京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『葬式の名人』短評

FM COCOLO CIAO 765 朝8時台半ばのCIAO CINEMA 10月8日放送分
映画『葬式の名人』短評です。

f:id:djmasao:20191007215759j:plain

28歳、シングルマザーの雪子は、安アパートで小学生の息子あきおとつましい二人暮らし。ある日、高校時代の同級生、吉田くんの訃報が彼女のもとに届きます。彼は、茨木高校野球部史上屈指のピッチャーでしたが、かつて右腕を壊し、高校卒業後は海外を放浪。久々に帰国して母校に立ち寄った矢先の死でした。吉田とバッテリーを組み、今は母校の教師となっている豊川など、卒業から10年ぶりに顔を合わせる同級生たちですが、混み合う葬儀場が塞がっているせいで、彼らはやむなく茨木高校へ友の遺体を運び、間に合せの通夜を行おうとするのですが…
 
茨木市の市制70周年記念事業として、市の全面協力で製作されたこの作品。雪子を前田敦子、豊川を高良健吾、そして亡き友の吉田を白洲迅しらすじん)が演じています。監督は樋口尚文電通のコピーライターだった方ですが、僕は優れた映画評論家として認識しています。評論もいろいろ読んできましたし。映画監督としては、これが2本目。

ロマンポルノと実録やくざ映画―禁じられた70年代日本映画 (平凡社新書) チャップリン 作品とその生涯 (中公文庫 お) 

で、キーマンは、プロデュースと脚本を担当した大野裕之。大野さんは、日本、いや、世界を代表するチャップリン研究者。僕はかつてイタリアのとある映画祭で彼がその功績を讃えられているところを客として見た経験があります。一方で、彼はとっても便利というミュージカル劇団を京都で長年主宰しているんですが、大野さんの出身が茨木高校。その大先輩が、文豪川端康成というわけ。
 
今作では、その川端康成のエッセイや小説をモチーフに物語が構築されています。
 
僕は大野さんから送っていただいたサンプルDVDで公開前に一度、そして日曜夜に梅田ブルク7でちゃんと自腹で観てまいりました。それでは、映画短評、いってみよう!

豪華キャストに惹かれて観に行った人は、わりと高い確率で面食らっている様子、番組に届いたCIAOリスナーの感想からもうかがうことができます。やれお話がツギハギで脚本がなってないだの、途中で出てくるファンタジックな演出に興を削がれただの。予算が少ないからか、自主映画の粋を出ていないなんて声もあります。なるほど。確かにウェルメイドな大作をメインに観ている人は、慣れない展開に驚いたことでしょう。でも、僕はそんな演出や物語展開を浮世離れしたものと表現したい。
 
そもそも、設定そのものが、浮世離れしているんですよ。死んでしまった吉田は、怪我に泣いて野球部をドロップアウト。美術を志した後、進学校だけれど大学には行かずに渡米。母校にフラっとやって来て、偶然とは言え、ボールを追いかけて事故で亡くなる。「浮世離れ」の意味を改めて考えると、世間の常識からかけ離れた言動や事柄のこと。周囲のことを頓着せずに我が道をいくってことでもある。浮世離れな人生を駆け抜けた吉田の葬式です。結果として、ライフスタイルの生き方もそうだけど、あの世への「逝き方」もゴーイングマイウェイなんです。それをお定まりの演出で映画にしてどうするんですか。

f:id:djmasao:20191007220806j:plain

同級生たちは棺桶担いであっちをうろうろ、こっちをうろうろ。この設定には、ヒッチコックの『ハリーの災難』を連想させるところもありつつ、茨木高校に実際にあるという古墳時代の石棺を使ったギャグや、死体がまさかの行方不明ってくだりにも、ニンマリ。そして、もの言わぬ死者という欠落を中心に、関係者が思い出の輪をドーナツ状に広げていく構成も、それ自体珍しいものではないけれど、そこに川端康成の作品群を掛け合わせることで奥行きが出ていました。
 
一方、僕にだって気になるところは、そりゃありました。代表的なのは、その演劇っぽさです。今の映画はワンカットがとにかく短いものが多いんですけど、これはあまりカットを割らない。それ自体はいいんだけど、大野さんが演劇畑の人であることも影響しているのか、特に室内の大人数のシーンは舞台の演出だろうってのが多かったです。こっちでこんなボリュームで喋ってたら、奥でも聴こえてるはずなのに、そこはスルーみたいなのって、完全に演劇の文法なんで、多用されると違和感が出てきます。説明ゼリフも多くて、もう少しブラッシュアップしてほしかった。演劇なら気にならないんだろうけど。でも、そこも余韻をあえてカットするような切れのある編集が救っていたし、致命的では決してないと思います。

f:id:djmasao:20191007220919j:plain

後半の幽霊まがいの一連のシーンだって、もともと川端のモチーフも素っ頓狂なんで、映画もそうなってます。あの敢えての古臭いCG使いも笑えます。そして、夜のグラウンドでメインの3人が再会したと思ったら、またしてもあるきっかけで闇に文字通り淡く消えていく吉田の映像なんて、今も目に焼き付いています。
 
号泣したり、ドッカンドッカン笑ったりするようなものではないし、胸をかきむしるようなメッセージがあるわけではないですが、軽妙で愛おしい1本です。初めて観た後、何日かした後に朝起きて、ふとこの映画のことを思い出したんです。まるで、死んだ誰かの思い出が、不意に頭をよぎるように。
 
以上、そこそこ浮世離れした人生を送っているような気もする僕の短評でした。

僕がこの映画を思い出した時に、ふっと浮かんできました。お葬式の様子を、亡くなった人の視点で歌う珍しい曲です。


さ〜て、次回、2019年10月15日(火)に扱う映画は、『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』となりました。そうそう、FM802からFM COCOLOに引っ越しをして、作品の選定システムが変わりました。スタジオには「映画おみくじ」と賽銭箱が設置され、僕は毎週300円のお賽銭を払いつつ、放送中にその場でおみくじを引いて、公開中の作品6本の中から、翌週の課題作が決まります。映画神社ってことですね。『ジョーカー』が観たかったのが本音ではあるけれど、結果的には「葬式」から「ご懐妊」と、なんだか命の循環を感じる滑り出しとなりました。

 

それにしても、賽銭箱にたまっていくお金、僕のポケットマネーはどうしようかなぁ。ある程度の金額になったら、使い道を考えないと。あなたも鑑賞したら #まちゃお765 を付けての感想Tweetをよろしくです。