京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ピーターラビット』短評

 FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年5月24日放送分
『ピーターラビット』短評のDJ's カット版です。

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イギリスの湖水地方で動物の仲間たちや画家の美しきビアに囲まれて暮らすウサギのピーター。ただし、ビアの隣に住む、かつて自分の父親をウサギのパイ包みにしてしまったマグレガーさんとは犬猿の仲。マグレガーさんの家の畑で、農作物を巡っていたちごっこを繰り返していました。ところが、ある日、マグレガーさんが急死。土地を相続したロンドンっ子のトーマス・マグレガーが引っ越してきます。潔癖症で田舎と動物を忌み嫌うトーマスですが、ビアにはぞっこん。ビアと土地を巡り、ピーターとマグレガーの「仁義なき戦い」が幕を開けます。
 
すみません、何か、先週の『孤狼の血』を引きずってるように思われるかもしれないんですが、たいして誇張はしていないんですよ、これが。

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日本でも長年にわたり愛されてきたビアトリクス・ポターの原作絵本を、ポップな作風に定評のある『アニー/ANNIE』のウィル・グラックがメガホンを取り、CGと実写を融合しながら映画化しました。ビアには『X-MEN/ファースト・ジェネレーション』のローズ・バーン、マグレガーには『アバウト・タイム』や『スター・ウォーズ』最新シリーズのドーナル・グリーソンが扮しています。ピーターの声は、『はじまりのうた』にも出ていたグラミー賞の司会もお任せなジェームズ・コーデン。日本語吹き替え版では、先週この番組に出演してくれた千葉雄大がピーターになりきっています。
 
それでは、子どもの頃使っていたピーターラビットのお皿を今も大切に残しているマチャオによる3分間の映画短評、今週もそろそろいってみよう!

おなじみのピーターラビットですが、僕も含め、原作に触れたことがなかった人も多いと思います。むしろ、図書カードとか、企業CMに使われてキャラクターイメージだけが先行というか独り歩きしていたところ、最近ちょいちょい話題になっていたのが、ピーターのお父さんはマグレガー爺さんに肉のパイにされていたとか、鉄砲でウサギが撃たれる描写とか、意外とリアル、下手すりゃ怖いぞっていう、ほんわかイメージとのギャップでした。

ピーターラビットのおはなし (ピーターラビットの絵本 1)

日本でも原作者ビアトリクス・ポターの研究はかなり熱心にされていますが、19世紀から20世紀をまたいで生きた彼女は、当時としてはかなり進歩的で急進的な人だったようで、ピーターラビットには、彼女が感じていた社会からの抑圧や、自由へのあこがれが反映されていると言われています。つまり、模範的な教訓のある「いい話」として捉えようとするとカウンターパンチを喰らってしまう面があって、むしろそこが特に現代的には面白いんですよ。
 
ウィル・グラック監督は、ピーターを現代に蘇らせるにあたり、そのパブリック・イメージとのギャップをベースに演出しています。冒頭、美しい湖水地方を飛ぶ鳥たちの歌唱シーン。いかにも童謡めいた良い子のためのメロディーで、文科省推薦のミュージカルかよって思わせておいてからの、ピーターの登場なんだけど、もういきなり鳥たちを蹴散らしますからね。開始40秒で、いきなり世界観をぶち壊す。そこからは、もうノリの良い音楽と、地雷のように散りばめられた結構ブラックなイングリッシュ・ジョークが全体を引っ張っていく、怒涛のドタバタ・コメディーに様変わり。

ピーターがマグレガーに対して仕掛けるいたずらの数々は『ホームアローン』を思い出すし、単純な笑いだけじゃなくて社会風刺・文明批判も入っている点では『平成狸合戦ぽんぽこ』の要素も少しあります。ピーターが共に暮す、それぞれキャラの立った従兄弟たちとしでかす騒動は、エスカレートしてくるとチーム犯罪ものの匂いも加わってくるし、監督も『プライベート・ライアン』を参考にしたと告白するように、戦争映画さながらの場面まである。
そして、これは僕の信頼する映画ジャーナリスト石飛徳樹さんも先週朝日新聞に書いてましたが、マジで『仁義なき戦い』じゃないかと。でも、それを菅原文太じゃなくてウサギがやるから笑える。『ズートピア』レベルのハイクオリティなCGによる人間臭すぎるウサギと、漫画だよねってくらいに潔癖症やら鈍臭さが周到にデフォルメされた青年が、土地と女を奪い合う。
 
思ったのと違うし、教育に悪いみたいな意見もあるようですが、子どもっていたずらするもんだし、社会の欺瞞とか大人の嘘って見抜いてるものですからね。眉をひそめるは大人ばかりで、子どもはこういうのは楽しくて仕方ないでしょう。そして、やり過ぎちゃいけないってことがわかる作りになってる。取り返しのつかないレベルまで行くんだけど、そこで両者共に、自分とは違う相手のこと、自分の眼とは違う眼で見たら世界がどう見えるのかについて思いを馳せるにいたるところは素敵な着地だし、そこまでいけたのは僕にとっては意外な喜びでした。観終えた後はしっかり爽やかな余韻を味わえる。
 
まあ、良く言えば怒涛の展開で、悪く言えば一本調子、ドタバタでブラックなギャグのつるべうちに疲れちゃう、食傷気味になるのも確かです。ただ、またひとつ、動物CG実写融合ものの佳作が世に出たのは確か。僕はかなり好き。劇場で笑ってください。

原作にも出てくるブラックベリーを、マグレガーがアレルギーだってことにして、それこそブラックジョークにしたところは、さすがにいただけないですよね。あちらでは配給が謝罪しているようですが、僕もアレルギー反応で入院したことがあるから、ジョークとしてここはやり過ぎだったかな。
 
小鳥たちが羽を横じゃなくて前に揺らしながら、ラッパーさながらの仕草でラップするシーンは、今でも思い出し笑いします。

さ〜て、次回、5月31日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『犬ヶ島』です。全編ストップモーションアニメで日本を舞台にしたウェス・アンダーソン監督最新作! ベルリン映画祭で銀熊賞を獲得しているとあって、心躍るワン! 狼、兎と続いたこのコーナー、お次は犬。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けてのTweetをよろしく!