京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『ひとよ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 11月26日放送分
映画『ひとよ』短評のDJ'sカット版です。

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地方都市でタクシー会社を経営する父親の熾烈な家庭内暴力から子どもたちを守るため、2004年、母親が夫を殺害します。彼女はその直後に子どもたちを集めて事情を説明し、刑期がどれほどになるかはわからないけれど、15年経ったら戻ると言い残して、そのまま出頭。それから15年。親のいなくなった長男、次男、長女の3兄妹は、それぞれに心に傷を追ったまま、曲がりなりにも人生を過ごしてきました。そこへ母が戻ってきます。家族は、そして社員に引き継がれていたタクシー会社はどうなるのか。

凶悪 サニー/32 

原作は劇団KAKUTA主宰の桑原裕子が2011年に初演した舞台です。監督は、僕が最もインタビューしている映画監督にして日本映画界若手の筆頭である白石和彌。脚本は、『ソラニン』で知られる他、白石監督と『凶悪』や『サニー/32』で組んできた高橋泉。キャストも粒ぞろいです。母親を演じるのは田中裕子。吃音症で現在は電気店に務める長男を鈴木亮平、かつては作家志望で現在はフリーライターの次男を佐藤健、美容師の夢を諦めてスナックで働く末娘を松岡茉優が担当する他、タクシー会社に中途入社してきた中年男性に佐々木蔵之介が扮します。さらには、白石組常連の音尾琢真MEGUMI、千鳥の大悟なども出演しています。
 
当番組では11月4日に白石監督をお迎えしましたので、僕は公開前に試写で作品を拝見していました。はっきり言って、僕は彼のファンではあるんですが、いったんその気持ちは引き出しに閉まっての、映画短評、今週もいってみよう!

白石監督は疑似家族的な人間関係の物語をテーマに、そのほとんどを地方都市を舞台に撮り続けてきました。たいていの登場人物には、どこか常軌を逸した過剰さがあって、その当事者と周囲の人間が、その出過ぎた杭とどう折り合いをつけていくのか、つけていけないのかといった物語の鋳型があるように思います。それはつまり、社会の周縁で、言わば土俵際で不器用に踊ったり踊らされたりする人たちの哀しきダンスを見せるものでした。社会という名の端に切り立つ崖から落ちそうになっている人たちをカメラという網ですくい取るような、キャッチャー・イン・ザ・ライ的な監督とも言えるのではないでしょうか。で、今回は、血縁でぎちぎちに繋がった家族ものにスライドしたのかなと思ったんですが、先日放送したインタビューで監督も言っていたように、血縁と、会社という非血縁関係で繋がる疑似家族、その双方の合わせ技にまとめています。テーマとしては、今までよりも一歩踏み込んでいるんですね。

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そこで大事になるのが、空間的な演出。これはもともとは演劇で、舞台上にはドンとタクシー会社のセットがあったようですが、映画ではカメラを外にも持ち出すわけですから、演劇ほど、あの住居兼会社に居座るわけではないんですが、それでも、監督を含めた製作陣は実在する建物が醸し出す雰囲気にこだわって、セットを建てず、ロケハンに普通じゃないほど多くの時間を割きました(ただ、今回の場合はどこにでもある匿名的な地方都市を描いているので、そのロケ地をここで特定することにあまり意味はありません)。
 
その成果となる室内シーンで印象的だったのは、ライターである次男が帰省して上がりこんだ部屋で、自分が過去に父親から受けた虐待を回想する場面です。佐藤健が室内の一角を見つめると、その記憶が蘇るんですが、そこでカットを割るのではなく、カメラを佐藤健の視線の方へ向けると、そのまま幼い次男が現れて、父親にボコボコにされる様子が地続きに見える。あれは、人間の記憶がいかに空間と紐付いているのか、そこに染み付いているのかを示すすごい演出でした。

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一方、外では彼らはよく自転車やタクシーといった乗り物で移動しています。そこに広がるのは、監督が描き続けている疲れた地方都市の姿でした。なんとなくどんよりとしていて、広い空間なのに閉塞感の漂う様子が映し出されていましたね。ユニークだと思ったのは、そこで声が大事な役割を果たすこと。タクシーの無線や電話が、隔たれた空間をつないでいました。そして、乗り物は往々にして故障します。次男が父親の墓参りに行こうとまたがった自転車は、タイヤの空気が足りないし、かつての事件を嗅ぎつけられて嫌がらせを受けた会社のタクシーも、タイヤの空気が抜かれていました。
 
その究極の形が、映画独自のシーンであるクラッシュです。15年の空白があって、ぶつかろうにもぶつかることすらできなかった家族と擬似家族が、文字通り、あるいは映像通りクラッシュする夜。これは15年前の父親の殺人シーンも観客の中でフラッシュバックさせる効果もあげていました。

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とある揉め事を経たところで、疑似家族的タクシー会社の、音尾琢真演じる社長がこんなことを言っていました。「巻き込まれてやれよ。行動でしか思いを伝えられない人だって知ってるだろ」って。これ、考えてみれば、映画そのものもそうじゃないですか。行動、アクションで伝えるメディアである。で、何を伝えるかって、登場人物たちの、やり直しなんですね。ひとりひとりの、そして共同体としてのやり直し。みんなそうでした。
 
で、最後に、次男とカメラを乗せたタクシーが、会社を離れて駅へ向かうところ。ここもカットを割らず、カメラは後部座席の佐藤健とリアのガラス越しに、家族と疑似家族をまとめて捉えます。車はグルっと敷地中央のポールを巡って外へ。それに伴い、一度視界から消えた人々が、またフレームイン。あのラストの余韻はたまりません。
 
白石監督は、またひとつ、見事な作品をものにしました。今後、少し休まれるようですが、次の作品が既に楽しみ。必ずや年度末のマサデミー賞に絡む一本をぜひ劇場で。
昔は嫌だったろうけど、親と暮らした故郷に帰るのも悪くないぜとBon JoviがJennifer Nettlesと歌うWho Says You Can't Go Homeをかけようかなと用意していたんですが、リスナーBerioさんの感想を目にして、岡村孝子『夢をあきらめないで』へと直前にスイッチしました。劇中で松岡茉優がスナックのカラオケで酔っ払いながら歌う様子が切ないんですよね。
映画では、こちらも白石監督とのタッグが続く大間々昂サウンドトラックがバッチリしっくりきています。大間々さんはそれにしても幅広い!


さ〜て、次回、2019年12月3日(火)に扱う映画は、スタジオの映画おみくじを引いた結果、『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』となりました。ほんと、もう! なんなのよ! だいたい、スタジオのマイクの風防が赤いんですよ。ピエロっぽいんです。怖いんです。正直、嫌です(笑) とはいえ、前作も短評していたことですし、甘んじて受け入れるとしましょう。あなたも鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。

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