京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『沈黙 - サイレンス -』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年1月27日放送分
『沈黙 - サイレンス -』短評のDJ's カット版です。
放送直後に僕のMacBook Proが「沈黙」してだんまりを決め込んでしまい、いくら僕が諭しても「転ぶ」様子がないため、会社のPCを使っての投稿です。まだAppleを棄教したくない…

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『タクシードライバー』『グッドフェローズ』『ギャング・オブ・ニューヨーク』『ウルフ・オブ・ウォールストリート』などなど、代表作ですら簡単には絞りきれない巨匠マーティン・スコセッシが、遠藤周作の原作に出会ってから28年。カトリックでもある監督が、幾多の壁を乗り越え、入念な準備を経てようやく日の目を見た大作です。

タクシードライバー (字幕版) ギャング・オブ・ニューヨーク(字幕版) ウルフ・オブ・ウォールストリート (字幕版)

江戸時代初期の1640年。キリシタンの弾圧が本格化する中、日本で布教していたイエズス会の宣教師フェレイラが信仰を捨てる=棄教したとの報告を受けた弟子のロドリゴとガルペ。若いふたりは、その事実を確かめようと、マカオで知り合った日本人キチジローの手引きで長崎へ潜入。そこで目にしたのは、日本人信徒たちの想像を絶する苦悩だった。信仰を貫くのか、信者を救うのか。踏み絵や拷問を目の当たりにして、ロドリゴたちは問います。なぜ彼らはこんなにも苦しまなければならないのか。神はなぜ沈黙を続けるのか。
 
ロドリゴ神父を『アメイジングスパイダーマン』や『ソーシャル・ネットワーク』のアンドリュー・ガーフィールド、フェレイラをリーアム・ニーソン、キチジローを窪塚洋介、他にも僕が似ているとよく言われるアダム・ドライバー、浅野忠信イッセー尾形塚本晋也小松菜奈加瀬亮などなど、日米の豪華キャストが集結しました。
 
『沈黙』だろうがなんだろうが、しっかりマシンガントークで短評する怒涛の3分間。それでは、スタート!

イタリア系移民の子どもとして、ニューヨークのリトル・イタリーでマフィアたち犯罪者や教会の聖職者、つまり人間の善悪両方と世界中の映画を目にして育ったスコセッシ。一度は神父を目指しもした彼が、信念と暴力・欲望、人間の強さと弱さをテーマにし続けてきたことは必然と言えるでしょう。その意味で、この『沈黙』は集大成とも言える物語。そのみなぎる気合いが画面を通してひしひしと伝わる161分でした。棄教したフェレイラ神父がかつて雲仙で目にしたキリシタンたちへの凄惨な拷問シーンから始まるんですが、そのまさに地獄と呼ぶにふさわしい絵面を見るにつけ、これは心して観ねばというこちらの覚悟が固まりました。長いから持ち込んだ飲み物よりも、息を呑むほうが遥かに多かったです。
 
まず僕が注目したいのは、西洋人でありカトリックであるスコセッシの優れたバランス感覚です。「結局キリスト教万歳じゃねえか」とか「弾圧する幕府側を悪人に描きすぎ」とか言う人もいるようですが、僕は何を観ているんだと言いたい。むしろ、僕はイエズス会のある種の傲慢さがよく出ていたと思うし、かつてはキリシタンだったけれど棄教し、今では逆にキリシタンを厳しく弾圧する側に回った奉行や通訳、つまり日本の権力者達のそれはそれで理解できるロジックがしっかり描かれていて驚きました。さすがはスコセッシで、リサーチを徹底させただけあって、日本側の事情もよく反映させているというかリスペクトすらしていると感じました。日本とヨーロッパいずれにも譲れない背景があったことをわからせることで、この末端の人々の苦しみが、だんだん普遍的な悲劇として立ち上がってくるんです。もはやキリスト教という一宗教の話ではなく、人間にとっての尊厳、信念というものがどれほど尊く、そのデリケートな領域に土足で踏み込むことがどれほど人を損なってしまうかという、時空を越えた物語に変貌していくんです。
 
スコセッシは朝日新聞へのインタビューでこう語っています。「精神のよりどころ、信条は人それぞれあると思うが、それに対する互いの理解と尊重が必要だ。異文化を理解するというのは相当な努力を要するもの。それでも、自分とは違うものを認めることによって恐怖は緩和できるし、暴力も減っていくのではないか」 およそ500年前の話でありながら、21世紀の今まさに大事なスコセッシの信念が映像化されていると僕は思います。
 
抽象的な話になりましたが、ディテールを少し触れると、イッセー尾形浅野忠信の合理的な神父達の追いつめ方、そして塚本晋也と笈田(おいだ)ヨシのこれぞ体当たりとしか言いようがない演技は特に素晴らしかった。そして、全員に言えることですが、顔の筋肉の微細な動きまで見逃せません。キリスト教的には裏切り者ユダの役割を果たすキチジローを演じた窪塚洋介も、ちょっとトゥーマッチな動きも気になったものの、難しい役を体現したと言えるでしょう。
 
また、デジタル全盛のこの時代にフィルムで撮影された映像美も忘れがたいです。とりわけ、小さな船で海を渡る際の濃い霧に浮かぶ役者の顔は、溝口健二の映画史に残る大傑作『雨月物語』オマージュもあってうなりました。さらに、イタリア人ダンテ・フェレッティが務めた美術もお見事。ハリウッド製の日本舞台の映画にはどうしても「嘘くささ」が目立つものですが、『沈黙』にはそれがない。

雨月物語 [DVD]

戦国時代から江戸初期へのキリスト教と日本の関係など、多少の知識を持ってないとわかりにくいところもあるかも知れませんが、とにかく現代的なテーマとも言えるこの作品。アカデミーなどの賞レースうんぬんは脇へ置いて絶対に観るべき1本です。

全体的に抑制がきいていたこの作品には音楽らしい音楽はほぼ出てきません。あれだけロック好きでいつもサントラを相当重視するスコセッシなのにです。僕のイメージ選曲になりますが、Mumford & Sonsが同じく神と信仰、権力・権威と個人の心の中をテーマに作った"I Will Wait"を評の後にオンエアしました。
 
さ〜て、次回、2月3日(金)109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様から授かったお告げ」は、『ドクター・ストレンジ』です。僕のMacBook Proは、もう魔術で直すしかないのか。果たして、次回の放送までに直っているのか。そんなことはどーでも良いとして、とにかく、あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!