京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『ストックホルム・ケース』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 11月17日放送分
映画『ストックホルム・ケース』短評のDJ'sカット版です。

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1973年、スウェーデンストックホルム。過去に犯罪歴のある男ラースは、アメリカへ逃れる資金を得ようと、銀行に押し入り、ビアンカという女性銀行員を含む3人を人質に取ります。要求は、仲間の釈放と現金、そして逃走用の自動車。警察や行政と犯人側の駆け引きが長引いていく中で、犯人と人質の関係性が徐々に変化していきます。

ブルーに生まれついて (字幕版) ミレニアム ドラゴンタトゥーの女(字幕版)

 ノルマルム広場強盗事件として、心理学用語「ストックホルム症候群」の語源となったこの事件。製作、脚本、監督と映画化プロジェクトの中心人物となったのは、ロバート・バドロー。ラースを演じたのは、チェット・ベイカーの伝記映画『ブルーに生まれついて』でバドローとタッグを組んだイーサン・ホーク。人質のビアンカには、「ミレニアム」シリーズのノオミ・ラパスです。

 
僕は先週水曜日の昼下がりに京都シネマで観てまいりました。またまたかなり入っていましたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

 

さぞかしスリリングなクライム・サスペンスなんだろうなと予想すると同時に、実際にあった有名な事件だけに、先が読めてしまうから難しい作品だろうなとも思っていましたが、良い意味で予想は覆されました。
 
まずもって、ジャンルが思った以上にゴチャまぜになっていました。確かに犯罪の一部始終を描いた、手に汗握るスリルが映画全体を貫いてはいるものの、実はかなりコミカルでもあったということです。だって、イーサン兄さん演じるラースという男は、映画冒頭、やおら長髪のかつらを被るんです。変装っちゃ変装なんだけどさ、たっぷりした口ひげや革ジャン、ハットのチョイスも手伝って、『イージー・ライダー』がお好きなんですよね、っていう。それであらよっと、気軽にというか、楽しそうにというか、計画はしていたんだろうが、ふらっと銀行で強盗をおっぱじめます。映画のテンポとしても、この導入を手早く進めるのがとても良いです。この物語の場合には、これまでうだつの上がらない人生を送り、何をやってもダメな男だったラースが人生の一発逆転を狙って、数ある銀行の中からあそこを選んで、なんて説明はない方がいい。いきなり始まるほうがむしろ、ビアンカという人質になる女性同様、僕ら観客も、だんだんラースの人となり、過去の片鱗がわかってきて、ラースの心情に寄り添いやすくなるという、大きな利点があります。

イージー★ライダー (字幕版)

もう後は密室劇としての楽しさが充満しているんですよ。冒頭に「実在の事件に基づく物語」みたいなお決まりの文句が出るんですが、この映画でちと違うのは、「based on the absurd true story」って書いてあること。つまり、「馬鹿げているが本当にあった話」なんだと。そのバカげた、素っ頓狂な要素ってのが、この映画を貫く魅力になっています。「え? なにそれ?」ってことが起こるので、先が読めると思いきや、読めないし、最後の最後は逃げるか捕まるかなわけだけど、途中からはその結果よりもプロセスそのものが興味深くなってくるので、そう観客に思わせたバドロー監督の勝ちなんです。

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© 2018 Bankdrama Film Ltd. & Chimney Group. All rights reserved.
その昔、成田離婚って言葉が流行りましたけど、あれは新婚旅行っていう、慣れない場所でふたりで力を合わせてトラブルを乗り越えられず、こいつ頼りにならないなとか、実はろくでもないやつじゃないかって気づいてしまって、即離婚してしまうという現象だったと思います。ビアンカたち人質にしてみれば、当然ながら、頼るのは警察であり、政治家であり、夫など家族であるわけなんですが、これが困ったことにですね、どいつもこいつも頼りにならないんですよ。ビアンカとしては、自分も含めて誰一人怪我をすることなく、ましてや命を落とすことなく、とにかく無事に外へ出て、子どもたちを抱きしめ、手料理をふるまってやりたい。ところが、ふらっと交渉に来る警察にはやる気があるのかないのか、打てども響かない。夫を連れてきてくれたけれど、夫との会話もどうもチグハグ。それよりは、必要なものを用意したり、話を聞いてくれるラースの方が魅力的に感じられてきて、なんなら、この人、無鉄砲だし、運もないし、今こうしてろくでもないことやってるけど、その実とても優しいところもあるような。そんなシーンごとの犯人たち、人質たちの心情の変化が丁寧に描写されていくので、僕たち観客も、同じ釜の飯を食った仲間であるかのように、だんだんこいつらとにかく無事でいてほしいなって思えるし、メンツやら組織論やらでいけ好かない外の奴らにイラッとしてくるんですよ。

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ラースと仲間は持ち込んだラジカセでボブ・ディランの曲を聴き、歌います。格好はイージー・ライダーです。逃走用に要求する車は、スティーブ・マックイーンの映画『ブリット』が好きだからマスタングです。70年代のアメリカに憧れる北欧のぼんくらオヤジたち。事態としてはとんでもないことになっているんだけど、どこか牧歌的でユーモラス。そして、ほんのり悲哀がある。予想とは違ったけれど、すっかり魅了されてお気に入りの1本となりました。
 
では、ディランを聴きましょう。ラースが歌ってましたよ。しみじみと楽しそうだったなぁ。

さ〜て、次回、2020年11月24日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『おらおらでひとりいぐも』です。ぴあの華崎さんも番組で取り上げてくれていたし、沖田修一監督は同世代としてとても応援したい人でもあるし、3人の男性たちの役柄にも興味をそそられるしってんで、もう観たいことこの上なし! あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!