京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『僕のワンダフル・ライフ』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2017年10月6日放送分
 『僕のワンダフル・ライフ』短評のDJ's カット版です。

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ゴールデン・レトリバーの子犬ベイリーは、命の恩人である少年イーサンを慕い、やがてふたりは固い絆で結ばれていく。けれど、犬の寿命は人間よりもずっと短いもの。息を引き取ったベイリーは、生まれ変わってみると、犬種や性別は違うものの、意識はそのまま。いつかイーサンに逢いたい。そんな想いとともに、ベイリーは何度も生まれ変わっていく。

マイライフ・アズ・ア・ドッグ Blu-ray ギルバート・グレイプ [DVD]

監督は、『HACHI 約束の犬』や『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』など、ワンちゃん映画はお手のもの、スウェーデン出身のラッセ・ハルストレム、現在71歳。彼は、初期の名作『やかまし村の子どもたち』なんかを観ればわかるように、子ども演出にも長けています。そして、映画ファンには、ディカプリオが名を上げた『ギルバート・グレイプ』や『サイダーハウス・ルール』でよく知られてますし、僕の映画評では、3年前に『マダム・マロリーと魔法のスパイス』という、これまた素晴らしい作品を扱っています。

マダム・マロリーと魔法のスパイス(字幕版) 野良犬トビーの愛すべき転生 (新潮文庫)

 原作は、脚本にも加わっているW・ブルース・キャメロンという作家のベストセラー『野良犬トビーの愛すべき転生』。日本では新潮文庫から出ています。

 
名前で客を呼べるようなスターが出ているわけでもないのに、観客動員ランキング初週は、『亜人』に次いで2位。ある意味、これも犬のエンドレス・リピート・ライフとも言えますけどね。
 
それでは、犬には噛まれたことは3度ほどあっても飼ったことは1度もない男、犬には特に思い入れのない野村雅夫が3分間で吠えまくる映画短評、今週もいってみよう!

最愛の飼い主に会うために、50年で3回生まれ変わったベイリーの物語。90秒の予告編を観れば、だいたい分かりますってなほどに、設定は突飛だけど、話はシンプルです。だからこそ、演出で失敗して下手をこくと、説得力を持たせられず、先の読める展開でだらだら退屈で目も当てられないものになりかねないんですが、そこはさすがハルストレム。じわじわ手堅く感動させる佳作に仕上げてあります。
 
僕が今回の演出で大事だなと思ったポイント、ハルストレムの手際の良さを2点、挙げていくことにしましょう。
 
まずは、時代の移り変わりの見せ方。先週の『ナミヤ雑貨店の奇蹟』みたいにテロップなんか出しません。あの作品と違って、時代が行ったり来たりしないということもあるけど、こちらがスマートだったのは、それぞれの時代に流行った音楽やファッション、それからニュースを作中にさりげなく配置することで、はっきりいつと分からせずとも、おおよその時代感が伝わってくるということです。キューバ危機があってサイモン&ガーファンクルが流れたり、a-haの“Take on Me”を使ったり。それから、もっと短いスパン、つまりイーサンが少年から青年になるところなんかでは、ベイリーが自分の尻尾を追いかけてくるくる回っているうちにいつの間にか身体が大きくなって何年か経ってるみたいな、これこそ映画だっていうつなぎをしていました。何度かそういうのが出てくるんですけど、つなぎが鮮やかに決まった時には、僕の周辺の座席からは「おお!」っていう感嘆の声が漏れ聞こえてきたくらい。こういうのを映画体験って人は呼ぶんです。小説じゃできない。
 
同様に、時代を経ても、そしてこの作品の場合、身体は入れ替わっても変わることのない習性、記憶っていうのを、人、犬、それぞれのアクションやラグビーボールといった小道具をうまく使って、言語的にではなく、映像的にストンと僕らに理解させるのも好感が持てますね。
 
ただ、言葉という意味では、むしろ喋りすぎだろって批判してる人が多いのもまた事実です。観た人ならわかりますが、この作品は基本的にベイリーのナレーションで進行するんですね。これは判断が難しいところですが、僕はベイリーのユーモラスな語り口が肝だと考えているので、そこは擁護したいんです。というのも、あらすじで言ったように、ベイリーは生まれ変わると、犬種も性別も変わるんです。なので、ナレーションを減らして犬の演技に頼っちゃうと、もうさっぱり感情移入できなくなるし、犬の自己同一性が崩壊するんです。だから、擬人化して喋るってのを逆手に取って、セリフはとことん面白くしてある。
 
ここで、僕の考える本作の手際の良さをもうひとつ。興醒めするかもしれないけど、犬でなく人間を描いてるってことです。この映画にとって、犬はいないと話にならないけど、犬の話じゃない。ベイリーは当たり前だけど常に犬の目線から人間を観察してるわけで、人間の内面はわからないのに、僕らにはそれが痛いほどわかる。それが味噌です。このズレがユーモアを生むし、時にモーレツに泣かせるわけです。犬ならではだよなと僕が興味を持ったのは、匂い描写です。犬にしてみれば、恋する人間の様子はフェロモンによって一発でわかる。怒っててアドレナリンが出てる時も、匂いでわかる。それをベイリーが解説してみせるから、僕らはつい笑っちゃうし、後半、年老いたイーサンが汗をかくシーンでは、ジーンと来ちゃう。
 
はっきり言って、荒唐無稽な話です。原作も、ペットロスで立ち直れずにいる友だちのために作家が書いたっていうくらいだから、冷ややかに言えば、人間にとって都合のいい話です。だいたい、ベイリーの意識は、なんで少年イーサンとの出会いで培われるの? 輪廻するんなら、その前の命の記憶は? とか考え出すと、これはもう『プロメテウス』か『エイリアン:コヴェナント』かってことになってややこしいわけですよ。でもね、そういうあり得ないフィクションを、上映時間くらいは信じさせてくれるのが映画ってもんでしょ? それをハルストレムは爽やかに手際よくやってのけている。僕だってウルウルきちゃって、犬みたいな目になってたはずです。
 
ご都合主義も目立つし、よく描けている人間とそうでない人間の差がすごすぎて、描かれずじまいのキャラが不憫とか、問題もあるっちゃあるけど、そこは犬目線なんだから、そもそも視野が狭いんだってことで目をつぶります。映画を観る楽しみをいくつも提示してくれたハルストレムに、今回も僕は3回回ってワンと鳴きたいくらいに従順でありたい。野暮な噛みつきは不要です。まだ観てない方は、安心して牙を引っ込めて素直に楽しんじゃってください。

さ〜て、次回、10月13日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『ナラタージュ』です。監督は行定勲。番組にお越しいただいたこともあるし、僕は正直なところシンパなんですが、それでも気になったことは遠慮なくツッコんでいく所存。あなたも #ciao802を付けてのTweetをよろしく!