京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『スキャンダル』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月24日放送分
映画『スキャンダル』短評のDJ'sカット版です。

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(C)Lions Gate Entertainment Inc.
アメリカの保守系放送局として絶大な影響力を誇るケーブル局FOXニュース。2016年に実際に起きた、というより、ようやく日の目を見た、長年にわたるセクハラ・スキャンダルを映画化したものです。メインの加害者は、CEOのロジャー・エイルズ。FOXニュースの視聴率をナンバーワンへと押し上げた敏腕である彼を訴えようとするのは、元看板キャスターのグレッチェン・カールソン。ロジャーの性的な欲求に応じなかったことで、事実上の降格となっていました。反撃するにはどうすればいいか。グレッチェンは、同じような目に遭った女性たちと力を合わせようとするのですが、ことはそう簡単には運ばないのでした。

トランボ ハリウッドに最も嫌われた男(字幕版) マネー・ショート華麗なる大逆転 (字幕版)

 女性側でメインとなる出演者は3名。グレッチェンを演じたのは、ニコール・キッドマン。現役バリバリの人気キャスターで、ロジャーを訴えることに踏み切れないメーガン・ケリーは、シャーリーズ・セロンが担当。さらに、彼女はフィクションの人物ですが、スターになるべくどんどん自分を売り込む若きケイラには、マーゴット・ロビーが扮しています。監督は、『オースティン・パワーズ』で世に出て、最近では『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』で知られるジェイ・ローチ。脚本は、同じように実話ベースだった『マネー・ショート』のチャールズ・ランドルフです。

 

そして、今作では特殊メイクを担当した京都出身のカズ・ヒロが、メイクアップ&ヘアスタイリング部門で、二度目のアカデミー賞を獲得しています。
 
2月21日公開でしたから、もう1ヶ月ほど経っているんですが、諸々の今年特有の事情プラス、この作品の出来栄えが評価されてのことでしょう、まだ客を呼べるということで上映が続いています。僕は先週木曜日、109シネマズ大阪エキスポシティに観に行ってまいりました。それでは、今週の映画短評いってみよう!
お話が始まる前に、テロップで表示されるのは、これが実話であること。ただ、ニュース映像以外の部分は俳優が演じていること。当たり前っちゃ当たり前なんですが、わざわざ入れる意味もわからんでもないってくらいに、映画の映像の運びのスピードとカット割が、特に冒頭からしばらくはテレビっぽいんです。カズ・ヒロの特殊メイクでメーガンになりきったシャーリーズ・セロンがFOXニュースの社屋の各フロアの役割を見せていくあたりは、映画の観客をバリバリ意識して説明してくれるので、社会科見学的な楽しさもあるっちゃあるんですが、楽しいなんて言ってられないのはもちろんのこと。
 
この手法を採用することで、語り口の幅が広がるという利点もありますが、観客を直接的に巻き込みながら、この場面の演出のためだなと僕が感じたのは、セクハラを受けている女性が同時進行で考えていることをボイスオーバーで語らせる場面。言わば、心の声という副音声を同時に聞けるとあって、臨場感もあるし、なぜ女性が追い込まれていくのかが手に取るようにわかるシーンでした。

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(C)Lions Gate Entertainment Inc.
それにしても、わずか4年前、国を代表する報道系の放送局で発覚した問題を、こうして実名で容姿も似せて映画にしちゃうってのがすごいし画期的だと思うんですが、脚本もさすがにチャールズ・ランドルフだけあって上手いなと思うのは、決して一放送局のひとりのCEOの特殊なハラスメントではないんだという問題意識を観客にも持たせていること。その意味で、メイン3人のうち、唯一架空のキャラであるケイラの造形が効いています。複数のエピソードを組み上げて編み出された人物なので、彼女とその周囲には、象徴的に問題が集中しています。
 
確かにCEOのロジャーは最低な男として描かれています。何が起きたかはすべてはっきり見せずとも、女性のリアクション、衣装、メイク、表情から察することができます。でも、それ以外にも、トランプ大統領のあからさまな女性蔑視発言もバッチリ入れて、問題が社会的・普遍的なことだとわからせています。民主党支持でレズビアンの女性スタッフの居心地の悪さ、ことあるごとに「君はフェミニストか?」とフェミニズムそのものが糾弾されるような局の偏狭さ、自分たちの考えにそぐわないものは適当に扱って、ニュースソースがいい加減でもシレッと報道してしまうフェイクまがいのいい加減さがまかり通っている様子も描いています。WASPの男性をスタンダードとするFOXニュースには、実際、黒人スタッフはあまり見かけなかったですよね。

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(C)Lions Gate Entertainment Inc.
メインの3人はキャリアも思惑も様々で、『ハスラーズ』のような連帯感があるわけではないですが、逆に、じゃぁどうやってグレッチェンが被害者を束ねていくのかというスリルと、一定程度のスカッとする感覚が後半は映画を引っ張ります。一方で、たとえば、ラストに文字で示されるように、被害者たちが賠償金を得る一方で、職を失った加害者には退職金がふんだんに出ているというようなモヤモヤが残るのも、僕はリアルで良いなと思いました。現実にはろくでもないけど、警告として、映画として良いってことです。
 
最後に言っておきますが、これはセクハラを描いているものの、どんなハラスメントも、それが権力に基づくものである以上、構造は同じだと思います。だから、日本でも男女問わず響くものがあるはずです。この作品を他山の石としないと。途中、ストーリーが定まりきらない散漫な印象もあるっちゃありますが、基本的に良くできた作品ですから、どうぞ劇場で心してご覧ください。
 曲は、予告でも時流に乗って印象的に使われていたビリーのこのヒットをオンエアしました。そうそう、音楽絡みでいうと、冒頭、イーグルスグレン・フライが亡くなったとFOXニュースが伝えている生放送の現場で、使っている顔写真がドン・ヘンリーになってるぞとサブで訂正指示が飛ぶくだりがあります。おいこら! ふざけるんじゃないよ! まったく… やっぱり、保守の彼らにとっては、劇中で揶揄されるハリウッド同様、イーグルスもあまりお好きではないのでしょうかね。ピリリとくるブラック・ジョークが炸裂しておりました。
 
ちなみに、原題は『Bombshell』。これはダブルミーニングでして、手元の英和辞典にもありますが、衝撃を与える大事件という意味と、かわいこちゃん、セクシーな超美人という意味があります。いかにもニュースキャスター然とした、男性ウケのする、白人金髪美女の典型という3人でしたよね。ステレオタイプな美意識を皮肉バリバリ込みでタイトルに込めているというわけです。


さ〜て、次回、2020年3月31日(火)に扱う作品は、スタジオの映画神社でおみくじを引いた結果、『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』となりました。グザヴィエ・ドランが好きな僕としては、「やり〜!」ってスタジオで声を上げそうになりました。彼にとって初めての英語作品。彼が子供の頃にレオなるど・ディカプリオに憧れていたという自身の体験を踏まえて脚本を書いたというエピソードにも興味を惹かれます。お得意の既成曲使いが今回はどんなチョイスでどう出るか。は〜、楽しみだ〜。あなたも鑑賞したら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!