京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

映画『ホテルローヤル』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 12月1日放送分
映画『ホテルローヤル』短評のDJ'sカット版です。

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北海道の釧路湿原。最高の景色をバックに佇む小ぢんまりとしたラブホテル、ホテルローヤル。経営者の一人娘である雅代は、得意の絵の才能を伸ばそうと挑んだ美大の受験に失敗。失意のもとに地元に戻り、ホテルを手伝うようになります。出入り業者でアダルトグッズ会社の営業マン宮川への恋心を秘めつつも言い出せないまま、黙々と仕事をこなしています。ある日、ホテルローヤルで死体が見つかる事件が発生。マスコミによる取材攻勢の中、オーナーが病に倒れます。雅代の人生の選択やいかに。
 
原作はこの物語で直木賞を受賞した桜木紫乃の自伝的同名小説。『百円の恋』やNetflixオリジナルの『全裸監督』の監督である武正晴が演出しました。主人公の雅代に波瑠、アダルトグッズの営業マンに松山ケンイチ、父親に安田顕が扮した他、夏川結衣余貴美子友近岡山天音といった面々が脇を固めています。

百円の恋 ホテルローヤル (集英社文庫)

僕は先週の水曜日のお昼にTOHOシネマズ梅田で観てまいりました。平日昼間というタイミングということもあって、僕より上の世代が多めで、女性も多かった印象でしたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

1932年の映画のタイトルがそのままジャンルになった「グランドホテル形式」という物語展開があります。それぞれある程度バラバラにも機能する短い話が、ひとつの場所で相互作用を起こしていく、響き合うようなタイプの群像劇です。原作は7本の連作小説になっているものを、映画ではグランド・ホテル形式で描くことにしたと、武監督はインタビューで語っています。ホテルのオープンから現在に至るまでの30年。オーナーの娘である雅代にとっては、ホテルの歴史がそのまま自分の人生と年齢的に重なるので、狂言回しのようにしてそのところどころに立ち会っていくという構成です。メインとなるのは、死体発見を筆頭に、大小様々なできごとの起こる象徴的な一部屋と、事務所・倉庫・雅代の部屋などホテルの裏側。これはラブホテルという特性上、客室が非日常というハレ、スタッフのいる側が日常というケでもあります。表と裏という言い方もできますが、利用客は社会という表舞台から逃避する場所と捉えるわけでもあるので、この表裏がきっちり分かれるのではなく、交錯するところに面白みがあるなと思いました。

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(C)桜木紫乃集英社 (C)2020映画「ホテルローヤル」製作委員会
たとえば利用客は普通だれかと鉢合わせたくないし、そのためにチェックイン方法なども考えられているわけですけど、そこで火災報知器が鳴ったとしたら… あるいは、清掃員たちスタッフが休憩をする倉庫に換気口を通じて漏れ聞こえてくる会話や喘ぎ声に、固唾を飲んで聞き耳を立てるとか… そして、ホテルの職員が誰かと逢瀬をするとなると、客室ではなく、離れの倉庫を使うとか…
 
いろんなエピソードがありましたが、大別すると2種類でしょうか。ひとつは、愛情の維持・管理の難しさ。その時々で本気で愛したとしても、その感情を持続することが何らかの理由で難しくなった時にどう対処するか。その失敗がゆえに、当人やその家族が深く傷ついてしまうことがままありました。その対比としての、深く長い結びつきが感じられる例も出てきましたね。刹那的な愛の発露の舞台として描かれがちなラブホテルという空間ならではの展開だったと言えます。

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(C)桜木紫乃集英社 (C)2020映画「ホテルローヤル」製作委員会
もうひとつは、自分なりに人生を歩もうとした人と、その人の生み出したものが、長い年月の中で否応なしに廃れてしまうこと。時間の経過の残酷さと言い換えてもいいでしょう。プロローグは、廃墟になっているホテルでヌード写真を撮影しようとした男女の話でした。そこから、カメラのシャッターという仕掛けを通して、長いフラッシュバックとして物語が始まるという構成も、このテーマの効果的な表現を狙ったものです。フラッシュバックは、今では失われてしまったものを描く時により力を発揮しますから。
 
ただ、以上のテーマ設定と演出の狙い、それぞれのエピソードの潜在的な面白みを、映画全体としてうまくまとめられていたかと問われれば、僕には大いに疑問があります。時間が不用意に行ったり来たりしすぎて、多少画面のトーンを変えてはいるものの、時系列がわかりづらいんですね。前後関係が判然としないがために、そもそもグランド・ホテル形式で描き込みづらい登場人物の心理もぼんやりするので、それぞれの転機が急すぎて、紙芝居ばりに、間がスコンと抜けたような印象を持つ場面が多かったです。グランド・ホテル形式は、ひとつ屋根の下で同時間に別のことが起こるのが面白いので、30年ていう時代の変化を描くには、もっと焦点を絞らないと散漫になるなと。そして、雅代という狂言回し的な主人公が、狂言回しには少なくともなってないくらいに傍観者に見えるんです。彼女の人生への踏み込みの浅さも問題でした。

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(C)桜木紫乃集英社 (C)2020映画「ホテルローヤル」製作委員会
一方で、バブル以降の地方都市の疲弊っぷりが街そのものの衰退する景色に見事に重ねられるエピローグは僕は気に入っています。そのグッとくる場面がホテルより街のロケだってのもどうなんだよって感じですが、ともあれ、部分部分でかなり楽しんだことも事実だし、俳優の演技もあちこちで光っているので、どうぞ劇場であなたもご覧になってみてください。

主題歌は、78年、柴田まゆみのカバーなんです。この選曲もおつなもんだし、シンガー・ソングライターLeolaが歌うバージョンも良かった。

さ〜て、次回、2020年12月8日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『エイブのキッチンストーリー』です。先日、ぴあ関西版映画担当の華崎さんが番組で紹介してくれていた、この作品。複雑な出自を持つ少年が料理を通してアイデンティティを確立していけるのかというお話のようですが、ある種の寓話としても読み解けそうですね。ノア・シュナップくんの映画では初主演かな? あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!