京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月10日放送分

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(C)2018 Dangmai Films Co., LTD - Zhejiang Huace Film & TV Co., LTD / ReallyLikeFilms LCC.
父親の死をきっかけにして、ずいぶんと帰っていなかった故郷、凱里(かいり)へ戻った青年、ルオ・ホンウ。そこで思い起こしたのは、約束が果たせないまま死んでしまった幼馴染の「白猫」のこと。自分を捨てて他の男と駆け落ちした母親のこと。そして、彼の心からずっと離れない女性のイメージ。ルオは彼女の面影を追って、記憶と夢の交錯する謎めいた旅に出ることになる。
 
監督・脚本は、1989年生まれで、まだ30歳のビー・ガン。彼自身が凱里の生まれで、一度離れたものの、今も北京と凱里を行ったり来たり。中国の南西部にあって、漢民族以外にも、ミャオ族など少数民族が住む自治州に属する、人口45万人ほどの小さな街です。長編デビュー作『凱里ブルース』も、その名の通り、凱里を舞台にしたものでしたが、2本目となる本作もそうです。

 

キャストを何人か触れておきます。凱里に戻ってきたルオ役にホアン・ジエ、彼の追い求める女性ワン・チーウェンとカイチンの二役を、中国のスター女優であるタン・ウェイが担当する他、白猫の母親役には台湾を代表するシルヴィア・チャンが起用されています。
 
この作品は途中から3Dメガネをかけて鑑賞するという特殊な構成となっているにも関わらず、新型コロナウイルスのせいで、関西ではそれが叶う劇場がひとつもないという残念極まりない状況の中、涙をのみながら、京都みなみ会館でやむなく2Dで観てまいりました。先週火曜日の昼間というわりには、そして、ウィルス騒ぎがあるというわりには、そこそこ入っていた印象です。それでは、今週の映画短評いってみよう!

『1917 命をかけた伝令』がアカデミーにも絡んでヒットを飛ばす中で、どなたも「驚異の長回し」みたいな言葉を目に耳にされたことと思います。実は、この『ロングデイズ・ジャーニー』も、同じようにとんでもない長回しがあるとのことで話題になっていました。同じ時期に、2本もそれを売りにした意欲的な新作が劇場でかかることもあまりないし、この言葉の意味するところをせっかくなので話しておきます。それが、この映画の凄さを理解する上でも大切だと思いますので。
 
長回しってのは、文字通り、カメラを長く回すことです。撮影現場で監督のアクションという合図があり、カットがかかる。役者たちはその間、求められた演技をし、カメラマンはそれを撮影(シュート)する。そうしてできあがった映像を、ショットと呼びます。もちろん、編集でそれをさらに細かく刻むこともあるんですが、基本的にはそうして撮りためたショットをつなぎあわせてシーンを構成します。そのシーンがいくつか繋がれて、もう少し物語的なまとまりを伴ったものをシークエンスと呼びます。このシークエンスは、小説だと章立てみたいなものだと思ってください。ざっくりたとえると、ショットという文がいくつかつながって、シーンという段落になって、それがまたいくつかつながって、シークエンスという章になると。で、よく長回しと呼ばれるものは、映画用語ではシークエンス・ショットと言います。これは、ひとつのシークエンスが、たったひとつのショットでできているということを意味するわけです。10分ほどのシークエンスがあるとしたら、普通は100前後のショットが編集されるんですけど、シークエンス・ショットの場合は、それがたったワンショット。途中で役者もスタッフもトチったら、その場でアウトなんですよ。後で編集できないわけですから。

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(C)2018 Dangmai Films Co., LTD - Zhejiang Huace Film & TV Co., LTD / ReallyLikeFilms LCC.
『1917 命をかけた伝令』の場合には、2時間の映画まるごとを、ワンショット風に見せているんですが、実際はいくつかに分かれていて、それを観客に極力ばれないようにつないであります。この『ロングデイズ・ジャーニー』の場合には、後半の60分がまるごとワンショットで撮影されていて、こちらは本当にカットを割っていません。60分、撮りっぱなしにしたものを、そのまま使っている。お芝居に近いですよね。事前に入念に準備をして、後はショー・マスト・ゴー・オンですよ。各所入念に準備をして、いったん始まったら、途切れなく最後まで走り切る。では、なぜ監督がそんな面倒なことをするのか。それは、物語の中の時間と、実際の時間を一致させて、独特の緊張感を映画に宿すためです。大雑把に言えば、リアルな体験を観客にさせるためです。ところがですね、この『ロングデイズ・ジャーニー』では、なんとそのワンショットの中で、主人公と僕ら観客は現在と記憶、現実と幻を行き来するような体験をするんです。主人公とカメラは60分の間に、ビリヤードもすれば、花火に火を付けるし、あろうことか、宙に浮いたりもするんです。ドローン・カメラを使ってるんでしょうね。しかも、それが3Dなんですよ。こんなの見たことないです。

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(C)2018 Dangmai Films Co., LTD - Zhejiang Huace Film & TV Co., LTD / ReallyLikeFilms LCC.
物語そのものは、とてもシンプルなんですよ。久々に故郷に帰った青年が、色んなことを思い出しながら一夜を過ごす。要約しちゃえば、それだけです。現在から過去へ、現実から幻へと切り替わる装置として、坂の多い街の高低差、トロッコ、りんご、鳥、そして映画館があります。前半で僕ら観客が断片的に見てきたイメージが、後半、主人公が映画館で3Dメガネをかけるのをきっかけに、その60分のマジカルなワンショットが始まるんです。そこで僕らは時空を越え、夢と現の間をフワフワ彷徨います。一筆書きなのに複雑怪奇な絵を眺めているような、そこにあるものはどれもこの世に存在するものなのに、この世のものとは思えない体験。絵画で言えば、具象画と抽象画を同時に見ているような感覚に陥る。
 
この若き監督は、詩人でもあります。さもありなんです。詩というのは言葉の彫刻と言われることもありますが、それだけに文法に必ずしも則しません。ビー・ガン監督も、ハリウッドが作り上げた映画の文法を時に逸脱しながら、映像で詩を作り上げたと言えるでしょう。この映画は難解だと言われるかもしれません。確かに物語は要約しにくいんだけれど、きっとどこかに忘れがたいイメージがこびりつく。闇と光のコントラスト、色使い、役者の佇まい、そのどれもが息を呑むほど美しいです。映画史に残る作品だと思います。

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(C)2018 Dangmai Films Co., LTD - Zhejiang Huace Film & TV Co., LTD / ReallyLikeFilms LCC.
配給会社と映画館にぜひお願いしたいのは、新型コロナウィルスの騒ぎが収束したら、1週間限定とかで構わないので、関西でも3Dでこの映画を鑑賞できる機会を作ってもらいたい。そう強く願ってしまうほど、強烈な体験でした。正直、何度か僕も夢と現を行ったり来たりしたんですけど、この映画ならそれも本望というか、その寝落ちですら、この映画の体験にふさわしい気がしてくる、不思議な作品です。


映画音楽の巨匠、リン・チャンの手掛けたスコアも印象的だったんですが、驚いたのは、主人公ルオ・ホンウの携帯の着信音が中島みゆき『アザミ嬢のララバイ』だったことです。と、ラジオではオンエアしたんですが、曲がサブスクやYouTubeに開放されていないので、この曲のMVを。これは評の前にかけたMONDO GROSSO大沢伸一さんは公式サイトにコメントを寄せています。でも、それだけではなくて、映画の鑑賞後にこのビデオを思い出したんです。で、パンフレットを買ってみると、演出を手がけた丸山健志さんとビー・ガン監督が対談をしていて、我が意を得たりでした。

さ〜て、次回、2020年3月17日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『ジュディ 虹の彼方に』となりました。映画の公開もあって、また注目が集まっているジュディ・ガーランド。番組へのリクエストも既に届いていて、先日も電波に乗せました。でも、曲は知っていても、彼女の人生についてほぼ何も知らない僕なので、かなり興味があります。鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!