多いんですが、総監督と脚本・編集に庵野秀明、監督には『進撃の巨人』の樋口真嗣エヴァンゲリオンの制作会社ガイナックス創設メンバーにして、日本のアニメと特撮を引っ張ってきたメンツですね。キャストは、長谷川博己竹野内豊石原さとみなどなど、他にもクレジットされている人だけで300名以上。そして、大ヒット。
 
東京羽田沖、アクアラインのすぐそば、海の中で爆発が起きます。いわゆる「想定外」の事態に政府はおろおろと原因究明に着手するんだけれど、巨大生物だとはまさか誰も思わない中、長谷川博己演じる官房副長官の矢口は、スマホで情報を収集しながら、一歩先の想定を始めるのだが…
 
話題作に乗り遅れることに定評のある、この「映画館へ行こう」ですが、ようやく先週当てられたということで、遅ればせながらMOVIX京都で日曜の夜に観てきました。公開から約1ヶ月経ってもなお、劇場は結構混んでいて、番組のメールマガジン「やわか通信」にも書きましたが、最近観た中ではダントツに老若男女ミックスされた客層だった印象が強かったです。
 
これだけのヒット作ということで、色んな人が語り尽くしてる感もありますが、改めて僕なりの見方も交えながらまとめてみましょう。マチャオvsゴジラ、3分間でやっつけられるか!?
 
☆☆☆
 
今この放送を聴いてるほとんどの人がそうだと思いますけど、初代ゴジラの衝撃はリアルタイムで体感していないわけです。だから、生まれた時からゴジラは当たり前のようにいて、なんなら人気怪獣の一匹でしか無くて、ゴジラ映画の新作を観に行くとすれば、ゴジラが出てきたら「よ、待ってました」みたいな感じになっちゃう。観光映画の側面も強いし、ポップなんです。あまり怖くない。庵野総監督はそこを嫌ったのは間違いないでしょう。ゴジラは絶対に怖くなくてはいけない。
 
でも、考えてみてください。もうだいたい皆知ってるものをちゃんと怖く見せるのってむちゃくちゃ難しいですよ。そこで庵野総監督がとった作戦は、まず圧倒的な物語のスピード感。映画が始まったらすぐに事件勃発。まず海から正体不明の水蒸気が上がる。まずいまずい。アクアライン封鎖。官邸に情報が集まり始めて、じゃぁ対策室でも立ち上げますか。名もなき登場人物たちのPOV主観ショットをどっさり入れて短い編集でパッパ繋いでいく。ネットの情報の速さ、テレビがそこに追いつく。でも、官邸ではおろおろ会議やってる。そうこうしてる間に、海の異変が品川周辺の陸地へ近づいていく。その巨大生物が川を遡る…
 
奴が登場するまでのこのパートを観ながら「あ、この感じ」って想い出すのは、5年前、3.11ですよ。怖かったじゃないですか。情報が錯綜したじゃないですか。ヤキモキしたじゃないですか。すごいデジャブなんですよ。あの時の感覚に似すぎていて、戦慄する。そこに、出た、ゴジラ! と思いきや、え、こ、こいつ… 何? 完全にやられました。これ以降、とにかくゴジラが怖いんです。お見事。その手があったか。
 
と、ここで少し苦言を差し挟むなら、今回のゴジラはただただ怖いばかりで、ブルースが描写上は足りないのかなと思ったのも事実です。荒ぶる神たるゴジラがどうして生まれてきてしまったのか。そこはもう少し強調しても良かったかもしれない。それこそ、東日本大震災そのものの天災というよりは、原発事故の人災ですよね、ゴジラは。先週も『ジャングル・ブック』評で似たようなことを言いましたけど、人間が生み出した文明そのものを人間がコントロールできなくなるプロメテウスの火としてのゴジラの複雑さ奥深さはほのめかす程度だったので、そこを理由に賛否が分かれるのは仕方ないでしょう。
 
ただ、話を戻せば、とにかくゴジラは怖かった。さっき言ったスピード感に通じるんだけど、全体を通して、情報量はべらぼうに多いのに、脚本の構造そのものはシンプルすぎるくらいの潔い。このバランス感覚は面白かったですね。樋口監督のインタビューによれば「膨大な情報量で観客を一種の麻痺状態、クラブでのグルーヴ感のようにすること」を庵野総監督は狙っていたようです。まさにそう。一度観ただけでは絶対に消化しきれない情報量でしたよね。セリフも字幕も。情報の洪水。これも3.11当時を想い出すし、日本の組織の強靭さともろさの両方を提示してました。
 
ストーリーも、追い込まれて追い込まれて、あるところから一気に盛り返すという作りですね。日本型の決められない組織のほんとダメな構造を見せてから、これまた日本型だけど、トップダウンじゃなくて、知恵と技術を結集して連携がうまくいった時の日本最高みたいなわかりやすい流れになってるのに、それまでのシミュレーションが徹底していただけに、逆にスイスイうまく解決に向かったりすると、「現実はこうはいかないわな」とフッと我に返ってみたり。
 
どこまで意図したかはわかりませんが、風刺・批評と賛辞・礼賛、そして恐怖とユーモアといった対立要素のバランスがとても良いので、シンプルな話なのに解釈しがいのある映画になってる。これは恐らく、湿っぽい感情を描かずにクールに徹してるからでしょう。
 
たとえば、「スクラップ・アンド・ビルドを繰り返してきた日本だから、これからもやれる」みたいなセリフがありますけど、あれも人によって捉え方は色々だと思います。戦争や震災からの復興を思い浮かべてグッとくる人もいれば、いやいや、だからスクラップしてるのも自分たち自身でしょ?という見方もできるはず。同じことがラストカットのゴジラのしっぽにも言えます。
 
日本的な組織論と日本の映画史を踏まえ、怖いゴジラを復活させながら、2011年以降だからこその「あってはならない日本の姿」を虚構=映画として現実の僕らに見せつけた『シン・ゴジラ』は、2016年必見の作品なのは間違いないです。ていうか、3分ではまったく語れません! マチャオの負け〜
 
☆☆☆
 
絵的には、繰り返される会議シーンで顔のアップが効果的に使われていました。セリフの早口さも含め、この辺りは、多くの評論家が指摘しているように、終戦までの1日を追いかけた岡本喜八版の名作『日本のいちばん長い日』を彷彿とさせます(実際、牧博士の顔写真は岡本喜八監督のものが使われてました)。日本型組織論を今やるならってことですね。それから、自作エヴァの引用も含め、金田一シリーズで有名な市川崑実相寺昭雄、作品単位で言えば『新幹線大爆破』『太陽を盗んだ男』など、日本映画へのオマージュもりもりの作品になってる。僕なんかはこの辺りアガりますね。

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石原さとみのキャラクターについては、正直なところ違和感を隠せないが、さとみは悪くない。日本国内のリアリティーをあれだけ追求してみせたのに、彼女だけなぜあんなに「こんな奴いるか」というキャラクターになるんだろう。日本語が下手なのか上手いのかもよくわからん! でも、さとみは悪くない!
 
9/9までアイマックス上映も復活してますから、未見という方は、もうマストでどうぞ。

さ〜て、9月2日(金)に扱うのは、『後妻業の女』になりました。みんなでスカイツリーを観に行こう! 意味の分からない人は予告をご覧ください。そして、鑑賞後は#ciao802を付けてのTweetをよろしく!
 

☆☆☆

 

今週はせっかくなので、おまけとして放送スタートと共に配信される無料のメールマガジン「やわか通信」に書いたエッセイも掲載しておきます。

 

☆☆☆

 
どうも、僕です。いろんな世代がいると楽しいね。野村雅夫です。
 
あまり好きな言葉ではないけど、世の中に流通しているほとんどの商品には「ターゲット」なるものがあって、広告代理店が作った年齢や性別、職業、家族構成ごとに僕らは区分けされ、その分類に向けて商品開発が行われています(よね?)。芸術と商品の間でゆらゆらしている音楽や映画ももちろんそう。
 
でも、これって、あまり細かくやり過ぎると、ある層にはグサッと刺さるけど、その脇っちょの層は存在すら知らないなんて商品も出てくるから、「国民的な作品」が生まれにくくなってる理由の一端は、鋭すぎる「ターゲット」設定にあるかもしれませんね。
 
その意味で、今日「映画館へ行こう」のコーナーで短評する『シン・ゴジラ』は、そもそも世代を超えているゴジラファン、庵野ファン(エヴァ好き)、そしてこれまでのゴジラ映画には無かったことですが、豪華キャストがわんさか出てるということで、それぞれの俳優のファンがこぞって劇場へ詰めかけた結果、予告で期待したよりよっぽど面白いと評判が広がり、結果としてこの大ヒットに結びついているようです。僕が今週出かけた時も、文字通り老若男女の観客で溢れかえっていました。

ちょうど『君の名は。』の予告が終わるタイミングでした。僕の後ろに座っていたおばあさんが、(恐らく娘さんに)こうつぶやきました。「ああビックリした。えらい古い映画をやらはんにゃねと思ったら、あれとは違うんかいな」。
 
おばあさんは何と取り違えたのか。実は僕もRADWIMPS絡みで『君の名は。』の企画を知った時に「リメイクか!」と思っていたんです。
 
タイトルの最後に「。」のない、『君の名は』は、もともとラジオドラマで、1953~54年に三部作で公開され、なんとのべ3000万人が観るという大ヒット。今でも使う人のいる言葉「真知子巻き」や、「ガラス越しのキスシーン」で有名な作品。91年にはNHK連続テレビ小説にもなったので、そのおばあさんがどちらの映像のことを言っているのかわかりませんが、とにかく完璧に時代を越えるコンテンツなんです。

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これは僕の憶測ですけど、新海誠監督の『君の名は。』に、モーニング娘。みたいな「。」が付いているのは、かの有名すぎるヒット作と区別するためなんじゃないでしょうかね。
 
それはともかく、高校生をターゲットにしたアニメ作品の予告を観たおばあさんが、昔の映画を思い出すなんてこと、このご時世なかなかないことです。これこそ、映画館の醍醐味。いろんな世代が一緒に暗闇に溶け込むことで、こうした発見があったりするんですよね。
 
ところで、『シン・ゴジラ』はどうだったのかって? それは15時からのお楽しみ。