京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『カセットテープ・ダイアリーズ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 7月14日放送分
映画『カセットテープ・ダイアリーズ』短評のDJ'sカット版です。
 

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(C) 2019 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
1987年。ロンドンから車で1時間ほどの町ルートンで暮らす、パキスタン系の移民2世である16歳のジャベド。趣味は詩を書くこと。イケてなくはないが、ちょいと根暗でぼんくら感のある彼。流行りのペット・ショップ・ボーイズを聴きながら、保守的な父に心の内では反発し、サッチャー政権下で移民排斥と差別的言動を繰り返す町の住民を見ては、こんなところ抜け出したいと願っていました。ある日、入学した高校で、ムスリムのクラスメートに借りた、ブルース・スプリングスティーンのカセットテープが、ジャベドのを覚醒させます。

ベッカムに恋して [レンタル落ち]

原作は、日本では訳が出ていませんが、作家・ジャーナリスト、サルフラズ・マンズールの回顧録。つまり、この物語は実話なんですね。そのマンズールと、共同脚本、そして製作・監督を務めたのは、インド系の女性監督グリンダ・チャーダ。『ベッカムに恋して』が有名ですが、ミュージカルから大河もの、そしてドキュメンタリーまで、得意分野の広い方です。ジャベド役のヴィヴェイク・カルラや、ヒロインのネル・ウィリアムズなど、新人が活躍する他、理解ある女性教師役で、『プーと大人になった僕』でユアン・マクレガーの相手役を務めたヘイリー・アトウェルが登場します。
 
僕は先週火曜日の昼すぎ、TOHOシネマズ二条で鑑賞してまいりましたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

不惑を越えたからか、はたまた、コロナ禍でメンタルが弱まっているのか、理由はともあれ、最近よく映画で泣いています。中でも、今回は、涙の量という点においては、群を抜いていました。なぜ僕の頬からアゴにかけてを、マスクをすり抜けて涙が伝ったのか、その理由を考えました。ひとつは、87年のイギリスの小さな街でのジャベドの物語が、僕の物語だと思えた、つまり当事者意識をもって観ていたからだと思います。ちょうど、彼がブルース・スプリングスティーンの音楽、つまり大西洋をまたいだアメリカの地方都市で生まれた一昔前の曲に心揺さぶられたのと同じように。

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大事な要素としては、僕は3つ挙げます。それは、地域での疎外感、父親、そして音楽。
 
1つ目の「地域での疎外感」から話します。ジャベドは、親が移民なので2世。家庭内でも英語だから、ウルドゥー語は多少話せても、母語は英語。現地の学校に通っているから、自分としては中身はイギリス人なんだけど、周囲から見ればそうじゃない。仲良くしてくれる友達には幸い恵まれるし、そこそこごきげんにやっているのだけれど、ふとした瞬間に訪れる、ここが最終的な居場所ではない感じ。ここの人間ではないんじゃないかという感覚はあるものの、何をすればいいかわからない。とりあえず、文章で想いを書き留める日々。
 
2つ目は、父親について。ただでさえ、思春期なら反発がある上に、ジャベドの家の場合は、パキスタンとイギリスでそもそもずいぶん価値観が違うカルチャーギャップがあって、厳然たる家父長制の中でトップに君臨するお父さんに、唯一の息子として、従いつつも、違和感を覚えてもいます。移民排斥で矢面に立つ父には頼もしく思いつつも、とにかくいい仕事に就かせるためだけに自分の教育を捉えていることには辟易しています。女の子にうつつを抜かしてんじゃないって感じもね。結果として、やっぱり、ここではないどこかへ行くしかない。

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3つ目は、音楽。ジャベドはどこへ行くにもウォークマンで、もともと音楽を聞いていたし、幼馴染のマットと音楽やりたいねと、彼は歌詞を書いている。そこへ、ハイスクールでブルースに出会うわけです。貸してくれたのは、似た境遇だけれど、もっと朗らかな男。聞いてみると、グッと来る。これは僕の言葉だし、未来を照らす懐中電灯でもある。流行の音楽、シンセの音に馴染めきれなかったところに、サウンドもフィット。そこで、彼は自分を解放できるようになるわけです。
 
いずれも、よくわかる。1と2の鬱屈があって、3が突破口になる。そこで一気に成長するんだけれど、触媒になっていたのは、あの女性の国語教師でしょう。彼女はいち早くジャベドの文章力を見抜いて、率先して褒めるし、どんどん書け、もっと書けと鼓舞する。それから、近所の強面だったり、チャラい感じのおじさんたちも、それぞれにジャベドを認めてくれました。ああいう、世代を越えた理解者が家族以外に生まれたことも、彼の精神的支えになった様子がよくわかりました。
 
で、普通なら、自信を持った彼が張り切って、自分にとっての「約束の地」へと向かいましたとさ。これで終わりなんだけど、僕が心打たれたのは、学校で行ったハイライトのスピーチです。ジャベドがすごいのは、思い切ってイギリスに移り住んだ、若い頃の父親の境遇に思いを馳せながら、ボスを聴き込んで血肉と化した彼のスピリットをもって、父や地域社会といかに融和できるか、その可能性を模索するってことです。アメリカン・ドリームを、アメリカでもない自分の街で実践することです。自分が抜け駆けをするのが目的だろうか。ボスは言う。『全員が勝たなければ、誰も勝ちにはならない』。外に出ることはあっても、僕はここを捨てたいんじゃないんだと、グンと成長して、器が一気に肥大化するんです。

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それがきれいごとでもなんでもないって、本当にそう思えているんだって、わかる物語運びになっているので、涙腺が緩みます。嵐の夜に初めてボスの音楽を聞いた時の、歌詞の出し方とか、ちと長いなとか、ボスの音楽の聴かせ方のバリエーションは、もうひと工夫ほしかったですが、思春期に音楽や自分の打ち込む何かを自分のよすがにしたことのある人なら、確実に喰らうはずです。そして、僕は、まんまとボスの音楽をもっと知りたくなりました。聞き込みたくなりました。その意味で、『カセットテープ・ダイアリーズ』は大成功だと言えるでしょう。
ちなみに、『カセットテープ・ダイアリーズ』は邦題でして、原題は、この曲のタイトルでした。僕の言ったスピーチシーンでも言及があります。曲の邦題は『光で目もくらみ』。

 

さ〜て、次回、2020年7月21日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『一度も撃ってません』です。コロナで公開が延期されていたものが、ようやく7月3日に決まり、3月に収録していた阪本順治監督へのインタビューを、この番組でもオンエアしました。当然、既に観ていますが、改めて劇場へ行ってきます。この演技バトルを鑑賞、いや、観戦するために。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!