京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『喜劇 愛妻物語』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月9日放送分
『喜劇 愛妻物語』短評のDJ'sカット版です。

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結婚から10年。保育園に通う一人娘をかすがいに夫婦生活を続ける豪太とチカ。大学の映画研究会で出会ったふたり。夢を追いかけ、売れない脚本家を続ける豪太の収入ではとても家族3人食べていくことはかなわず、チカのパートの稼ぎで糊口をしのぐ毎日です。そんなうだつの上がらない豪太にも吉報が。ホラー映画の仕事が一本決まったのです。しかも、その仕事をくれたプロデューサーからは、四国へのシナリオハンティングの旅を勧められました。調子に乗った豪太は、この出張を家族旅行とドッキングさせ、あわよくばチカとの冷え切った夫婦関係に火をつけたいと目論むのですが…

喜劇 愛妻物語 (幻冬舎文庫) それでも俺は、妻としたい

なんとこの話、基本的に実話だってのがすごいです。映画『百円の恋』の脚本家、足立紳が5年前に発表した小説『乳房に蚊』を自分で脚本にして自分で監督してしまいました。とにかくダメな夫豪太を濱田岳、言葉を弾丸のように夫へ乱射する妻チカを水川あさみ、一人娘を新津ちせが演じる他、大久保佳代子夏帆ふせえり光石研なども出演しています。
 
昨年9月11日に全国ロードショーとなったこの作品。僕は先週火曜日の午後、自宅のリビングで、U-NEXTの配信でゲラゲラ笑いながら鑑賞しました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

この作品は原作小説、脚本、監督、すべて足立紳ということになりますが、ある種のパロディーにしている作品として、1951年に新藤兼人が脚本と監督を務めた『愛妻物語』があります。これは彼の監督デビュー作で、同じく脚本家を目指す主人公の男性が、彼の才能を信じる妻の献身的な支えによって身を立てるんですが、妻は吐血してしまうという自伝的なもので感動的なんですよ。僕は新藤兼人が好きなもので、パロディーの今作も期待大。さらに、宣伝用の写真を目にして早速ニヤリ。だって、水川あさみ濱田岳をおんぶしてるんです。これ、新藤兼人の作品の逆なんですよ。もとのほうは、夫である宇野重吉が妻の乙羽信子をおぶってますから。そして、今作には娘もいる。さぁ、どうなる。

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まぁ、凄まじかったです。足立監督、どこまでさらけ出してるんですか。そして主演のふたりもよく引き受けましたよ。「喜劇」ってつけたことでパロディーとして成立させているというよりも、「愛妻」って言葉自体がもう笑いとしてパロディーになっちゃってるんじゃないかと思うくらい、夫の豪太がダメです。このふたりは学生時代から一緒にいて、映画業界でやっていこうと同棲を初めて、そこまではいいんだけど、脚本家になりたいくせにパソコンの導入もキーボードのブラインドタッチもチカ任せ。ぐうたらしてばかりで、脚本ができても売り込みに力を入れず、また次があるさとぼんやりしてる。それじゃ食えないから、チカは近所で働き始め、いつの間にやら娘も生まれて、ますます生活はてんやわんや。チカにしてみれば、イライラは募るばかりで、豪太の体たらくをなじる言葉もきつくなり、脚本の手伝いなんざやる気も起きず、疲れ果て、とにかく愛情が冷え切ってます。だのに、豪太はチカちゃんチカちゃんと、何から何まで、ねぇねぇと引っ付いてくるし、一向に衰えない性欲を持て余してもんもんとしている始末。もうね、パラサイト豪太です。チカは娘と豪太ふたりを育てているみたいなもんです。

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(C)2020「喜劇 愛妻物語」製作委員会
そんな家族の文字通りの四国への珍道中、旅が始まるわけですけど、これもすぐに頓挫するんですね。頼りない&いい加減なプロデューサーの下調べと根回しが不足していて、せっかく温めていた企画が着いてみたらポシャっとるやないかと。お金がないのに家族3人、青春18きっぷで出かけ、かけうどんをすすり、ビジネスホテルのシングルルームに泊まってるっつうのに、なんだこれはおい! チカは怒り心頭に発するんですが、ここでまた豪太はのらりくらり。こののれんに腕押し感たるや。そりゃ、チカも酎ハイがどこでも手放せませんわっていうね。そのうち、腕押しの徒労感から、こんなのれんはたたむだけでなく燃やしてやるわって話ですが、娘もいるしとなかなか踏み切れない。時に度を越していくチカの罵詈雑言マシンガンと、その鋭い言葉ですら倒れない図太い神経の豪太のさらに開いた口が塞がらない言動の数々が延々続くロード・ムービーです。

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(C)2020「喜劇 愛妻物語」製作委員会
そもそも、さっき言ったように、旅の目的が途中で無くなってるんですけど、それって夫婦の人生そのもののメタファーにもなってるんですよ。プロデューサーからの打診は、バカの一つ覚えのように「笑って泣けるやつ」。奇しくも、ふたりの生き様がまさに傍から見れば「笑って泣ける」んです。正確に言えば、怒って呆れて笑って泣ける。その真骨頂とも言えるのが、とあるズドンとくる出来事とやり取りの果てに家族3人が川沿いを歩く場面。この番組に出演した竹中直人さんもビックリっていうレベルで笑いながら怒り、怒りながら泣く家族の様子を拝めます。特に拝みたくはないけれど、見せつけられます。

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(C)2020「喜劇 愛妻物語」製作委員会
豪太を擁護するなんて芸当は僕には到底できませんが、チカも実は決して胸を張るような人生を歩んできたわけではないんですよ。彼女にだって、自分にも人に対しても弱いところがあるから、流れ流れてああなった側面があります。問題は、それぞれが惰性で生きていく内に、共に目指した舞台に上がることすらできず、目の前のことに汲々として崖っぷち。互いに別なところを見てばかりで、力を合わせることができなくなっていること。その意味で、物語でははっきりと明示されずにほのめかす程度だけれど、この自伝的な作品を世に出していること自体が、この物語のメタ的な最高にして「幸」と書いて最「幸」の結末とも言えます。プロデューサーがダメなら、自分で小説を書く。それを自分で監督してるんだから。と、実はそれも近代映画協会という独立プロを自分で作って自分で『愛妻物語』を監督した新藤兼人と重なる部分なんです。話のことばかり言いましたが、ロケ地の選定、衣装の選択、劇伴、キャスティング、演技、そしてモノローグと客観を巧みに使い分けるシーンごとの視点の演出と、映画として見応え抜群。足立紳監督に、反り返るほど親指を立ててグッジョブとお伝えしたいです。
トルコの楽隊っぽいサントラもユニークなんですが、ここはですね、キミらほんまに大丈夫かいなっていう夫婦の様子を歌ったものとして、この曲を選んでみました。

さ〜て、次回、2021年2月16日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『宇宙でいちばんあかるい屋根』です。清原果耶の初主演として話題となったこの作品。もう配信が始まっていますね。で、考えたら、このコーナーで短評もした『新聞記者』、さらには今週候補作に入れていたけれど当たらなかった『ヤクザと家族 The Family』も、同じ藤井道人監督。すごいなぁ。どれもジャンルが違うってことも含めて。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!