京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画「いつだってやめられる」三部作DVD-BOX発売記念レビュー

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十数年前、私が大学院に進学した頃の大学には、改革の波が到達していた。イタリア関係の学術界はもともと大きくないこともあって、ある先輩は大学でイタリア語を教えたいと夢見ていたものの、諦めることにしたようだと聞いた。別のある先輩も、そこで生きていこうとしているけれど、講師を務めるあちこちの大学での授業の準備に追われて、とても研究まで手が回らないと言っていたように記憶している。教員のポストには任期制限付きのものが増えていて、大学を職場にするのも難しいものだなと思っていた。さらに近年では、京大の立て看板や吉田寮の話に聞くように、自由な空間も次々に奪われている気がしてならない。

 

「いつだってやめられる」は、そんな学術の世界に身を置いて、肩身の狭い思いをしながら生きてきたインテリたちのコメディ三部作だ。


主人公のピエトロは、研究員として稼ぐなけなしの収入を奪われることになってしまった。収入の補いに家庭教師の仕事も掛け持ちしていたため、せめて滞納中の月謝を払ってもらおうと、ある夜、教え子の少年を追う。その過程でみじめな目に遭った後、アイデアがひらめいてインテリ仲間を招集、合法ドラッグでひと儲けを企む。

 

これがシリーズ一作目、『いつだってやめられる―7人の危ない教授たち』のストーリーだ。2014年の制作ということは、私が大学を出て、5年ほど経った頃。以前から若者の失業率が問題になっていたイタリアだ。研究者も日本と同じように(もしくは、日本よりも)厳しい状況にあった。また、日本で「脱法ハーブ」という言葉がニュースをにぎわせていたのも、記憶に新しい。そんなテーマをコメディに仕立てて、劇場を笑いで沸かせた本作は大ヒットを記録した。

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それで続編として制作されることになったのが、二作目の『いつだってやめられる―10人の怒れる教授たち』と、三作目の『いつだってやめられる―戦う名誉教授たち』だ。こちらは二作でひと続きのストーリーになっている。

 

かのインテリ・ギャング団には新しい仲間が合流し、今度は合法ドラッグの撲滅に力を貸す。任務の完了がすぐそこまで迫ったとき、ドラッグの影に隠れて別の犯罪が計画されていることに気がつき、物語はさらに展開する。

 

この続編は≪悪に立ち向かう正義≫の定型に近づいてしまうのかなと、期待しないようにしている部分もあった。でも、そう単純にはいかない。一作目のエピソードを利用して、全てがはじまる前の登場人物たちの接点が描かれるなど、心にチクリとトゲが刺さるよう な仕掛けがしてあり、鑑賞後には、鈍い痛みが余韻として残る。

 

そしてなにより、この三部作の一番の魅力は個性豊かなインテリたちだ。

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副題にあるように、このシリーズにはインテリだけで7人とか、10人とかいう数の人物が登場する。人物を把握するのが苦手な私にとっては、多い。多すぎる。ところが、全員を簡単に覚えられてしまうのだ。セリフにも、ふるまいにも、それぞれの専門性が際立っていて、いちいちキャラクターが濃いので間違えようがない。

 

身を呈して資金を調達する経済学者に、どんな人物にもなりすます人類学者。ドラッグを製造する計算科学者はその使用感をどうしても正確に調査したくて、結局、自分で試してヤク中に陥る。輸送係の考古学者は車で遺跡を疾走して、古代ローマ文化財を破壊、死んで詫びると取り乱す。それはオリジナルではなく、帝政期のコピーだから気にするなと慰めるのは、ラテン語学者だ。

 

自分の興味に逆らわず生きてきた彼らは少年のようで、滑稽で、面倒くさくて、愛おしい。まっすぐな姿は笑えるし、泣ける。

 

そんな彼らが躍動する映像は、シリーズを通じて原色の強い鮮やかな色彩をしていて、この物語はフィクションだと語っているようでもある。

 

では、現実はどうだろう。大学の改革はピエトロの荒稼ぎのアイデアと同じように、「いつだってやめられる」と思ってはじまったかもしれない。その流れの先にある今、私利私欲のために、人を傷つけるために、恵まれた頭脳を使わせてしまっていないか。誰もがどこかに持ち合わせているだろう、人の役に立ちたいという思いを踏みにじっていないか。そんなことを考えさせられる。

 

文:京都ドーナッツクラブ セサミあゆみ