京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『万引き家族』短評

 FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2018年6月14日放送分
『万引き家族』短評のDJ's カット版です。

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東京の下町。高層マンションの谷間に取り残されたようにひっそりと佇む古い平屋。そこに住む老婆、初枝の年金を目当てに、治と信代の夫婦、息子の祥太、信代の妹である亜紀が身を寄せ合って暮らしていました。治、信代、亜紀はそれぞれに働く一方、日常的に万引きを繰り返しては生活費を補っています。貧困にあえぐ一家ではあるものの、家にはいつも笑い声。冬のある日、近所の集合住宅の廊下で震えていた幼い女の子を見るに見かねた治は家に連れ帰り、信代はその女の子ゆりを娘として育てることに。一家に溶け込むゆりでしたが、ある事件をきっかけに家族はバラバラとなり、彼らがそれぞれに抱いていた秘密や願いが姿を現します。

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オリジナル作品として製作された、この『万引き家族』。監督、脚本、編集は、是枝裕和リリー・フランキー安藤サクラ樹木希林松岡茉優らが主要キャストを固める他、高良健吾池脇千鶴池松壮亮緒形直人柄本明も、それぞれに印象的な役柄で出演しています。
 
この番組Ciao Amici!では、6月11日、今週月曜日に、およそ15分にわたる監督への僕のインタビューを放送しました。ご存知のように、97年の今村昌平監督『うなぎ』以来、日本の映画としては21年ぶりとなる、カンヌ国際映画祭の最高賞パルム・ドールを獲得しました。こうした話題も手伝い、先行上映からのたった5日間で、既に61万人を動員するロケットスタートとなっています。
それでは、3分間の映画短評、今週もそろそろいってみよう!

月曜日に放送したインタビュー内で、是枝監督はこんな発言をしました。「観ている人が引き裂かれてほしい」。僕はこの言葉が鍵になると考えています。
 
監督がこの物語を着想したのは、2016年頃、親の死を隠してその年金を不正受給していた家族についての報道に接したことがきっかけだったようです。「他人から見たら嘘でしかない、死んだと思いたくなかったという家族の言い訳を聞いて、その言葉の背景を想像してみたくなりました」と。
 
年金不正受給、万引き、誘拐、児童虐待。僕たちは日々、こうした犯罪事件の報道を見聞きします。その度に、眉をひそめたり、憤ったり、スルーしたり。自分に余裕がなければ、「こんなやつ、一生臭い飯食ってりゃいいんだ」とか、冗談混じりに「こんな奴は死刑だ」なんて言う人もいるかもしれません。
 
もちろん、犯罪者が刑に服するというのは、法律に違反したからであって、断罪されてしかるべきです。ただ、報道やワイドショーでは、出来事だけをなぞって、「これは良くないですよね。酷いと思いませんか、視聴者の皆さん」と、大衆の不満の捌け口を提供しているという側面も否定できません。この映画は、そうした報道では掘り下げられない当事者たちの事情と心のありようをすくい取ろうとします。
 
この映画の設定だけを聞いて、「犯罪者の肩を持つんじゃない」という人もいるでしょう。観ればわかります。そういう単純な話じゃない。
 
たとえば、リリー・フランキー演じる治に拾われてきた未就学児童のゆり。彼女は親から虐待やネグレクトを受けている。凍えるような冬の夜にひとりで外にいたわけです。治はいたたまれなくなり、かくまってご飯を食べさせてあげる。安藤サクラ演じる信代が言います。傍から見れば「誘拐だよ」。法的に考えれば、その通りですね。しかし、信代自身が、その後やはりいたたまれなくなり、自然と母親代わりを買って出るようになります。後に、ゆりがとある事情で親元に戻った際、テレビのリポーターは、ゆりの両親にこう質問します。「ご飯はお母さんが作ってあげたんですか? 何を作ってあげたんですか?」。

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そして、誘拐だと捉えた公権力は信代たちにこう詰問します。「子どもは親元にいるべきだよね?」。確かに、たとえば児童相談所に届けるなどしなかったプロセスは間違っていたかもしれない。でも、僕たちはゆりの姿をずっと見ています。その笑みも悲しみも。だからこそ、メディアや権力のいわゆる正論に触れた時に、やるせなくなる。もちろん、あの万引き家族の中でずっと暮らせれば良かったとも思わない。そこで、監督の思惑通り、心が引き裂かれるんです。
 
こういう葛藤を、僕たちは作品のそこかしこで経験します。主要キャストのみならず、たとえば緒形直人が演じた一見善良そのものな人物の底知れぬ悩み。松岡茉優演じる亜紀が働く風俗店を訪れる「4番さん」なる人物だって、やってることは欲望を金で解決する、犯罪ではないが褒められた行為ではないものですよ。正論としてはね。だけど、その姿を見た時に、共感が込み上げて、ここでもやはり引き裂かれる。登場時間が短いどんな役にもこうした仕掛けが施してあって、その人生のエッセンスが伝わってくるんです。

スイミー―ちいさなかしこいさかなのはなし

じゃあ、さぞかししんどい映画なのか。重たい映画なのか。そうじゃないのが凄いんですよ。途中でレオ・レオニの『スイミー』がさり気なく引用されますが、この家族や周辺の人々は、みな、日本社会の底を泳ぐ小魚であるという寓話性があるんですね。小魚たちがじゃれ合う様子は実に愛おしい。みずみずしい生命力すらある。そんな様子を、細野晴臣の音楽や近藤龍人のカメラ、そして是枝演出の総合力が、切れば血が出る生々しい現実との距離感を自在に調節して導くために、僕らは目を背けることなく、そして誰かを糾弾することなく最後まで鑑賞して、日常に戻ったら、自分の価値観をもう一度考えることになる。ちょうど優れた寓話がそうであるように。
 
僕もこの短評で何度か使った言葉です。「あれは確かにこうだ。でも…」っていう、この立ち止まって考える行為。できごとの裏を想像したり調べたりする行為。その重要性をこの映画は諭してくれます。
 
結論として、僕もこう思う。「あなたにも引き裂かれてみてほしい」と。

「いつか細野晴臣さんと一緒に映画を作りたい」。そう願ってきたという是枝監督。今回その想いが通じて、見事なサントラを細野晴臣さんが手がけています。番組では、その細野さんが歌うこの曲をオンエアしました。

 

あと、この「家族」たちの名前について、時間があればもっと考えてみたいもんだなと思っています。後半で明らかになってくることなので、公開から間もない時期に放送するラジオでは触れませんでしたが…

さ〜て、次回、6月14日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『ワンダー 君は太陽』です。これはまた違った角度からグッと来そうな家族ものじゃないですか。僕は簡単には泣かないからな! いつものように、あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!