FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 10月13日放送分
映画『オン・ザ・ロック』短評のDJ'sカット版です。
ニューヨークに暮らす4人家族。妻のローラはふたりの幼子を育てながら、小説を書いています。夫ディーンは、投資関係の会社を軌道に乗せたところで、ブイブイ言わせているのですが、どうも新しい同僚の女性と残業が増えていて、もしや浮気なのかとローラは疑いだしています。彼女が何人かに相談したうちのひとりが、生涯を通してプレイボーイの父フェリックス。すると、フェリックスは調査すべきだと、なんなら娘以上に張り切り始めて、ややこしい事態に…
監督・脚本はソフィア・コッポラ。彼女と『ロスト・イン・トランスレーション』でタッグを組んだビル・マーレイがフェリックスに扮しました。その娘ローラを演じたのは、ラシダ・ジョーンズ。あのクインシー・ジョーンズの娘にして、さっきかけたVampire Weekendのフロントマン、エズラ・クーニグとの間に、一昨年、息子さんを授かっていますね。音楽はフランスのバンド、フェニックスが担当しました。
今作の制作会社は、今飛ぶ鳥を落とす勢いのA24です。この番組で扱ったものなら、『WAVES/ウェイブス』『ミッドサマー』がそうですね。ここがAppleと組んで、Appleのサブスクリプション・サービスApple TV+で放映するために作ったのがこの作品。だから、劇場公開をこうしてした直後、もう23日にはApple TV+で配信されるようになります。
僕は先週木曜日の夜に、UPLINK京都で観てきました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。
とても小さな物語です。大それたアクションや出来事はないし、コメディーだけど大爆笑があるってわけでもない。大都会ニューヨークに暮らす40がらみの女性が、パートナーの浮気を疑って、事の真相はどうなってるんだってことをサスペンスにしながら、それを探る相棒となる父親との久々の交流がちょこちょこあって、パートナーとのすれ違いは解消するのか、疑念は晴れるのか、はたまた…ってなことで結論が出てお話は終わるわけです。世界を救う話でもなければ、激しい愛の物語でもない、小さな物語。
ソフィア・コッポラ自身、今49歳で、ニューヨークで子育てをしています。インタビューによれば、夫の忠誠心に疑いを持って、父親と一緒に木陰に隠れて夫をスパイしたという友人もいるそうです。そして、主演のラシダ・ジョーンズは、年齢も主人公のローラに近いし、彼女もニューヨークで子育て中。さらに、ソフィアにもラシダにも、偉大なる旧世代の父親、フランシス・フォード・コッポラとクインシー・ジョーンズがいる。物語とある程度重なりますね。
つまり、小説で言えば、リベラルな中年女性の人生の迷い・戸惑いやスランプを描く、私小説的な中編という感じ。あくまで例えですが、ジム・ジャームッシュの初期作品や、ニューヨークでもあるしウディ・アレンのタッチが好きな人にはハマるし、そうでない人には、どこにチューニングしていいかよくわからないまま終わるという可能性も大いにある映画だと思います。では、僕としてはどうかと言えば、チューニング感度良好でした。この手のささやかだけれど、細やかで丁寧な描写は大好きです。
とある評論家の、こんな批判も眼にしました。曰く、「ローラにしたって、父のフェリックスにしたって、経済的余裕のある層の一人よがりな行動、贅沢な悩みの解決法に見えてしまう」と。これが、チューニングが合わなかった一例だと思います。僕に言わせれば、ここで経済的な困窮や格差みたいなことを描こうもんなら、肝心のテーマは浮かび上がってこないですもん。都市生活者の孤立なんかすっ飛んじゃいますから。
じゃあ、そのテーマって、もうちょい具体的には何よって話なんですが、もちろん、いろんな受け止め方があろうと思います。父と娘のジェネレーション・ギャップだとか、父フェリックスがバカげた話をするように、男と女の恋愛観の違いだとか。それもあるんだけど、僕が汲み取ったのは、誰かが誰かを所有する、なんてナンセンスだってことです。
冒頭を思い出してください。幼い娘に、父親がこう話しかけます。「いいか、他の男を好きになるな。結婚するまではパパのものだ。結婚してからも、な」っていう。どうです、このしょうもない所有欲。やっぱり、今の感覚からすれば、滑稽でもあるんですよ。でも、それが故に、父フェリックスも結局孤独なんですよ。そして、ローラにしたって、「私の」夫への疑念から、一気に人生どん詰まりって状況になっちゃうわけです。この所有欲って、難しい問題なんだけど、そこにクリアな解答を出さず、軽やかな折り合いをつけてみせる着地のラストだったと僕は感じています。実に小粋。誰かを排除していないでしょ。誰かを孤立に追いやっていない。先月対談した佐野元春さんの言葉を借りれば、孤独は多少残っても、孤立はさせないエンディングが、絶妙だなと思いました。そこに向けて、ラシダ・ジョーンズとビル・マーレイの軽妙極まりないアンサンブルを引き出しつつ、ニューヨークならではの小道具もたくさん入れ込んだ観光映画としての側面も折り込みつつ、実は徹底して日常の反復と差異を描く劇映画のセオリーを守っている、ソフィア・コッポラがコロナ禍に発表する映画として、実にチャーミングな作品でした。
ちなみにこの曲は、昨年52歳で亡くなってしまった、フィリップ・ズダールへの追悼の意味も込められているようです。90年代から〇年代にかけてのフランスダンスミュージックシーンの重要人物であり、フランツ・フェルディナンドやPhoenixを手掛けたプロデューサーですね。
さ〜て、次回、2020年10月20日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『82年生まれ、キム・ジヨン』です。家族ものが続きますが、こちらは笑ってはいられなさそう。でも、すごく評判が高いですよね。本当は原作が前から気になっていたから、先に読みたいなとも思っていたんですが、まずは映画館へ行ってきます。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!