京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『新感染 ファイナル・エクスプレス』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年9月8日放送分

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昨年のカンヌ国際映画祭ミッドナイト・スクリーニング部門で上映されて反響を呼び、現在こちらも絶賛上映中(にして僕はまだ観られてなくて歯痒い思いでいる)『ベイビー・ドライバー』のエドガー・ライトや、『パシフィック・リム』のギレルモ・デル・トロらが褒め称えた、韓国のゾンビ映画。監督は1978年生まれだから僕と同い年のヨン・サンホ。アニメーションで演出をしてきた人ですが、今作のヒットを受け、日本でも来月、『我は神なり』という2013年の代表作の公開が決まりました。庵野秀明のような経歴ですよね。

「ベイビー・ドライバー」オリジナル・サウンドトラック パシフィック・リム(字幕版)

 ソウル発釜山行きの高速鉄道KTX。韓国北部で突然起きたパンデミックの感染者がひとり乗り込んでしまいます。車内でも瞬く間に感染が拡大。別居中の妻のもとへ幼い娘を連れて向かう父。臨月の妻をいたわる夫。高校野球部の部員とマネージャーのカップルなどを乗せて時速300キロで疾走するKTX。乗客たちは無事に釜山にたどり着けるのか。

ワールド・ウォーZ (字幕版) レッド・ファミリー(字幕版)

 このコーナーでゾンビものを扱うのって、2013年の『ワールド・ウォーZ』以来かな。韓国映画も『レッド・ファミリー』以来、3年ぶり。いずれも、僕は結構評価しておりました。それでは、秒速10文字程度で疾走する3分間の映画短評、今週もいってみよう!

今週はただただ褒めます。できの良いジャンル映画というのは、そのジャンルが要請する決まりごとは踏襲しながらも、技術、演出のアイデア、テーマなど、どこかでその枠をはみ出してしまう。この作品もそうで、ストーリーを30字くらいで要約すると「噛まれると感染してゾンビになるウィルスが蔓延。誰がどうやって生き残るのか」になります。普通じゃねえか。そこがジャンル映画たるゆえんなわけです。それをハイクオリティーで実現するなんてのは当たり前ですよとばかりに、この映画はどんどん新鮮な映画体験を僕らに届けてくれます。
 
大きくふたつに分けると、舞台を列車内に限定した設定の妙。そして、ゾンビじゃなくて人間を描くテーマ的な意志の強さ。
 
設定の方ですが、僕が先週チケットプレゼントで言ってたタイムサスペンス要素は実はほとんどなくて、とにかく高速で移動する「密室」であることが大事でした。それこそ日本の新幹線を想像すればいいんだけど、各車両ごとに扉があって、デッキがある。個室のトイレもある。網棚も忘れないで! 僕は映画が始まって15分くらいで主人公の親子が列車に乗った時点で、「おいおい、こんなに早く乗っちまって、最後までハラハラできるのか」って心配になったんですけど、余裕でした。最初は、ゾンビ映画にありがちな、「わー、やっぱり、ここにおった〜、ぎゃー!」みたいなことかと思ったら、「いや、ここは違うんです」みたいな、ジャンル映画の約束事を踏襲しつつ逆手に取ったりしつつ、そこで車内に乗り合わせた人物紹介まで自然にやっちゃうスマートさ。その後は、その手があったか!のオンパレード。しかも、密室だから、外で何が起こっているのか、正確には把握できないのもポイントなんです。車内のテレビもスマホもあるけど、いまいちよくわからない。このわからないのが怖いんだよね。観客の想像力もうまく動員してくれるから、そこでスケール感を出してる。予算の限界突破ってのは、こうやるんだっていう好例だと思います。
 
そういう汲めど尽きないアイデアの数々だけでもう十分すばらしいのに、テーマまで骨太なんだ。ゾンビを使って、この映画は人間を描いてるんです。そして、社会を批評しているんです。主役のダメパパ、仕事人間、ファンドマネージャーのソグ。彼なんか、ある意味、最初からゾンビですよ。イケメンだし、もちろん、まったく感染してなくても、金のためなら何でもするし、人を蹴落として生きることを良しとする血も涙もない資本主義の悪しき申し子ですから。それに対して、臨月の妻を気遣うソンファは、子どもっぽいところがあるし、ホワイトカラーへの偏見もあるんだけど、とにかく情に厚い。力が強い。そして、何より自己犠牲の精神がある。それがいよいよ本領を発揮し始めるる、駅の一連のシーンでは、思わず「すげぇ」って声を出してしまうくらい痛快で、「こういうのをヒーローって言うんだ、これこそヒーロー映画だ」って、ひとり映画館の暗闇で考えてました。ソンファ最高! 
 
そして、その後の生き残った人間たちの、あの立場の逆転劇も、愚かな人間ども描写として鮮やかだったし、それがまた次なる展開へときっちりつながる様子はお見事。僕らが知らず知らずに感染している利己主義的な価値観に監督が牙をむき出しにして噛み付いているわけです。総じて、高校生カップルや子どもを産む女性、そして幼い女の子など、露骨な競争社会に毒されていない人間は、善良なる人々として描かれていましたが、変化する人間もいましたね。ゾンビと違って、人は学ぶことができるんだということを見せてくれるのも良かった。
 
そして、何より、ゾンビ映画最大の難問。どう終わらせるかについても、この映画は凄かった! ゾンビって死なないというか死んでるというか。だから、簡単に「はい、これでスッキリ」とハッピーエンドにできないジャンルならではの困難があるんだけど、この作品の後味は、ゾンビ映画ならではの尾を引くビターさと、人間を信じたくなる涙まじり、塩気のある淡い甘みがブレンドされていて、ちょっと他では味わったことのない至高の領域に突入しておりました。
 
ほんと、ただただ褒めです。一部の音楽が、この映画には似合わない説明的なものだったことと、後は邦題くらいかな。でも、もうそんなの気にならないです。ゾンビもの苦手な人でも、これなら大丈夫。しっかりエンタメだし、グロすぎないし、ただビビらせるだけの演出もない。とにかくみんな、ダッシュで、いや、電車に乗って109シネマズへ行こう!
 
それにしても、ゾンビが雨のように降ってくるシーンにはまいりました…

溜息の断面図(初回生産限定盤)

番組では、評を整理していて思い浮かんだ、ハルカトミユキの『終わりの始まり』をオンエアしましたよ。もし日本版で主題歌を付けるならと選曲しました。ちなみに、このアルバムには『近眼のゾンビ』という曲もあり。

さ〜て、次回、9月15日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、いよいよ出ました、クリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』です。絶賛の声があちこちから聞こえますが、今週に引き続き、ただただ褒める評になるんでしょうか。IMAXで観てきます。あなたも #ciao802を付けてのTweetをよろしく!