京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『フォード vs フェラーリ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 1月28日放送分
映画『フォード vs フェラーリ』短評のDJ'sカット版です。

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@2019 20th Century fox film corporation
フランスで行われる最高峰のモーターレース、ル・マン。この24時間耐久レースで60年代に圧倒的強さを誇っていたイタリアのフェラーリ。このレースでは完全に後発となるアメリカのフォードは、フェラーリを打ち負かすため、元レーサーにしてカーデザイナーのシェルビーに白羽の矢を立てます。シェルビーは付き合いのあったイギリス人レーサーのマイルズをチームに引き入れるのですが、レースでの経済的利益のみを追求するフォード上層部からの横やりも入る中、果たしてシェルビー、そしてマイルズはフェラーリに勝てるのか。史実に基づいた物語です。

LOGAN/ローガン (字幕版) 

監督は『LOGAN ローガン』で知られる職人肌のジェームズ・マンゴールドマット・デイモンクリスチャン・ベールが、それぞれシェルビーとマイルズ役で初共演にしてW主演を務めています。マイルズの妻を演じたのは、『SUPER8/スーパーエイト』のカトリーナ・バルフ。マイルズのかわいいひとり息子は、『ワンダー 君は太陽』『サバービコン 仮面を被った街』のノア・ジュプくんが担当しています。
 
先週に引き続き、アカデミー作品賞にノミネート作だし、マニアではないけれど車好きである僕はワクワクしながら、木曜日にTジョイ京都で鑑賞してまいりました。イタリアの血が入っている僕としては、フェラーリに少し肩入れしてしまってもいましたが、それはともかく、今週の映画短評もアクセル全開でいってみよう!

まぁ、よくできた映画でした。これが嫌いって人はあまりいないんじゃないかなぁってくらいに、エンターテイメントの要素がキチッと詰め合わされています。パッと思いつくものをまず挙げて、それを解説しましょう。
 
1、話が単純明快にまっすぐに走っていく。
2、映画館の大画面に映える画面作りと音の設計がなされている。
3、友情・努力・勝利のジャンプ的なカタルシスがある。
4、実話ベースだからこその感動・感慨が押し寄せてくる。
 
では、その1からいきますよ。話が単純明快にまっすぐに走っていく。モータースポーツの物語ではあるんですけど、ル・マンという、名前くらいは誰でも知っている世界三大レースが舞台で、とにかくフォードが王者フェラーリより速く走ればいいってことなんですよ。勝てばいいんです。多少の回想とか、横道にそれたりってのはあっても、レース本番に向けて、話はずんずん進んでいくので、わかりやすいですね。で、少し詳しい人なら、これは史実なんで結果を知っているわけですけど、それでも退屈にならないように、いや、もうこうなったら結果はどうでもいいんだ、そのプロセスが大事なんだってドラマになっているので、知識の有無は映画を楽しむ上で関係ないレベルに到達しています。

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©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

その2。映画館の大画面に映える画面づくりと音の設計がなされている。映画を観る喜びっていうのはいくつもある中で、そのうちの大きなものに、普通に生きてたんじゃ味わえないことを擬似体験できるってのがあると思うんです。これは、完全にそれです。直線コースでは300キロを超えるスピードを出すスポーツカーの、しかもコンピュータ制御される前の手作り感あふれる運転席からの眺めと、まるで助手席に同乗しているかのようなマイルズの表情をつぶさに見ることができるんです。そのために、クロースアップが実に効果的に使われていて、画面が引き締まっています。なおかつ、地面スレスレのところにカメラを設置したりするから、もう映画の半ばでそれこそ助手席に乗ったあのおっさんよろしく、僕ら観客もしょっちゅうのけぞりそうになるほど興奮します。音も同様。家では味わえません。あと、工場見学の興味深さもありますよね。フェラーリの手仕事っぷり。フォードの量産体制と、シェルビーやマイルズたちの試行錯誤の様子。そして、車好きでなくとも惚れ惚れするような名車の数々の美しさ。

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©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

その3。友情・努力・勝利のジャンプ的なカタルシスがある。冒頭で出てきますが、シェルビーは心臓に持病を抱えていて、もう自分ではレースはできないんです。だからこそ、マイルズに勝利を託す。ふたりのバディーが形成されていくプロセスがまず楽しい。いずれも、レースの世界でははっきり言って落伍者になりかかってるんですよね。人生の起死回生、一発逆転を狙ってる。でも、王者フェラーリが相手じゃ、どだい無理だろうっていうところを、フォードの資金力+知恵と工夫と技術で挑み、その苦労が実を結んでいく。じゃあ、フォードは一枚岩かっていうと、そうでもなくて、古今東西どこの組織にもあるスーツ組と現場の齟齬、軋轢があって、ふたりはそこでも戦わないといけないから、小さなドラマが積み上がるんです。さらに、マイルズ一家のハートウォーミングな話まで付いてきます。肝っ玉の座った美しいパートナー、モリーに僕はぞっこんです。彼女がハンドルを握るシーンの迫力ときたら! そして、父に憧れ倒している息子のかわいさたるや! マイルズというあばれ馬が、彼らとぶつかったり調和したりしながらフェラーリという跳ね馬に挑む様子は、誰でも興奮するはずです。

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©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation

その4。実話ベースだからこその感動・感慨が押し寄せてくる。よくある演出で、当時の記録映像を挟むってのがあるじゃないですか。僕がうまいなと思ったのは、特にマイルズ一家が海の向こうのレースを追う時に出てくる、テレビじゃなくて、ラジオの音声なんですよ。ある理由から、レースに参加できなかったマイルズが、ガレージでラジオに耳をそばだてている様子がすごくいいです。こういう見せる、見せないの選択も監督はうまくやってるなと思いました。そして、エピローグでの実在したふたりの様子も、すべて映像化せずに、文字で済ませるところは端折ることで、より感慨深くなる。
 
全体を通して、マンゴールド監督は、現実を信頼して、素材の味で勝負している印象です。フライパンと、いくつかの鍋、あとは塩コショウと、少しのハーブ、そして火加減だけでおいしい料理を作り上げる名料理人の様相を呈していますね。職人たちの話を、職人肌の監督が、腕に覚えのある役者たちの味のある演技を引き出して作り上げた1本です。実に手堅いし、面白いし、かっこいいし、グッと来る。僕は、いや、僕も大好きな作品となりました。未見の方は、早く乗り込んでください。

ニーナ・シモンのこの曲はですね、マイルズがフォード・チームのガレージでひとり作業をしているシーンです。そこに、妻が様子を見に来る。つけてたカーレース実況のラジオ番組、そのチャンネルを変えると… 流れてくるんです。当時の流行歌なんだけど、映画の中でも最もロマンティックな場面の一つでしょう。ああいうことがあるから、マイルズはがんばれる。たまらんです。

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©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation
放送では言いませんでしたけど、フェラーリ側がちとバカっぽすぎないかという問題は僕もそりゃ感じます。でも、そこはエンタメとしての物語のまとまりを考えると致し方無いと思ったし、実際、みんなイタリア語で喋ってましたよね。あの「何言ってるかわかんねぇ」っていう外国人感とイタリア人へのステレオタイプも、結局はリアルなんじゃないかと思いました。そして、僕としては、フェラーリの社長を演じた名優レーモ・ジローネの勇姿を拝むことができて嬉しかったです。最後なんてかっこよかったぁ。

さ〜て、次回、2020年2月4日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、クリント・イーストウッド最新作『リチャード・ジュエル』となりました。アカデミー作品賞の流れは途絶えましたが、イーストウッド新作とあらば映画ファン必見ですよね。観る前から彼がしのびなくてしょうがない僕です。最近扱った『テッド・バンディ』と比較してみるのもテーマ的に面白いかも。鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!