京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『ザ・プレイス 運命の交差点』レビュー

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花粉症がヤバい季節になってきたね。マスクは花粉症からの有効な防御アイテムだけど、昨今は、ファッションアイテムとしての位置を完全に確立させてもいる。マスクイケメン、マスク美女なんて言葉もあるくらいだからね。

 

マスクには小顔効果や肌年齢を隠すなどの効果もあるけど、一番大きいのは空間補完効果だ。見えない部分を見えているつもりで想像し、イメージを補うという脳の機能。過去の経験や好きな芸能人などから、自分の好きな唇や鼻の形を勝手にあてはめて、自分の中に理想のビジュアルを作り出してるわけだね。

 

だから、マスクを取ったら途端にがっかりされたり、極端なのになると「マスクをしている彼が好き! マスクを取ったら別に好きじゃない」なんて困った女の子もいたり。

 

そういう効果を狙ってか、婚活業界では仮面をして男女が出会う「仮面街コン」なんてのがあったり、一歩進んだ「暗闇コン」ってのもある。真っ暗な部屋に男女が集まり、目かくしをした状態で会話したりゲームしたりする。人は見た目が九割なんて言われるけど、見た目に惑わされないことで、相手の人間性を純粋に評価できるし、暗闇と目かくしという非日常体験を共有してるっていうドキドキもあるわけだ。なかなか楽しそうじゃないか。えーと、来月の暗闇コンの開催日はいつかな? ……なるほどなるほど……。

 


The place - Trailer ufficiale

 

そんなことはさておき、映画『ザ・プレイス 運命の交差点』が、関西でも公開されたね。アメリカの大ヒットドラマ『The Booth ~欲望を喰う男』を原作として、イタリアの豪華アンサンブルでリメイクしたという本作。監督は『おとなの事情』のパオロ・ジェノヴェーゼだ。

 

カフェ「ザ・プレイス」に昼も夜も座っている謎の男の元に、欲望を抱えた9人の男女が相談にやってくる。彼らが自らの願いをかなえるためには、男が告げる行為を行わなくてはならない。相談者たちそれぞれが、男の言葉にしたがって行動していくうちに、お互いの思惑が知らず知らず絡み合い、物語はうねりを見せていく……。成功の陰には犠牲がつきもので、誰かが笑えば誰かが泣くのが人生だ。

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謎の男はカフェを一歩も出ることはなく、そのため物語は、男とカフェを訪れるそれぞれの相談者たちとの会話によって進行していく。この構成は、三谷幸喜監督『笑の大学』を思い出させるね。舞台は昭和15年の取調室。検閲官が、喜劇劇団「笑の大学」の脚本家に難癖をつける。脚本家は腹を立てながらも要求に忠実に台本を直してくるが、要求は次第に厳しくなっていく。課題の提示→結果報告、という構成で物語は進む。『ザ・プレイス』でも同じで、相談者たちの葛藤は描かれるけど、どのようにミッションを実行したかは描かれない。そういう意味で、すごく演劇的なんだよね。

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同じく三谷幸喜監督『ラジオの時間』にこんな感じのセリフがある。「ラジオドラマには無限の可能性がある。映像なら大がかりなセットが必要な宇宙空間も、ラジオドラマでは一言『宇宙』と言えばそれで成立するんです」。

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見せないってことが想像の広がりを生む一方で、登場人物たちはみんな何かが見えていない。息子との関係に目をつぶってる男、彼氏の気持ちが見えてない女、ヒーローになりたいと盲目的に願う男。

 

敬虔な修道女キアラは神の存在を感じられなくなったと悩んでる。彼女に課されたミッションは「妊娠せよ」。ターゲットに選ぶのは、視力を取り戻したいと願う視覚障害の男だ。彼との距離が深まるにしたがって、キアラはちょっとずつオシャレになっていく。実際に男と関係を持ったあとは、完全に女の顔になっている。カフェに現れたその顔を見ただけで「こりゃ、やったな」と思わせる。演技力あってこそだけど、昨夜男と何があったのか、画面に見せないことで、その微妙な変化や細かい振る舞いにまで目がいくんだよね。だから余計に魅せられるんだろう。

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そういえば、イタリアにこんなバルゼッレッタ(ジョーク)がある。

 

パパが花に水をやっていると、男の子が慌ててやってきた。
「パパ、大変だよ! パパの車が盗まれた!」
「なんだって! 犯人の顔は見たか?」
「見てないんだ! でもナンバープレートの番号はちゃんと覚えておいたから!」

 

何を見てるのか。何が見えてないのか。ぼくらはいつも、その時にはわからないんだよね。

 

文:有北クルーラー