京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『花束みたいな恋をした』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 2月23日放送分
『花束みたいな恋をした』短評のDJ'sカット版です。

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2015年の冬。京王線明大前駅で終電に乗り遅れたことをきっかけに出会った大学生の麦と絹。その夜から始まったふたりの恋を5年、つまり2020年の冬まで追いかけていくラブ・ストーリーです。好きな音楽や映画の話に花を咲かせ、共通体験、想い出を増やしたところへやってくるのが、避けて通れない就職活動。ふたりは卒業のタイミングで同棲を始めます。愛の城もできあがり、楽しい時間はますます輝くのですが… 同時にすれ違いも生まれていきます…

ユリイカ2021年2月号 特集=坂元裕二――『東京ラブストーリー』から『最高の離婚』『カルテット』『anone』、そして『花束みたいな恋をした』へ…脚本家という営為 【映画パンフレット】花束みたいな恋をした 監督 土井裕泰 出演 菅田将暉、有村架純、清原果耶、細田佳央太、オダギリジョー、

 東京ラブストーリー』『カルテット』など、連ドラの名手である坂元裕二が10数年ぶりに映画のオリジナル脚本を手掛けました。監督は、元TBSの社員でドラマ出身、映画だと『いま、会いにゆきます』や『罪の声』の土井裕泰(のぶひろ)。主演のふたりは、当て書きだったそうです。麦は菅田将暉、絹は有村架純という、同い年、ふたりとも今月誕生日だった、箕面、伊丹と同じ北摂出身のコンビが演じます。

 

いつもなら、短評後にサントラから関連曲のオンエアへとつなげるのですが、今週は先にこのインスパイアソングをかけました。デビューの頃から贔屓のバンドのひとつではありましたが、ここに来て大名曲をものにしました。特にPORINさんは、主演のふたりとの会話も含めて、達者な演技も見せていましたね。


僕は先週水曜日の昼、TOHOシネマズ梅田、久々に一番大きなスクリーン1で鑑賞しました。レディースデイだったとはいえ、平日の昼間ですよ、かなり入ってました。若いカップルが多かったですが、僕の世代、さらには上の世代の女性がおひとりでってケースもよく見かけました。それでは、今週の映画短評、いってみよう。

似た者同士のカップルっていうのがいますね。趣味、価値観、服装が似ている。似ているから好きになるのか、同じ体験を重ねていくから似てくるのか。麦と絹はまさにそのパターンです。同じ終電を逃す。喋り始めたら、好きな映画、作家も同じ。同じ曲を口ずさめるし、ガスタンクやミイラを愛でるという適度にマニアックなセンスも近いものがある。なんなら、同じ芸人、同じ日の単独ライブのチケットを取っていながら、同じくスケジュール管理ミスで観そびれている。ここまで来ると、運命的。って、そりゃ、若いふたりは思うでしょうよ。どちらもフリーだったら、そりゃ告白しますね。そして、恋はメラメラ燃え上がる。大学生は時間たっぷりありますから、一緒に過ごす時間がまた燃料になって、恋愛は勢いを維持。永遠にこの日々が続けばいい。このまま、とにかく現状維持したい。これは、大人になる前の猶予期間、モラトリアム期の恋愛の特徴ではないでしょうかね。

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(C)2021「花束みたいな恋をした」製作委員会

ところが、ふたりもそれぞれ食べていかなくちゃいけない。たとえ新卒でなくとも、モラトリアムを延長したとしても、やがては社会に出ていかなくちゃならない。その時に、好きなものを仕事にするのか、それとも好きなものは趣味にしておくのか。このあたりが、麦と絹にとっての初めてのはっきりした価値の分かれ道になっていきます。それは似た者同士にとっては試練ですよね。

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(C)2021「花束みたいな恋をした」製作委員会

考えてみれば、いくら似ていても、当たり前ですが、まったく同じだと人は惹かれ合わないんですよね。僕だって僕自身とはつきあいたくないもの。違いがある。わからない。究極にはわかりあえない。からこそ、実は恋愛は楽しいのであって、似た者同士の確認からスタートすると、その先にはどうしたって試練があるもの。そして、その試練への対応によっては、すれ違いが軌道修正のきかないものになってしまう。

 
坂元裕二は連ドラの名手で、長い尺でじわじわとエピソードを積み重ねて、キャラクターが脚本家の意図を越えて動く様子ってのを最初から決め込まずに進められるそうですが、映画の場合はそうはいかない。5年間を描くと先に決めて、5年分の日記を20枚ぐらい書いていったそうです。どんどん話を進めていこう、ディテールを積み重ねていこうと方針を転換したことが奏功しているわけですが、信念としては、恋愛の結果ではなく、恋愛そのものの面白さを描きたいということ。Instagramを介して、モデルになる人物を徹底的にリサーチするなどして得られた圧倒的に豊かで緻密なリアリティーは、ここまで来ると、小手先の恋愛あるあるを越えて、菅田将暉の言葉を借りれば、「共感大喜利の達人」の域に達しています。その共感をどこにより強く覚えるか、それが観客によって違うからこそ、この映画は語り甲斐があるし、世代によってもまた受け取り方が変わってくるんだと思います。ふたりがのめり込むカルチャーへの共感もあれば、絹の印象的なセリフをなぞれば「始まりは、終わりのはじまり」という部分への共感もある。そして、後者に共感すると、これは僕みたいに麦と絹と脳内で同棲するはめになります。大変です。

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(C)2021「花束みたいな恋をした」製作委員会
土井監督の演出は脚本をとても大切にしながら、僕はふたりの視点の切り替えと編集によるシーンの切り替えの巧さで映画的な面白さをリズミカルに作っていたと考えています。というのも、ふたりのモノローグが多いこの台本って、ともするとかなり演劇的なので、下手すると映画の醍醐味が損なわれかねないと思うんですが、そこは回避されていました。

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(C)2020「喜劇 愛妻物語」製作委員会

それにしても、僕みたいな大人になりきれない人間は、喰らいましたね。と同時に、面白かったのは、最近論じた『喜劇 愛妻物語』と重ね合わせてしまったことです。あの夫婦は終わりのないモラトリアム恋愛の悲劇であり喜劇。荒れ地に咲いてはしおれる雑草のような花でした。麦と絹は、終わりを迎えて花束になったけれど、もう咲くことのない花瓶の花。いつかこの2本をまたゆっくり二本立てで観てみたいなと感じています。そんなイベント、面白そうじゃないですか? 鑑賞後、天国か地獄か、それはまだ僕にもわかりません。
この映画には、大友良英さんが見事な劇伴を作曲されています。これも良かったんですが、今日は、劇中のとあるシーンで絹ちゃんがなんとジャクソン・ブラウンのTシャツを着ていたことに着目して選んでみました。いい趣味してんなぁ。ますます、絹ちゃん、好き。そして、物語を踏まえて、こんな曲を選んでみました。
 
ここ1週間、とにかく夢中になってしまった作品でしたが、反芻するうちに、特に麦くんの中盤からの変節に関しては、思うところがあるというか、いくらなんでも変わり過ぎでないかと感じてみたり。う〜む。まだしばらくは、よくできたパンフレットをパラパラめくりながら反芻する日々が続きそうです。

さ〜て、次回、2021年3月2日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『マーメイド・イン・パリ』です。ぴあ関西版の華崎さんが当番組で以前紹介してくれた作品ですよ。『アメリ』とかミシェル・ゴンドリー作品と比較をされていたので、興味が湧いていたんですよね。人魚と人間の恋物語。今週のリアリティー重視からファンタジーへ。恋模様の描かれ方の違いに注目します。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!