京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『糸』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 9月1日放送分
映画『糸』短評のDJ'sカット版です。

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平成元年生まれの、高橋漣と園田葵。北海道の美瑛で生まれ育ったふたりは、13歳の夏の花火大会で出会って恋に落ちます。ところが、葵はある日、忽然と姿を消します。遠く札幌まで出向き、必死に葵を探し出した漣は、彼女が義理の父親からの虐待に苦しんでいたことを知り、ふたりで駆け落ちをしようと持ちかけますが、中学生にそんな大それたことができるわけもなく、ふたりはあえなく警察に保護され、引き離されます。8年後、地元のチーズ工房で働いていた漣は、親友の結婚式で上京。そこで葵と再会。ただ、既に別々の人生を歩み出していたふたりは、互いに踏み込めないまま。漣と葵を中心に、ふたりが関わる大勢の登場人物が織りなす布が、平成という時代を舞台に広がります。
 
モチーフとなったのは、ご存知、中島みゆきの数ある代表曲のひとつ『糸』。『8年越しの花嫁 奇跡の実話』の製作総指揮を務めた平野隆が、5年前から映画化の企画を温め、何度も一緒に仕事をしてきた『藁の楯』『空飛ぶタイヤ』などの林民夫が脚本を担当。監督は、予算規模大小様々な作品で結果を残している名匠、瀬々敬久(たかひさ)。音楽は亀田誠治
主人公漣と葵は、菅田将暉小松菜奈が演じた他、成田凌高杉真宙山本美月、馬場ふみか、倍賞美津子二階堂ふみ松重豊斎藤工榮倉奈々などなど、豪華な面々が揃い踏みの超話題作です。
 
僕は先週火曜日の昼過ぎ、MOVIX京都で鑑賞してきました。コロナ対策のもとオープンしているスクリーンに入るだけ入ったんじゃないかというくらいの大盛況。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

98年にリリースされ、平成を代表する歌のひとつとして愛され続ける『糸』。みゆきさんが、知人の結婚を祝って作られたもの。実際に結婚式で流した方もいるでしょうし、そういうウェディングに参列したというケースもあるでしょう。「縁は異なもの味なもの」で、結ばれるふたりの幸せを願うという内容。多くのポップソングがそうであるように、とても抽象化された歌詞なので、聞く人が自分や誰かの人生をそこに重ねられる。つまり、リスナーごとの『糸』があると考えると、歌の映画化って、なかなか難しいわけです。

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(c)2020映画「糸」製作委員会

そこへいくと、この物語の優れているのは、もちろん、主役の男女2人が結ばれるというメロドラマとしての柱はありつつも、平成30年間にふたりが巡り合う、鑑賞後もその顔をありありと思い出せる15人ほどの登場人物それぞれの糸もうまく織り込んでいることです。劇映画にする以上、歌のような抽象化はできないわけで、むしろとことんあらゆる要素を具体的に描いていかないといけない。そこでふたりばかりを熱心に描いていると、おそらくは時代を描くこともできなかったろうし、歌が好きな人ほど冷めてしまっただろうと思うんです。その危険を回避するどころか、むしろ映画ならこうすべきという、音楽とのメディアの違いを活かした運びになっていました。

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(c)2020映画「糸」製作委員会
映画の『糸』は、歌の『糸』同様、良い意味で大衆的な作品になるよう要請されたはずです。豪華なキャストを揃え、大規模なロケをあちこちでして、つまりはかなりの予算を投じて製作された。のであれば、きっちりその分、幅広い世代の数多くの観客を動員しないと利益を生みませんから。でも、そうやって最大公約数を狙った映画の多くが、悪くないんだけどそこまで心動かなかったり、下手すりゃ映画ファンから酷評されることも多いのはご存知の通りです。これはメロドラマですからね、正直なところ、僕は観る前は心配していました。ベタベタの演出が相次いだらどうしようって。その点、瀬々監督はうまい。ベタはやります。お約束もやります。なんだかな〜っていうショットも、そりゃ、ありました。でも、どのシーンも余韻がサラリとしている。それは、ショットの切り替えが早めなところに理由のひとつがあるように思います。どうだ、この絵は。ここ感動するだろう。泣けるだろうってのをダラダラ見せない。なんなら、もうちょい長く観たいところですら、サッと次へいっちゃう。それが故に、描写していない時間・場面のキャラクターたちが、どうしているかっていう、こちらの想像の余地なんですよ。さらに、特に日本の大作映画の良くない習慣と言われがちな回想シーンにも工夫がありました。回想はちょいちょい入るんです。ただ、それはやみくもに同じものをもう一度流すんではなく、必ず、一度目と別アングルとか、同じ場面でも画面内の人物を変えてあるんです。だから、回想に新たな情報があって、だれない。むしろ、深みが増している。

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(c)2020映画「糸」製作委員会

そんな作り手たちの矜持に、キャストはそれぞれベスト級の演技で応えました。ひとりひとり話す時間はありませんが、菅田将暉はやはりすごい。20代前半の、思った人生と違うものを生きている感じ。俺なんかどうせっていう雰囲気をまとっている野良犬感が好きです。あとは小松菜奈の食べる演技。何度も出てきますが、その違いの見せ方。さらには、成田凌です。僕はもう既に観ている、11日公開の『窮鼠はチーズの夢を見る』と見比べると、彼がいかに天才的かよくわかります。
 
とまぁ、語るトピック山ほどあれど、糸と糸が結ばれて布になるのを描くだけでなく、レンズと画面サイズをどんどん変えながら、もっと俯瞰で、大きく複雑な文様のタペストリーに編み上げた、映画『糸』。今年の大作映画としては、今のところトップの見応えでしょう。
実は石崎ひゅーいも意外なところで出演していて不意打ちをくらいました。キャスティングが絶妙だったなぁ。

さ〜て、次回、なんですが、来週は僕が休暇を取りますので、一週空けて、2020年9月15日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ソワレ』です。ソワレという字面を目にすると自動的に京都の純喫茶が浮かんでしまう僕ですが、舞台は和歌山なんですね。そして、新世界合同会社の第一回プロデュース作! これは豊原功補小泉今日子、外山文治監督が設立した映画制作会社です。日本のインディー映画に新たな夜明けが来るのか? 俄然、興味が湧いてきました。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!