京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『スリー・ビルボード』短評

FM802 Ciao! MUSICA 2018年2月9日放送分
『スリー・ビルボード』短評のDJ's カット版です。

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第90回アカデミー賞では、作品賞、脚本賞、主演女優賞など、6部門7ノミネートの話題作。
 
原題はThree Billboards Outside Ebbing, Missouri。アメリカ中部、わりとど真ん中にあるミズーリ州。エビングという架空の田舎町のさらにまた外れ。幹線道路からもそれた道路沿いで放置された3枚の看板に、ある日シンプルな言葉が掲げられます。「レイプされて殺された」「犯人逮捕はまだ?」「なぜ ウィロビー署長?」何者かに娘を殺害された母ミルドレッドが、事件を解決できない地元警察への抗議を表明したものでした。これを快く思わない警察、住民、そして広告会社の間に軋轢が生まれ、事態は予想もつかない展開を見せていく。
 
監督・脚本・製作を手がけるのは、マーティン・マクドナー。日本ではまだあまり知られていない人ですが、実はイギリスとアイルランドの国籍を持つ劇作家。あちらでは現代の最重要演劇人として認識されている人でして、映画はこれが長編3本目。昨年夏のヴェネツィア映画祭では脚本賞も受賞しました。

ファーゴ (字幕版) 猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー) (字幕版)

復讐心に燃える母ミルドレッドを演じるのは、『ファーゴ』でアカデミー主演女優賞を獲得したフランシス・マクドーマンド。そのミルドレッドに名指しで批判されたウィロビー署長を、昨年の『猿の惑星:聖戦記』で大佐だったウディ・ハレルソンが演じます。さらに、その部下の「困った警官」ディクソンには、『グリーンマイル』や『チャーリーズ・エンジェル』のサム・ロックウェルが扮しています。
 
それでは、先週の『デトロイト』と似通ったテーマもありつつ、3という数字が鍵となるのも似ている作品の3分間映画短評、今週もいってみよう!

もう結論から言いますが、恐ろしくよくできた映画です。先週の『デトロイト』で話した、「こういう人種差別は50年前から変わってない」という警察の性質もそうだし、戦争からの帰還兵の問題、DV、宗教、ジェンダー、メディア、復讐、罪、許し、尊厳など、重い内容をすべて入れ込んでいるにも関わらず、ほのかなユーモアをまぶしたエンターテイメントとして成立させています。結局犯人は誰なんだというミステリー的な軸を据えて、先の読めない脚本で観客の興味をグイグイ引っ張るんですけど、思い返せば、あそことここが繋がっているじゃないかという、映像面、小道具、台詞回しのレイヤーの重ね方があってのことなんですよね。

 

具体的に話したいんだけど、これが難しくて、芋づる式に話が転がっていくんで、ネタバレを考慮すると控えないといけないのがもどかしい。なので、ここを観ると面白いんじゃないかというポイントをいくつか。

 

まずは、色です。3枚の看板は、濃い赤地に黒い文字でした。ミルドレッドも、赤い服をみにまとう。彼女が活ける花も赤。そして、人の名前。これは怒りを暗示するし、血や炎といった物語上のモチーフとも重なります。この赤色に、当然ながら陰影が加わりますから注目ください。

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そして、物語的なポイントは、怒りの矛先のズレです。登場人物は総じて、不満や不安を抱えていて、意識的であれ、無意識的であれ、そのフラストレーションに突き動かされて、理性的とは言い難いアクションを起こします。何か突飛な行動が起こった時に、その原因となる気持ちがどこに向かっているものなのか。その因果関係がたいがいねじれてるんです。そのズレに着目すると、この作品が訴えようとしていることがより顕になる気がします。

 

確かに人間は人種や育った環境などによって、映画的に言えばキャラ分けされます。僕らも「あの人はああいう人だから」と決めてかかること多いですよね。けれど、当たり前ながら、人間には様々な事情があって、そんな簡単に色分けなんてできない。平たく言うと、人間はそう単純じゃないってことです。

 

さっき言ったひとつひとつのアクションの矛先のズレが、各キャラクターの裏表、だけじゃない、幅と変化・成長の兆しを導き出していくことになる。相当高度な脚本でした。

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もうひとつ付け加えると、宗教的なモチーフとも絡んで、3という数字は大事でした。ネタバレになるから挙げられないけど、三位一体、東方の三博士など、キリスト教を連想させるし、そう考えるとウィロビーがある行動を取る場所も明らかに宗教的なことを踏まえています。それも踏まえて、登場人物たちは、大なり小なり、みんな何かの罪を犯しているんですよ。できた人間なんていない。

 

そんな出来損ないの僕たちが人間が群れて暮らし、怒りや復讐に燃えるばかりで、救いはないのか? この映画はしだいに「許すこと」へとテーマをスライドさせていきます。許すためには、まず冷静な心を持ち続けること。これが大事なんだ。できそうでできないことですよ。平静を保つこと。まさかこの映画にそれを説得力たっぷりに示してもらうことになるとは… ぜひ『デトロイト』とセットでご覧になって、じっくりと考えてみてください。余韻も含め、最高の映画体験を保証します。

サントラも良かったんですが、僕がこの映画から受け取った「落ち着いて判断しろ」というメッセージを受けて、こんな曲をオンエアしました。

 

まあ、自分で言うのもなんですが、今回の短評はちょいと「逃げて」ますね。ラジオでのネタバレが怖くて。未見のリスナーにも振り回されてほしくて。なんですが、僕もまだまだ。いっそう精進します。

 

さ〜て、次回、2月16日(金)の109シネマズ FRIDAY NEW CINEMA CLUBで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『マンハント』ジョン・ウー監督で福山雅治。さらには、大阪ロケ。正直、期待と不安が交錯してドギマギしております。あなたも鑑賞したら #ciao802を付けてのTweetをよろしく!