京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『追憶』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年5月12日放送分
『追憶』短評のDJ's カット版です。

f:id:djmasao:20170512182956p:plain

1992年。親に捨てられた3人の少年。能登半島の喫茶店を営むカップルに可愛がられながら暮らしていたところ、とある事件をきっかけに、二度と会わないことを誓います。時は流れて現在。富山県警の刑事となった少年のひとり四方篤は、東京でガラス店を営みながらほそぼそと暮らす幼馴染川端悟と再会。ところが、彼はその翌日に漁港で刺殺体となって発見される。捜査が進むにつれ、悟はもうひとりの幼馴染、現在は建設業に精を出す田所啓太と秘密裏に会っていたことがわかる。
 
殺人事件のミステリーを軸に長年のトラウマを浮かび上がらせ、その傷と向き合う残された者たちの姿を描く作品。『鉄道員(ぽっぽや)』など、高倉健主演作を中心にタッグを組んできた降旗(ふるはた)康男監督84歳と木村大作撮影監督77歳が9年ぶりのコンビのもとに、日本を代表する俳優たちが集いました。岡田准一小栗旬柄本佑(えもとたすく)、安藤サクラ長澤まさみ木村文乃(ふみの)、吉岡秀隆

鉄道員(ぽっぽや)

それでは、映画館でお客さんと観た作品をいつも追憶しながら原稿を書き上げる制限時間3分間の映画短評。今週もいってみよう!

映画館で予告編を観ていて、正直なところ、「これはキツそうだな」と思っていた僕です。降旗監督の演出はさすがにもう時代にフィットしないんじゃないだろうか。予告編で役者が気持ちを叫んでる映画ってどうなの? これを短評となると辛そう。と思っていたら、先週お告げが下ったので、「マジか。こりゃ久しぶりの進撃か」と心配することしきりに観てきました。ところがですね、僕はこの作品、結構気に入ってしまったんです。予断は良くないっていう良い例ですよ。
 
理由ははっきりしていて、絵作りです。脚本はテレビの2時間ドラマのようだと言われると、反論するトーンが弱まってしまうけれど、木村大作が撮影した映像は、そのほとんどがスクリーンサイズで観るべき迫力を備えていて、圧倒的に美しい。北陸の自然描写は、あんなもん、そこらのカメラマンでは撮れないです。それだけでも映画館に行く価値がある。そして、僕が感心したのは、雨です。少年が親に置き去りにされた後、安藤サクラが彼に手を差し伸べるところ。土砂降りなんだけど、あんなにまで見事に降りしきっている雨を、僕は久しぶりに観ました。雨をどう演出するか。僕は映画を観る時のひとつの基準にしていまして、これには思わず見惚れてしまいました。それから、たとえばビルの屋上で四方篤が先輩刑事と話す時のズームを使った切り取り方。固定カメラと手持ちの割合のバランス。確かに古臭いと言われればそれまでだけど、僕に言わせれば、変に今の撮影や編集の流行りをなぞって見た目だけは今っぽい3流演出よりもよっぽどいい。大御所演歌歌手がEDMサウンドをバックにしても失敗する可能性のほうが高いわけで、自分のメソッドを信じて貫いている降旗木村コンビの姿勢を全否定するのはどうなんだと。そりゃ僕だってさすがに音楽はやり過ぎかなとか、合成は今ならもうちょっとやり方あるでしょうとか、時にあまりに古色蒼然としてるから笑っちゃうところもあったけど、とはいえ、おふたりならではのケレン味としてそこも楽しめました。
 
役者陣も演出の凄みに応えようという意気込みが伝わってきて良かったと思います。一方で、後半にかけて新事実が明るみに出てくるに従い、僕は脚本も演出も普通になっていったと感じてしまうし、感動させようという意図が前に出過ぎたかなという印象も拭えません。ただ、これを誰とは言わないけど、最近のヒットメーカーと言われる監督が担当したら、下手するともっとエモーショナルに持っていく可能性もあるんだよな。全体としては、物語の省略の仕方も、その時々で出す情報量の調節も手堅くまとめられていて、僕はすんなりと引き込まれました。だらだらせずに、99分という尺にまとめてるし、何よりオリジナルストーリーっていうのが良いです。たとえ、イーストウッドミスティック・リバー』と構造がそっくりと言われようと、少なくとも北陸ならではの映画になってたので、あんまり気にしなくていいだろうと。

ミスティック・リバー (字幕版)

これを観ると、血のつながりがもたらす喜びとその裏腹に血によって背負わされる宿命について思いを馳せてしまいますね。親を選べない子供の無力。それでも、人間は血のつながりを超える絆を持てるはずだし、むしろ社会的な枠組みや手続きに則(のっと)らなくったって家族というか家庭を築けるのだという感慨を抱けました。現在パートの安藤サクラの肌ツヤが良すぎて、いやいやいや若すぎるでしょってなったけど、映画冒頭の彼女の形相とラストの神々しいまでの穏やかな表情のコントラストから、人が人を本気で想う時の強さと、時を経てトラウマを人がどういなしていくのか、食い入るようにスクリーンを見つめたのは僕だけではないでしょう。
 
昔と違って、今は家族よりも個の時代だから、余計に時代遅れに思えてしまう感じもあるんだけど、いつの時代も家族はままならぬものです。一度でも家族や親戚に翻弄されて歯を食いしばったことのある人なら、ある程度自分に引き寄せて、そしてほとんど失われてしまったフィルム撮影の美しさと緊迫感に陶酔することができると思います。

この映画のサントラは、よくできてるんだけど、ちょっと出来すぎていると感じる人がいるのもうなずけるぐらいです。歌詞のある曲はそぐわないのは百も承知で、僕が洋楽で主題歌を選ぶなら、これかな。邦題は追憶にしてもいいくらい。


さ〜て、次回、5月19日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』です。宇宙の負け組寄せ集めヒーローたちが、今回はどんな戦いを繰り広げるのか。あなたも観たら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!