京都ドーナッツクラブのブログ

イタリアの文化的お宝を紹介する会社「京都ドーナッツクラブ」の活動や、運営している多目的スペース「チルコロ京都」のイベント、代表の野村雅夫がFM COCOLOで行っている映画短評について綴ります。

『マーメイド・イン・パリ』短評

FM COCOLO CIAO 765 毎週火曜、朝8時台半ばのCIAO CINEMA 3月2日放送分
『マーメイド・イン・パリ』短評のDJ'sカット版です。

f:id:djmasao:20210301205359p:plain

パリのセーヌ川に停泊するボートハウスの船底にある秘密のクラブ「フラワーバーガー」。父親の経営するそのお店でウクレレを弾き語る歌手として働くアラフォーのガスパールは、お店の歴代の歌手との失恋により、今や心を閉ざして生きていました。ある晩、怪我をしてセーヌ川の岸辺に打ち上げられた美しい人魚ルラを発見した彼は、彼女を家に連れ帰ってバスタブに入れてやり、介抱するのですが、ルラの歌には特殊な力があり、聴いて魅了されてしまった男は心臓がダメになって死んでしまうというのです。ガスパールの運命は?

f:id:djmasao:20210301205554j:plain

原作、監督、脚本、音楽を担当し、出演もしているのが、マチアス・マルジウ。フランスのマルチなカリスマ・アーティストとして評判のマチアス・マルジウですが、実写の長編としてはこれがデビューになります。ガスパールを演じたのは、ニコラ・デュヴォシェル。人魚のルラはマリリン・リマ、そしてガスパールの隣人として強烈な印象を残すロッシをロッシ・デ・パルマが演じています。
 
僕は先週木曜日の午後、MOVIX京都で観てきましたよ。それでは、今週の映画短評、いってみよう。


ぴあ関西版の華崎さんがこの番組でいち早く紹介してくれた時には、同じくフランスのジャン・ピエール・ジュネアメリ』を引き合いに出していました。それはもう納得という小道具の数々と、画面の色味の鮮やかさでしたよ。加えて、異形のものとの恋愛ということでは、ギレルモ・デル・トロの『シェイプ・オブ・ウォーター』を思い浮かべてしまいますが、男女が入れ替わっているものの、やはり近いものはありました。あとは、お話も考えられるし、アニメも実写もその組み合わせもお手のものっていう意味で、ティム・バートンや、同じくフランスのミシェル・ゴンドリーも念頭に置きたくなる。中には、これもフランス、ジャン・コクトーを引き合いに出して語る人までいます。実際、今挙げた監督たちの作品が好きな方なら、少なからず楽しめること請け合いです。

ジャック&クロックハート 鳩時計の心臓をもつ少年 [DVD]

マチアス・マルジウ監督は、現在46歳。エンタメシーンに出てくるきっかけは、まずは音楽でした。この映画のサントラも手掛けているバンド、デュオニソスのフロントマンとして、93年にデビュー。その後、小説も書くし、アニメも作るしとすごいです。監督としてのデビューは、アニメが先で、『ジャック&クロックハート 鳩時計の心臓を持つ少年』が2013年に出ています。ダーク・ファンタジーで、日本でもDVDが出ています。せっかくなんで、マチアス・マルジウをこの機会に覚えておきたいと、色々こうして話すくらいに、僕は気に入っていますよ、この映画。

f:id:djmasao:20210301205830j:plain

(C)2020 – Overdrive Productions – Entre Chien et Loup – Sisters and BrotherMitevski Production – EuropaCorp – Proximus
もうオープニングがツカミはオッケーでしたもん。セーヌ川が増水して大変なんだけど、路面の水が美しさもたたえるパリの街を、ガスパールがローラースケートで疾走していく。ローラースケートってチョイスが絶妙ですね。単に走るのとは違う、自転車とも違う、映像のスピード感。そこから自然とストップモーション・アニメに移行して、プロローグで大づかみに作品のテイストを伝えつつ、ここだけでもうかなりの満足感でした。実験映画的な、とにかく驚かせることが好きな、僕たちの視覚をぐいぐい刺激してくるタイプの演出家なわけですが、好ましいのはCGを基本的に使っていないことです。あの秘密のクラブ、フラワーバーガーには、サプライザーと呼ばれるエンターテナー、パフォーマーが連綿と所属していたんだけれど、今やガスパールを残すのみ。そんな彼がバイブルとしているのは、創業者である祖母から受け継いだ、サプライザーの心得みたいな本ですよ。それって、全部アナログなんですよね。まずは想像力。CGに限りある予算を使うのはもったいない。画面には何度も本が出てきますが、飛び出す絵本を通り越して「飛び出し過ぎの絵本」になってるのもいい。考えりゃ、スマホSNSなんて現代なのに出てこないのね。SPレコード、ブラウン管テレビなどなど、とにかく画面に映る美術がわくわくです。視聴覚芸術として何でも盛り込める映画という装置こそがサプライザーなんだという監督の信念が伝わります。お隣さんのロッシも含め、キャスティングもハマっていました。

f:id:djmasao:20210301205722j:plain

(C)2020 – Overdrive Productions – Entre Chien et Loup – Sisters and BrotherMitevski Production – EuropaCorp – Proximus
そもそも監督がダーク・ファンタジーな発想の持ち主なので、キュートで愛らしくとも、必ず毒っ気やおどろおどろしさと背中合わせなのも魅力です。のぞきや盗み聞きもあるし、人も死にます。それにそもそも、ガスパールは心を閉ざしている。邦題ではマーメイドってなっていますが、原題はUne sirèneだから人魚というよりセイレーンなんですね。船乗りたちに恐れられた、言わば魔物です。その異形感と魅力を、ここも手作り感のある造形でルラというヒロインに体現させました。彼女と接するのは命がけ。彼女も人間に殺されないように歌声で身を守ってきた。歌で船乗りたちを魅了して心臓を破裂させてしまう。恋をしてはいけない。歌が恋を誘う。その恋は時に人を死に至らしめる痛みにもなれば究極の喜びである。これは実はまんまアニメ映画『ジャック&クロックハート 鳩時計の心臓を持つ少年』と重なるんで、マルジウさんの表現のテーマなんでしょう。恋と音楽。痛みと喜び。僕はまだまだ彼の作品に触れてみたい。

f:id:djmasao:20210301205901j:plain

(C)2020 – Overdrive Productions – Entre Chien et Loup – Sisters and BrotherMitevski Production – EuropaCorp – Proximus
脚本のブラッシュアップは正直必要だと思います。キメっていうシーンをつなぐ何気ない場面がぼんやりしていたり、説明が上手いタイプではないのでもたついたりと問題もありますが、僕としては現時点では好ましさが弱点を上回るように感じています。サプライザーたるマルジウさんの小説や絵本も読んでみたいです。ヨーロッパ的な遊びの感覚とユーモアが好きな方は特に、ぜひご覧ください。
この主題歌も楽しかったなぁ。で、僕がポイント高いなと思ったのは、ガスパールの声です。渋い声してるんですよ。イケボなの。でも、家はあんなに愉快でかわいい感じ。このギャップがたまりませんでした。そして、ふたりで一緒に吹くあの特殊な構造のハーモニカもロマンティックだったなぁ。うっとり。


さ〜て、次回、2021年3月9日(火)に評する作品を決めるべく、スタジオにある映画神社のおみくじを引いて今回僕が引き当てたのは、『あのこは貴族』です。来週も魅力あふれる女性の登場ですね。門脇麦水原希子格差社会をえぐるような作品なのかどうなのか。しっかり観てまいります。あなたも鑑賞したら、あるいは既にご覧になっているようなら、いつでも結構ですので、ツイッターで #まちゃお765 を付けてのツイート、お願いしますね。待ってま〜す!