雰囲気のある映画でしたね。中村監督と撮影監督の鯵坂輝国さんがタッグを組んだシャープでスタイリッシュな映像感覚は、しびれるものがあるなと感心していました。鯵坂さんは最近だと『HiGH&LOW THE MOVIE』の仕事で知られる方で、「さもありなん」ていう感じがします。EXILE TRIBEや浜崎あゆみ、Mr. ChildrenなんかのMVも撮ってますから、構図がバチッとキマった画作りと、光の扱いに長けた方で、ショットが代わるごとに、見ごたえのある画面を提示してくる。目指したのは、東京を舞台にしたノワールなんだと思います。暗い画面、青白い光、退廃的なクラブなどなど、およそ人間味とか生活感からかけ離れたビジョンをキープしていました。
構図にこだわっているからか、カメラはあまり動かさないんですよ。中村監督は自分で編集もしているので、ワンショット内での動きよりも、ショットの切り替えによって、つまりは編集でリズムを作っていくんだという意欲がうかがえます。画面内の動きで面白かったのは、新谷弘一が、雇っている探偵の車に乗って、ビルの地下駐車場をうろうろ進むところ。絶え間ないハンドルの動きと、フロントガラス越しの無機質なコンクリート、そこを照らす蛍光灯の寒々とした灯り。不穏で謎めいていて、観ているだけで困惑してしまう雰囲気をみなぎらせていました。
今時の映画では珍しいくらいタバコを吸う新谷弘一。邦画では踏み込んでいると言えるエロス。直接は見せられてないのに顔を背けたくなるバイオレンス。健康そうには見えないけれど、色気ある大人の魅力を醸し出す光の当て方で捉えるクロースアップ。などなど、なるほど、これは目指しているだろうノワール描写にかなりのレベルで接近しているなと、あちこちで酔いしれることができました。
以上、一定の評価を示してきた映像スタイルの空回りこそ、僕は本作の大きな特徴だと考えています。問題は脚本と演出に別れるんですが、まずシナリオからいきましょう。サスペンスやミステリーってのは、他のジャンル以上に、ストーリーの情報の出し方を抑制するというか、情報の量と順番について吟味して、観客を操作・誘導する必要があるわけですけど、これはただ出し損ねてるだけっていうか、観客に想像させるも何も、「こっちが興味を持ち続けるのがしんどいわ」ってくらいに、あえて語ってないことが多すぎる。久喜家の家族構成、年齢、総資産。新谷弘一が刑事に容疑者とみなされている8年前の事件にいたっては、もうほとんど明かされません。
そして、僕が最大の失敗だとみているのは、整形で手に入れた新谷弘一という仮面の前の顔、つまり久喜文宏の顔を、少年時代しか見せていないことです。恐らくもぐりだろう医者との会話で、整形直後の戸惑いにも触れられてたから、「相当変わったんだろうな」くらいに想像して、あえて見せないんだなと、とりあえず飲み込んで観てた僕は、だんだんわからなくなりました。というのも、8年前から彼を追っている刑事は、「あなたは人相が変わった」と言いつつも、ちゃんと認識できてるんですよ。ということは、あの整形手術はいつ行われたの? って疑問が湧いてくるし、一方で、文宏と親しかった人ほど、新谷が文宏だとわからないんですよ。どっちやねん! それもこれも、前の顔が確かめられないことに原因があるわけでしょ?
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この整形の件については、リスナーから後日指摘をいただきました。僕はてっきり、新谷弘一という「架空」の人物になりすましたものだと思っていたのですが、どうやら「実在した」人物になりすましたのが正解なようです。刑事が追っていたのは、文宏がなりすます前の「本物」の新谷なのだとしたら、確かにつじつまが合います。ただ… そういうややこしい設定なら、もっと誰にでもわかるようにうまく情報出してよ! 自分の映画読解力の限界を感じましたよ、まったく! (2018-01-21追記)
あと、声はどうなのよ? 声って人を認識する大きな要素だから、声が一緒なら、親しい人は気づくでしょうよ。こういう疑問がノイズになって、もうクライマックスのあのふたりの長い会話においても、「さすがに気づくんだよね?」って思って見てしまうから全然集中できないんです。
それから、物語の核である「邪」という概念なのか存在なのか、とにかく邪についての説明がなさすぎるんだよなぁ。なんとなく、すごく悪い人、ぐらいなの。だから、名前と顔を変えて邪ではない自分を獲得しようとするほどの新谷弘一=久喜文宏の葛藤がこちらに迫ってこないんですね。それに、大財閥のわりには、出てくる具体的な数字が3000万円とか億止まりなんで、邪悪さのスケールも伝わらない。その辺はある人物の言葉によって補われるんだけど、それがまた言葉だけなので、いまいちピンとこない。
演出面の難点は、ここ一番っていう大事なシーンになると、途端に登場人物に動きがなくなることです。喋るんだけど、ずっとじっとしてる。これは映画の醍醐味の放棄としか言いようがなくて、さすがに問題です。
というように、脚本の練り上げ不足が演出にも波及して、せっかくのスタイリッシュな映像も上滑りしてるんですね。面白そうなんだけどっていう… 次の監督作では、中村さんがもっと登場人物を(物語的に意味のある)アクションで動かしてほしいなと期待しています。
さ〜て、次回、1月26日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『嘘を愛する女』です。邦画、原作あり、監督が30代と、今週と共通点の多い1本。またしても、まっさらな状態で観に行ってきます。あなたも鑑賞したら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!