京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『100日間のシンプルライフ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 12月15日放送分
映画『100日間のシンプルライフ』短評のDJ'sカット版です。

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IT系のベンチャー企業を経営する30代の幼馴染パウルとトニー。ふたりはまずまずの成功を収め、好きなものに囲まれながら、結構広いこじゃれたフラットに上下で住んでいます。プログラマーパウルは、自分が作った人工知能搭載アプリNANAを恋人のようにしていて、デジタル依存気味。トニーは自分の見た目を過度に気にする自分大好き人間。ふたりは、ひょんなことから、ある勝負を始めます。持ち物すべてを倉庫に預け、取り戻せるのは1日ひとつずつのみ。期間は100日。どちらが先にギブアップするのか。

365日のシンプルライフ(字幕版)

この話は、もともとドキュメンタリーがあったんですね。フィンランドでブームになりました。そちらのタイトルは、100日ではなく、『365日のシンプルライフ』。その設定をベースに、舞台をドイツ・ベルリンに移しつつ、働き盛りの独身男が財産をかけるゲームへと脚色しました。主役のパウルを演じているフロリアン・ダーヴィト・フィッツが、なんと監督・脚本も手がけています。豊かな才能ですね。そして、親友のトニーはあちらの人気俳優マティアス・シュヴァイクホファーが演じています。
 
僕は先週水曜日の昼過ぎにまたまた京都シネマで観てまいりました。会員になるべきだよってくらいに通っております。最近は課題作がミニシアター作品続きなもんでね。それでは、今週の映画短評、いってみよう。
結論から先にお伝えすると、ハートフルで風刺の効いた巧みなコメディーでした。縦軸には、100日間のゲームとその勝敗の行方があって、横軸に、トニーの恋の行方、パウルの家族との関係、ふたりの会社の今後、浮上するわだかまり、価値観の変化といった要素がいいタイミングで絡んできて、ストーリーラインに起伏と刺激を与えていくという構成。もともとドキュメンタリーがあったということで、フィッツ監督も、これ、自分だったら、あの人だったらどうして乗り越えていくんだろうと、想像を働かせたんだと思うんですよね。映画を観終わると、僕たち観客も、きっと似たような感覚を覚えて帰路につき、家に溢れるものを見ながら、こんなにもたくさんのものが必要なんだろうか、むしろものがたくさんあることによって失われていることもあるだろうし、それにしたってこれはかけがえのないものなんだと愛おしさが増すアイテムを再発見したりと、自分に引き寄せて考えることになるはずです。

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© 2018 Pantaleon Films GmbH / Erfttal Film & Fernsehproduktion GmbH & Co. KG/ WS Filmproduktion / Warner Bros. Entertainment GmbH

まぁ、しかし、小難しくはなくて、語り口はポップそのもの。巧みだと言ったのは、そこです。冒頭、ふたりがゲームに突入するまでの日常描写が既に噴飯ものです。自意識高すぎるイケメンのトニーは、見た目の手入れと筋トレに無我夢中で、鏡の前でも笑顔の練習は欠かさない。明らかに恋も仕事もできるが、どうも胡散臭く、見かけ倒しな雰囲気も。プログラマーである相棒のパウルはと言えば、仮想世界と現実をシームレスに行き来していて、好きなスニーカーの新製品が発売されようものなら、たとえ既に何十足と持っていたとしても手に入れずにはいられない買い物依存症。このあたりの描写のテンポ良く、ネタが細かいので、すべて当てはまらずとも、誰でもひとつくらいは心当たりがあるっていう、前フリになっています。そして、どうやらいいコンビなんですよ、このふたりは。互いに抜けている部分を補い合える間柄。生活にも困っていない独身貴族で、会社まで持ってる。なんなら、持ち過ぎなくらいなんだけど、そこで例のアプリがアメリカのザッカーバーグ的なSNSのキングに売れてしまったもんだから、また大金が転がり込んでくる予定。普通なら、会社のみんなと大喜びでパーティーやって、もうエンドマークなんですが、そこでかねてよりの互いの不満が爆発。「取らぬ狸の大金」を巡ってのゲーム、賭けに酔っ払った勢いで突入。目が覚めると、それぞれの家で裸ですよ。首から鍵をぶら下げてるだけで、あとは文字通り映像通りの裸一貫、すっぽんぽん。

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© 2018 Pantaleon Films GmbH / Erfttal Film & Fernsehproduktion GmbH & Co. KG/ WS Filmproduktion / Warner Bros. Entertainment GmbH

寒い! ふたりはまず食い物よりもあったまる服だと、倉庫へ走るんだけど、会社の仲間たちが押さえた貸し倉庫がまた微妙に遠いのね。ふたりは股間を隠しながら、ベルリンの名所を走る。この手の、小学生、あるいは思春期レベルのライトな下ネタいっぱいで、万国共通の笑いがいい具合です。そして、倉庫にたどり着くと、俺、こんなにものを持ってたのかという家財道具の数々。ところが、向かいのコンテナを借りている美女ときたら、さらに多くの服、また服を所有している様子。なんだ彼女は。ここでトニーとのロマンスが持ち上がる、と同時に、テーマは一段、深くなります。
 
考えてみたら、ドイツは東西に分かれていたわけで、時々見かけますが、過度の消費主義社会へのアンチとしての、東ドイツ懐古描写ってのがここでもスパイスになります。案の定、主人公たちの親、祖父母の世代は、まさにそこで揺れていたわけですから。認知が怪しくなってきているパウルのお祖母さんが大事に所有しているものは何か。達観しているような母親の眼差しがぬくもりを宿すのはなぜか。大の男が恋人でもない女性の膝枕でホッとして心開くのはなぜか。

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© 2018 Pantaleon Films GmbH / Erfttal Film & Fernsehproduktion GmbH & Co. KG/ WS Filmproduktion / Warner Bros. Entertainment GmbH

アッと驚くほどの結論が出るわけではないものの、自分たちの暮らしぶりと価値観の問い直しへとやさしく導いてくれるストーリーラインと映像運び、そして、最後のカメラ目線でのパウルの問いかけも含めて、とにかく巧い1本。正直、話を広げて目先の笑いに夢中になった結果、盛り込みすぎて、テーマのピントがぼやけた印象もありますが… タイトルのわりに、設定がシンプルじゃないのでね。これ、ドイツでの公開は2年前ですが、コロナ禍でそもそもワークライフバランスも改めて見直され、プレゼントを贈り合うクリスマス・シーズン、そして大掃除の時期にぜひご覧いただきたい作品に出会いました。
主題歌は、ベルギーのシンガーソングライター、Milowでした。


さ〜て、次回、2020年12月22日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『ネクスト・ドリーム ふたりで叶える夢』です。ダイアナ・ロスの娘やらダコタ・ジョンソンやらアイス・キューブやらが出てくる、ハリウッドの音楽業界内幕ものと聞いてます。そりゃ、音楽ファンにはたまらないでしょうよ、きっと。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!