京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『パラサイト 半地下の家族』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 1月21日放送分
映画『パラサイト 半地下の家族』短評のDJ'sカット版です。

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家族全員が失業中で、半地下の格安物件で糊口をしのぐキム一家。各自スマホは持っているものの、電話契約はできておらず、パスワードのかかっていない近所のWi-Fiに接続できるか否かが生命線という状態です。ある日、浪人生活を送る長男のギウが、大学生の友人から英語の家庭教師のアルバイトを紹介されます。私立の名門、延世大学の学生証を偽造し、身分を偽って乗り込んだ先は、巨大IT企業のCEO、パク氏の豪邸。「ヤング&シンプルな」妻にうまく取り入ったギウは、美術の家庭教師として妹のギジョンを、もちろん兄妹であることを隠して紹介。豪邸と半地下。正反対の環境で暮らすふたつの家族が、奇妙な関係を構築するのですが…

スノーピアサー(字幕版) タクシー運転手 ~約束は海を越えて~(字幕版)

 監督・脚本は『スノーピアサー』などで知られるポン・ジュノ。キャストは… 半地下家族の父を『タクシー運転手 約束は海を越えて』のソン・ガンホ。息子のギウは、『新感染 ファイナル・エクスプレス』のチェ・ウシク。あとは、僕もすっかりぞっこんになってしまったこの方に触れておかねば。あの豪邸に住むIT社長の妻を、チョ・ヨジョンがそれぞれ演じています。

 
去年のカンヌ国際映画祭で韓国初のパルム・ドールを獲得。韓国では観客動員が1000万人という、ちょっと考えられない数字を叩き出しました。そして、アカデミー賞で、作品賞と監督賞を含む6部門にノミネートという快挙。アメリカの映画賞で、これは本当にすごいです。日本での観客動員も、初登場5位と健闘していて、今後ロングランが予想されます。
 
僕は先週木曜昼にMOVIX京都で観ました。やはりかなり入ってましたし、TOHOシネマズ梅田に観に行ったスタッフは、その回がほぼ満員だったそうです。絶賛が相次ぐ中、かつてローマに留学していた頃に半地下物件で腐っていた僕はどう観たのか、今週の映画短評いってみよう!

観客の反応も、評論家たちのリアクションも、総じて良いですね。結論としては、文句なしの傑作です。韓国の家族たちの比較的小さな交流を描いているのに、外国の僕らがそこに自分たちの社会のあり様を見出す。高度資本主義社会の成れの果てとしての分断、切り立った崖を思わせるような強烈な格差という問題は、先進国のどこにも見受けられるもの。それを誰もが理解できる普遍的な寓話として語るポン・ジュノの着眼点がまず卓越しています。しかも、サスペンスフルかつ先の読めない話として成立させながら、ユーモアを散りばめ、ゾッとさせる。金持ちと貧乏人の対立のように見えて、誰かを安易に悪者にしないことで、事態の深刻さをより浮き彫りにして、鑑賞後の余韻で僕らを考えさせる。

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(C) 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

感心させられるポイントはいくつもありますが、ふたつの家族を象徴する建築物とその空間の見せ方がすばらしいです。半地下物件のせせこましさ、トイレの位置など間取りのいびつさ、そして当然窓からの目線の低さ。昼間でも電気は必須のじめじめした空気までを画面に映していました。一方、庶民を見下ろす山の手にある金持ち一家の大豪邸。広々。洗練。リビングからは広大な庭。窓も大きく光はたっぷり。そう、光と言えば、照明もすごい。ガレージ、リビング、キッチン、子供部屋、倉庫、そして後半大事になるあの場所と、光の当て方が一様じゃない。闇と薄明かりも効果的でした。「だるまさんが転んだ」みたいなシーンがありましたけど、あそこの照明なんて繊細ですよ。ブラックユーモアが過ぎますけどね(笑)

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(C) 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

それにしても、実に寄生しがいのある家ですよね。序盤、半地下家族が続々とまんまと乗り込んでいくのが痛快ではあります。彼らって、それぞれに実は高い能力を持っているんですよね。だのに、社会からは弾かれてしまっていて、その能力を発揮できない。すごい設定だけど、あのお母さんなんて、ハンマー投げの元韓国代表、オリンピック選手なんですよ。今や近所のガラスを割るくらいにしか活かせてませんけど。でも、料理も家事もやればきっちりできちゃう。にも関わらず、経済的な余裕の無さが彼らの粗雑さ、がめつさを増幅しているのも伝わります。
 
一方、寄生される金持ち側は、あの豪邸の中で、まともに肩を寄せ合っているようには見えません。だいたい触れ合うことも少ないし。特に良かったのは、家事も教育もアウトソーシングで、調度品と化しているような妻です。あの空虚なプチ・ブルジョワっぷりはたまりません。悪い人じゃないし、抜群に美しいんだけど、あの英語コンプレックスも含めた、人生の核となる価値基準の希薄さ。でも、繰り返しますが、超美しい。あの空いた口の塞がらないラブシーンも良かったなぁ。

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(C) 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

それから、匂いと水の表現。ここにも格差が出ていましたね。当然、金持ちは無臭です。半地下家族は食べているものやジメッとしたあの地下の匂いをまとっている。物語の潮目が変わる強い雨が出てきます。社長一家の被害と、半地下家族の受ける被害の差。水は高いところから低いところへ流れる。金もそうかも知れません。そっからの、映画の逆噴射っぷりよ! 水をきっかけにうまく可視化してみせていました。あの撮影は大変ですよ。セットなんですってね。ちょっとしたハリウッド作品ばりの予算力にも恐れ入りました。

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詳しくは言えませんが、これは単純な二項対立に終わらないのがすごいんですよね。ブルジョワの家に部外者が入り込むことで、ファミリーに決定的な変化がもたらされるという設定は、僕ならパゾリーニの『テオレマ』を思い浮かべましたけど、古今東西、結構あります。でも、それに終わらない驚愕の展開と、あの比較的わかりやすくも切ない光の明滅を見せるエンディングの切れ味… 半地下家族の息子の思い描く「希望の未来図」の輝きのあせていること。クライマックスを迎えた後の豪邸の光の乏しさ、斜陽感が僕らの未来予想図を突きつけられているようで、息がつまりました。
 
いや、ほんと、観ないという選択肢はないほどの圧倒的怪作です。どうぞ、お近くの劇場で。
 
僕、あとで調べてびっくりしたんですが、半地下家族の息子を演じたチェ・ウシクさん、彼はなんとエンディングのこの歌も歌っています。多才だなぁ。これはなんとアカデミー賞歌曲賞にノミネートです。物語のその後を匂わせるような内容になっていて、僕も字幕を見ながら感心しました。焼酎一杯という意味です。

さ〜て、次回、2020年1月28日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『フォードvsフェラーリ』となりました。またしても、僕の観たかった作品を観よ、とのご託宣。マチャオの引きが大変強いここしばらくであります。くじ運のアクセル全開です。アカデミー賞では、作品賞や編集賞など4部門にノミネートの話題作。鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!