FM802 Ciao Amici!109シネマズDolce Vita 2019年9月19日放送分
映画『記憶にございません!』短評のDJ's カット版です。
憲政史上最悪の総理大臣として、支持率2.5%という驚くべき低空飛行を続ける黒田啓介。尊大で傲慢。自己顕示欲が強く、金と権力を心底愛し、不正にも躊躇なく手を染める。態度も悪く、都合が悪くなると「記憶にございません」と開き直る。野党第2党の女性党首とは良からぬ関係にあって、妻には愛想をつかされ、息子にも一切尊敬されていない。あらゆる面で見どころのない黒田総理は、ある日、演説中に市民からの投石を額に受けて病院にかつぎこまれる。大事にはいたらなかったものの、目覚めると記憶がない。子どもの頃のことは何となく覚えているものの、大臣たちの顔も名前も、本会議場の場所も、家族や秘書たちも、ひいては自分が総理大臣であることすら忘れてしまい、ただの善良な普通のおじさんに変貌。さあ、どうなる!?
監督・脚本は三谷幸喜。60周年アニバーサリーのフジテレビと東宝がタッグを組んだ作品ということで、三谷監督が一緒にドラマを作ってきた元フジテレビの石原隆、そして東宝の社長市川南が製作を担当しています。キャストはいつものように、錚々たる面々が揃いました。黒田総理を中井貴一、夫人を石田ゆり子、首相秘書官をディーン・フジオカ、小池栄子がそれぞれ演じるほか、斉藤由貴、木村佳乃、吉田羊、田中圭、寺島進、梶原善、ROLLY、草刈正雄、佐藤浩市なども演技を披露しています。
先週のタランティーノに続き、三谷作品も、実はこのコーナーで評するのは、この6年半で初となります。基本的なスタンスをお伝えしておくと、熱心とまではいかないけれど、僕は結構なファンです。エッセイもそこそこ読んでるし、ドラマも『王様のレストラン』『古畑任三郎』『HR』あたりはリアルタイムで追っかけて観てましたし、監督作も『清須会議』を除いて、すべて観てます。舞台も初期を中心に観ていて、DVDを持っているものもある。ですが、正直なところ、監督作については、そう高く評価していなくて、いまだに97年のデビュー作『ラヂオの時間』が一番好きっていう感じです。そんな僕が今作をどう観たのか。
それでは、制限時間3分の短評、そろそろいってみよう!
三谷幸喜は稀代の映画マニアで、ビリー・ワイルダーが好きだってことも有名な話です。一方で、もちろん演劇が好きで、テレビも好き。要はお話、広い意味でのフィクションが好きなんだろうと思うんですよね。というのも、これまでの監督作を観ている限り、映画というフォーマットの特徴を活かしたというよりは、むしろ演劇っぽいカメラワークと演出が多くて、映画としてはどうなんだっていうところを中心に映画ファンの不評を買っていたんだと思います。その意味で、映画監督としては、お世辞にもうまいっていうタイプではないんですね。
では、今作はどうだったのか? やはりですね、良くも悪くも記憶に残らない演出が多かったです。今思い出してみても、良かったところ、いまいちかなってところ、それぞれ画面・映像がどうっていうより、物語とか衣装とか役者の動きなんです。でも、ここはこれまででも屈指だったんじゃないかと感じたのは、リズムです。それも、編集のリズム。演劇的な間と映画のそれは違うと僕は思うんですけど、今作の小気味いい全体のテンポは、編集によるところが大きいと思うし、その意味で映画としてこなれています。全幅の信頼をおく、主に常連の役者たちにのびのびと演技をしてもらい、それを編集で引き立たせていました。
とはいえ、なんだかんだと、これは脚本の勝利です。93年、アイヴァン・ライトマン監督の『デーヴ』という、再起不能の大統領の影武者を、善良な市民がさせられるハメになるっていうコメディがあって、三谷監督はそこから着想を得ての構想13年なんて言われてますが、観ていて誰もが思うのは、実在の日本の政治家たちやその周辺で働く、というか暗躍する人物ですよ。最初にご丁寧に注意書きが示されます。「この映画はフィクションです」という、普通なら最後に出されるお決まりのもの。こういう趣旨の言葉が続きます。「実在する名前や人物が出てきたとしても、たまたまです」。これがもう風刺なんですよ。
かつてのロッキード事件から、モリカケ問題にいたるまで、日本の政治家が何度「記憶にない」と開き直ってきたことか。冷静に考えれば要らないだろうっていうハコモノを作ってきたか。そんなことをどうしたって意識させます。夫人の口が軽いってのもそうだし。挙句の果てには、プロモーション初期に、僕もびっくりしましたけど、安倍首相に作品を見せたうえで、「(映画の首相が記憶をなくす前の)悪い総理の時代に、消費税を上げるというのがちょっとこう、かすったな」なんて感想を引き出してますからね。よくやったよなと思います。
そして、僕もしっかり笑ってしまったところがいくつもありました。野党第二党の党首、吉田羊から「合併しましょ」と色気たっぷりに抱きつかれるくだり。草刈正雄はどのシーンもうまかったし、通訳の常に淡々とした口調もクスクスしました。しかも、演じた宮澤エマは宮沢喜一元首相の孫ですよ。すごいキャスティング!
でも、全体として、笑いのツボは人によって違うとはいえ、大仕掛けのギャグや大胆な衣装やメイクよりも、細かい掛け合いやなんかでニヤリさせる小さな笑いを重ねているところのほうが、確実に機能していました。映画だからと張り切っているフシがある。肩に力が入っているというか。さらに、記憶を失ったことで人が変わる黒田総理を描くなら、ここはもっと以前の酷さ、ダメっぷりを、ニュース映像や他の人の回想を駆使して、つまりもっと時間を操作して、黒田自身に逐一ギョッとさせるという手もあったかもしれません。映画ならではのギャップの笑いですね。
ただ、ウェルメイドなコメディーの少ない日本映画において、三谷監督、名刺代わりの一本には十分になっていると思います。面白かった!
もちろん、映画では使われていませんが、テイラーの最新アルバムにはこんな曲があったなと思い出したので、短評の後にオンエアしましたよ。
あなたがいたことを忘れてしまった…
ついでながら、三谷監督はまず観てないだろうけど、イタリア映画の『ローマに消えた男』のことも思い出しました。野党第一党の党首が突然失踪したことに困り果てた側近が、双子の兄弟を担ぎ出して替え玉とするんです。すると、周囲からも市民からも、突如人が変わったように見え、支持者を増やしていく。こちらはコメディーとは言えないトーンですが、これはこれで味わい深いので、ぜひ。