京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月11日放送分

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ニューヨーク郊外の林の中にゴシック様式の屋敷を構えるミステリー作家、ハーラン・スロンビー。世界的な成功を収め、莫大な資産を形成してきた彼は、85歳の誕生日を一族みんなに祝ってもらった翌朝、寝室で遺体となって発見されます。喉がナイフで切り裂かれていたのですが、そこは密室。家族やハーラン専属の看護師など、前夜邸宅にいた全員が、どこか怪しい。1週間後、警察と一緒に現れたのは、名探偵のブノワ・ブラン。彼は匿名の人物から捜査依頼を受けたという。誰が、どんな目的で…

スター・ウォーズ/最後のジェダイ (字幕版) LOOPER/ルーパー (字幕版)

 監督は『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』『LOOPER/ルーパー』のライアン・ジョンソン。脚本も自分で担当したこの物語は、完全オリジナルです。探偵のブノワ・ブランを演じるのは、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の公開を4月10日に控えるダニエル・クレイグ。作家ハーラン役のクリストファー・プラマーや、『キャプテン・アメリカ』のクリス・エヴァンス、『ブレードランナー 2049』のアナ・デ・アルマス、ジェイミー・リー・カーティスマイケル・シャノンなど、一癖も二癖もある個性豊かな顔ぶれがキャストに揃いました。

 
昨日発表されたアカデミー賞では、脚本賞にノミネートしていましたが、獲得はならずでした。
 
僕は先週木曜夜にTOHOシネマズ梅田で観てきましたよ。それでは、今週の映画短評いってみよう!

スター・ウォーズ/最後のジェダイ』では、総スカンを食らってしまった感のあるライアン・ジョンソンですが、彼は長編デビュー作『BRICK ブリック』がそうだったように、ミステリー好きで、なおかつ脚本も一から好きにさせたほうが良いタイプなんですよ。その意味で、今作は製作も自分で手掛けたオリジナル作品ということで、まぁイキイキとしています。こういうのを待っていました。
 
なんですか、この館はアカデミー賞の授賞式でも開かれるんですかっていうくらいに豪華なキャストが揃っているにも関わらず、この映画は無闇に派手な見せ場・ハイライトを作らない、大人が落ち着いて楽しめるエンターテイメントです。印象として抽象的な言葉を使えば、品が良いんです。久しぶりにミステリーらしいミステリーだなと思います。それもそのはずで、監督は大胆にも「アガサ・クリスティ推理小説を思わせるようなミステリーを撮ってみたい」と表明しているわけですよ。言うのは簡単だけど、ポアロミス・マープルみたいなキャラクターを生み出すのがどれほど大変か。他にも、ホームズ、金田一耕助、この人は刑事だけどコロンボに匹敵するような探偵に… 少なくともなっているような気がする魅力を放っているのが、このブノワ・ブランです。これだけですごいです。

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Motion Picture Artwork © 2019 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. Photo Credit: Claire Folger

スーツやコートをビシッと着こなして、冷静沈着、ダンディーではあるけれど、南部の訛りがあって、ユーモアを忘れない。だいたい最初のくだり、ピアノの横に陣取って、容疑者の家族たちの供述の合間に不意にピアノを鳴らすとか、コインをことあるごとにトスするところとか、なんなんですかっていうケレン味もしっかり。だけど、ちょいと抜けてるところもあるっていう魅力はただごとではありません。この事件の構造をドーナツにたとえるなど、表現力も独自のものがあるんですけど、彼自身については語られないことも多くて、謎めいているのもまた良し。そこにダニエル・クレイグを抜擢したのがまた慧眼です。どうしたってボンドのシャープな肉体派のイメージがあるんで、意外性があるんですよ。それは、アナ・デ・アルマスにしても、クリス・エヴァンスについても言えますね。
 
と言いつつ、これはその紳士探偵ブノワ・ブラン大活躍の映画ではないんです。存在感はばっちりなのに、控えめ。そこが全体の品の良さを下支えしています。

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Motion Picture Artwork © 2019 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. Photo Credit: Claire Folger

では、なぜそこまで惹きつけられるのか。『パラサイト 半地下の家族』に賞は譲りましたが、アカデミー脚本賞にノミネートってのも納得なシナリオがやはりすごい。始まってからしばらく、わりと早い段階で事件当夜のあらましが明らかになるので、てっきり、コロンボ古畑任三郎型の倒叙ミステリーかと思うんですが、叙述トリックの要素もバッチリあるっていうあわせ技、ブノワがドーナツだとユーモラスな表現をした人間関係と関係者の供述のあり方が最後まで明らかにならないお話の構造が練られまくっていました。トリックそのものは度肝を抜かれるようなものではないんだけど、語りが複雑で楽しめるんですよ。彼らって、嘘はついてないけど、本当のことも言わないんですよね。それは、輪の中心人物である、死んだハーランの作家的やり口でもあるわけです。このあたり、国会の予算委員会でやられると腹が立つんだけど、スクリーンの中での謎解きなら面白いんです。

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Motion Picture Artwork © 2019 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. Photo Credit: Claire Folger

無数のナイフを背もたれに配置した風変わりな椅子から、食器や衣装のひとつひとつにいたるまで、振り返れば細かく配慮された道具類は、すべてこの語りを強固にすることに貢献しています。ブノワが言うところのお粗末なカーチェイスはあっても、見せ場のためのアクションシーンもありません。伏せられていた出来事と隠されていた本音が段階的に明るみに出てくる様子を、じっくり楽しむんです。アメリカ人が移民をどう捉えているのか、そして家族でもリベラルと保守で分断されている様子など、このご時世だからこそっていう背景も描くことで、レトロな探偵ものながら、十分にアクチュアル。トータルに隙きのあまりない良作でした。
 
もう、僕はブノワ大好き。好評につき続編も決まったことですし、クレイグもいよいよMI6を引退したら、あとは探偵稼業に勤しんでほしいと願っています。
 途中で何度かありものの挿入歌も流れてくるんです。何とは言いませんが、わりと聞けばすぐわかるもの。それらもサッと入れて、バシッと切り替えちゃうので、曲に頼ってなくて、好感が持てます。好感が持てると言えば、黒人警部補の助手的立ち位置のワグナー巡査が僕は好きでしたよ。ミステリー好きで、ミーハーなんだけど、それも話を脱線させるほどではなく、押し付けがましくない。そんな中、しっかり流れる曲が、てっきりRadioheadのKnives Outかと思ったら、違ってこの曲でした。これがまた雰囲気にぴったりで、シーンをやさしく包んでいましたよ。


さ〜て、次回、2020年2月18日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『グッドライアー 偽りのゲーム』となりました。今週は嘘はつかないが、みなまで言わずに逃れおおせようとする人たちの話でしたが、来週は稀代の詐欺師が登場ってわけですね。ヘレン・ミレンイアン・マッケランの共演。演技合戦は相当な火花を散らせそうです。鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!