京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『グリーンブック』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年3月7日放送分
映画『グリーンブック』短評のDJ's カット版です。

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1962年。ニューヨークの高級クラブ、コパカバーナで用心棒として働くイタリア系のトニー・リップ。教養も品もないものの、機転が利く言葉巧みな男で、親族から頼りにされていました。コパカバーナが改装に入るためしばらく仕事が無くなると知ったトニーは、家族を養うためにも、アメリカ南部でコンサート・ツアーを実施するという黒人ジャズ・ピアニストのドクター・シャーリーの運転手の座に滑り込みます。なぜドクター・シャーリーは、人種差別というより人種隔離と言うべき状況の南部へ向かうのか。この凸凹コンビは無事にツアーを終えられるのか。

 
本作は実話をベースにしていて、脚本には、トニー・リップの息子ニック・バレロンガがトップにクレジットされています。監督は、『メリーに首ったけ』などのコメディーで知られるファレリー兄弟の兄ピーター。イタリア系のトニー・リップ・バレロンガに扮するのは、ヴィゴ・モーテンセン。そして、ドクター・シャーリーを『ムーンライト』で昨年のアカデミー助演男優賞を獲得し、この春日本公開の話題作『スパイダーマン:スパイダーバース』や『アリータ:バトル・エンジェル』にも出演と、各所から引っ張りだこのマハーシャラ・アリが演じています。
先日のアカデミー賞では、作品賞、脚本賞マハーシャラ・アリ助演男優賞とメインどころの3部門を獲得して決定的な評価を得る一方、プロモーション活動中のヴィゴ・モーテンセンの失言や、ドクター・シャーリーの遺族が「事実が誇張されている」という趣旨の発言もあり、本国での観客動員が思った以上に伸びていないのも事実です。
 
それでは、制限時間3分の映画短評、そろそろいってみよう!

アカデミー作品賞ですよ。脚本賞ですよ。もうそれだけで観に行く価値があるっていうか、観に行くべきだし、こんな評は要らないんじゃないかという気もしてきますが、もうひとつメインどころの賞でこの作品が何を獲ったかと言えば、助演男優賞ですね。これはバディームービーなんで、「どっちが主演っていうか、どっちも主演じゃないの?」と映画を観る前は思っていました。しかし、ドクター・シャーリーを演じるマハーシャラ・アリはあくまで助演です。主役はトニー・リップ。脚本は息子が父から聞いた話をベースにしているし、お話もトニーやそのイタリア系ファミリーからの視点で物語られる。僕はそこにこの映画の面白さと、アカデミー賞獲得後に出てきた批判の源泉、その両方があると思います。

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黒人映画監督の雄スパイク・リーが、こちらも超面白そうな『ブラック・クランズマン』という作品で脚色賞を得た際のスピーチで言ったように、アフリカから黒人が奴隷としてアメリカ・バージニア州に強制連行されて400年の今年です。さらに、公民権運動の頃から半世紀を経た今も、差別は雑草や黴のように根深く残っていて、時折社会の表にその醜い姿をさらすという現実があるわけです。
 
舞台は半世紀以上前、特に南部では、人種差別どころか人種隔離が公然と行われていたわけです。ただ、このあたりの歴史的事実は、それこそタイトルの黒人用旅行ガイド「グリーンブック」の存在と同様、今では当の黒人でも若者なんかはよく知らないってこともあるでしょう。ましてや、僕ら日本ではこのあたりの事情はわからない。以上のことを考え合わせると、物語の視点は、ドクター・シャーリーよりもトニー・リップである方が映画的に盛り上がるんです。どういうことか。

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トニーは、無知で粗暴、品のない言動をする男であるがゆえに、僕たち観客の代わりに、当時のディープ・サウスの世相・実情に自然と分け入っていく。「俺にはややこしいことはよくわかんねえけど、これはいくらなんでも仁義にもとるってもんじゃねえんですかい。さすがにうちの旦那が気の毒ですぜ」ってな、寅さん的調子で、トニー・リップがトラブルの解決に乗り出すたび、彼なりに学んでいくことになる。社会の理不尽、ままならなさを身をもって知るんですね。そして、トニーが言わばボケの役割をすることで、ファレリー監督お得意のコミカルな演出をしやすくなっています。
 
たとえば、黒人食文化のひとつフライド・チキンの食べ方をトニーがドクターに教えるところ。あそこも、ちょいちょいトニーは失礼だし下品。でも、そこにドクがいい塩梅で絡むのは、ひとえにフライド・チキンの美味しさもあるっていう、あのあたりはファレリー監督の作家性のなせるわざじゃないでしょうか。

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トニー・リップのリップは、口が上手いから付けられたあだ名です。僕が訳すなら口車トニーです。ところが、時折、堪忍袋の緒が切れると、ついつい手が出てしまう。そこは、ドクター・シャーリーに暴力では尊厳の問題は解決できないと諭されるし、愛する人への手紙の書き方も教わります。いずれも、ニンマリさせられたり、ゲラゲラ笑わされますね。
 
ただ、トニー視点で映画がより面白くなった副作用として、批判の声があるのも事実です。これは、差別をするマジョリティー、つまりは白人が心を入れ替えるのに黒人が利用されたって話なんだと。「俺たち白人もちゃんと歩み寄って、差別を受ける人たちの辛さもわかっていますよ」という、意識高い系の白人を気持ちよくさせる映画なんだと。この批判は僕にもわからなくはないです。
 
がしかし、アメリカのこの差別構造のトップは、WASP、ホワイト・アングロサクソンプロテスタントであって、トニーはホワイトだけど、ラテンで、カトリックです。下手すりゃ、WASPから蔑まれる立場でもあるわけですよ。その意味では、批判のすべては当たらないのではないかと思っています。
 
僕の好きなところを挙げると、かつてレイシストだったトニーが、ツアーを終えて帰宅後、親族のひとりが黒人差別発言を軽くした時にピシャリと「今の発言はダメだ」と言ってのけるところ。そして、詳しくは言わないけれど、黒人でありながら黒人社会に馴染めず、ある理由から人を寄せつけずに孤独な暮らしをしていたドクのツアー後の変化。たとえば家のアジア系使用人に対して見せる気遣いであったり、クリスマス・イブに取る行動だったりは、彼の心がやわらかくしなやかなものになったことを端的に示していました。

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こうしたエピソードで観客に伝わるのは、人にはそれぞれの出自と育ってきた環境があって、世の中はとてもややこしく複雑だけれど、互いに尊厳を保ったまま誰かにやさしく接する道はあるはずだというメッセージでしょう。
 
様々な土地の風景・そこに住む人との交流を経て、主人公たちが変化していくロード・ムービーの要素と、教養のある人とそうでない人。金持ちと庶民。黒人とイタリア系。異なるバックグラウンドを持つふたりが共に刺激しあって人としての深みを増すバディー・ムービーの要素を併せ持った、オーソドックスだけれど、僕たち日本の観客にとっても学びと笑いに満ちた良質な一本を劇場で見逃すなんてのは、実にもったいないですよ〜

さ〜て、次回、2019年3月14日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『スパイダーマン:スパイダーバース』です。日本でも昨年あたりから期待が高まっていたこの作品。アカデミー賞では長編アニメーション賞を難なく獲得しましたね。既に鑑賞している僕の友人たちからも、絶賛の声が聞こえてきます。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!