京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『WAVES ウェイブス』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 8月4日放送分
映画『WAVES/ウェイブス』短評のDJ'sカット版です。

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(C)2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

フロリダに暮らすアフリカ系4人家族の物語です。高校生の長男タイラーは、成績優秀で、レスリング部ではスター選手として活躍する文武両道、自慢の息子。厳格な父親を疎ましく思いながらも、リスペクトもしていて、かわゆいガールフレンドに癒やされる日々です。しかし、肩に重い怪我を負ったところから、彼の人生には暗雲が垂れ込めるようになります。ある悲劇を境にもろくも壊れゆく家族。その心の再生が、後半は妹のエミリーを中心に描かれます。

 
監督、脚本、共同編集を手掛けるのは、現在まだ31歳という俊英のトレイ・エドワード・シュルツ。タイラーをケルヴィン・ハリソン・Jr、妹のエミリーをテイラー・ラッセルが演じましたが、今後このふたりは要注目ですね。
あと、基礎情報として外せないのは、制作したのがA24というスタジオであることですね。『ムーンライト』『レディ・バード』『へレディタリー/継承』など、低予算ながらも質の高い作品、そして優れた才能の若手を輩出する制作会社として、新作を出すたびに注目を集めている映画制作会社です。
 
僕は先週火曜日の昼、109シネマズ大阪エキスポシティで鑑賞してまいりましたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

 

監督のトレイ・エドワード・シュルツは、作品の中に自伝的な要素を色濃く反映させる作風のようで、今回も自分の経験したことに関しては、ちょっとどうかと思うレベルで再現したり、演技指導に織り込んだと聞いています。が、物語としては、そんな突拍子もないことって起こらないんですよ。最悪な事態は到来するし、心温まるシーンの素敵さも忘れがたいんですが、クールに出来事レベルでまとめると、まぁ、ドロドロの昼ドラとか、中学生日記にもありそうなホームドラマです。家族の軋み、恋愛、スポーツ、性、怪我、病気など、その多くは誰もが程度の差こそあれ経験するようなもの。なのに、シュルツ監督の確固たるビジョンで演出すると、なるほどこれは確かに、アッと驚くし、すごく今っぽくて新鮮な作品だと感心させられるんだから、その手際は見事だと言わざるを得ません。

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(C)2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

技術的な特徴として、まずカメラを挙げましょう。かなりよく動きます。特に前半、いきなり車の中で360度水平に回ってみせるのが象徴的でしょう。もちろん登場人物も持っていますが、スマホで動画を撮影したり投稿したりという、あの忙しない感じがスクリーンに展開されていて、それがそのまま兄タイラーのリア充極まりない日常を描くスタイルとしてマッチしているんです。ポスターにもなっている、赤と青を基調とした鮮やかな色使い、そのコントラストもすごい。ちょい久々に会ったガールフレンドと夕焼けの海で抱き合う時の、彼女のマニキュアの蛍光っぽいあのオレンジとか、徹底してんなぁって思いました。で、一転して、後半ではカメラはおとなしくなります。動から静へ、視点も兄から妹へスイッチ。どんよりした彼女の心に、事あるごとに押し寄せる、無力感や後悔、罪悪感。飲まれそうになったり押し流されそうになる、そんな感情の浮沈から、少しずつ立ち直ろうとする様子が、丁寧で静かなカメラワークと音楽、柔らかい色使いで表現されます。で、実は画面の縦横比、アスペクト比も変化します。1.85:1のビスタ、より横に長いシネマスコープ、さらに横に伸びたり、今度はスタンダードになったりと、複数の画面サイズをシーンによって使い分けているんです。グザヴィエ・ドランもそういうことをしますけど、スマホならそんなのちょいのちょいだし、色んな画面サイズを日頃から使ってきた世代の監督ならではだなと思いますね。もちろん、そのサイズが寄せては返すキャラクターの感情をある程度示してもいます。

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(C)2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.
こうしたいくつもの仕掛けを語っても、まだ大事な要素が抜けてます。音楽ですね。シュルツ監督は、31もの既存曲を台本の時点で添えてあって、関係者がオンラインで参照できるようになっていた台本には、シーンごとに該当曲を鳴らせるようにしてあったという念の入れようです。だから、字幕では限度もありますが、歌詞やサウンドがかなりシチュエーションや感情とリンクさせてあるわけです。

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何代も苦労を重ねた末の、アフリカ系ファミリーの経済的に安定した暮らし。成功したからこそ、努力はすれば必ずかなうんだというマッチョな思い込みもあって、宗教的にも敬虔で、善良であるがゆえに、家族4人それぞれが「らしさ」と役割から逃げられなくなっているし、互いに無意識に押し付けあっているんですね。だから、ひとつボタンを掛け違えると、あっという間に瓦解する。あの家は、そんな砂上の楼閣です。波が来れば、砂の城はもろいです。でも、形を変えて、既成の家族像ではないものを、もう一度構築できはしないか。そんな再生の物語を、シュルツ監督は、工夫をこらして映画にまとめました。トピックも、技術も、音楽も、ひとつひとつはありものなんだけれど、監督の手にかかれば、経験したことのない映画的語り口になっています。
 
観ていてモヤッとはするし、130分を長く感じる人もいるだろうけど、それはこの映画が誰かを裁くことではなく、許しにベクトルを向けているからです。許すのには時間が必要。それを音楽などありものを梃子にして描き切りました。好き嫌いは別として、彼のセンスを映画館の良質な視聴空間で浴びるように受け止める作品でした。
たくさん流れる既存曲の中でも、59年のこの曲は大事なところで2度使われます。流れる時の違いにも否応なしに気づかされます。 

さ〜て、次回、2020年8月11日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当ててしまったのは、『透明人間』です。映画館で観た予告だけでも失禁寸前だった僕は、無事に最後まで目撃できるんでしょうか。こんな納涼、望んでなかった… でも、映画の神様のお告げなので、観念して行ってきます。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!