京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『大コメ騒動』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 1月26日放送分
『大コメ騒動』短評のDJ'sカット版です。

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(c)2021「大コメ騒動」製作委員会
1918年と言いますから、時は大正の時代でございます。米どころであり、日本海の豊かな漁場も広がる富山県。そこで毎日汗水たらして家事に育児に精を出すのが、「おかか」と呼ばれる漁師の妻たち。男たちが出稼ぎで不在となれば、自ら米俵の運搬など肉体労働にも繰り出す、たくましく頼もしい女性たちです。彼女たちの目下の悩みは、米の価格。なぜ高騰するのか。これでは、家族に満足に食べさせられない。どうなってるんだ! はい、日本史の授業で習った、あの米騒動の映画化です。
 
監督は、『空飛ぶタイヤ』などの現代劇も撮る一方、『超高速!参勤交代』など時代劇もフィルモグラフィーにある、富山出身の本木克英。役者も富山出身の俳優が多く起用されていまして、室井滋、立川(たてかわ)志の輔、西村まさ彦、柴田理恵左時枝なんかがそうです。主人公のいとを演じたのは、井上真央。その姑には夏木マリ、夫には三浦貴大が扮しています。

超高速!参勤交代 空飛ぶタイヤ

 僕は先週火曜日の午後、TOHOシネマズ梅田で観てまいりましたよ。平日、昼間ということもあって、わりとシニア多めという感じでしたね。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

まさかの米騒動の映画化ということになりました。その意義ってのは大いにあると思うんですね。タイトルのキャッチーさもあって、日本近代史の中でもテストに出て間違える人も少ないだろうっていう、この事件。考えてみたら、まだ100年ちょいしか経っていないんですが、これだけよく知られている理由は、片田舎の漁師の妻たちが声を上げたことを契機に、やがては内閣総辞職にまでいたるという、近代的な一揆の成功例であるということがひとつ。そして、これも映画に出てきますが、新聞が連日大々的に報じることで速やかに全国にこの騒動が広まって市民の共感を得たというメディアの役割が大きかったこともあります。
 
ただ、先の大戦ですら、生存する経験者が少なくなっているわけですから、1世紀以上も経つ米騒動については、何をか言わんやで、このままでは歴史の出来事のひとつとして埋没しかねない。そして今もなお女性の権利がないがしろにされている状況と、それを何とかしたいという世界のエンターテインメントの潮流も追い風となり、ここはひとつエンターテインメントとして、笑って力が湧いてくるような作品に仕立て、米騒動の顛末を記録しておこうではないか。富山出身の本木克英監督には、そんな意気込みが強くあったわけです。

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(c)2021「大コメ騒動」製作委員会

本木監督の作品は、僕の気に入っているものもあるし、群像劇を得意としている印象もあったので、楽しみに劇場へ向かったわけですが、今作に対する僕の評価は微妙な感じです。いいなと思うところはいくつもありました。演出面で言えば、照明なんかはかなり作り込んでいました。たとえば僕がハッとしたのは、ある女の子が家の寝床を抜け出して近所の米屋の倉庫へ忍び込むくだりがあるんですが、彼女が画面奥に消えていく時は、まるで闇に吸い込まれてしまったかのような明暗のしっかりしたコントラストがあって、映画館の上映環境とも、物語内容ともマッチしていました。

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(c)2021「大コメ騒動」製作委員会
それから、富山出身者も多く起用された役者陣の奮闘も強い印象を残しています。男たちが北海道への出稼ぎで不在になってしまうと、女たち、かかあたちが重い米俵を背中に担いで浜へ持っていくんですが、その重みや背中の痛み、足腰への負担がこちらにも伝わってくる歩き方、表情、そして日焼け具合は、言葉で何かを言わずとも、その過酷さが伝わります。特に日焼けはみんなすごかったですよね。きれいな着物に髪を見事に結った女性が出てくると、その肌の白さとのギャップでますます苦労が滲み出ます。と同時に、彼女たちの生命感も伝わるんです。化粧っ気はなくとも、ある種の色気すら漂わせていました。戦後すぐのイタリア映画で、日本でもヒットした、田んぼで重労働をする女たちを描いた『にがい米』っていう作品を僕はひとり思い出しましたよ。井上真央なんて、撮影中米断ちをしたんですって。その甲斐もあって、細い身体の線はさらに細く、そして大きな目はギョロっていうレベルに目立っていました。彼女は劇中で佇まいが大きく変化して力強くなるんですが、その覚悟も表情や立ち姿にまで反映する熱演でしたよ。
 
さらに、市民運動を啓蒙する男性思想家や、ジャーナリズムの役割だけでなく報道機関としてのモラルを疑問視する視点など、当時の男たちを皮肉る描写にもニンマリさせられました。

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(c)2021「大コメ騒動」製作委員会

なんなん、良いことばかりじゃあ〜りませんか。どっこい、今挙げてきた良いところをさらに大きく膨らませて互いに響き合わせる脚本にはなっていません。立川志の輔演じる語り手の存在も取ってつけたようで存在に必然性が感じられないキャラクターになっているし、全体として、よく言えば教育的、悪く言えば説明的な歴史再現ドラマを見ているような、あまりにもストレートでひねりのない展開なので、このパワフルな騒動を描くには物足りないんです。そのまんまやなって感じてしまう。それがとてもとてももったいなかったです。
主題歌はもう絶対に米米CLUBだって制作陣も思ったことでしょう。そのオファーを受けてできたのが、この曲です。『愛を米て』とはまいりましたよね。いい曲なんだけど、タイトルに噴飯です。

 

さ〜て、次回、2021年2月2日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『KCIA 南山の部長たち』です。イ・ビョンホンですよ。実話の映画化ですよ。興味深いですよ。でも、緊急事態宣言発令中とあって、配信の始まった『TENET / テネット』もおみくじラインナップには舞い戻っていたんですが、またまた当たらず、これをもって、さらばテネットとなってしまいました。ま、もうとっくにみんな観てるから僕があれこれ言うこともないか。なんてね… あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!