京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『バイス』短評

FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年4月11日放送分
映画『バイス』短評のDJ's カット版です。

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今回はあえてあらすじを公式サイトから引用します。その理由は評の中で言いますね。物語はこんな感じ。
 
1960年代半ば、酒癖の悪い青年チェイニーが、のちに妻となるリンに尻を叩かれ、政界への道を志す。型破りな下院議員ドナルド・ラムズフェルドのもとで政治の表と裏を学んだチェイニーは、しだいに魔力的な権力の虜になっていく。大統領首席補佐官、国務長官の職を経て、ジョージ・W・ブッシュ政権の副大統領に就任した彼は、いよいよ入念な準備のもとに「影の大統領」として振る舞い始める。2001年9月11日の同時多発テロ事件ではブッシュを差し置いて危機対応にあたり、あの悪名高きイラク戦争へと国を導いていく。法をねじ曲げることも、国民への情報操作もすべて意のままに。こうしてチェイニーは幽霊のように自らの存在感を消したまま、その後のアメリカと世界の歴史を根こそぎ塗り替えてしまった。

マネー・ショート華麗なる大逆転 (字幕版)

ディック・チェイニーは、現在78歳。実在の、しかもまだ記憶に新しい時代の副大統領の伝記映画を作るという、かなり珍しい企画ですね。監督・脚本・製作は、リーマン・ショックの裏側を暴いてアカデミー脚色賞を受賞した『マネー・ショート 華麗なる大逆転』のアダム・マッケイ。主演は、クリスチャン・ベール。妻のリンを演じるのは、『アメリカン・ハッスル』でもベールと共演したエイミー・アダムス。他に、スティーヴ・カレルサム・ロックウェルナオミ・ワッツなどが出演しています。製作には、ブラッド・ピットが所有する制作会社プランBが関わっていて、ブラピもプロデューサーのひとりとして名を連ねています。
 
今回のアカデミー賞では、受賞こそメイクアップ&ヘアスタイリング部門にとどまったものの、作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞、助演男優賞助演女優賞編集賞にノミネートしました。すごいことです。
 
それでは、制限時間3分の映画短評、そろそろいってみよう!

いの一番に言っておこう。『バイス』は観客に強烈なインパクトを残す傑作です。今マサデミー賞を選ぶ段階なら、興奮してババっと賞をあげたくなるくらい。僕は特に編集には舌を巻きました。
 
ディック・チェイニーは人前で話す、スピーチの類は苦手な人で、口が堅く極端な秘密主義。マッケイはいつも以上に丹念なリサーチをしています。いわゆるドキュメンタリーではないが、出来事はすべて事実に基づいている。その上で、何がすごいって、話の構築力です。広い意味での、ストーリーテリングのうまさですね。
 
さっきあらすじをあえて公式サイトからそっくり引用しましたが、実際のところ、映画は必ずしも時間軸に沿っては進みません。60年代のシーンがあったかと思えば、いきなり911のテロに飛んだりする。ひとりのナレーターがいて、その姿も映るんだけど、彼が誰なのかは終盤まで伏せられたまま。古今東西の記録映像も挟まるし、役者たちもリアリスティックな演技をしたかと思えば、突然シェイクスピア調の大げさな台詞回しをしてみせたり。果ては、途中で明らかに偽のエンドクレジットを流して映画を途中で終わらせようとしたりもするし、チェイニーが不意にカメラに、僕ら観客に向かって話しかけたり。はっきり言って、劇映画が破綻するよっていうギリギリまで、語りのフォーマットをグシャグシャにしてます。

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アダム・マッケイは、もともとコメディ集団のメンバーで、アメリカの長寿コメディ・バラエティ番組「サタデー・ナイト・クラブ」で脚本を書いていた人です。笑いのセンスは一級品。政治劇というと難しいと思うかもしれないけど、そんなことはまったくない。僕も何度もゲラゲラ笑いました。そりゃ情報量は多いし、時間も場所もあちゃこちゃ目まぐるしいんだけど、交通整理がうまいのでスッと入ってくるし、2時間12分を最後までまったく飽きさせません。

 
ひとつひとつのショットはかなり短いものが多いんですけど、観終わった時に、難解なジグソーパズルを完成させたようなカタルシスがあるんです。そして、そこに浮かび上がる現代の権力構造の危うさと、アメリカ市民・国民の分断の様子に戦慄させられる。
 
バイスという言葉には、副大統領の「副」「代理」って意味と、「邪悪」「悪徳」といったようなふたつの意味があって、確かにチェイニーはその両方を地で行ったということがわかるし、興味深い人物ではあります。が、まだ観ていない人にしてみれば、当然の疑問として、いくら記憶に新しい現代とはいえ、なぜ今彼を映画化したのかと思いますよね。これも鑑賞後にはしっかりわかることですが、今世紀に入ってからの、息子ブッシュオバマ、トランプという大統領の系譜がなぜ生まれたのか、その源泉がチェイニーという男にある。つまりは、チェイニー夫妻の所業を理解すれば、今のアメリカの政治状況、その枠組が見えてくるということなんです。
 
無数の映像がひしめき合うこの映画の中で、繰り返し登場するイメージがあります。実際にチェイニーが持病として抱えていた心臓。常に死と隣り合わせとも言える彼の生存本能と、自分こそが組織・国・世界において血液と酸素を供給する中枢なんだということを表しています。
 
続いては、生涯の趣味である釣り・フィッシングですね。もっと言えば、生き餌や疑似餌の先に針があって獲物を仕留めるという、その「仕掛け」を何度も画面に出すことで、彼が要所要所でいかにして策略を練ったのかを示している。さらに加えて、イデオロギーや理念などない、まるでスポーツのように政治ゲームにのめり込んでいく様子が伝わってきます。

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他にも、コーヒーカップとソーサーが積み上げられた塔のイメージと911で崩れ去るワールド・トレード・センター・ビルの映像。さらには、イラク戦争開戦を国民に伝えるブッシュ大統領の貧乏ゆすりと、民家で空爆に晒されるイラク人の足の震えが重ねられたり。映画ならではの発想がてんこ盛り。とにかく、ひとつひとつの映像さばきがシャープで効果的だし、実力豊かな役者陣がそっくりにもほどがあるだろっていう役作りとメイキャップで暴れまわってるし、今僕は映画を観ているんだという快感に浸ることができます。
 
しかし、いくらハリウッド周辺にリベラル寄りの人が多いとはいえ、本当によく撮ったよ、こんなの。日本でこんな風刺劇が果たして封切られるかっていったら、まず無理でしょうね。お金も集まらないだろうし。それも踏まえて、アメリカの底力を感じます。
 
監視できなくなった権力がいかに暴走するのか。権力に抱えられたメディアが流す情報を摂取し、低賃金で長時間労働を強いられる何かと余裕のない市民が、いかにして政治に無頓着になるのか。日本でも今観ておくべき強烈なエンタメ娯楽作として、僕は『バイス』を強く支持します。無論、チェイニーは支持しないけどね。
 
こちらは予告編で使われていた、The KillersのThe Man。なんでこの曲なんだろうと思って歌詞を調べてみたら… なるほどね。かなりマッチョな、俺は男だぜっていうか、漢だぜって内容なんで、よろしければ参照してみてください。
 
全体として褒めまくったけど、彼が権力から転げ落ちていくパートについては、そのきっかけが今ひとつ掴みにくいというか、わかるんだけど、映像的な説得力には欠けるものがあったかなと、冷静に考えれば思います。


さ〜て、次回、2019年4月18日(木)の109シネマズ Dolce Vitaで扱う映画 aka「映画の女神様からのお告げ」は、『ビューティフル・ボーイ』です。優等生だったのにふとしたきっかけでドラッグに手を出して依存症になってしまった息子と、彼を深く愛する父。どうやら、それぞれの視点の回顧録が2冊出てそれぞれにベストセラーになっていたものを映画化したっていうことらしいんですよ。おもしろそうじゃないですか。これまたブラッド・ピットが製作に加わっていますよ。すごいね、ブラピは。あなたも鑑賞したら #まちゃお802 を付けての感想Tweetをよろしく!